ターン173 伝説、知っていますか?
世界耐久選手権 第2戦
ハーロイン国
パープルスターハイウェイ4時間
今回は、高速道路を閉鎖してレースする公道コース。
アクセル全開時間が長く、平均速度も高い。
そのくせ、退避所が全然ない。
なのでミスしたら即、とんでもない速度で道路外壁とオトモダチになってしまう。
神経がすり減るコースだ。
4時間耐久レースって聞くと長い印象があるけど、世界耐久選手権全10戦の中ではかなり短い方。
なので今回は、前回と真逆の作戦を取った。
スタートからゴールまで、ずぅーっと全開。
オーバーテイクシステムもタイヤも、ガンガン使えってさ。
それで実際に決勝レースがスタートしてみると、思いっきりカッ飛ばしてるのに他所のチームに全然ついていけないっていうね。
だから、パワー差があり過ぎるっての!
どのマシンも900馬力ぐらいになるよう、車両規則で性能調整されてるはずなんだけどな~。
この差はいったい、なんなんだ?
エンジン内部抵抗損失の差か?
さすがにエンジン担当のヌコさんに、文句のひとつも言ってやりたい。
そう思っていたら、上位陣が次々エンジン大破しやがった。
なんだなんだ?
今年のマシンは駆動系だけじゃなく、エンジン耐久力もみんな弱いのかよ?
まーた上位陣の自滅に救われて、俺達は18位でフィニッシュした。
「前から言ってるだニよ。おいちゃんの組んだロータリーは、壊れないだニ」
レース終了後、自信満々で言い放ったヌコさん。
縛られてピットの床に転がり、アンジェラさんのハイヒールで踏まれた状態からの台詞でなければカッコ良かったのに――
テレビカメラも来ているサーキットで、そういう遊びをするのはやめれ。
全世界に、シャーラ社の恥部が放送されちゃうだろ?
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第3戦 ハトブレイク国
ロックローレル空港6時間
今回のレースは、空港の滑走路を使った特設コース。
道が平坦で景色に目標物が少なく、ブレーキングポイントが定めにくいな。
この国は、ブレイズ・ルーレイロの母国。
いや~。
すごい人気だな。
サーキット中に、奴の横断幕と応援団がいっぱいだ。
おまけに親父さんのアクセル・ルーレイロまで応援に駆けつけて、ファンのボルテージは最高潮。
声援の後押しもあったのか、ブレイズの野郎は予選でコース最速記録を出しやがった。
ブレイズと組んでいるヤニ・トルキとダレル・パンテーラの2人もいいタイムを出して、レイヴン〈イフリータ〉85号車は予選1番手を獲得。
決勝でも、そのまま優勝した。
俺達の〈レオナ〉は、どうなったかって?
入賞できませんでした。
21位フィニッシュ。
最初から最後まで、ノートラブルではあったんだけどな~。
さすがに他のメーカーも対策を取ってきたのか、マシントラブルで自滅するチームが減ってきたんだ。
入賞できなかったことよりも、ショッキングな出来事があった。
表彰台中央に上がるブレイズをヴィオレッタが見て、
「ふ~ん。少しはカッコよく、なってきたかしら?」
なんて呟いたんだ。
いつもなら「うちのお兄ちゃんほどじゃないけどね」と続くはずなのに、とうとうヴィオレッタの口からその台詞は出なかった。
ああ――そんな――
ヴィオレッタ、お前まさか――
やっぱりブレイズは、第1戦のとき海に捨ててしまうべきだった。
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第4戦 ガンズ国家連邦タイラー州
エアロスミス800km
GTフリークスで何度も走っている、エアロスミスサーキットが舞台だ。
ここの名物は、壁みたいな傾きの付いたループコーナー。
左に360度グルッと1周する、『テンペスト』だ。
この区間、頭から股下にかかる縦Gがすっごくキツいんだよね。
GTフリークスの頃はドライバー2人体制だったけど、WEMは3人で走るから負担は軽くなる――なんて計算にはならない。
なんせレース距離は、300kmから800kmに伸びてるからな。
おまけに『テンペスト』の通過速度。
GTフリークスマシンは350km/hぐらいだったのに、GT-YDマシンは400km/hオーバー。
当然、遠心力も激しくなる。
「俺っちレースが終わる頃には、Gで身長が縮んでるかもしれないっス」
そう心配していたポール・トゥーヴィーだったけど、レース後に測ってみたら全然変わっていなかった。
むしろ俺とニーサが、2cmずつ縮んでいてビックリ。
ま――まあしばらく経てば、元の187cmに。
ニーサは180cmに戻るかな?
「あーあ、いいっスね。縮むほど、身長が有り余ってる人達は。俺っちはお2人と身長差あるから、シート合わせるの大変なんっスよ?」
ポールはすっかり不貞腐れてしまった。
身長が低いのを、気にしてるみたいだ。
こいつ小鬼族としては、背が高い方だと思うんだけどな。
レースは15位フィニッシュ。
上々の結果と言ってもいいだろう。
マシンを押し潰すようなGがかかる「テンペスト」でも、ウチの〈レオナ〉さんはすごく安定した走りを見せてくれた。
ジョージの仕上げた、アクティブサスの出来が良かったんだろうな。
「凄くイイ車だったよ!」
と、ジョージに言ってやったら、
「当然です」
と返された。
相変わらず、可愛くない奴~。
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そして第5戦、クローネ国。
インヤンザ12時間。
クローネ国は、石油の産出国だ。
相当な量を、世界中に輸出している。
そのおかげで経済的にはものすごく潤っていて、国民にはお金持ちが多い。
首都であるインヤンザシティの道路にはレイヴン〈イフリータ〉やナイトウィザード〈シヴァV12〉など、お値段数千万モジャのスーパーカーが溢れかえっている。
前世では行ったことなかったけど、ドバイなんかがこんな感じなのかな?
国土の大部分は砂漠で、焼け付くように日差しが強く、暑い。
とても自動車レースなんて開催できる気候じゃないから、今回のインヤンザ12時間はそれを避けられる時間帯に行われた。
太陽がマシンやドライバー、観客に牙を剥かない時間帯――つまりは夜間レースだ。
砂漠の真ん中にある、インヤンザ国際サーキット。
夜明け前、薄紫色の空の下。
俺は〈レオナ〉のハンドルを握り、バックストレートを駆け抜けていた。
このサーキットは道幅が広く、1周も10kmと長いコース。
これだけ広いと、周りに車がほとんどいない時間ができたりする。
今もそうだ。
前にも後ろにも他のマシンが見当たらず、1台で淡々と走っている。
俺の話し相手は〈レオナ〉だけ。
妙な孤独感を味わっていると、無線が入った。
『ランディ様、調子はどうですの?』
イヤホンを通して砂漠に涼しく響く、銀鈴の声音。
チームオーナーのマリー・ルイス嬢からだった。
「ああ、マリーさん。俺も〈レオナ〉も絶好調だよ。トラブルの前兆はない」
『ウチの砂塵対策は、完璧ですわね』
このサーキットは砂漠の真ん中にあるから、コース上にもやたら砂が飛んでくる。
おかげで路面が滑りやすいってのが厄介だし、なにより問題なのはマシンが砂を吸って壊れることだ。
そこでウチの〈レオナ〉は、吸気口にフィルターを設けてある。
しかもピットインの度に、そのフィルターを一瞬で交換できるように設計してあるんだ。
「このまま行けば9位。初のシングルフィニッシュだね」
『後ろから追い上げてくるマシンはおりませんが、まだゴールまで1時間もありますわ。最後まで、集中力を切らさないで下さいませ』
「ああ、分かっているよ。マリーさんは、ゴールまで仮眠したらどうだい?」
『いいえ。チェッカーフラッグが待ち遠しくて、眠れそうにありませんわ』
マリーさんは、俺がブレーキング中や旋回中で忙しい時には話しかけてこない。
直線に入って、運転に余裕がある時だけ呼びかけてくれる。
ピットに転送されている車載カメラの映像を見ながら、タイミングを計ってるみたいだ。
「チェッカーが待ちきれないとは、マリーさんもすっかりレース中毒者になっちゃったもんだね」
『うふふふ……。すべて、ランディ様のせいですわ。責任を取って下さいませ』
「ああ、そうだね。俺のせい……か……」
レース中にもかかわらず、マリーさんとの出会いを思い出してしまった。
あれは今からもう16年も前、基礎学校の4年生に進級する直前。
まだ9歳だった頃だ。
校舎裏のマリーノザクラ。
通称「乙女の桜」。
その花びらが舞う中で、俺達は出会った。
『あの時は、想像もしませんでしたわ。こんなに素敵な世界があるなんて……』
「マリーさん……」
『ワタクシはレースに……ランディ様に、出会えて良かった』
「ああ、俺もさ」
『ランディ様……。ワタクシ達の学校にあった、「乙女の桜」の伝説、知っていますか?』
マリーさんの問いかけに、心臓がドキリと跳ねる。
知っているさ。
あの桜の下で女性が意中の男性に想いを告げると、将来結ばれるって伝説だよな?
あの日、確かにマリーさんはこう言った。
「ワタクシと、結婚を前提にお付き合いして下さい」
そう、彼女はケイトさんやルディと違う。
最初からストレートに、俺への好意をぶつけてきてくれたコなんだ。
その後ヤンデレ化した彼女に襲われそうになったり、敵チームとして立ちはだかられたりと色々あってうやむやになってはいた。
同じチームになってからは、「戦友」って関係になってしまっていた。
だけど今でも、その想いは感じている。
なのに、俺は――
『返事がないということは、ご存じないのですわね。ふふふっ……。また今度、教えて差し上げますわ』
「ああ、そうだね。また今度……」
16年間だ。
ひょっとしたら、16年ずっとじゃなかったかもしれない。
俺が腐ってた時期とかは、顔を会わせていないからな。
それでも長い長い時間、俺は彼女の気持ちを知りながら、それをきちんと受け止めずにいて――
そして――
ニーサ・シルヴィアと出会い、愛するようになってしまった。
マリーさんの想いに「ごめん」と答えた時、彼女はどんな表情をするだろうか?
考えるだけで、胸が詰まる。
けれど俺は、言わなきゃいけない。
それも、できるだけ早く。
もう16年も先延ばしにしていて、これからも延ばした分だけマリーさんは傷つく。
レースに影響しないよう、世界耐久選手権の今シーズンが――ユグドラシル24時間が終わったら告げよう。
「俺には他に、愛する女性がいるんだ」と。
『ランディ様、朝日が昇ります』
マリーさんの言葉に視線を少しずらしてみれば、砂漠の彼方――地平線に、朝日が顔を出しつつあった。
レース終了は近い。
俺と〈レオナ〉は、ホームストレートへと戻ってきていた。
ピット前にあるサインエリア。
そこからマリーさんが、顔を覗かせている。
銀色の縦ロールヘアが朝日を浴びて、眩しく揺れていた。
俺は、そんな彼女の眼前を駆け抜ける。
一瞬だ。
300km/hオーバーで走る〈レオナ〉は一瞬でマリーさんの前を通過し、後方モニターの彼方へと消し去ってゆく。
なんだかその光景が切なくて、俺は奥歯を噛みしめた。
世界耐久選手権 第5戦
インヤンザ12時間
55号車 〈シャーラ・BRRレオナ〉
ランドール・クロウリィ/ニーサ・シルヴィア/ポール・トゥーヴィー組
決勝9位




