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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター6

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163/195

ターン163 0点だ。やり直せ

■□ニーサ・シルヴィア視点(オンボード)■□




 いつからだろう?


 彼の夢を、見ない日々が続いていた。




 虚空に開いた穴へと、消えてゆく彼。


 黒曜の瞳と、髪を持つ彼。


 白い騎士風の(しょう)(ぞく)(まと)った彼。




 彼のことを含め、前世の記憶と(おぼ)しき妙な世界の夢を見る機会はほとんどなくなってきた。




 代わりに見るようになったのは、この世界(ラウネス)で出会った人達の夢だ。




 ちょっと変わってるけど、優しい家族。


 貞操観念は理解し難いけど、とても気が合うしなんでも相談できる友人アンジェラ。


 レース関係の仲間や、ライバル達。


 そして――




 特にあの男の夢を見る回数が、多くなっていた。




 ――ランドール・クロウリィ。




 ひと目会った時から、あいつはムカつく男だった。


 理由はよく分からない。


 ただ奴の近くにいるだけで、心臓を(わし)(づか)みにされるような苦しさが襲ってきた。


 私には、全然関係ない男だったのに――


 あいつがヘラヘラしながら女の子話しているのを見ると、妙に腹が立った。




 そんな奴が夢にまで出てくるなんて、迷惑な話だ。


 だけど――


 うなされて飛び起きることは、なくなった。




 奴と(いっ)(しょ)のチームで同じ車を走らせていた、ブルー()レヴォリューション()レーシング()時代。


 ライバルメーカー同士で、火花を散らしたGTフリークス時代。


 熱く、楽しい日々だった。


 毎日が充実していた。


 認めざるを得ない。


 それはランドール・クロウリィが、近くにいてくれたおかげだと。


 いつの間にかあいつに――


 ランドールに、自分を認めさせたいと――


 もっと私を見て欲しいと、思いながら走っていた。




 私が速く走りたいのは、本来他の理由があったはず。


 そう。

 黒髪の彼が虚空の穴に飲み込まれてゆく時、私は立ち(すく)むだけでなにもできなかった。


 だから、今度こそ動けるように――


 そして、伸ばされた彼の手を掴めるように――


 もっと速く、もっと遠くへと――




 私の持つ前世の記憶は断片的なもので、思い出せないことも多い。


 だけど、ハッキリ憶えていることもある。


 黒髪の彼は私を愛してくれていたし、私も彼を愛していた。




 なのに、私は――


 彼のことを忘れて、私は――




 白い騎士の格好をしているランドールを見て、黒髪の彼の姿が重なった。




「俺のことを、思い出して欲しい」




 ランドールの身体に乗り移った彼が、そう訴えかけてきたような気がした。




 黒髪の彼のことを、忘れてしまうのが怖い。


 自分がそんな冷たい女だと、自覚するのが怖い。




 実家にある、自室のベッド。


 そこで道着姿のまま布団に(くるま)り、私は震えている。




 ヴァリエッタお母様は、帰ってきた私の顔色を見て心配していた。


 けど、


「夕食は要らない。ひと晩放っておいてほしい」


 と言ったら、それ以上は踏み込んでこなかった。


 お母様に、あまり心配をかけたくはない。


 なんとかひと晩で、気持ちを切り替えたい。




 そうだ。

 これ以上、ランドールに近づかないようにしよう。


 しばらく距離をおけば、きっとあいつに心を乱されることはなくなる。


 ずっと黒髪の彼を、憶えていてあげられる。




 でも――

 私はそれを、実行できるんだろうか?


 GTフリークスドライバーでなくなったランドールに会いたくて、なんだかんだと理由をつけて押し掛けていた私が。




 不安に思っていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


 私は布団から顔だけ出し、ドアの向こういる人物に問いかける。




「お母様?」




 なんとなく、違うような気がしていた。


 私がひと晩放っておいて欲しいと言った以上、お母様なら明日の朝に来るはず。


 ならば、ガゼールお父様か――


 仕事を終えて帰ってくるには、少し早い気もするけど――




「お父様? ごめんなさい。明日にして下さい」


 お父様でも、今は会いたくない。


 誰にも会いたくない。


 今はただひたすら、黒髪の彼を思い出していたい。


 そして再び鮮明になった思い出と共に、私は明日からまた生きてゆく。


 そう決心して、再び布団に潜り込んだ。




「ニーサ・シルヴィア!!」




 誰かが叫びながら、部屋に乱入してきた。


 その声とドアが荒々しく開け放たれる音に、私の体はビクッと震える。




 数秒も待たず、布団が剥ぎ取られた。


 窓から入り込む、夕日が(まぶ)しい。


 その夕日を反射して、もっと眩しく輝く金髪の男が私を見据えていた。




「ランドール! 貴様! 女性の部屋に許可もなく踏み込み、布団を剥ぎ取るなど、なんて失礼な……」


「うるさい!!」


 ランドールらしくない、強い口調にちょっとたじろいだ。


 私と口喧嘩になることは多いけど、怒りに任せて怒鳴るような奴じゃないと思っていたのに――


 奴は無許可でベッドに腰を下ろし、無遠慮に顔を近づけ、無礼にも私に人差し指を突きつけながら言葉を続ける。




「失礼な奴はどっちだ? お前今日の俺の格好を見て、『黒髪の(きみ)』とやらを重ね合わせやがったな? ヴァリエッタさんに話を聞いて、分かったよ。全身白ずくめの騎士姿で、夢に出てくるんだってな?」


「そっ……それのどこが、失礼なんだ!」


「そんな奴と俺を、(いっ)(しょ)にしないでもらおうか!」




 カチンときた。




「『そんな奴』だと!? 貴様に彼の何が分かる!」


「分かるさ! 『黒髪の君』とやらが、クソ野郎だっていうのはな!」


「なっ……取り消せ!! ランドール!!」


「取り消さない!! 『黒髪の君』は、クソッタレだ!!」




 反射的に、ランドールの(ほお)を張ろうとした。


 だけどその手はガッシリと掴まれ、動きを止められてしまう。


 振りほどこうとしても、全く動かない。




「お前を置いて、どこかへ消えちまうような男……俺は許さない。お前がこんなに悩んで、苦しんで、泣いているのに帰ってこない男なんて、絶対に許さない」


 いつもは湖面のように(すず)やかなランドールの瞳が、炎を(とも)したように燃えていた。


 それはたぶん、夕日が映りこんでいたからじゃなくて――




「俺にしとけよ」




 なんのことだか、意味が分からなかった。




「は? ランドール、貴様、なにを言って……」


「『黒髪の君』なんかじゃなくて、俺を選べと言ってるんだ」




 やっぱり、意味が分からない。


 いや、分かりたくない。


 分かってしまったら、私は――




 やめて!


 これ以上、私の心を乱さないで!




「ふ……ふん。それは、愛の告白のつもりか? なんて(ごう)(まん)な口説き文句だ」


 鼻で笑えばランドールも正気に戻り、うっかり口走ってしまったことを撤回するかもしれない。


 そう考えて私は、(あざけ)りの視線を向ける。


 だけど夕日に染まった青い(そう)(ぼう)は、どこまでも真剣だった。




「愛の告白? 違うね、宣戦布告だ。俺は『黒髪の君』から、ニーサ・シルヴィアを奪い取る」


「さっきから、勝手なことばかり……。もう帰って!」


「ああ、帰るよ。今日のところはな。また来る」




 ――もう来るな!


 理性はそう告げろと訴えているのに、唇は固く引き結ばれて言葉が出ない。




 ランドールが出て行った(あと)、閉められたドアに向かい私は(まくら)を叩きつけた。




「バカーーーーッ!! 告白のつもりなら、『好きだよ』とか『愛してる』ぐらい言えーーーーっ!!」




 もう自分でも、なにを叫んでるんだか分からない。




 メチャクチャだ。


 私の心はメチャクチャだ。


 あの男は、いつも私の心をかき乱して――




 明日、メッセージアプリで苦情を送信してやろう。




 貴様は女心が、なにも分かっていない。


 なにが俺を選べだ。


 選んでもらえる立場だと思っているのか?


 告白としては、0点だ。

 やり直せ。




 次々と、クレームの文面が脳裏に浮かんだ。


 そうして考えているうちに、いつしか私は眠気に襲われる。


 ちっ。

 ランドールの匂いが、布団に染みついてしまった。




 その晩、黒髪の彼の夢は見なかった。


 誰の夢も見ず、ぐっすりと眠れた。






■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






■□ランドール・クロウリィ視点(オンボード)■□




 シルヴィア邸で、ニーサに『俺を選べ』と言ってしまった翌日。


 俺はシャーラ社のテストコースにいた。




「……っていうやり取りがあったんだけど、どう思いますかね? ジョージ・ドッケンハイム先輩」


 なんとなく、フルネーム+先輩づけでジョージを呼んでしまう。


 テストコースに隣接している倉庫の陰で話しているから、周囲には俺達以外誰もいない。


 ケイトさんには、聞かせられない内容だ。


 今でも彼女が俺に好意を向けてくれているのは、なんとなく感じているからな。


 聞かせるのは、無神経だろう。




「ジョージ? 俺の話、ちゃんと聞いてた?」


 あまりに返答が遅いから、俺はジョージの顔を覗き込んだ。


 相変わらず平静そうな顔をしているけど、眼鏡がずり落ちたこの状態は――




「おいおい。そんなに驚かなくてもいいだろう?」


「……意識が飛びましたよ」


 ジョージは思い出したように眼鏡クイッを入れ、正気に戻ったのをアピールする。




「んなオーバーな」


「他の誰が聞いても、僕以上に驚くと思いますよ? (きみ)の気持は、ニーサに向いているんだろうとは思っていましたが……。まさかヘタレランディが自分から、そんな強引にいくとは……」


「ヘタレとはなんだよ? ……ん? 『気持ちがニーサに向いてるんだと思ってた』? そんなに俺って、分かりやすかったか?」


「昔から明らかに、彼女の前ではカッコつけたがってましたからね」


「うわー、そうなのかよ? 自覚したのは、ルディの事故の時なのに」


「1年以上前じゃないですか。それで今になって行動とは、やっぱりヘタレですね」




 ううっ、反論できない。


 だってな~。


 ニーサって「黒髪の(きみ)」とかいう奴に、未練タラタラみたいだし。


 くそっ!

 前世の記憶に出てくるってことは、行方不明になった(あと)とっくに死んでるんだろ?


 迷わず成仏しろよな。


 もしこの世界に転生してたりしたら、俺がブッ飛ばす。


 ニーサに近づかないように。


 そして前世でニーサを置いて行った罪を、(あがな)わせるために。




 まあそんなこんなで行動に移る決心がつかなかった俺だけど、ついにやってしまった。


 自分でも、あの口説き文句はちょっとなかったんじゃないかなと思う。


 けどつい、カッとなって――




「それで? 0点なイキリ告白の返事は、もらえたのですか?」


「0点……。イキリ……。いや、まだだよ」


「ご(しゅう)(しょう)(さま)です」


 静かに手を合わせ、(こうべ)を垂れるジョージ。




「おい! まだ、振られたと決まったわけじゃ……おっ!」




 ポケットに入れていた、携帯情報端末(タブレット)が振動する。


 メッセージの着信だ。




「ニーサからですか?」


「覗き込むなよ、ジョージ。えーっとな……」




『考えておいてやる』




 ニーサ・シルヴィアからのメッセージは、それだけだった。




「……よし!」


 ガッツポーズを決めた俺に対し、ジョージは隣で首を(かし)げる。


「これは……保留? なんで、『よし』なんですか?」


「とりあえず、参戦許可は下りた。スターティンググリッドに並べた以上、勝つ可能性はある」




 俺と「黒髪の君」の一騎打ち(マッチレース)


 相手が途中で行方不明(リタイヤ)になっている以上、これからも走り続けられる俺に有利。




「やる気出てきたよ。午後から予定していた〈レオナ〉GT-YDのテスト走行メニューは、バッチリだ。今週末のTPC耐久第6戦でも、予選1番手と優勝(ポール・トゥ・ウィン)を決めてやる」


「またそういう、フラグ発言を……。自分がルール改正で、ユグドラシル24時間に出られなくなるかもしれないことを忘れていませんかね?」


「憶えてるよ! でも……なるようになるさ! 例の身体能力アピール動画も、大人気だしな」




 シャーラテストコース上空。


 10月(ライブラ)の空は、やけに澄んで見えた。






■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






 週末、チューンド()プロダクション()カー()耐久選手権(シリーズ)第6戦。


 俺は予選でクラス1のコース最速記録(レコード)をマークして、予選1番手(ポールポジション)を獲得。


 決勝でも優勝し、最終第7戦を待たずに年間(シリーズ)王者(チャンピオン)を決めた。






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[良い点] ランディが男になった……だと? なんということでしょう。 赤飯を炊いた方がよいかも。 ニーサの囚われ方は強いですね。 背景を知らずに、別れのシーンだけ繰り返し見えるのが余計に彼女を苦しめ…
[良い点] 告白としては0点だ、やり直せ やり直せ…… やり直せ…… くっ! なんて乙女な! 揺れ動く乙女心と意地のせめぎ合いが言わせた一言と見ました! ニーサたんが可愛く見えてきましたよ!
[一言] ニーサかー うーんまぁ「俺を選べ」はアリ寄りのアリなアプローチなので許します(何様 ルディきゅんは私が慰めておきますね!!!!!!
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