ターン180 嫉妬の炎
樹神暦2642年12月28日
19:00
予選を明日に控えた今夜は、ユグドラシル24時間のレセプションパーティーが開かれる。
会場は、「ホテル・ローラ」。
世界樹ユグドラシルに隣接して建てられている、お城みたいに巨大なホテルだ。
なんでも「ホテル・ローラ」って名前は、樹神レナードの妹さんである精霊女王ローラから名前を取っているんだとか。
俺達を含め、参戦チーム関係者の大半はこのホテルに宿泊している。
レセプションパーティに向けて、俺達シャーラ・ブルーレヴォリューションレーシングの主要スタッフはおめかしをキメていた。
男性陣はフォーマルな燕尾服。
女性陣は華やかなドレス姿。
俺はこういうのって、けっこう慣れてたりする。
前世地球の父さんは会社社長だったから、息子の俺も連れられて社交の場に出る機会は割とあった。
転生後のGTフリークスドライバー時代も、スポンサーさん絡みのパーティーとかには出てたしね。
ところがいざホテルの大ホールへと入ると、豪華絢爛な雰囲気に圧倒されてしまった。
こんなに規模のデカいパーティーは、前世も含め初めてだ。
「ホテル・ローラ」は外観と同じように、建物内もまるでお城。
煌めくシャンデリアの下では大勢の人々が歓談し、食事を楽しんでいた。
今夜のパーティーは、立食形式。
聞いたところによると、後からダンスパーティーも始まるんだとか。
「やあランディ、ジョージ。……ヴィオレッタちゃんは、来ていないのかい?」
このパターンも、慣れてきたな。
キング・オブ・悪い虫、ブレイズ・ルーレイロの襲来だ。
だけど、残念だったな。
ヴィオレッタは、この国に来てないんだよ。
「ん。まあ、ちょっとな……」
高笑いしてザマーミロと言ってやるつもりだったのに、俺の口から零れたのはそんな曖昧な返事だ。
ヴィオレッタが、なぜマリーノ国に残ったのか――
その理由を思い出し、気持ちが沈む。
母さんは今頃、どうしているだろうか?
ブレイズに続き、もう1人の男がやってきた。
デイモン・オクレール閣下だ。
「師匠、マリー・ルイスの姿が見えぬのだが……?」
「ああ、閣下。マリーさんは、仕事の都合で入国が遅れているんだよ」
このパーティーには、間に合わないかもしれない。
そう告げると、閣下は残念そうに肩を落とした。
ヴィオレッタがいないと知って項垂れてしまったブレイズと並んで、がっくりイケメンコンビだな。
2人ともダンスで、お目当ての相手と踊る腹づもりだったんだろう。
我がBRRの面々は、ダンスより料理が気になる連中だ。
ケイトさんもジョージもポールも、モリモリ食べている。
アンジェラさんだけは、料理より気になるものがあるみたいだ。
会場に集まっている、世界中の男達――
トップドライバー、天才エンジニア、お金持ちのスポンサー達を熱っぽい視線で眺めながら、舌なめずりをしていた。
違う方面の食欲が、旺盛だね。
実はウチのチームで1番よく食べるのは、ニーサ・シルヴィアだったりする。
一応あれでも社長令嬢だから、お食事のマナーは完璧。
優雅に美しく、皿の料理をあっという間に消滅させていく。
まるで魔法だ。
今回もその魔法を披露しまくっているものだろうと思い、俺は会場内を見渡す。
――あれ?
ニーサがいない?
「ケイトさん、ニーサは来てないの?」
ケイトさんの宿泊している部屋は、ニーサの部屋の隣だ。
パーティーに来る前に、声ぐらいかけてきただろう。
そう思い、訊ねてみる。
「あー。なんか準備に、時間がかかっとるみたいやったで。ちゃんと後から、来るんちゃう?」
ケイトさんは、グラスのお酒を一気に飲み干してから答えた。
おいおい、大丈夫か?
もう、顔が赤いぞ?
そういえばケイトさんって、酔いが回るとどうなるんだ?
俺の周りには、ロクな酒癖の奴がいない。
語尾の怪しい、パッパラ令嬢と化すマリーさん。
ウザいほど笑い上戸で、俺を勝手に義兄呼ばわりするブレイズ。
泣き上戸吸血鬼のオクレール閣下。
アルコールが汗で全部抜けるんじゃないかっていうぐらい、筋トレするヤニ・トルキ。
どれだけ飲んでも普段と全く変わらない、ルドルフィーネ・シェンカーが神に思える。
「ここのお酒は、美味しいなぁ。ついつい、飲んでしまうで」
「ケイトさん、ほどほどにね?」
これは俺達が気にかけておかないと、ケイトさん何かやらかすぞ。
そんな心配をしていた時、突如として会場の空気が変わった。
どよめきと、感嘆の声。
一斉に同じ方へと向く、パーティー参加者たちの視線。
俺もその視線を、目で追った。
会場である、ホールの大扉。
そこから入ってきたのは、1人の女性だった。
長身で歩幅があるからか、歩くスピードが速い。
そのせいで、長いプラチナブロンドが風になびいていた。
いつもと違い、先端を束ねてはいない。
自信に満ちた蒼玉の瞳が、周囲を見回す。
会場中から注目を浴びていても、彼女の立ち振る舞いは実に堂々としたもの。
いや。
堂々としているを通り越して、神々しい。
神話に出てくる戦女神、リースディース様が地上に降臨したらこんな感じだろう。
現に周囲から注がれている視線は、見惚れるを通り越して崇拝に近い。
真っ赤なイブニングドレスの裾を揺らめかせながら、彼女は――
ニーサ・シルヴィアは俺の前まで来て、立ち止まった。
「白……なんだな」
一瞬、なんのことだか分からなかった。
だけどニーサの視線が俺の首から下に向いていたから、すぐにそれが着ている燕尾服の話だと気づく。
「あ……ああ。好きな色だし、シャーラのワークスカラーに合わせようかと思って……」
「……ふん。似合っているではないか」
えっ?
褒められたの? 俺?
ニーサって、そういうこと言うキャラだっけ?
ちょっとビックリ!
ビックリだけど――嬉しい。
そして嬉しさと同時に、焦りも湧いた。
なにをボサっとしているんだ、俺!
自分が褒められるより先に、彼女を褒めろよ!
「あ……ありがとう。ニーサも……その……」
何かおかしい。
体内で、重大なマシントラブルが起きている。
こういう時、呼吸をするように褒め言葉が出てくる男だったじゃないか。
頑張れ、俺!
「とても……綺麗だよ……」
言えた!
なんとか言えた!
「ふふっ。ありがとう、ランドール」
いつもと違い、照れずにサラリとお礼を言うニーサに戸惑いを隠せない。
くそっ!
いつもと立場が、逆じゃないか。
「ニーサちゃ~ん。ドレス、ごっつ似合うとるな~。その大胆に開いた胸元と背中、たまらんで。ぐへへへ……」
ケイトさんの酒癖が判明!
オヤジ化だ!
なんてこった。
ついさっきまではほろ酔いだったのに、酩酊ゾーンに入りつつあるじゃないか。
俺はジョージに目くばせした。
奴は無言で頷く。
(機会を見て、部屋に強制送還しよう)
(OK、僕に任せて下さい。放り込んできます)
ジョージとは、長年一緒にレースをやってきたからな。
アイコンタクトひとつで、コミュニケーションは完璧だ。
ちょうどその時、ホール内に音楽が流れ始めた。
ここから、ダンスタイムのスタートだ。
当然、最初はニーサにダンスを申し込もうと俺が1歩踏み出した時――
「ランディ君、ダンスやダンス! ウチと一緒に踊るで~」
エンジェリックドランカー、ケイトさんが脇腹に飛びついてきた。
「えっ、ケイトさん? いや、その……」
この世界では、「ダンスは男性側から誘う」とかいうマナーは存在しない。
地球でも、気軽なパーティーでは女性側から誘うケースもあったしね。
ケイトさんの背後では、ジョージ・ドッケンハイムが凍り付いていた。
どうやらケイトさんにダンスを申し込もうとして、タイミングを逃してしまったらしい。
――ジョージのバカ!
スタート失敗だよ!
レースと違って、フライングのペナルティとかないんだ。
事前に、予約ぐらいしておけ!
でもそれは、俺も同じか――
前もってニーサと踊る約束を取り付けておけば、ケイトさんに失礼なくお断りできたのに。
もう、ここから断るのはアウトだろう。
見ればニーサも、貴族然とした佇まいの男からダンスを申し込まれている。
誰? あいつ?
ここにいるなら、ユグドラシル24時間の関係者?
一緒に踊るって、ニーサに触れるってことだよな?
ダメだダメだダメだ!
今すぐ、ニーサパパのガゼール・シルヴィア氏を呼べい!
彼ならきっと、全力でダンスを阻止してくれるはずだ。
貴族風モブ野郎からの誘いを受けて、ニーサは戸惑っているみたいだった。
そしてチラリと、俺の方を見る。
「そんな奴放っておいて、俺と踊ってくれ!」
大声でそう叫びたいけど、そんなマナー違反な真似できるわけがない。
俺の方だって、ケイトさんと踊るしかなさそうな流れだしな。
ニーサは曖昧な微笑みを浮かべた後、貴族モブの手を取った。
自分でも引いてしまうほどに、超高温な嫉妬の炎が胸を焼く。
どうせならこの炎が火炎放射器みたいに、モブ男まで届けばいいんだ。
消し炭にしてやる。
「なにをボサっとしとるん? 曲が終わってまうで?」
ケイトさんにグイグイと引っ張られて、俺はホールの中央付近へと出た。
すでに何組かのカップルが、踊り始めている。
1曲目はもう、ニーサと踊るのを諦めるしか道は無い。
さてさて。
俺はダンスも、そこそこ得意だ。
だけど、ケイトさんはどうなんだ?
天翼族という種族柄、身軽ではあるけれども。
しかも俺と彼女じゃ、身長差が30cm以上ある。
踊りにくそう。
ところがいざ踊り始めてみると、めちゃくちゃ踊りやすかった。
身長差をカバーするため、俺が膝や腰を緩めているってのもある。
だけどそれ以外にもステップとか、細かいところで息がピッタリだ。
さすが、ジョージの次に付き合いが長いケイトさんだけあるな。
そういやケイトさんと踊り損ねた、ジョージはどうしているんだ?
気になったから、俺は踊りながら会場内に視線を巡らせてみた。
――いた。
壁際で、俺とケイトさんをじっと見つめていやがる。
無駄に眼鏡キラーンはやめろ。
お前がやると、ものすごい圧力を感じる。
最近やっと、分かってきた。
ジョージの奴って、絶対ケイトさんのことが好きだよな?
この曲が終わったら、次はお前がケイトさんと踊れよ?
いや。
むしろ踊るんじゃなくて、そろそろ部屋に強制送還を――
「あ……あかん。酔いが回ってきたで」
「そりゃ、これだけ酔っ払った状態で踊ればそうなるよ」
俺はケイトさんの手を引き、会場隅に用意されている椅子へと連れて行った。
フラフラしている彼女を座らせ、サービススタッフに水を持ってきて欲しいとお願いする。
すぐにジョージも近づいてきた。
「あかーん! 体があっついわ! ドレス、脱いでエエ?」
ケイトさんは暑そうに、背中の翼とドレスの胸元をバサバサする。
「「絶対にダメです」」
俺とジョージの声が、綺麗に揃った。
オヤジ化だけじゃなく、裸族化もするのか――
酔っ払った時の危険度は、マリーさんとどっこいどっこいだな。




