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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター6

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193/195

ターン193 サンサーラストレート

 指が動かない!




 そんな馬鹿な!


 いったいどうしたっていうんだ!? 俺の左手!




 今まで何回もこの「サンサーラストレート」で、オーバーテイクシステムを作動させてきたじゃないか!


 今更、ビビったとかいうんじゃ――




 瞬間、脳裏に映像が走った。


 昨日の昼、目の前で個人参加チーム(プライベーター)の〈ライオット〉が宙を舞った光景だ。


 あの車は、タイヤ破裂(バースト)から事故を起こした。




 そうか――

 この状況は、今までとは違う。


 俺の――

 〈レオナ〉のタイヤはもう、限界ギリギリだ。




 この状態でオーバーテイクシステムとドラッグ()リダクション()システム()を作動させ、450km/hの世界に突入してしまったら――


 もしその速度域で、あの〈ライオット〉みたいにタイヤが破裂(バースト)してしまったら――




 本能はその危険を感じ取り、作動ボタンを押す指にストップをかけているんだ。




 ――冗談じゃない!




 ためらっている間にも、後ろからはブレイズ・ルーレイロが迫ってきているんだぞ!?


 当然あいつの〈イフリータ〉は、オーバーテイクシステムもDRSも作動させてくるぞ!?


 こちらも使わずに、しのぎ切れるわけないだろう!?




 動け!


 動け!


 動いてくれ!

 俺の左手よ!




 このままだと、負けちまうじゃないか!




 くっそーーーーーー!!




 不意に、視界が暗くなった。




「……えっ?」




 もう、日が昇りそうな時間帯だったはずだ。


 空は明るくなり始めていたはずだ。




 なのに前窓(フロントウィンドウ)越しに見える前方の景色は、真っ暗だった。




 いや――

 サンサーラストレートの両脇にある(かがり)()は燃え続けているし、正面には世界樹ユグドラシルも見える。


 ただ、その篝火は移動していない。


 俺も〈レオナ〉も、走っていない?

 静止している?


 エンジン音が、聞こえない。




 そして、すぐ後ろにいたはずのレイヴン〈イフリータ〉が見当たらない。


 後方(バック)モニターの中にも――


 ドアミラーの中にも――




「これは……いったい……?」




 不思議に思っていると、左の手首に温かさを感じた。




「世界樹の……腕輪……?」




 レーシンググローブとスーツに覆われた手首で、腕輪が光っていた。


 なんで衣服を透過して、光が見えるんだろう?




 光は腕輪から飛び出し、人の形を取った。


 白いヒラヒラとした(ころも)(まと)った、スマートな体型の女性。


 幽霊みたいに透けていたけど、それは俺のよく知る人物だった。


 風もないのに、なぜか(かす)かに揺れる()(すい)色の髪。


 その間から生えた、長く尖った耳。




 ルドルフィーネ・シェンカーだ。


 彼女の両目は、空色だった。


 ああ、こりゃ幻覚だな。


 本物のルディは右目が機械化義眼で、金色なはず。




 幽霊ルディは〈レオナ〉のドアをすり抜けながら、俺の左側に寄り添った。




「ランディ先輩。ボクはずっとここに……ユグドラシルの(ふもと)に来たかった。(いっ)(しょ)に走りましょう」




 優しい(こわ)(いろ)でそう告げると、彼女は動かない俺の左手に両手を添える。


 そして上から、オーバーテイクシステムの作動ボタンを押し込んだ。




 篝火が、ゆっくりと流れ出す。




 前方から、後方へ。




 〈レオナ〉が動き出したんだ。




 ルディは再び光の塊になると、左手首の腕輪へと吸い込まれていった。




 代わりに今度は右手首の腕輪から、新たな人物が現れる。




 ニーサ・シルヴィアだ。




 彼女も幻覚だな。


 尻尾がない。




 格好もおととい夢で見た、貴族っぽい服装だ。


 透けているのは、ルディと同じか。




「そうよ、ランドール・クロウリィ。世界中が、あなたを見ている。走ろう、(いっ)(しょ)に。明日の朝日と、チェッカーフラッグまで」




 ニーサは俺の右手に、両手を添えた。


 右手には、DRSの作動ボタンがある。


 それを力強く、手の上から押し込んでくれる。




 彼女もルディと同じように、右手首の腕輪へと戻っていった。




 篝火の流れが加速する。




 前窓(フロントウィンドウ)に投影されているスピードメーターの表示も、パラパラと忙しく上昇して――






■□■□■□■□

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■□■□■□■□

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 唐突に、世界に光が――


 〈レオナ〉にエンジン音が戻ってきた。




 ついでに後方(バック)モニターの中に、ブレイズの〈イフリータ〉も戻ってきていやがる。




 すでに速度は400km/hオーバー。


 前窓(フロントウィンドウ)には、オーバーテイクシステムとDRSが正常に作動中と表示されていた。


 どうやら俺が作動ボタンを押せずに(しゅん)(じゅん)していたのは、ほんの(いっ)(しゅん)の出来事だったらしい。


 〈イフリータ〉もオーバーテイクシステムとDRSを作動させているにもかかわらず、まだ後方にいる。




 だけど俺のスリップストリームにベッタリついて、エンジンの余力を残しているみたいだ。


 ――これから仕掛けてくる!




『ぶん回すだニよ! おいちゃんの組んだロータリーは……』


「壊れないんだろ!? 知ってるさ!」




 言われるまでもないぜ、ヌコさん!


 8年も前から、よーく分かっているさ!




 もう少しだ〈レオナ〉。


 この「サンサーラストレート」終わりにある最終コーナー「リヴァイアサンベンド」さえ押さえてしまえば、コントロールラインまでに抜き返されることはない。


 ()(かい)(いち)は、すぐそこだ。


 最後まで、(いっ)(しょ)に頑張ろうぜ。




 俺の〈レオナ〉とブレイズの〈イフリータ〉は、連なったままユグドラシル直下のトンネルへと飛び込んでいく。




 下り坂に入った拍子に車体底面が路面を(こす)り、激しく火花が散った。




 突入した瞬間、トンネル内の大気が激しく震える。




 速度は450km/hを超えていた。




 内部の照明が光の線となって、消し飛んでいく。




「あっ……」




 このトンネルは、レース開催時以外は公道。


 なので道の端には、歩道がある。




 その歩道の手すりに手をかけて、俺を見ている3つの人影があった。




 こんな危険な場所に、観客が入れるわけがない。


 かといって、コース係員(マーシャル)とかでもない。




 あの人達は――




 父さん! 母さん! 兄さん!




 この世界(ラウネス)での家族じゃない。


 地球にいた頃の家族だ。




 ――みんな、見てくれよ。


 俺、ワークスドライバーになったんだ。


 プロだよ、プロ。


 しかもこっちの世界では最高峰のレース、「ユグドラシル24時間」に出場している。


 そこで今、トップを走っているんだ。


 


 俺はずっと、プロのドライバーになりたかった。


 自分の走りで、お金を稼げる男になりたかった。


 それは親のお金で走るのがカッコ悪いからだとか、自分の能力を世間に示したかったからとか、そんな理由じゃない。




 俺は大人になりたかったんだ。




 自分の力で生きていける、大人に――



 

 この世界では、大勢の仲間ができたよ。


 助け合って、笑い合って、ぶつかり合って、励まし合って、夢に向かって(いっ)(しょ)に突っ走る仲間が。




 守りたい人も、できたんだ。


 父さん達に守られてばかりだった俺が、自分の力で守りたい人が。


 彼女を守るために、俺は強くなってみせるよ。




 だからもう、大丈夫。




 父さん、母さん、兄さん――


 俺はもう、自分の力で生きていけるよ。




 心の声が、届いたのか――


 俺が横を走り抜ける瞬間、3人の顔は笑っていた。




「さよなら……みんな……」




 トンネルの出口が近づく。


 今朝も少し雲が出ているせいで、まだ朝日が差していない。


 それでもトンネルの出口は、真っ白に輝いて見えた。




 光の精霊〈レオナ〉に(いざな)われて、俺は光の中へと飛び込む。




 ああ――

 なんだか今から、新しい世界に生まれるみたいな雰囲気だな。




 そういえばこの世界に転生して、気付いた時にはベビーベッドに寝ていた。


 生まれ落ちる瞬間の記憶は、持ち合わせていない。




 あまりのスピードに、生まれ変わると言い伝えられているサンサーラストレートか――




 俺は今からやっと本当に、新しい世界(ラウネス)へと生まれるのかもしれない。






■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






『絶対に、内側(イン)を開けるんじゃないぞ! なにがあっても、絶対にだ!』




 なにがあっても絶対にとは、無理を言ってくれる。




 生まれ変わったぜ的な余韻に浸る暇なんて、全然ありゃしない。


  トンネルを脱出するなり、無線からニーサの怒鳴り声が飛び込んできた。




 ニーサの奴、必死だな。


 お前、そんなに俺と結婚したいの?


 奇遇だな、俺もだよ。


 だから絶対に、内側(イン)は開けない。


 勝ってニーサと結婚する。




 早いタイミングで、俺は〈レオナ〉の車体を内側(イン)へと振った。


 最終コーナーへの進入ラインが苦しくなっても、構うもんか。


 なにがなんでも、ブレイズには抜かせない。




 露骨なブロックラインを取る俺に対し、ブレイズの〈イフリータ〉は外側(アウト)へとマシンを寄せた。




『みゃあああああああーーーーっ!!』




 相変わらず、ヌコさんがうるさい。




 そう興奮しなさんな。


 エンジン対決は、ヌコさんの勝ちさ。


 スリップストリームをガッツリ使ったのに、〈イフリータ〉は〈レオナ〉に並びかけられていない。


 もっともこれは、エンジンパワーが優位だったからってだけじゃないな。


 ケイトさんのデザインした車体が、空気抵抗(ドラッグ)少なかったってのもある。




 速度は457km/h。




 最終コーナー、右の直角ターンであるリヴァイアサンベンドが迫る。




 さーて。

 遅い(レイト)ブレーキングがご自慢のブレイズさんよ。


 今から俺の、生涯最高のブレーキングを見せてやるぜ!




 行くぞ〈レオナ〉!




(ごめんなさい。もう無理です)




「……は?」




 唐突に聞こえた、女性の声。


 誰の声かと考える間もなく、車体に衝撃が走る。




 これは〈レオナ〉の車体が、大気の壁にぶつかった衝撃。




 まだブレーキを踏んでいないのに、DRSが勝手に解除されてしまった!


 空気抵抗の少ないロードラッグモードから、ハイダウンフォースモードに変形してしまっている!


 もちろんブレーキを踏み始めたら、よく止まるハイダウンフォースモードに変形してくれないと困る。


 だけど今はまだ、タイミングが早すぎるよ〈レオナ〉!




 強力なダウンフォースで地面にガッチリ食い付くのと引き換えに、莫大な空気抵抗がかかる。


 俺と〈レオナ〉は、大気の壁に押し戻されてしまった。


 代わりに〈イフリータ〉の車体が、グイッと前に出る。


 おかげで俺とブレイズの位置関係は、完全な2台横並び(サイドバイサイド)だ。




 ――まだだ!


 まだ、抜かれてはいない!




 (いっ)(しゅん)早く、エアブレーキが効いてしまっただけだ。


 ブレイズと並走したまま最終コーナーに飛び込めば、有利なのは(イン)側の俺。




 ――フルブレーキング!




 世界が逆流した。




 集中力を、神経を、魂を――


 ブレーキペダルを踏む左足と、4つのタイヤに集中させる。




 視界の左側が、赤く染まった。




 隣で減速中の〈イフリータ〉。


 そのブレーキローターが、ブレイズの髪みたいに赤く燃えているんだ。




 そして次の瞬間――




 振動が、俺を襲った。




 ワンテンポ遅れて、車体の左前から火花が噴き出す。




 ハンドル(ステアリング)が取られる、この感触は――




 タイヤ破裂(バースト)だ!




 左(フロント)タイヤが、吹き飛んでいる!




 ブレイズの〈イフリータ〉は、もう隣にいない。




 俺と〈レオナ〉だけが正常な減速ができず、オーバースピードの世界に取り残されてしまっている。




「く……くそっ!」




 スピンしてしまわないように逆ハンドル(カウンターステア)を当て、マシンをコース内に(とど)めるので(せい)(いっ)(ぱい)だった。


 タイヤの1つが――それも減速時に重要な前輪が無い状態で、まともな減速なんてできっこない。




 コースは右に曲がっているのに、コントロールを失った〈レオナ〉は真っすぐ突き進む。






 俺の眼前に、クラッシュパッドの壁が迫ってきていた。






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[一言] いやー二度と会えない家族のご出演とは泣かせるじゃあないですか! ルディきゅんんんんんん! 妖精さんの姿でいいんで私のとこにも来てくれませんかねぇ! しかしアツイ展開! 大丈夫かランディ! …
[一言] クラッシュと世界樹の腕輪の伏線を回収しつつの、熱い過去回想と、出てくる仲間。あ〜ルディちゃん!ここで登場!イェイ! 熱い! 熱いですぞ〜! で? ど、どうして〜〜! あと少しだったのにぃ…
[一言] ギリギリでやり続けないと勝てない。 だけど、ギリギリでやり続けると言うことは……
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