ターン159 なんやねんこのニュースは!?
「ランディ、どうだニか? おいちゃんの4ローターエンジンは」
テスト走行から帰ってくるなり、仁王立ちのヌコ・ベッテンコートさんが俺と〈レオナ〉を出迎えた。
腰に手を当てて、「ドヤァ」という雰囲気をこれでもかっていうぐらい出している。
「たまげたよ、ヌコさん。ジェットエンジンでも積んでるのかと思った」
「おいちゃんのロータリーエンジンは、戦闘機のジェットエンジンなんかより上だニ!」
ヌコさんは、すっごい自信満々に言い放った。
ある意味嘘じゃない。
0-400km/h加速は、ジェット戦闘機のアフターバーナー全開緊急発進より速いだろう。
「あれ? ケイトさんは?」
このマシンのチーフデザイナー、ケイト・イガラシ嬢の姿が見えない。
「ランディ。ケイト先輩は、ちょっと野暮用で……」
ジョージ・ドッケンハイムの口調からは、あまり深く突っ込んではいけない雰囲気が伝わってくる。
ま――まさかケイトさん、本当にお漏――
い――いや。
根拠もなしに、そんなことを想像してはいけない。
この話題は避けよう。
ヌコさん以外にも、テンションの高い面々がいる。
作業着を着た、シャーラ社員達だ。
GT-YDマシンのスピードと迫力に心を震わせ、そんなマシンを自分達が生み出したんだという達成感に酔いしれていた。
中には「ユグドラシル24時間はもらったー!」なんて、とんでもなく能天気なことを叫んでいる社員もいる。
このイケイケなところは、シャーラの社風なのか?
37年前にユグドラシル24時間で優勝した直後も、イケイケな経営戦略を取りすぎたって話を聞いた。
それに金融危機が重なって会社が傾き、モータースポーツから完全撤退する羽目になったそうな。
ジョージだけは、相変わらずしれっとした態度だ。
正直俺も、テンションはジョージに近い。
ここからだ。
ここからマシンを、煮詰めていかないと。
今のところ実証できたのは、〈レオナ〉がGT-YDマシンに相応しい動力性能を持っていること。
それを発揮しても、すぐには壊れないということだけだ。
サーキットで、ライバル達と勝負できるタイムが出るのか。
24時間走り続けられる、耐久性があるのかどうか。
そこら辺は、まだ未知数なんだ。
浮かれてる場合じゃない。
勝負できるマシンに仕上がるかどうかは、開発ドライバーである俺の責任が大きい。
そう思うと浮かれるどころか、胃の辺りが重くなる。
胸を押さえて気を引き締めているところに、疑惑の天使ケイトさんが帰ってきた。
スカートを履き替えていたけど、ここは気付かないフリをするのが紳士ってもんだ。
「……時間や。シャーラ公式ウェブサイトで、ユグドラシル24時間復帰のニュースが流れるで」
ケイトさんはノートパソコンを開き、ラウネスネットに接続した。
俺を含めたスタッフ一同は、彼女の背後に集合。
みんなでモニターを注視する。
『再び世界樹ユグドラシルの麓へ』
キャッチコピーと共に、シャーラ社のユグドラシル24時間特設ページが表示された。
背景には37年前優勝した時のGR-4型〈レオナ〉GT-YDが、モノクロ写真で左半分に。
そして右半分には、今この場にもあるGR-9型〈レオナ〉GT-YDの写真がフルカラーで使われている。
まだウェブサイトの表紙であるホームページが表示されただけなのに、スタッフ一同は大いに盛り上がった。
ケイトさんが画面をスクロールさせ、情報を表示させていく。
参戦体制は、自動車メーカーチームとしての参加。
ただし国内の有力個人参加チームである、ブルーレヴォリューションレーシングとのジョイントチーム。
メインスポンサーは、マリーさんの会社。
モータースポーツウェアを扱う企業、ブルーレヴォリューション。
さらには石油メーカーである、モトリーも支援。
――え?
モトリーっていったら、デイモン・オクレール閣下の実家じゃん?
支援してくれるの?
いつの間に、そんな話になったんだ?
さらに画面がスクロールしていくと、マシンの開発責任者であるケイト・イガラシチーフの可憐な写真がけっこう大きめに掲載されていた。
――ってこの写真、ノヴァエランド12時間で優勝した時の――6年も前のヤツじゃないか!
いいのか?
シャーラ社員になってからの写真を使わなくて?
また、年齢を気にし過ぎての行動か?
ケイトさんって、10代の頃から全然見た目が変わっていないように見えるんだけどなぁ――
あっ。
俺の写真もあった。
開発ドライバー、ランドール・クロウリィ。
写真の下には、今までの主だった獲得タイトルも書き連ねられていた。
GTフリークスで2回の年間王者。
チューンド・プロダクション・カー耐久選手権で2年連続王者。
ノヴァエランド12時間で優勝。
国内スーパーカート王者。
これはちょっと、気分がいい。
だけど本当なら、開発ドライバーなんて仕事はもっとベテランのドライバーがやるべきもんだろう。
それこそ、世界を放浪中のヴァイ・アイバニーズさんみたいな。
ベテラン達を差し置いて俺が抜擢されたのは、前世とのトータルでレースキャリアが長い転生者であること。
そしてBRRで、〈レオナ〉のドライバーとして活躍できたことが大きい。
国内レースファンの間では、俺とニーサには「ロータリー使い」というイメージが染みついているらしいんだ。
ニーサは有名な「ロータリーの魔女」の娘でもあるしな。
俺の方は――
ヌコさんと出会う前はロータリーエンジンなんて知らなかったって言うと、熱心な〈レオナ〉ファン達から凄く怒られそうだ。
黙っておこう。
「こら、きっと大反響やで。モータースポーツニュースサイトとかSNSとか、ラウネスネットの掲示板とかで反応しとるファンがおるんちゃう?」
「ケイトさん、そんな……。いくらなんでも、気が早いよ。さっき、メーカー公式サイトで発表されたばかりじゃないか」
俺の指摘もなんのその。
ケイトさんは検索エンジンに「ユグドラシル24時間」とキーワードを打ち込み、検索を始める。
そして俺達は、そのニュースを見つけてしまう。
「な……なんやねん! このニュースは!? 聞いてへんで!」
ケイトさんの背後にいた、シャーラ社員達もざわつく。
ああ、気持ちは分かるよ。
俺の心もざわざわと揺れて、落ち着いていられない。
読み間違いじゃないか――
あるいはラウネスネットでよく出回る偽ニュースの類じゃないかと思いたくて、俺は何度も画面を見直す。
でも残念ながら、本物のニュースだな。
『ユグドラシル24時間と世界耐久選手権を統括する運営団体IGTAは、2642年より人間族ドライバーの参戦禁止を検討』
「……ふざけている」
俺が思っていたことを、先にジョージが言ってくれた。
見た目は冷静そうに見える。
だけど今にも眼鏡を外して変身し、暴れ出しそうだな。
眼鏡クイッの回数が、やたら多い。
「せやな。ジョージ君の言う通りや。こんな競技規則変更、世界中の人権団体が黙っとるわけないで」
この世界では、種族に関する差別とかにとても厳しい。
太古の昔にあった、種族間の凄惨な戦争の反動だ。
だから身体能力の差から不公平が生まれようが、スポーツ界では一部の競技を除き種族による階級分けがほとんど存在しない。
小さい頃は安全のために、体育の授業を分けたりするけどね。
もちろん、モータースポーツ界だってそうだ。
――いや、そうだった。
今までは。
「ケイトさん。参戦禁止の理由は、何か書いてある?」
「えーっとやな……。『年々高速化するGT-YDマシンのスピードに、人間族の身体能力では対応しきれない等の理由から……』なんやねん、それ? 巨人族以上の筋力と、獣人以上の反応速度と、エルフ以上の動体視力を持つ人間族も、ここにおるんやで!」
ケイトさんは、俺のことを言ってくれてるんだろう。
実際、身体能力面では人外の域にあるという自覚はある。
それでも俺は健康診断で、種族は人間族と分類されてしまっている。
巨人族とダークエルフの血も入っているけど、人間族の血が1番濃いんだ。
たぶんこれじゃ、出場許可が下りない。
「だいたい安全性に問題があるっちゅうなら、いじるのは車両規則の方やろ? マシンの出力を引き下げたり、ダウンフォース量を減らして平均スピードを落とせばええねん」
おそらく地球のレースなら、ケイトさんの言った通りの処置が取られる。
でもこの世界のモータースポーツ関係者やファンの大多数は、それを嫌がるんだよなぁ。
そりゃマシンのスピードが下がってレースのエンターテインメント性まで下がるのは、俺だって嬉しくはない。
だからって「速いマシンについてこれない種族のドライバーは要らない」っていうのは、暴論過ぎるだろう。
「みんな、冷静になろうよ。まだ参戦禁止を検討だろ? 望みがないわけじゃない」
俺は動揺するシャーラ社員達を見回し、言い聞かせる。
滑稽だよな。
本当は、自分が1番冷静じゃないっていうのに。
目の前で夢への扉が閉ざされそうなのに、冷静でいられる奴なんているもんか。
「最悪、ドライバーは替えが利く。マシンだけでもユグドラシル24時間に持って行ければ、みんなの努力は無駄にならな……」
突然、後頭部を何か硬いものでゴツンとやられた。
相当な衝撃で、脳が揺さぶられる。
痛みにうずくまっていると、ジョージの声が頭上から聞こえた。
「つまらないことを、言わないで下さい。今度言ったら、眼鏡を外してぶん殴ります」
「何するんだよ!? 俺達人間族の体は脆いんだぞ? 怪力ドワーフに殴られたら、怪我しちゃうだろ?」
「君やオズワルドさんをはじめ、僕が知ってる人間族達はこれぐらいで壊れたりしません。そういった意味でも、IGTAの人間族締め出しは見当違いだと思います」
振り返ると、ジョージは右拳を左手で撫でていた。
殴った手が、痛かったのか?
あ――うん。
やっぱ俺って、石頭だね。
人間族頑丈。
「ジョージ君がやらんかったら、ウチが1発どついとったところや」
ジョージの背後では、ケイトさんが特大ハリセンをビュンビュン素振りしていた。
いやいや。
そのサイズは、明らかにおかしい。
ハリセンはいつも翼の中に隠しているみたいだけど、今日のそれは絶対翼に収まりきらないサイズだ。
「ゴメンよ、ケイトさん……。本音を言うと、嫌だよ俺。ここまできて、みんなと一緒にユグドラシル島に行けないなんてさ。絶対に、嫌だ」
「当たり前や! よーし、こうしちゃおられへん。シャーラ上層部に、掛け合ってくるで。IGTAに、圧力をかけてもらうんや。アホな規則制定を、許さんようにな」
そう宣言するなり、ケイトさんはノートパソコンを小脇に抱えて駆け出した。
自動車メーカーとはいえ、シャーラは世界的にみれば小規模メーカー。
圧力を掛けるなんていっても、どこまで影響力があるのかは分からない。
だけど走ってゆくケイトさんの背中は、やけに頼もしく見えた。
「……ん? ジョージは何してんの?」
俺を殴った暴力ドワーフの方を振り向けば、奴は何やら携帯情報端末を高速で操作していた。
「先程のふざけたニュースを、SNSで拡散しています。人権団体の公式アカウントとかに、届くようにね。あとは上手く炎上させて、世論を操作できないかと思いまして」
「ホント頼もしいな。お前もケイトさんも」
ちょっと、エゲツない気もするけど――
そうだ。
俺はこいつらと一緒に、ユグドラシル島へ――
世界樹の麓へ行きたい。
誰にも邪魔させるもんか。




