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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター6

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177/195

ターン177 あなたはレーシングドライバーなのだから

「やだもう! 父さんったら、大袈裟なんだから……。病院の廊下で、ちょっとつまずいて転んじゃっただけじゃない」




 実家クロウリィ・モータースに帰ると、リビングで椅子に座るシャーロット母さんがコロコロと笑っていた。


 いつもと、全く変わらない笑顔で――




「サーキットには、連絡するなって言ったのよ? あなたもヴィオレッタもレース中なんだから、変に心配しちゃいけないものね」




 元気な人だった。


 俺が生まれてからずっと――


 ちょっと風邪を引いたりぐらいはあったけど、持病もなければ大病を(わずら)ったこともない。




「そうそう。第9戦は、3位ですってね。おめでとう、母さんも嬉しいわ。明日、ご近所さんに自慢しちゃうんだから」




 今だって、とても健康そうに見える。


 表面上は――




「ちょっとランディ、なにを暗い顔してるの? 私と父さんがレースを観に行けなかったから、()ねてるの? 私だって、あなたの活躍を観たかったのよ? 来年こそ、絶対現地で観戦してやるんだから」




 来年も元気で、俺のレースを観に来てくれる。


 それは、凄く嬉しい宣言だった。


 本当にそれが、叶うなら――




「とにかく、母さんのことは心配しないで。あなたはレースに集中しなさい。次戦はもう、『ユグドラシル24時間』じゃない。くぅ~! トミー兄さんの夢に、自分の息子が辿り着くなんて……。(たぎ)るわ!」


 拳を握り締め、熱っぽく語る母さん。


 そんな母さんを、俺は正面から見据えて問いかけた。




「ねえ、母さん。病院での検査結果、どうだったの?」




 母さんは、ニッコリと微笑みながら言い切った。




「健康そのものよ。ちょっと、運動不足って言われたわ。ダイエットしようかしら?」


「健康そのもの……ね……。じゃあ、なんで父さんは(うつむ)いてるの? なんで、ヴィオレッタの肩は震えてるの?」




 クロウリィ家で、1番嘘が上手なのは母さんだ。


 次いでヴィオレッタ。


 父さんは、俺よりはマシといったレベル。


 そんな父さんに、隠し事は無理だよ。


 ヴィオレッタだって、感情を(こら)え切れていないじゃないか。




 俺の問いかけに、母さんは肩をすくめて諦めの(ため)(いき)をついた。




「ちょっと……病気が見つかっちゃったの」


「なんの病気……だったんだい?」




 母さんの隣に立っていたヴィオレッタが、顔を(そむ)けた。


 父さんの拳が強く握り締められ、ギリッという音を立てる。




 怖い――


 聞きたくない――


 耳を塞いでしまいたい――




 だけどここで聞かずにいたら、きっと後々ものすごく後悔しそうだ。




 俺は覚悟も充分じゃないままに、母さんからの返答を待った。




「……魔晶病……だった……」




 気が遠くなり、視界が(ゆが)んだ。


 前のめりになって母さんを見据えていた俺は、()()ってしまった。


 なんとか椅子の背もたれに寄りかかり、体を支える。


 だけど、そこまでだ。


 全身にのしかかる重圧で、俺は動けない。




 魔晶病――

 魔晶病だって?


 俺の聞き間違いじゃないのか?


 それとも、病院の検査ミスとか?




 だって、魔晶病は――




「このままだと……あと半年ぐらいかなって、お医者さんは……」


「嘘だろ……? なんで? どうして母さんが……」


「まあハーフエルフには、ちょくちょく発症する人がいる病気だからね。足かな……と思っていたんだけど、(せき)(つい)の方だったわ」




 魔晶病は、体の細胞がまるで宝石の原石みたいに結晶化して死に至る。


 母さんのような人間族(ヒューマン)とエルフの間に生まれたハーフエルフ特有の病で、症例も少ない。




 ――だけどもし発症したら、治らないと言われている。


 地球よりも進んでいるこの世界(ラウネス)の医療技術を(もっ)てしても、決定的な治療法が見つかっていないんだ。




 結晶化した細胞を外科手術で取り除けば、延命することはできる。


 だけど、「延命」でしかないんだ。


 大抵の場合は再発したり、他の細胞に転移していたりして助からない。




「ちょっとなによ、暗い顔をして。手術を受けるから、元気になるかもしれないじゃない。末期の状態から、10年以上生きたってケースもあるんだから。私はこれでも頑丈な方だから、それぐらい……」




 ヴィオレッタが、涙を堪え切れなくなった。


 口元を押さえ、リビングを飛び出していく。




 オズワルド父さんは静かに椅子から立ち上がり、ヴィオレッタをそっと追いかけた。




 そして俺は――



 

「なんで……? なんでなんだよぉ……? 母さんが、なにをしたっていうんだ。まだ、これから……。俺達家族は、これからもっと……」

 



 (ほお)を伝う涙が――


 ()(えつ)が止まらない。




「あらあらランディ。25にもなって、泣き虫さんなんだから」




 母さんは手招きして、俺を近くに呼び寄せた。


 (にじ)んだ視界の中、ふらふらと歩いて(そば)まで行く。


 すると母さんは(てのひら)で、俺の両頬を包み込んだ。




「ふむ……。我が息子ながら、かなりの色男に育ったわね。これなら、勝機は充分だわ。……ランディ。あなたニーサちゃんに、『結婚してくれ』って言いなさい」


「えっ……? どうして母さんが、それを……?」


「何十年、あなたの親をやっていると思ってるの? 好きな子なんて、バレバレよ。……それにね、なんとなく感じていたのよ。昔あなたとニーサちゃんが(いっ)(しょ)に住んでたってヴァリエッタママから聞かされた時、なんだかそれがとても自然なことのように思えてね」


「知ってたんだ……その話……」


「クロウリィ家で知ってるのは、母さんだけよ? いいわ。もう10年ぐらい前の話だから、時効ということにしておいてあげる。その代わり、私が生きてるうちにニーサちゃんをお嫁さんにしなさい。そしたら私も、心おきなく……」


「そんなこと! 言わないでくれよ!」




 心おきなくだなんて――


 死ぬだなんて、言わないでくれ――


 母さんがいなくなってしまったら、俺は――


 俺は――




「そうね……ごめんなさい。今の発言は、良くなかったかもね。でもね、ランディ。あなたもヴィオレッタも、大人になったわ。私がいなくなっても、生きていける」


「無理だよ……。そんなの無理だ……。転生して何十年生きてたって、俺は父さんと母さんの子供なんだ。子供でいさせてくれよ。まだまだ半人前なんだよ。父さんや母さんみたいに、立派な大人にはなれていない。だから……いかないで!」




 頬を挟み込んでいた母さんの掌に自分の手を添えて、俺は情けないことを口走っていた。


 本当に情けない奴だと――ガキだと思う。


 前世での経験を合算するなら、俺の精神年齢は母さんと2歳しか離れていないはずだ。


 なのに――


 なのに――


 ここはしっかりしたところを見せて、母さんを安心させないといけない場面なのに――




 俺は悲しくて仕方ないのに、母さんは面白い冗談でも聞いたみたいに笑った。




「『立派な大人』ですって? やだランディ。私も父さんも、あなたが思っているほどしっかりした大人じゃないわよ? この歳になっても毎日悩んで、迷って、後悔して、自信が無くて、不安に怯えている。それでも子供の前では、なんとか取り(つくろ)って生きてきただけ」




 そんなことは――

 そんなことはない!


 いつだって、父さんも母さんも頼れる大人だった。


 俺やヴィオレッタを、ここまで育ててくれた。


 働いて、稼いで、子育てをして――


 それがとんでもなく大変な仕事なんだと、最近になってようやく分かってきたところなんだ。


 俺には父さんや母さんみたいな、大仕事ができるとは思えない。


 レースばっかり――自分の好きなことばっかりやってきた、俺とは違う!




「畜生……。なんで俺は、レーシングドライバーなんかになっちまったんだ……。ただ他人より速く、車を走らせられるだけじゃないか。そんな役に立たない仕事より、医者を目指せば良かった……。そしたら、母さんの病気だって……」


「コラ!」




 突然、母さんに両の頬をつねられた。


 そのまま左右に、皮を引っ張られる。




「自分の仕事を、卑下するようなことを言わない! あなたの仕事は兄さんが……トミー伯父さんが夢見て、焦がれて、追い続けて……それでも届かなかった仕事なのよ?」


「で……でも……」


「でもじゃありません! ……ねえ、ランディ。レーシングドライバーは、役に立たない仕事なんかじゃないわ。あなたや兄さんの走る姿に、母さん達がどれだけ夢と勇気をもらったのか、分かっていないでしょう?」


「夢と……勇気?」


「そう。人生で(つら)いこと、逃げ出したいこと、泣きたいことがあった時、人はみんなレーサーに自分の姿を重ねるの」


 頬を引っ張っていた指が、離される。


 代わりに母さんは俺の頭に手を乗せ、ゆっくり、優しく撫で始めた。




「足が(すく)んでしまいそうなスピードと、体を押し潰すG。莫大なお金と時間がつぎ込まれたマシンを、任されるという責任。それに耐えながら戦い抜く英雄(ヒーロー)達の姿を見て、『きっと自分もやれるはずだ』という勇気をもらう。それはとてもとても、素敵な仕事」




 くしゃくしゃと、髪を撫でてくれる手つきが心地いい。




「ねえ、ランディ。本当はね、母さん怖いの。魔晶病の手術なんて、痛そうじゃない。それに、死ぬのも怖い。死んだ(あと)ってどうなるか、分からないものね。だから……勇気をちょうだい」


「勇気……? どうやって?」


「馬鹿ねえ、なにを聞いていたの? 走る姿を、見せろって言ってるのよ。『ユグドラシル24時間』をね」


「嫌だ! ユグドラシルは欠場する! 手術を受ける間、ずっと(そば)にいるよ!」




 チームの皆から、失望されてもいい。


 それでも俺は、手術を受ける母さんの傍についててあげたい。


 そう思っていた。




 思っていたのに、母さんは心底迷惑そうな表情を向けてきた。




「はあ? ランディ。あなたが手術の時に私の傍についていて、何か役に立つの?」


「へっ?」


「あなた、自分で言ってたじゃない。『車を速く走らせられるだけ』って。医療関係者でもなければ、なんの助けにもなりはしないわ」


「ええっ? 母さん。それちょっと、酷くない?」


「事実を言っているだけよ。傍にいても、私の助けにはならない。でもユグドラシル24時間を走れば、私に勇気をくれる。どっちが役に立つかなんて、考えるまでもないでしょう?」




 ああ。

 母さんは優しくて、厳しいな。


「私に構わず、夢の舞台を走ってこい」


「職務を投げ出すことは、許さない」


 そう言ってるんだ。




 俺は涙を拭い、顔を上げる。


 ヘーゼル色の瞳はいつもと変わらない輝きで、俺を見つめていた。


 そしていつか聞いた言葉が、再び俺の背を押す。






「走り続けなさい、ランドール・クロウリィ。あなたはレーシングドライバーなのだから。そしてどこへ行っても、私と父さんの息子なのだから」






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[一言] お母さぁぁぁぁぁん!!!(号泣)
[良い点] ぐむむううううーーーー かぁちゃん…… ううう…… ぐおおおーーーーん……
[一言] うわーんママアアアアアアアアアアアア
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