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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター1

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20/195

ターン20 前走車にプレッシャーをかけろ

 ある金曜日(フリード)の放課後だ。


 俺とジョージ・ドッケンハイムは、(サウス)プリースト基礎学校(ベーシックスクール)の校舎内にいた。


 誰もいなくなった教室で、2人してノートパソコンの画面を覗き込んでいる。




「う~ん、ダメだな。パスワードが、全然分からない。ジョージって、機械に強いんだろう? なんとかならない?」


「僕は、情報系ではありませんからね。同級生達よりはパソコンや情報端末(タブレット)を使う(ほう)ですが、パスワードを解析・突破などはできません」




 キリッとした表情で、眼鏡を押し上げながら答えるジョージ。


 雰囲気だけなら、バリバリにIT系なんだけどな。




 俺とジョージがいじくっているノートパソコンは、伯父トミー・ブラックの遺品だ。


 母さんの実家の奥で(ほこり)をかぶっていたのを、俺が「使いたい」と言って譲り受けたもの。




 何か伯父さんの事故にかかわるデータがないか、俺は徹底的に調べまくった。




 ノートパソコンの中にあったのは、オズワルド父さんと共に収集・分析していた膨大な走行データ。


 車載(オンボード)カメラの映像。


 そして――楽しそうに笑っている伯父さんと父さん、母さんの写真が大量に残っていた。


 (ほほ)()ましい気持ちになったけど、肝心の事故に関係する情報は得られていない。




「伯父さんが登録していたらしいSNS、『みんなのレーシングライフ』。ここにログインできたら、何かヒントがありそうなんだけどな~」


 ブックマークに登録されていた「みんなのレーシングライフ」は、モータースポーツ競技者同士が交流するコミュニティ。


 レーシングドライバーのみならず、ラリースト、ジムカーナドライバー、メカニックにエンジニア、モータースポーツを支援する企業や自動車メーカーまで公式アカウントとして参加する巨大SNSだ。


 ここには日記(ブログ)機能もあるから、何かヒントになりそうなんだけどな~。




「現時点では、これ以上パソコンを調べても進展がなさそうですね。ランディ。事故現場には、行ってみたのですか?」


「ああ。いちど行ってみたけど、特に不審な点は見つからなかったよ」


「君ひとりでは、何か見落としがあったかもしれませんね。僕が(いっ)(しょ)に、ついて行ってあげましょう」


 なんだか少々、ムッとする言い方だな。


 だけどジョージの言う通り、2人で見れば何か新しい発見があるかもしれない。


 刑事ドラマなんかでもよく、「現場100回」って言ってるしね。




 俺達は帰りのスクールバスの中で、約束をして別れた。


 明日の土曜日(ヨルムンガンド)に、2人で伯父さんの事故現場に向かうと。






■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






「ここが、事故現場ですか……」


「うん。俺は来るの2回目だな」




 現場まで、俺の家からは10kmも距離があった。


 なかなか遠い。


 特に交通手段が、()()()()()だと遠く感じる。


 これもトレーニング、トレーニング。




 ちなみにジョージは自転車。


 ま、仕方ないよね。


 奴の家は、俺の家よりさらに5km離れた山の中。


 カートショップドッケンの裏手にあるから。




 俺とジョージがやって来ていたのは、隣町のバン・ヘレン町。

 

 左手には海。


 右手には岩壁。


 その間に挟まれた、アスファルトの路面。


 片側1車線のワインディングロード上に、俺達は立っていた。




 事故現場は大きく左へと回り込んだ、先の見えない(ブラインド)カーブ。


 海側の崖から生えたでっかい木が、カーブの出口を見えなくしている。


 その出口付近に、ガードレールが途切れているポイントがあった。


 伯父さんの車は、そこから海に落ちたんだ。




 警察だって、自殺だとは断定していない。


 でも、事故にしては少し不自然だった。


 だからみんな、内心では自殺だと思ってる。




 このマリーノ国の道路は、左側通行。


 日本やイギリス、シンガポールと同じだ。


 伯父さんの車は左カーブ出口の左側、つまり内側に向かって道路を外れた。


 居眠りや体調不良で運転操作に支障が出たなら、外側の岩壁に刺さるのが普通だろう。


 自ら内側に、ハンドルを切り込んだとしか思えない。




「ブレーキ(こん)は、残っていなかったのですか?」


「事故の晩は、雨で路面が濡れていたんだって。だから、残ってない」


「スピードを出し過ぎていて、スピンした可能性は? 濡れていたのなら、(すべ)りやすいでしょう?」


「うーん、どうかな? 伯父さんの通勤車両は、ヤマモト社の〈マーサ〉。FFだし、無改造(ノーマル)の足回りだとかなりアンダー傾向の車だってさ。ウチの父さんが、言ってたよ」


 FFっていうのは、前置きエンジン(フロントエンジン)前輪駆動(フロントドライブ)の略。


 コンパクトカーや軽自動車は、ほとんどこの駆動方式だ。


 大体のFF車は、アクセルを開けていくとアンダーステアになる――らしい。


 らしいっていうのも、俺は後輪駆動の車でしかレースしたことがないからね。


 アンダーステアっていうのは、前輪のタイヤが滑って曲がらない状態を指す。


 つまりはカーブで飛ばしていると、外側に膨らんでいく性格の車だってこと。


 後輪駆動(RWD)の車なら、急激にパワーを掛けると後輪が滑ってスピンという可能性も考えられるけど――


 〈マーサ〉は内側に巻き込んだりは、しにくい車だったはずなんだ。


 アンダー傾向だっていうことは、裏を返せば直進安定性が高いってことでもあるし。




「このカーブは木が邪魔で、出口が見えません。陰にいた動物などを避けようとして、海に落ちたというのは?」


「動物か……。絶対ないとは、言い切れないけど……」


 レーシングドライバーという生き物は、結構ドライな面もある。


 俺も地球で走っていた頃は鈴鹿で蛇を踏んだり、オートポリスで穴熊を()いてしまったことがあった。


 その時に思ったのは、


「滑らなくて良かった」


 とか、


「フロントウイング、壊れてないよな?」


 だった。


 動物愛護団体の人が聞いたら、怒られそうな思考回路だ。


 だって無理に避けたら、自分が吹っ飛んで死んじゃうし。


 レーシングスピードで走っている時に、タイヤの余力なんてそんなに残してないよ?


 ちゃんとマシンを降りたら、(もく)(とう)を捧げたよ?


 伯父さんも、そういう性格だったんじゃなかろうか?


 もちろんサーキットじゃないから、可能な限り動物を避けようとするだろう。


 だけど自分の命を犠牲にしてまでっていうのは、ちょっと考えにくい。




 俺とジョージはカーブを曲がり、ガードレールの切れ目前まできていた。


 ここから、伯父さんの車が海に――




「花が(そな)えてありますね」


「伯父さんのレース仲間か、うちの両親だろうね」




 俺は崖から遥か下に見えるはずの海を、見下ろそうとした。


 長く伸びた草が意外と邪魔で、海面は見えにくい。


 無理に覗き込むのも、危ないか。


 俺は体を起こして、視線を水平線の彼方へと向けた。


 カモメの声と波の音が、やけに寂しく耳に響く。




「ランディ。この花、おかしくないですか?」


「ん? そうかい? 普通に、可愛い花だと思うけど……」


 正直俺は、花のことなんてあんまり分からない。


 植物に対する知識は、学校の理科で習った程度しか持ち合わせていなかった。




「可愛いから、変なんですよ。大人が買ってきて供えるなら、もう少し立派なものを供えませんか?」




 言われて、初めて気づいた。


 確かに変だ。


 そこら辺の野原から摘んできたような、小さなピンク色の花。


 それが、ぽつりぽつりと並んでいる。


 これは、まるで――




「子供が供えにきてるってこと?」




 俺の言葉と、同時だった。


 ジャリっという靴音が、俺とジョージの背後から聞こえる。


 振り返る俺達。


 視線の先にいたのは――

 



「天翼族の女の子……?」




 年はジョージより2、3歳上だろう。


 背中には、天使のような白い翼。


 獣人とは別物とされる有翼人、天翼族。


 この世界でも、割と人口が少ない種族だ。


 大昔は、空を自在に飛べたなんて言い伝えも残っている。


 言い伝えの真偽は不明だけど、現在の天翼族は空を飛ぶことはできない。


 ただ体重が軽く、身軽な者が多い。




 その天翼族少女は、青ざめていた。


 肩まで伸ばしたピンク色の髪をワナワナと震わせ、立ち(すく)んでいる。


 よく見れば白いワンピースの肩に、小さなフクロウがとまっていた。




「ん? 貴女(あなた)は……。僕より3学年上の、ケイト・イガラシ先輩ではありませんか?」


「えっ、ウチの学校の先輩? こんなところまで、校区だったんだ」




 ケイトさんの手には、小さなピンク色の花。


 お供えをしてくれていたのは、この子だ!




「ジブンは……! ジョージ・ドッケンハイムやないか! 何で……何でこんなところに!?」


 ケイトさんの(しゃべ)り方は、俺には関西弁っぽく聞こえる。


 これはマリーノ国、西地域(ウエストエリア)(なま)りだ。




「ちょっと、調べ物をしていまして。……そうだ、イガラシ先輩。あなたにも、お尋ねしたいのですが……」




 ケイトさんはもげそうな勢いで、首を左右へとブンブン振り回した。


 肩のフクロウが、迷惑そうに空中へと避難する。




「知らへん! ウチは何も、知らへん! せやからお願い! 殺さんといて!」


 ケイトさんの怯えようを見て、俺は半眼でジョージを見つめる。


「……ジョージ。君はいったい、どんな学校生活を送っているんだい?」


 ジョージより3つも年上の先輩が、こんなに怖がるのは尋常じゃないだろう。




「僕はいつも休み時間に本を読んでいる、物静かで大人しい子供ですよ?」




 自己評価ほど、あてにならないものは無い。


 俺は知っているんだぞ?


 幼児に即死級のパンチを打ってくるような、バイオレンスメカニックだっていうことは。




「……やっぱり、ただの噂やったの? ジョージ(くん)が6年生の先輩達10人を、全員病院送りにしたっていう話は?」


「降りかかる火の粉を、払っただけです」


「ヒイッ! やっぱり、本当やないか!」




 ケイトさんはクルリと背を向け、ロケットスタート。


 俺とジョージからの逃走を図る。




「病院送りはデマです。怪我しないように、ちゃんと手加減しましたよ」


「ジョージ! 言うのが遅いよ!」




 2年前に殴られた経験のある俺はジョージの「手加減」のレベルを疑いつつ、ケイトさんを追った。


 ケイトさんがジョージの3学年上だというのなら、伯父さんが亡くなった時に彼女はまだ5歳。


 だけど天翼族は、幼児期から知能の発達が早いらしい。


 きっと彼女は、何か知っているんだ。




 ――伯父さんの事故について。




 俺とジョージは、ケイトさんの(あと)を追って走り出した。






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 俺の前を走るケイトさんは道路を外れ、森の中へと駆け込んでゆく。


 どうやら定期的に人が通る道らしく、草木はそこまで生い茂ってはいなかった。




 それにしても、ケイトさんの足は速い。


 俺でも、ジリジリとしか差を詰められない。


 上級生の獣人族相手に、50m走で勝てる俺がだ。


 ケイトさんはこの道を知っていて飛び込んだようだし、地の利を生かされると振り切られるかもしれない。




 そこで俺は、ちょっとした駆け引きに出ることにした。


 前走車が嫌がることをやるのが、後続車の基本だ。


 あくまで、レースで勝負中の話だよ?


 公道では、やっちゃダメだ。




「ケイトさん! そんなに勢いよく走るから、パンツ見えてるよ!」


「きゃあっ!」




 もちろん嘘だ。


 俺にしては珍しく、ハッタリが通用してちょっと安心。


 きっとウチのオズワルド父さんや、ジョージんとこのドーンさんみたいに素直な人なんだろう。




 スカートの(すそ)を抑えながら、ケイトさんの足が止まった。


 そのわずかな時間を使い、俺は跳躍。


 狙いは、ケイトさんの隣に立っていた木。




 空中で木の幹を蹴って、三角飛び。




 ケイトさんの前方へと、回り込んだ。




「くっ!」




 ケイトさんは(きびす)を返して、今度は逆方向へと走り出そうとする。


 だけど前方を見て、硬直した。


 彼女の眼前に立ち塞がっていたのは、筋肉の壁。


 ジョージ・ドッケンハイム(変身後)。




「ああ……助けて……。助けて、オカーン!」


「くっくっくっ。泣き叫んでも、助けはこねえぜ」


「なぁに先輩、悪いようにはしませんよ」


 マッスル仕様になって、口調も凶悪になっていたジョージ。


 彼につられて、俺もついつい悪者口調になる。


 いたいけな少女を挟み撃ちにして、悪人面をした2人が両手をワキワキさせながらにじり寄っていく。




 ……ん?

 俺もジョージも子供とはいえ、周囲から見たらヤバい絵面じゃなかろうか?






「あんた達、いったい何をしとるん?」


「オカーン!」




 背後から聞こえた大人の女性の声と共に、俺は悟ったね。




「これは社会的に、死んだ」と――






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
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解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

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【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[一言] ジョージが本当に強キャラ過ぎて笑いました!www 二年間レースの世界から離れることになったのは痛手でしたが、それでも真実に近づいているようですが……果たして、事故の時に何があったのか!? …
[良い点] バン・ヘレン町。 真夜中に爆撃をくらいそうなネーミング! アクセル・ルーレイロと言い洋楽を思い出してしまいますね! キコ大好きなんです!
[一言] 少しおいたが過ぎたって、話を聞きたかっただけだけど……
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