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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター6

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182/195

ターン182 ニーサ・シルヴィア

「私はね、あなたに()かれてた」




 ニーサ・シルヴィアはユグドラシルの根から立ち上がり、星空を見上げながら(ほほ)()んだ。




「例の夢に出てくる、黒髪の彼ね。あなたの(そば)にいると、彼の夢にうなされることが減っていったの」


 ニーサが断片的に持っている、前世の記憶――と思わしきもの。


 その中に登場する、「黒髪の(きみ)」という人物。


 そいつこそ俺の(こい)(がたき)であり、前世でのニーサの恋人であり、彼女を苦しめる悪夢の元凶だ。




「あなたの近くにいれば……。(いっ)(しょ)の時間を重ねていけば、いつか彼のことを自然に忘れる日が来ると思っていた。……でも、無理だった。時々あなたに、彼の姿が重なってしまう」


 ニーサは悲し気な青い瞳で、俺を見つめてくる。




「今夜もそう。ラストダンスを申し込まれた時、彼の姿があなたに重なって見えちゃった。やっぱり、白い服だとダメみたい」


 俺は、自分の白い燕尾服(テールコート)を見下ろす。


 ああ、そうか。


 「黒髪の(きみ)」は、いつも白い服を着て夢に出てくるって話だったな。




「思い知っちゃった。私はこれからも(いっ)(しょう)、彼のことを忘れられないんだろうなって」


 ニーサの笑みが、乾いたものに変化する。


 (つら)そうだ。


 


「あなた、前に言ってたよね。『黒髪の(きみ)と、俺を重ねるな』って。過去の男……それもこの世、この世界にいない男を忘れられない女なんて、恋人にできるわけないでしょう?」


 そう言ってニーサは「サンサーラストレート」を背にし、金網へと寄りかかった。


 どうやら言いたいことは、言い終わったらしい。




 ――なら、今度は俺の(ばん)だ。




「確かに、『黒髪の(きみ)と、俺を重ねるな』っては言ったけどさ……。忘れてしまわなくても、別にいいんじゃないかな?」


「えっ?」




 「なにを言ってるの?」と言いたげに、ニーサは目を丸くして驚いた。




「ほら。俺ってニーサみたいに断片的なヤツじゃなくて、完璧に前世の記憶がある転生者だろ? だから地球の家族のこととか、かなり鮮明に憶えているんだ」


 名前は思い出せないんだけどね。


 それ以外の記憶は――思い出は本当に、鮮明だ。




「そのせいでこっちの父さんや母さんが、嫌な思いをするかと思っていたんだ。間違いなくオズワルド父さんとシャーロット母さんから生まれてきたのに、別の両親との思い出もある。だからその思い出を、忘れてしまった方がいいのかなって相談したことがあって……」


 あれは――こっちで何歳ぐらいだったかな?


 まだ、基礎学校(ベーシックスクール)低学年の頃だったと思う。




「そしたらさ、言われたんだよ。『忘れるな』ってさ。『その思い出もランドール・クロウリィという人格を形作っている、大事な(いち)()(ぶん)なんだから』って」




 俺の言葉に、ニーサが両手で口元を押さえた。




「ニーサ・シルヴィア……。俺は、お前が好きだ。『黒髪の(きみ)』が忘れられなくて悩んでいる、繊細なところも含めてな」




 ぽろぽろと、彼女の瞳から大粒の涙が零れる。




「忘れ……なくて……いいの……?」


「もちろん、(つら)い部分は忘れてしまった(ほう)がいいと思う。彼が黒い穴に飲み込まれたっていう、瞬間とかさ。……でも、楽しい思い出は……愛し、愛された記憶は、大事に取っておけよ。それも俺の好きな、ニーサ・シルヴィアの(いち)()(ぶん)なんだから」


「もっと言って!」




 言ってって、何を?


 ――なんて、聞くまでもないな。




「好きだニーサ」


「もっと言って! ……いつからだったの?」




 そう問われて、記憶を振り返る。


 思えば俺は――




「最初からだよ。ひと目見た時から、好きだった」


「もっと言って! ……最初の頃、私は嫌われているのかと思ってた」


 


 もたれかかっていた金網から、ニーサがゆっくりと身を起こす。




「お前が近くにいると、胸が苦しかったんだ。それぐらい、最初から好きだった」


「もっと言って! 私もだよ。あなたが近くにいると、ドキドキし過ぎて苦しくて……。それを誤魔化すために、突っかかってた」




 俺もニーサも、1歩踏み出した。


 互いの距離が縮まる。




「サーキットでは、いつも姿を目で追っていた。そしてニーサの前でカッコつけたくて、必死で走っていたんだ。好きだから、認めて欲しかったから」


「もっと言って! 私もだよ。私も走るところを、あなたに見てもらいたかった。あなたの視界に、入っていたかった。だからいつも、頑張ったの」




 気づけば俺達は、走り出していた。


 元からさほど、距離が離れていたわけじゃない。


 ニーサの姿が、あっという間に目前まで迫る。




「俺は……ランドール・クロウリィは、ニーサ・シルヴィアを愛している。ずっと……ずっと前から……」


 ニーサを強く抱きしめながら、耳元で(ささや)いた。




「私もだよ……。ずっと……ずっと前から……」


 


 俺の胸元に顔を(うず)めながら、彼女はすすり泣き続ける。


 ああ――

 泣かせようと思っていたわけじゃないのにな。


 やっぱりニーサ・シルヴィアには、勝気で自信に満ち溢れた笑顔が似合う。


 それが無理なら、せめて泣き顔よりはプリプリ怒っている顔の方が――




 そこでふと俺は、イタズラを思い付いてしまった。


 ちょっと怒られるかもしれないけど、涙は止めることができるだろう。




「そういえばさ、ニーサ。俺ってさっきラストダンスを断られたから、例の表彰台ボーナスはまだもらってないよな?」


「へあ?」


 思いもよらなかった台詞らしく、ニーサは素っ頓狂な声を上げた。


 なに?

 この可愛い生き物。




「ラストダンス代わりに、して欲しいことがあるんだ」


 そう告げて、彼女の(あご)に手を添える。




「ちょ……ちょっとランドール!? なにを……」


「ニーサ、目を閉じて」


 ゆっくりと、顔を近づけてゆく。




「やだ……私まだ……心の準備が……」




 震える唇でそう言いながらも、ニーサはそっと両目を閉じた。


 俺はそのまま、互いの息がかかるほど近くに迫って――




「今日から俺のことは、ランドールじゃなくてランディと愛称で呼んでもらおうか?」




 唇が触れ合う寸前で、こう告げた。




「えっ?」


 閉じていた、ニーサの(まぶた)が開く。


 イタズラ成功だ。


 思惑通り、涙は止まっていた。


 混乱している彼女に向かって、俺はニヤリと笑いかけてやる。




「だからさ、例の表彰台ボーナスだよ。みんなは俺のことを愛称で呼ぶのに、ニーサだけ他人行儀な本名呼びだろ? それを、変更してくれって話さ」


 ニーサは(うつむ)いて、肩をプルプルと(けい)(れん)させていた。


 (ほお)は、イブニングドレスに負けず劣らずの真っ赤だ。




「……目を、閉じさせた意味は?」


「なんとなく」


 もちろん、誤解させるようにわざとだ。


 キスされると思って、焦っただろ?


 しかし、本当に大人しく目を閉じるとはね。


 惜しいことをしたな。


 あのまま唇を奪っても、問題なさそうだった。


 さすがに今日は、そこまでする度胸は無いけどね。


 まだ、互いの気持ちが通じ合ったばかりだし。




「ランドール・クロウリィ……。覚悟はできているな?」




 頬の紅潮と肩の震えが止まり、妙にニーサは冷静になった。


 口調もいつものやつに、戻ってしまっている。


 彼女は無表情のまま、ゴキゴキと拳の関節を鳴らした。


 それ、関節に悪いんだぞ?




 燕尾服(テールコート)(えり)が、ニーサの左手に掴まれた。


 右手はゆっくりと、振り上げられる。




 ――あ、これは殴られるな。


 ちょっと怒られるかもしれないという目算は、甘かったか。


 めちゃくちゃ怒ってる。


 仕方ない。

 この1発は、甘んじて受け入れよう。




「目を閉じろ」


 ドスの効いた冷ややかな声を受けて、俺は内容を把握する前に瞳を閉じてしまう。




 ――ん?


 これからぶん殴る時って、普通は「歯を食いしばれ」じゃないのか?




 なんで、目を閉じさせる?


 暗闇による、恐怖感向上のためか?


 だとしたらニーサの奴、エゲツないな。




 そんなことを考えながら、怒りのドラゴンパンチに備えて身を固くしていた。




 すると――




 不意に暗闇の中で、柔らかな感触が唇に走る。




 えっ?

 この感触は、いったい――




 目を開くとすぐそこに、ニーサ・シルヴィアの顔があった。


 本当に、すぐそこだ。


 彼女の唇は、俺の唇へと押し当てられていて――




「ふ……ふん。くだらないイタズラのペナルティだ」




 ゆっくりと唇を離したニーサは、そう吐き捨てた。


 再び紅潮した表情と、震える声で。




 ――こいつ!


 このドラゴン娘ときたら、本当に!




「お前……。これだけ俺を(あお)っておいて、ただで済むと思ってるんじゃないだろうな?」


 ずいっと顔を近づけると、ニーサは手で俺の胸を押しながら1歩後退する。




「なっ!? えっ!? 煽ったなんて、私はそんなつもりじゃ……」


 ジリジリと、(あと)退(ずさ)るニーサ。


 だけどすぐに、その(こう)退(たい)は止まる。


 もう彼女の背は、転落防止用の金網に当たってしまった。




 俺は右手を伸ばし、金網を掴む。


 手の位置は、ニーサの顔のすぐ脇。


 壁ドンならぬ、金網ドンだ。




「だ……ダメぇ。下の道路を通る車から、見られちゃう……」


 現に彼女の背後から、ヘッドライトが差している。


 けれどもそんな彼女の訴えを、俺は無視した。




「知るか」


「んっ!」




 これ以上、なにも喋らせない。


 開けば生意気なことばかり言う口は、俺の唇で塞いでしまおう。


 さっきニーサがしてきたような、ふわっとしたキスじゃない。


 (むさぼ)るように――


 俺の体内にある熱を、全部伝えるように口づける。


 呼吸をすることすら、忘れていた。


 息が苦しくなって、俺は(いっ)(たん)唇を離す。


 すると今度はニーサが俺の顔を掴んで引き寄せ、反撃してきた。




 下の道路を通る車のうち、何台かは俺達の存在に気づいたかもしれない。


 なにをやっているのかも。


 だけど、そんなの構うもんか。




 何度も何度も、俺達は唇を重ねた。


 互いの唇が、腫れてしまうんじゃないかってほどに。




 最後の(ほう)は、(あご)がガクガクになってしまった。




 ようやく顔を離したところで、ニーサが提案してくる。




「ねえ、ランド……ランディ! 踊ろう!」




 ユグドラシルの根っこと落下防止用金網の間には、ちょっとした平地スペースがある。


 ダンスパーティーの会場とは比べるべくもないけれど、2人だけで踊るには充分な広さだ。




 俺はかしこまって――

 けれど少しだけおどけた調子で、彼女にダンスを申し込んだ。


「お嬢さん。わたくしと、踊っていただけますか?」


「はい! 喜んで!」


 さっきパーティー会場で申し込んだ時とは全然違う返答に、心が(はず)む。




 これが俺とニーサにとって、今夜のラストダンス。




 世界樹の葉がざわめく音をBGMに――あれ?


 なんか、おかしくないか?


 世界樹ユグドラシルって、高さが6000mぐらいあるんだよな?


 葉っぱも、メチャクチャ高い位置にあるよな?


 なんで(ふもと)の俺に、葉っぱのざわめきが聞こえるんだ?




「ランディ。あなたにも、聴こえる?」


「ニーサもか? ……樹神レナード様が、気を利かせてくれているんだろう。ダンス曲の代わりだ」


「そうね。きっとそう……」






 世界樹ユグドラシルと夜空の星々に見守られながら、俺とニーサは踊り続けた。






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[一言] 樹神レナード 「次代のレーサーが楽しみだ……(ご祝儀)」  って感じですかね、そのBGMは! 途中で 「ランディ! このヘタレ!」 と叫びそうになったのですが、ニーサちゃんがグッジョブでし…
[良い点] レナード神、ありがとう(‐人‐) 下半身で動いているような神様が多かったような気がしますが、ありがとう、ありがとう、この瞬間がずっと見たかった!!やっとだよ!やっときたよ! 『もっと言っ…
[良い点] 『もっと言って!』 これはたまりませんな! 今すぐ爆発して欲しいですぞ! 凶悪犯です! 超ギルティです!
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