ターン165 逆襲の人間族
始まりは、ラウネスネットに投稿しているチャレンジ動画に寄せられたコメントだった。
『僕はこの動画を見て、自信が持てました。クロウリィ選手のおかげで、チャンピオンを獲れましたよ。ありがとうございます』
気になってメッセージのやり取りをしてみると、どうやらこの子はジュニアカートの選手権に出ている人間族の男の子らしい。
いつも獣人やエルフのドライバーに負けていたけど、今年は接戦を制して年間王者を獲得できたんだそうな。
俺の動画は関係ないような気もするけど、なんだか嬉しかった。
次に寄せられたのは、国内スーパーカート選手権に参戦しているライ・D・ユザワからのコメント。
彼女のことは知っていた。
タカサキのレーシングスクールを受講した生徒で、俺も講師として指導したことがあるんだ。
人間族で女性。
そうなるとレーシングドライバーとしては、筋肉量の面でどうしても不利になる。
なのに彼女ときたら、同世代を圧倒するドライビングテクニックと勝負強さを発揮してチャンピオン争いを演じている。
『ランディ先生の動画、めちゃめちゃ元気出たぜ! あーしら人間族の意地を、見せたげるよ! 国内スーパーカートチャンピオンと、パラダイスシティGPの優勝をかっさらってくるぜ!』
そう男前なコメントを残したライは本当に年間王者を獲得し、世界一決定戦のパラダイスシティGPでも優勝した。
うむ。
有言実行とは、男前でカッコイイぞ。
ライは女性ドライバーだけど。
俺はパラダイスシティGPでは勝てなかったから、実はちょっぴり悔しかったりする。
次は、ビックリな相手からコメントがきた。
ツェペリレッド・ツーリングカー・マスターズに参戦している、ヘイ・ハンセン選手だ。
ええっ!?
ハーロイン国の有名選手だから知ってるけど、全然交流ないぞ?
いちどパラダイスシティGPで、一緒になったことがあるくらいか?
そういえばあの大クラッシュの時、彼も巻き込まれていたような?
「あの事故はお前のせいだ!」と責められないか、ドキドキしながらコメントの文面を読む。
――良かった。
あの件は、関係ない。
チャレンジ動画が、とても楽しかったという内容だ。
そして、ダイレクトメッセージもきた。
IGTAの人間族締め出し規則に、納得していないということ。
同じ人間族ドライバーとして、俺を応援してくれているということ。
いつかユグドラシル24時間で、一緒に走ろうということ。
最後に、誓いが書かれていた。
『我々人間族の力を示すために、ツェペリレッド・ツーリングカー・マスターズの年間王者になる!』
彼も本当に、チャンピオンになった。
続いてのコメントは――
わあ、大物。
ガンズ国家連邦ストックカー選手権の本年度チャンピオン、ジャクソン・グローヴァー選手だ。
鬼族のヤニ・トルキと、転生レーサーのデイヴ・アグレスを押しのけてチャンピオンになった走りは圧巻だったな。
彼も人間族のドライバーなんだけど、
「俺は来年、ユグドラシル24時間に参戦する」
と、早くから公言している強者だ。
規則制定の行方なんか、知ったこっちゃないって感じ。
彼が所属しているクワイエット社の企業チームも、早々と参戦ドライバーとして発表してしまっていた。
ドライバーもチームも、
「今さら参戦できないとか、言わねえよな?」
って、強気な態度だ。
彼からきたコメントは、
『クレイジーな動画だぜ! 最高!』
それと、やっぱりダイレクトメッセージも送ってきた。
励ましとか応援とかじゃなく、
『ユグドラシル24時間は最高だぜ!』
という内容を、延々と。
ああ。
そういや彼は、何度かユグドラシル出場経験があるんだったな。
『ユグドラシルはヤバいコースだけど、腕さえありゃ俺達人間族でも走れる。IGTAはアホ』
最後はそう、締め括られていた。
こっそりダイレクトメッセージで送ってくるわけだ。
ネットで世界中の目に晒されるコメント欄には、書き込めない文面だな。
なんだなんだ?
振り返ってみれば、今年は世界中の主だったレースカテゴリーで人間族がチャンピオンを獲得しまくってるじゃないか。
これで
「GT-YDマシンは速すぎるから、身体能力で劣る人間族が乗るのは危険」
なんて言われても、説得力ゼロだぞ?
トドメとなる出来事が起こった。
ツェペリレッド・ツーリングカー・マスターズやガンズ国家連邦ストックカー選手権と同格なトップカテゴリーのひとつ、GTフリークス。
ここでも、人間族のドライバーが王座獲得。
今年チャンピオンを獲得したのは36号車、〈ロスハイム・ラウドレーシングサーベラス〉。
クリス・マルムスティーン/ポール・トゥーヴィー組だった。
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微かに、バイクのエンジン音が聴こえた。
これは、郵便屋さんのバイクで間違いない。
実家の自室にいた俺は、猛然と階段を駆け下り郵便ポストへとダッシュする。
廊下ですれ違ったシャーロット母さんから、
「いい歳して、家の中をバタバタ走るんじゃありません!」
と怒られたけど、聞こえなかったフリをしてさらに加速。
ゴメン、母さん。
今はコンマ1秒でも早く、郵便ポストへと辿り着きたいんだ。
ズザーッと靴を滑らせながらポスト前で急制動をかける俺に、郵便屋さんはビクッとしていた。
驚かせて申し訳ない。
俺がポストの蓋を開けると、そこには――
――あった!
俺宛ての郵便!
差出人は――IGTA!
即開封できるように、ペーパーナイフは持ってきていた。
俺は流れるような動きで切れ目を入れ、封筒の中身を取り出す。
出てきたのは、グリーンメタリックのカード。
俺の名前と、写真が印刷されている。
「来たぞぉーーーー!! スーパーライセンスだーーーー!!」
バイクで走り去ろうとしていた郵便屋さんが、俺の叫び声に驚いて転んでしまった。
あらら、本当にゴメンよ。
嬉しくって、つい。
――スーパーライセンス。
世界耐久選手権やユグドラシル24時間に、出場するために必要なライセンスだ。
発給条件は、トップカテゴリーで優秀な成績を収めること。
2637年と2639年のGTフリークスチャンピオンである俺は、とっくの昔に成績条件はクリアしていた。
例の人間族締め出し規則のせいで取得できないかもしれなかったんだけど、郵送されてきたってことは――
「規則改定は無しだ! 俺は……俺はユグドラシル24時間に、参戦できるぞ!」
ライセンスカードを太陽に掲げる。
このスーパーライセンスは世界樹ユグドラシルの葉をイメージして、緑色になっているんだとか。
ユグドラシルの葉が風に揺れてざわめく音が、聞こえたような気がした。
「ランディ? スーパーライセンスが届いたの?」
玄関から聞こえた声に振り向けば、母さんが俺を追ってきていた。
「母さん! きたよ! スーパーライセンスだよ! 行けるんだ、ユグドラシル24時間に! トミー伯父さんや、エリックさんの夢だった舞台に!」
ヘーゼル色をした母さんの瞳には、涙が浮かんでいた。
そのままヨロヨロと、俺の方に歩み寄ろうとして――
「危ないっ!」
つまづいて転びそうになった母さんを、寸前で滑り込み受け止める。
「あらら。ありがとう、ランディ。助かったわ。最近、つまずくことが多くって」
「母さん、あんまり慌てちゃダメだよ」
「さっき家の中を爆走していた人が、なにを言うの。……いやねえ。私、もう歳なの? いっぺん病院で、診てもらおうかしら?」
「ははっ。母さんは、まだまだ若いさ」
最近老け始めたオズワルド父さんに比べると、ハーフエルフである母さんはかなり若く見える。
もっとも父さんも、こないだ瓦50枚割りをキメてたからまだまだ元気だな。
「……やったわね、ランディ。本当に、自慢の息子だわ」
「そりゃ、原材料が父さんと母さんだからね」
そう言った途端、母さんの笑顔を涙が伝った。
工場の方から、工具を手に持ったままの父さんがドタドタと走ってくる。
2階の窓から、ひらりとヴィオレッタが飛び降りてきた。
俺の大声に驚いて、近所の人達まで何ごとかと集まってきた。
「今夜は宴会をやるぞーーーー!! みんな、来てくれーーーー!!」
父さんが野太い声で、近所一帯にお知らせする。
クロウリィ・モータース前の広場は、バーベキューパーティーとかやるのには絶好の場所なんだよな。
家族と近所の人達からお祝いの言葉を浴びながら、俺はもういちどライセンスカードを天に掲げて宣言した。
「みんな! 俺はユグドラシル島に行ってくるよ! 光の精霊〈レオナ〉GT-YDを駆り、青き不死鳥シャーラワークスを再び世界一にしてみせる!」
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樹神暦2641年12月
マリーノ国 西地域
シン・リズィ国際サーキット
ピット内で、着々とテスト走行の準備が整えられていく。
慌ただしく動いているのは、白いウィンドブレーカーやジャンパーを着込んだスタッフ達。
チーフデザイナーにして、空力担当エンジニア。
戦略担当も兼ねる、ケイト・イガラシ嬢。
サスペンション担当エンジニア。
そしてチーフメカニックとして、他のメカニック達も指揮するジョージ・ドッケンハイム。
〈レオナ〉の心臓4ローターエンジンと、変速機等パワートレインのエンジニアを担当するヌコ・ベッテンコートさん。
この辺りはもうずっと前から、一緒に〈レオナ〉を作り上げてきた仲間達だ。
今日からは、新しい仲間達も合流する。
俺以外にも、2人のドライバーが〈レオナ〉GT-YDを走らせる予定になっていた。
「ヒャッハーっス! 〈レオナ〉GT-YDって、めちゃんこカッコいいっスね! 俺っちに相応しいマシンじゃないっスか?」
〈レオナ〉の周りを落ち着きなくピョコピョコと跳ね回り、スタッフ達の邪魔になっている小鬼族。
コイツときたら、もう――
GTフリークスのチャンピオン獲って、少しはプロドライバーっぽい落ち着きが出るかと思ったら全然だな。
「ポール。そんなに鬱陶しくウロチョロしてたら、ケイトさんからハリセンでシバかれるよ? それに、ヒャッハーってなんだよ? クリス君じゃあるまいし」
「GTフリークスで1年間コンビ組んでたから、うつっちゃったんスかね~?」
笑いながらおどけてみせるのは、ポール・トゥーヴィー。
俺と組んで、ユグドラシル24時間に挑む同僚だ。
そして、ドライバーはもう1人。
24時間もの長丁場耐久レースであるユグドラシルでは、3人で交代しながらマシンをゴールへと運ぶ。
「ランドール! 貴様、ちゃんと〈レオナ〉の開発を進めてきたんだろうな? 生半可な仕上がりだったら、突っ返すぞ?」
黄金の鱗に覆われた尻尾が、ビシリと俺を指す。
赤いヘルメットの下からわずかに覗く、プラチナブロンドの髪。
「そりゃもちろん、最高の仕上がりさ。走らせてぶったまげるなよ? ニーサ」
「私のところにも来ないで、開発を進めてたんだ。最高の仕上がりで、当然だろう。『また来る』とか言ってたクセにな。私のところに、全然来ないで……」
「あ……いや……それは……。〈レオナ〉のテストが忙しかったのもあるけど、ニーサもGTフリークスのシーズン終盤で忙しそうだったし……」
「ふん! もう知らない!」
ニーサ・シルヴィアはさっさと〈レオナ〉の運転席に乗り込み、コースへと出て行ってしまう。
ブリブリとした排気音は、彼女の機嫌の悪さを体現しているようだった。
俺は作業エリアとピットロードを横断し、サインエリアへと入る。
そこからコースを覗き込み、ニーサと〈レオナ〉が通過するのを待っていた。
すると、隣に気配が生まれる。
「ランディ。お前、ニーサお嬢ちゃんに何をしたんだ?」
「いや。むしろ、何もしなかったっていうか……。『また来る』って言ったんですけど、お互い忙しくてなかなか会いに行けなくて……」
「それで、放置したのかよ? お前ときたら……。あとで説教だ」
「勘弁して下さいよ、監督」
隣に顔を向ければ、このチームのレース監督を務める狼の獣人が立っていた。
爛々と輝く赤い瞳。
現役時代より、少し伸びた白髪。
犬歯を剥き出しにするワイルドな笑みは、放浪の旅に出る前と少しも変わっていない。
――ヴァイ・アイバニーズ。
GTフリークス界のレジェンドドライバーは、レースの現場へと帰ってきた。
俺達シャーラ・ブルーレヴォリューションレーシングの監督として。
甲高い排気音を響かせながら、〈レオナ〉が最終コーナーを立ち上がってくる。
えっ!?
まだコースインしたばかりなのに、オーバーテイクシステムとドラッグ・リダクション・システムオンだと!?
しかもニーサの奴、俺とヴァイさんが立っているサインエリアの壁ギリギリを走り抜けやがった。
走行風圧が強烈なビンタみたいに襲ってきて、俺とヴァイさんは吹っ飛ばされる。
その様子をピットから眺めていたポールが、指を差してケタケタと笑っていた。
畜生!
ニーサの奴、わざとやりやがったな!
「クソガキどもめ、後で全員まとめて説教だ」
そんなことを言ったヴァイさんだけど、表情は面白そうに笑っていた。




