ターン167 4人目のドライバー
樹神暦2642年3月
メターリカ国際空港発着ロビー
「ひゃっほうっス! 海外っスよ海外! 楽しみっスね~」
「ポール。お前、なんでそんなにテンション高いんだよ? 海外レースなんて、GTフリークス時代に何度も行ったことあるだろ?」
「ランドール! ポール! 子供じゃあるまいし、騒ぐな!」
「俺、別に騒いでないんだけど……。ニーサのデカい声の方が、騒がしいよ……」
この場にいるチームメンバーは、ドライバー陣3名だけ。
竜人族のニーサ・シルヴィア。
小鬼族のポール・トゥーヴィー。
そしてこの俺、ランドール・クロウリィ。
ケイトさん達は先にマリーノ国を発ち、もうディシエイシ国に入っている。
世界耐久選手権、第1戦の舞台だ。
GTフリークスドライバーやってた頃でさえ、ファンに取り囲まれないよう空港では変装したりしてやり過ごしたもんだ。
世界最高峰カテゴリーであるWEMのドライバーになった今は、前よりもっと目立たないよう気を遣う。
今日の恰好だって、俺はサングラスで顔を隠した旅行者らしいカジュアルスタイル。
ニーサはロングスカートに伊達メガネという、いつぞやのお嬢様コーデ。
それなのに、ポールの奴ときたら――
アロハシャツに短パン!
オマケにサンダル履き!
そして、ハート型フレームのサングラス!
目立たないように変装してるのに、その格好は目立っちゃうだろうが!?
だいたい今は、3月だぞ?
寒くないのかよ?
「……む? なんだランドール? その左手に巻いた、スカーフは?」
ニーサに指摘されて、俺は慌てて左手首を押さえる。
「いや……これは……その……。手首をケガしちゃってさ」
「なにをやってるんだ。レース直前だぞ? ケガしないよう、細心の注意を払え」
「ランディさん。なにか巻くにしても、そのスカーフは全然服と合ってないっス。他のモンにしたらどうっスか?」
これ以上2人に注目されないよう、俺は左手首を体の陰に隠した。
スカーフの下には、ルディからもらった世界樹の腕輪が嵌められている。
彼女が安全を祈り、自分の夢を託して渡してくれた腕輪。
ドライバーとして、これを嵌めないという選択肢は有り得ない。
だけどニーサの前で、他の女の子からもらったアクセサリーを身に着けるというのはいかがなものか?
後ろめたい。
なんだかものすごく、後ろめたいぞ。
「貴様スカーフの下に、私に見せられない何かを隠しているのではないだろうな? 女の子からもらった、アクセサリーとか」
ギクギクぅ~!
ニーサの奴、なんて鋭いんだ!
「マジっスか? ひょお~! やるっスね、ランディさん」
「なんでそんな風に、決めつけるんだよ!?」
やけにニヤニヤした顔で、見つめてくる2人。
ポールはともかく、ニーサがその反応はおかしいだろう?
「貴様! 私を彼から奪うとかほざいておいて、他の女の子からもらったアクセサリーを!」
とか、怒るもんじゃないのか?
――怒ってもくれないのか?
やっぱ、脈無しなの?
俺が密かにヘコんでいると、ニーサは何やらゴソゴソと自分の荷物を漁り出した。
「そういえば私も、着けなければならないものがあったんだ」
「ニーサ! おまっ! それ!」
彼女の左手には、腕輪が着けられていた。
俺の左手首。
スカーフの下に隠されているものと、寸分違わない見た目。
この腕輪は、ルディの手作り。
つまり、ニーサのも――
「あー。そういや俺っちも、ルディさんからこれを着けて走るように言われてたっス。不甲斐ない走りをしたら、国外追放だと脅されてるっス」
いつの間に嵌めたのか、ポール・トゥーヴィーの手首にも――
俺やニーサのと全く同じ、世界樹の腕輪だ。
「なんだよ、2人して……。俺をからかってたのか?」
「堂々と、身に着けてればいいんだ。それをなんだ? 貴様は? コソコソと隠したりして……。女の子からもらったものだから、恥ずかしいのか? ルディちゃんを、意識してるのか?」
「いや。俺が異性として意識しているのは、ニーサだけだ」
大真面目に言ったのに、ニーサからはグーで殴られた。
ポールの奴は冗談だと思ったらしく、
「ニーサさんの方が、からかわれちゃったっスね~」
なんて大笑いしている。
2人とも!
俺が嘘をつけない体質だということを、思い出して!
「と……とにかく、コソコソ隠すんじゃない。この世界樹の腕輪は、ルディちゃんから夢を託された証。夢の舞台に辿り着けなかった者達の想いを乗せて走るのも、私達レーシングドライバーの務めだろう」
「ルディさんオレっちのことを、自分の代役だと思い込んでるっスからね~。ルディさんより、実力を買われて選ばれたんスけど。……でもまあ、それ言っちゃうと可哀想なんで。優しいオレっちは、代役としてサクっと活躍してあげるっス」
いやポール。
本当にお前は、ルディの代役として抜擢されたんだよ。
シャーラ上層部は、
「ルドルフィーネ・シェンカーの方がいいんだけど、スーパーライセンスが下りないんならしょうがない」
みたいなノリだったらしい。
それでヴァイさんのコネを使い、
「ポール・トゥーヴィーでいいや、貸してくれね?」
ってタカサキの偉い人にお願いしたら、
「いいよ。GTフリークスの〈サーベラス〉36号車には、ルドルフィーネ・シェンカーが戻ってきてくれるし」
って快諾されたそうな。
つまり真実はポールが〈レオナ〉のシートを奪ったというより、〈サーベラス〉のシートをルディに奪われて、あぶれたから他のメーカーに貸し出されたという――
それをポール本人に言ってモチベーション下がるといけないから、みんな黙ってるけど。
「俺達は、他のチームよりズルいのかもしれない。どこのチームもドライバーは3人体制だけど、俺達55号車〈シャーラ・BRRレオナ〉には4人目のドライバーがいる」
俺は左手首のスカーフを解いた。
ニーサやポールと同じ、世界樹の腕輪が露わになる。
誰が言い出したわけじゃないけど、全員が拳を握り突き出した。
腕輪を嵌めた手首を、重ね合わせる。
3人で重ね合わせるには、歪な位置取りだ。
まるで4人目が入る場所を空けるよう、不均等に立つ。
俺には見える。
空いたスペースに立つ、ルドルフィーネ・シェンカーの姿が。
きっと、ニーサやポールにも見えている。
謎の儀式に、空港利用客からは視線が集まってしまっていた。
目立ちたくはなかったけど、もう仕方ない。
どうせポールがテンション上げて、ニーサが怒鳴ってた辺りから注目は浴びていた。
「行くぞ! 世界耐久選手権へ! そしてユグドラシル24時間へ! 樹神レナードに、38年ぶりのロータリーサウンドを腹いっぱい聴かせてやる!」
俺の号令に、2人も「おう!」と力強く応じた。
3人で横並びになり、搭乗口へと歩き出す。
まずは第1戦フェア・ウォーニ1000kmの舞台である、ディシエイシ国へ向けて出陣だ!
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旅客機の座席は、3人ともファーストクラスだった。
エコノミークラスやビジネスクラスに乗っちゃうとファンが群がってきて大変だし、セキュリティ上の危険もあるっていうのが理由だ。
ドライバー以外の面子は、普通にビジネスクラス。
ヴァイ・アイバニーズ監督だけは有名人だから、ファーストクラスで行ったらしい。
なおチームオーナーのマリー・ルイス嬢は、なんとプライベートジェットでの現地入りだ。
ファーストクラスっていうのは、本当に快適だな。
シートが豪華っていうだけじゃない。
周りにちょっとした仕切りがあって、個人の空間が確保されている。
のびのびと手足を伸ばせるのは、長身の俺やニーサにはありがたいぜ。
「ランディさんランディさん! ディシエイシ国に着いたらまず、泳ぎに行かないっスか? 宿泊するホテルの真ん前がビーチっスよ!」
座席間の仕切りから身を乗り出し、興奮気味のポールが話しかけてくる。
「ポールお前、10年前のパラダイスシティGPの時もそんなノリだったよな」
「あの時は非情にも置いて行かれて、マジで泣いたっス。それで奮起して、翌年はパラダイスシティGP出場と、ビーチで遊ぶ夢を達成したんスけどね。ついでに優勝もしたっス」
ポールのついでにって言い方に、ちょっとイラっとする。
なぜなら――
「よせ、ポール。ランドールの前で、パラダイスシティGPの話はするな。こいつは優勝経験がないんだ。私達と違ってな」
座席で読書をしていたニーサが、さらにイラっとさせる発言を飛ばしてくる。
「あースンマセン、ランディさん。デリカシー無い発言しちゃって。元気出して下さいっス」
なに? このイジメ。
これはアレか?
地球のプロ野球選手に例えるなら、「あいつ、甲子園行ってないんだってよ」みたいな感じか?
パラダイスシティGPなんて、大っ嫌いだ!
ついでに開催地だった、ディシエイシ国まで嫌いになりそう。
そんな国に、今からレースしに向かうわけだけど。
「世界耐久選手権第1戦、フェア・ウォーニ1000kmか……。年間10戦、長い戦いの日々がスタートだな」
窓から空と雲海を眺めつつ、俺はボソリと呟く。
俺達の夢の終着点であるユグドラシル24時間耐久レースは、世界耐久選手権というカテゴリーの最終戦として開催される。
とてつもなく歴史の古いレースで、初開催は200年も前だとか。
昔は1年に1回、大晦日のお祭りとしてユグドラシル島でのレースが開催されるだけだった。
ところが段々とマシンが進化して開発にお金がかかるようになると、各自動車メーカーやレーシングチームは考えるようになる。
「せっかくメチャメチャお金と時間をかけてマシン開発するのに、走らせる機会が年に1回ってもったいなくね?」
と。
そんなわけで、100年前に生まれたのが世界耐久選手権。
ユグドラシル24時間用に作ったGT-YDマシンの凄さ、カッコ良さを、もっと色んな地域でたくさんの人に観てもらいましょうって選手権だ。
その成り立ちのせいで、どうしても選手権全体のチャンピオン争いよりユグドラシル勝者の方に注目が集まっちゃうんだけど。
「ランディさんの言う通り、長い戦いになるッス。だからこそ、最初から気合い入れすぎてると最後までもたないっスよ。……というわけなんで、泳ぎに行きましょうよ」
なんか、やたらとポールの鼻息が荒い。
まあ、ちょっとぐらいはいいか?
俺もビーチに行く機会ぐらいはあるかもしれないと思って、水着は持ってきてるし。
「ニーサはどうする? 水着は持ってきてるか?」
「なんだ貴様? そんなに私の水着姿が見たいのか?」
「うん、見たい」
頷いた俺に対する、ニーサの変化は劇的だった。
本日は束ねずに下ろしていたプラチナブロンドがぶわっと広がり、強気な表情だった顔面が真っ赤に染まる。
「おっ。コイツの反応可愛いじゃん」と思った次の瞬間には、ニーサの読んでいた文庫本が飛んできた。
「バカッ! 変態! 破廉恥野郎! 貴様のようなドスケベは、私が飛行機から放り出してやる!」
座席から立上がり、わざわざ俺の方まで来てシャツの襟を掴んでくるニーサ。
おいおい。
本当に、放り出す気じゃないだろうな?
現在の高度は、1万mだぞ?
「ちなみにニーサさん、マジで水着持ってきてるんスか? ビーチには行くんスか? 行かないんスか?」
ポールの問いかけに、ニーサはガクガクと俺を揺さぶっていた手を止めた。
「持ってきていないし、行かない! 男同士で、好きに行けばいいだろう!」
プンスカ怒りながら、ニーサは自分の座席へと戻っていく。
おや?
あの尻尾の揺れ方は、怒っている時じゃなくて動揺している時の揺れ方じゃないのか?
そんなニーサの態度と返答に、ポールは――
「ほうほう、それは残念っスね。ニーサさんの水着姿、俺っちも見たかったのに。これは都合がいい……じゃなくて、ホントに残念っス」
ポール・トゥーヴィーは、ニチャアとした笑みを浮かべていた。




