ターン162 お願い! 1人にして!
6月になった。
チャレンジ動画2本目は、ニーサからリクエストのあった瓦の試し割り。
俺とヴィオレッタは大量の瓦を用意して、クロウリィ・モータース前の広場に積み上げた。
少ないけど、マリーノ国には瓦を使う日本式建造物もあるんだぜ。
メジャーじゃない分、瓦も値が張ったけど。
とほほ――
空手着(借り物)に着替え、「さあ、割るぞ」と張り切っていたところにやって来たのはオズワルド父さん。
「へえ、面白そうだな。ランディ。俺もちょっと、試していいか?」
最近ちょっと老けてきたとはいえ、さすがは巨人族とのハーフで喧嘩無敗の剛腕メカニック。
父さんは1発で、瓦50枚を叩き割った。
「楽しそうですね。僕もちょっと、やってみたいです」
今日はジョージ・ドッケンハイムも、動画撮影の手伝いに来ていた。
眼鏡を外し、ムキムキモードへと変身したジョージ。
奴にブッ叩かれた瓦50枚は、割れたというよりは粉々になった。
「ランドール! せっかくだから、私もやって見せよう。世界最強戦闘種族である竜人族と互角の枚数を割れば、貴様の凄さも世間に広まるというもの」
ニーサ。
なんで、お前まで来てるの?
しかもアンセムシティで着ていた、チャイナドレス姿でさ。
日本刀みたいに鋭い手刀が一閃。
ニーサも瓦50枚を切断。
「みんなずるいわ。私もやってみたい!」
怪我したらいけないからやめろと言ったのに、ヴィオレッタまで強引に参加してしまった。
記録は――15枚。
まあ、普通はこんなもんだろう。
なんかさ――
これだけみんなが割りまくった後、俺が50枚割ってもインパクト少ないような――
たっぷり予備の瓦も用意していたつもりなのに、残ったのは50枚きっかり。
1発勝負だったから緊張したけど、俺も無事に50枚割りをクリア。
案の定、投稿した動画には「ランドール地味じゃね?」というコメントが多く寄せられた。
『父ちゃん、化け物かよ? クロウリィ家の遺伝子、恐るべし』
『ヴィオレッタちゃんの15枚割りも、実は凄くね?』
『あの眼鏡ドワーフの変身、どういう風に動画を加工したんだ? まさか、本当に変身してるとか言わないよな?』
『ニーサ・シルヴィア選手のチャイナドレス、色っぺぇ~。あれ、ランドール・クロウリィ選手の趣味なの?』
そんなコメントばっかりだ。
今回の動画は、失敗かも?
よく考えたら、編集して俺が割るシーンだけ配信すれば良かったんじゃ――
気を取り直して、次へ。
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7月。
チャレンジ動画、3本目。
今日のテーマは、動体視力のアピール。
チャレンジ内容は、飛んで来たアーチェリーの矢を素手でキャッチするというもの。
ゲストにヴィオレッタのお友達、プロのアーチェリー選手であるミスズ・フォウワードさんをお招きしての撮影だだ。
彼女は美人なハーフエルフさんなんだけど、
「あたし、マサキ・マサキ神の信徒だけん」
と、聞いてもいないことをカミングアウトしてくる残念エルフだ。
独特の訛りと、ドM信徒宣言。
なーんか、既視感のある人だな。
ミスズさんの性格と性癖は残念だけど、弓の腕は超一流だ。
打ち合わせした通りの空間に、彼女は寸分の狂いもなく矢を放ってきた。
体に当たる危険はなくて、キャッチしやすい軌道。
銃弾を鉄パイプで弾くこともできる俺は、当然余裕のキャッチ。
ところがミスズさん、自分の矢を楽々キャッチされてヘソを曲げてしまった。
「面白くなか。そんなら、これはどぎゃんね?」
そう言って彼女は、雨あられと矢を連射してきた。
鏃はゴム製で丸く、殺傷力のない矢ではある。
けれども当たると、絶対痛い。
俺は必死で避けたさ。
身を反らし、手で弾き、飛び退いて矢の雨をかいくぐる。
ミスズさんの矢が尽きるまで、なんとか全弾回避に成功。
おおっ!
ハプニングとはいえ、これはなかなかいい動画が撮れたんじゃなかろうか?
俺は満足したんだけど、ヴィオレッタが怒った。
「ちょっと、ミスズ! お兄ちゃんがケガしたらどうするの! あなたみたいな悪い子は、お仕置きよ!」
そう言うなりヴィオレッタは膝を立て、その上にミスズさんを腹ばいにさせてしまう。
「ヴィオレッタ! お兄さんが見とる前で、そぎゃんこつを……。ひぃっ!」
ハーフエルフアーチャーの突き上げられたお尻に、怒りの平手打ち連打が炸裂した。
俺はもちろん、ビデオ録画を止めようとしたさ。
なのにミスズさんときたら恍惚とした表情で、
「あ、お兄さん。撮影は続行して欲しか。後であたしに、このお仕置きシーンの動画データをくれんね?」
なんてのたまうんだ。
叩かれてるのに、段々悲鳴が「あ~ん♡」だの「おおっ♡」だの艶めかしい感じになっていくし――
まったく。
マサキ・マサキ神の信徒は、ロクなのがいない。
ヌコさんとは、気が合うかもな。
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9月。
チャレンジ動画4本目。
今回のテーマはパワー。
なにか、重たい物を引っ張る挑戦らしい。
どこで動画を撮影するのか、ヴィオレッタの奴は直前まで秘密にしていた。
現場に行ってみてビックリ。
なんと、マリーノ国防軍海兵隊基地だ。
おまけに引っ張るブツは、巨大な輸送用航空機。
基地内に入る許可も輸送機の使用許可も、いったいどうやって取り付けたんだ?
「……これ、何tあるんだ?」
「40tだってよ。お兄ちゃんなら大丈夫よ。輸送機には車輪もついてるし、ハーネスでガッチリ結合させてから引っ張るんだし」
半信半疑でやってみると、本当に動いた。
我ながら、大したパワーだ。
周りで野次馬していた海兵隊員から、歓声が上がる。
みんな訓練とか、仕事とかしなくていいの?
軍隊がこういうノリってことは、平和な世の中なのかもな。
チャレンジ終了後に帰ろうとしたら、ヴィオレッタをしつこく口説いている海兵隊員を発見。
俺の脳内軍法会議で、処刑判決が下された。
「ねえ、そこの兵隊さん。俺、軍隊の近接格闘術に興味があるんですよ。ちょこっと、手ほどきしてくれません?」
もちろん、大嘘だよ。
ヴィオレッタは瞬時に察して、意地の悪い笑みを浮かべた。
ナンパ海兵隊員もヴィオレッタにいいところを見せるチャンスだと思ったらしく、いやらしい笑みを浮かべて「よし、かかってきな」なんて手招きをする。
当然、ボッコボコにした。
ナンパ隊員はいいところを見せるどころか、軍人が素人相手に――それも一方的にやられるっていう、大恥をかく羽目になった。
仕方ないね。
ヴィオレッタに言い寄る男には、人権なんてないんだ。
ところが海兵隊って、仲間意識が強いんだな。
仲間の仇をとるために、他の隊員達が次から次へと襲い掛かってきやがった。
温厚でか弱い民間人相手に、何をやってんだか。
かくして輸送機を引っ張るチャレンジは、海兵隊相手の百人組手へと路線変更。
ヴィオレッタはその様子を、ノリノリで撮影していた。
むう。
さすがの俺でも、この人数だと息が上がる。
最初のナンパ隊員より、何倍も腕が立つ使い手も何人かいたし。
30人抜きを達成したところで、基地司令らしいスキンヘッドの人が出てきた。
彼が鼓膜が破れそうな大音量で怒号を飛ばすと、荒くれ海兵隊員は一斉に大人しくなって仕事や訓練へと戻っていく。
「ランドール殿。できれば、海兵隊の名誉のために……」
「ええ、わかっています。動画は、輸送機を引っ張る部分しか投稿しません」
俺は基地司令の申し出を快く受け入れたのに、ヴィオレッタは不満そうだった。
よっぽど俺のアクションシーンを気に入ってて公開したかったのか――
ナンパ海兵隊員にムカついたから、海兵隊の恥部を晒したかったのか――
あるいは、その両方か――
基地からの帰り際、司令から「レーサーを引退して、海兵隊に入らないか?」とスカウトされた。
うーん。
空軍や海軍航空隊の戦闘機パイロットなら憧れもあるけど、上陸作戦が主体の海兵隊はちょっと合わないかなぁ――
勝手な想像だけど、上官から「クソ虫」とか罵られそうなイメージがあるし。
そんなわけで、丁重にお断りした。
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そして、チャレンジ動画5本目。
クロウリィ・モータース前の広場にて。
「うわー、カッコいい! 似合ってるわよ、お兄ちゃん」
「そうかい? これならルディも、満足してくれるかな?」
ヴィオレッタの前で、俺はクルリとターンしてみせる。
今日の出で立ちは、清潔感溢れる白いマントに白い軽鎧、白い騎士服のコスプレだ。
自分で言うのもなんだけど、俺がこういう恰好をするとものすごくしっくりくる。
金髪に青い瞳、長身だからな。
今回撮影する動画の内容は、以前にルドルフィーネ・シェンカーからリクエストされた通り。
剣を使ったチャレンジだ。
剣術総合格闘技という競技で使う西洋っぽい片手剣で、ヒラヒラ舞う落ち葉を素早く斬り刻む。
リハーサルでは、バッチリ上手くいった。
ヴィオレッタが木の上から撒いた落ち葉、15枚。
それが地面に落ちる前に、全て真っ二つだ。
なんでか分からないけど、片手剣は妙に俺の手になじむ。
剣術の経験は、学生時代に剣術総合格闘技クラブの助っ人に行ったことぐらいしかないんだけどな。
「そういえば、後からニーサさんも来るらしいわよ? 得意の居合を、見せてくれるんですって。同じ剣術ってことで、対抗意識を燃やしているみたいね」
このマリーノ国には、日本由来の居合が競技として存在する。
ただ日本のものとはちょっと違った方向に進化していて、座った状態以外からでも刀を振るうし、試し斬りを中心とした内容になっていた。
たぶんニーサの奴は抜刀術で落ち葉を斬り、ドヤァするつもりなんだろう。
「あいつ、GTフリークスドライバーのくせに暇なのか? よく東地域の自宅マンションと、中央地域のここを往復できるな」
「あれ? お兄ちゃん、聞いてないの? ニーサさんって、実家に戻ってるそうよ。隣のガッデス市だから、高速道路を使えばすぐね」
それは初耳。
どうりで瓦の試し割り動画を撮影した時も、来てたわけだ。
ガゼールさんも、家出娘が帰ってきてひと安心だろう。
「よし! 瓦割りの時みたいな悲劇が起こらないよう、ニーサが来る前に動画を撮り終えてしまおう。あいつが居合の腕前を披露すると、斬る葉っぱが無くなっちゃうかもしれないからな」
「さすがにこれだけあれば、無くならないと思うわよ?」
クロウリィ・モータースの敷地内に、1本だけ生えている木は落葉樹。
他の品種よりも葉が落ち始める時期が早く、かなりの落ち葉を散らしている。
今はまだ、10月半ばなのにな。
ニーサもこれを、全部斬り刻んだりは――いや。
相手は非常識なドラゴン娘。
やりかねない。
そんなわけでニーサが来る前に、動画撮影を開始してしまうことになった。
落ちている葉っぱを籠に掻き集めたヴィオレッタは、身軽な動作で木に登る。
そのままちょこんと枝に腰かけ、スタンバイ。
「お兄ちゃん、準備はいい? 落ち葉を撒くわよ?」
「ああ、いつでもいいよ」
――時間の流れが、ゆっくりになる。
ヒラヒラと不規則に舞う落ち葉に向けて、俺は銀閃を走らせた。
どう振るえば最大の効果を発揮できるのかを、剣の重みが教えてくれる。
小さく、鋭く、無駄なく。
地面に着く前に、20枚の葉っぱ全てが切断される。
余裕があったので、最後の1枚は二太刀入れてやった。
よし、決まった!
びっくりするぐらい、体がよく動いた。
カメラを向けられているのに、全然緊張もしていない。
どうしてだろう?
胸の奥にある何かが、脳の代わりに体を動かしてくれたような――
剣を鞘に納めた瞬間だった。
背後からゴトリと、何かが地面に落ちる音が聞こえる。
振り返るとそこには、紺の袴に朱の道着を纏ったニーサの姿。
彼女の足元には、布に包まれた居合刀らしきものが落ちていた。
おいおいニーサ、落としたのか?
こういうものは、大切に扱わないと――
「……なさい……」
「えっ? どうしたんだニーサ?」
「ごめんなさい」
なにを言ってるんだ?
居合刀を落としたことについてなら、俺はまだ口に出してないぞ?
怪訝に思っていると、さらに俺を困惑させる事態が起こった。
ニーサの蒼玉みたいな瞳から、ひと筋の雫が――
涙が流れたんだ。
「お……おい、ニーサ。体調でも悪いのか?」
心ここにあらずといった様子で、涙を流し続けるニーサ。
俺はその両肩を掴み、軽く揺さぶった。
「セ……。ランドール? なの……?」
「そうだよ。こんなコスプレしてるけど、ランドール・クロウリィだよ。他の誰かに見えたのか? 大丈夫か?」
「ちょっと……見間違えちゃった。大丈夫、大丈夫だから……」
嘘つけ!
そんな真っ青な顔して、大丈夫なわけあるか!
それに、口調も変わってるぞ?
「ごめんなさい。今日はもう、帰るわ」
居合刀を拾い上げ、ニーサは敷地内に駐車していた〈ベルアドネ〉の方へ駆け出そうとする。
「待てよ! そんな具合悪そうなのに、車を運転する気か!? 俺が送っていく。車を置いていけないというなら、せめてウチで少し休んでから……」
「お願い! 1人にして!」
ニーサ・シルヴィアの悲鳴じみた叫び声なんて、初めて聞いたかもしれない。
俺もヴィオレッタも動けない。
遠ざかっていく〈ベルアドネ〉のドーナツ型テールランプを、2人でただただ見送っていた。




