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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター6

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156/195

ターン156 青き不死鳥

■□ランドール・クロウリィ視点(オンボード)■□




 樹神暦2640年12月(サジタリアス)


 マリーノ国 中央地域(セントラルエリア)

 メイデンスピードウェイ



  

 それは、とても寒い日だった。


 気温は氷点下。


 なのに多くの観客が、グランドスタンドに(あふ)れていた。


 今日は、レースが開催される日じゃないっていうのに――





 キラキラとした結晶が、サーキットに降り(そそ)いでいる。


 雪じゃない。

 ダイヤモンドダスト現象だ。


 陽の光が差しているというのに、空気中の水蒸気が凍りついて結晶になっていた。


 舞い散る細氷に包まれながら、ホームストレートをオープンカーが走ってゆく。


 歩くような速度でゆっくり、ゆっくり。


 名残惜しむように。


 レイヴン社のオープンスポーツカー〈フェン〉。


 その助手席から立ち上がり、観客へ向かって手を振っているエルフ族の男がいる。


 流れる赤い髪。


 同じく、真っ赤なレーシングスーツ。


 寒いのに、彼は何も羽織っていない。


 スーツのスポンサーロゴをアピールするためというより、皆がその姿を目に焼き付けられるようにという配慮だろう。


 彼自身も、皆にレーシングスーツ姿の自分を憶えていて欲しいと思っているはずだ。


 緑色の瞳は、優し気だった。


 来てくれた観客1人1人へ感謝するように、笑顔で周囲を見渡している。




 ――アクセル・ルーレイロ。




 ユグドラシル24時間耐久レースで、2回の優勝経験を持つドライバー。


 俺と同じ転生者で、地球にいた頃は3回もF1の世界王者(ワールドチャンピオン)になった男。




 今日は彼の――引退パレードだ。




 俺はパレードの様子を、コース脇に併設された整備用道路(サービスロード)から見つめていた。


 観客席より、少し近い位置だ。


 ここに入れたのは、人脈(コネ)を使ったから。


 でなければ他社メーカーのドライバーでアクセル・ルーレイロとの接点も少ない俺が、関係者(づら)して入れるわけがない。




 ここに入れてくれた人物が、俺の隣に立っている。


 オープンカーから手を振っている人物にそっくりだけど、その顔はやや神経質そう。


 眼光は鋭く、赤髪もさらに長い。




「ブレイズ。親父さんに、引導を渡した気分はどうだ?」


 俺の台詞に眉をピクリと動かし、ブレイズ・ルーレイロは気難しそうな表情で答えた。




「複雑だね。ずっと、パパを越えたいとは思っていたよ。だけど僕が倒したのは、全盛期のパパじゃないから……」




 2640年、ツェペリレッド・ツーリングカー・マスターズ。


 昨年は惜しくも父アクセルに敗れ、年間(シリーズ)王者(チャンピオン)を逃したブレイズ。


 だけど今年は見事打ち倒し、王者に輝いている。


 そして最終戦終了直後、アクセル・ルーレイロはプロドライバー引退を表明した。




「せめて5年くらい前なら、もっと達成感があったんだろうけどね。あの頃はまだ、全盛期感があった」

 

「俺がノヴァエランド12時間で抑え込んだ時が、ちょうどそれぐらいかな?」


「ランディ。それは遠回しに、自慢してるのかい? あの時は結局、パパに抜かれただろ? 腹立たしいことにあれ以来、パパは(きみ)をかなり意識していたんだよ?」


「えっ? そうなの? もうちょっと早く教えてくれよ」


「君が喜びそうだから、教えてやらなかったんだ」


「心の狭い奴。まだまだ人間性では、親父さんに(かな)わないんじゃないのか?」


「……確かにそうかもね。ドライバーとして上回った実感はあるけど……やっぱりパパは、僕のパパだ」


「お前のその気持ち……分かるよ」




 振り返り、観客席を見やる。


 そこには、オズワルド父さんの姿があった。


 アクセル・ルーレイロの大ファンである父さんは、なんとか引退パレードのチケットは入手したものの整備用道路(サービスロード)までは入れなかったんだ。


 父さんは目にうっすら涙を浮かべ、パレード中のアクセル・ルーレイロに向け手を振っていた。


 相変わらず、涙もろいな。


 そして――

 最近老けてきたな、と思う。


 それでも父さんは、俺の父さんだ。


 心のどこかで、頼ってしまっている。


 まだまだ男として、(かな)わないとも思っている。


 ブレイズもきっと、そういう気持ちなんだろう。




「パパはレイヴンに移籍してから、7回ユグドラシル24時間に挑んだけど……1回も、優勝はできなかった」


「5回も表彰台には上がったんだから、大した成績だろう?」


「確かにそうなんだけどね。レイヴン社はユグドラシル24時間の初優勝が欲しくて、2回も優勝経験のあるパパをナイトウィザード社から引っこ抜いたはずなのに……。それは、叶わなかった」


「……だから自分が代わりに、達成してみせるって?」


「そうだよ。僕は来年からレイヴン〈イフリータ〉GT-YDを駆って、世界耐久選手権(WEM)に出る。もちろん、最終戦のユグドラシル24時間にもね。ランディ。(きみ)は来年もGTフリークスで、〈サーベラス〉に乗るのかい?」




 素直に答えるべきか、ちょっと迷った。


 たぶん、ブレイズは納得しないだろうから。


 でも、いずれは分かってしまうことだしな。




チューンド()プロダクション()カー()耐久選手権(シリーズ)に出るよ。チームはブルー()レヴォリューション()レーシング()。マシンは〈レオナ〉だ」


「は? それってマリーノ国では、GTフリークスより下のカテゴリーだろ? なんで去年ランキング2位のランディが、そんなステップダウンをする羽目になってるんだよ?」




 2640年のGTフリークス王者(チャンピオン)は、ニーサ・シルヴィア/ラムダ・フェニックス組に持って行かれてしまった。


 俺とポール・トゥーヴィーのコンビは、ランキング2位だ。




年間(シリーズ)王者(チャンピオン)()れなかったから、クビになっちゃったんだよ」


「タカサキ社は、なんてバカなことを……。ランキング2位って言ったって充分好成績だし、今年も2勝してるんだし……。ランディの後釜は……〈サーベラス〉36号車には、誰が乗るんだ?」


「クリス・マルムスティーン」


「ノヴァエランド12時間の時、僕の前でフラフラして邪魔だったあいつか! ますますもって、ありえない! タカサキの人事は、バカ過ぎる」


「あんまりバカバカ言うなよ。今日はタカサキの関係者も、何人か来てるんだぞ?」




 他社だとしても、レーシングドライバーが自動車メーカーの悪口なんて言うもんじゃない。


 ブレイズの印象が悪くならないか心配で、周りをキョロキョロ見回す。




 良かった。

 周囲には、聞こえていないみたいだ。


 なんで俺が、こいつの心配をしてやらないといけないのか――




「ブレイズ。クビになったってのは、冗談だよ。自分から、契約を更新しなかった。……凄く大きな仕事が入ってな。メーカー間のしがらみやスケジュールの忙しさから、GTフリークスドライバーと同時にやるのは無理そうだったんだ」


「大きな仕事? なんだいそれは?」


「まだ、秘密だよ」




 思わせぶりに言ったつもりだったのに、ブレイズは


「ああ、そういうことか」


 なんて、1人で納得してしまった。




 ええ?


 秘密にしていることの内容まで、分かっちゃうの?


 ヤバいな、俺。

 自動車メーカー(ワークス)ドライバーなのに――


 機密事項、ダダ洩れじゃん――




「ランディ。僕は先に行って、待ってる。あんまり待たせずに、来て欲しいもんだね」


「そう時間は、かからないさ。これまでも、ケイトさんが頑張ってくれてたからな」




 オープンカーでサーキットを回るパレードは、いつの間にか終わっていた。


 ここからは、式典(セレモニー)に入る。


 アクセル・ルーレイロに、花束が贈呈されるはずだ。


 プレゼンターであるブレイズは、俺から離れていった。




 空を見上げると、相変わらず氷の結晶が舞っている。


 日の光を反射してキラキラ、キラキラと。




「あー、くっそー、寒いな。火の近くに行きたい。なにか、燃えているものの近くに……お?」


 ふと、胸の辺りに温かみを感じた。


 視線を自分の胸元に向けると、そこには首から下げた通行証(パス)ケース。


 今回の引退パレード&セレモニーに、関係者として入場するためのものだ。


 でも、熱を放っているのはそれじゃない。


 (いっ)(しょ)にパスケースに収めてある、別の場所へ入るためのICカード。


 他人に見られないよう、裏返してパスケースに収めていた。


 俺はそのICカードを取り出し、(そら)にかざす。


 もう周囲には誰もいなくなっているし、見られやしないだろう。




「燃えているのか? もうすぐ……もうすぐだよ」




 カードに(えが)かれていたのは、青い不死鳥。


 これはマリーノ国の西地域(ウエストエリア)にあるシャーラ社の研究所(ファクトリー)と、テストコースに入るための通行証。




 来年の俺はもう、タカサキのGTフリークスドライバーじゃない。


 久しぶりにTPC耐久クラス1、〈BRRレオナ〉のドライバー。


 そして――




 シャーラ社が再びユグドラシル24時間を戦う為に、作り出そうとしているマシン――


 〈レオナ〉GT-YDの開発ドライバー。


 再来年の2642年にはそのマシンを駆り、世界耐久選手権(WEM)とユグドラシル24時間に挑む。




「見ているかい? トミー伯父さん。エリックさん。あと少しで、夢に手が届くよ」




 俺は太陽へと手を伸ばし、握りしめる。


 あの日ケイト・イガラシさんの前で、ユグドラシル24時間を()ると宣言した時と同じように。




 陽の光が強くなり、空を舞う氷の結晶が(ひと)(きわ)明るく輝く。




 それはおとぎ話に出てくる光の精霊レオナが、俺を祝福してくれているかのようだった。






■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






「は~。やっぱり、実家はいいよな~」


「ホント、最高よね~」




 ここは中央地区(セントラルエリア)にある実家、自動車整備工場クロウリィ・モータース。


 俺とヴィオレッタはコタツに入り、スライムも()くやとばかりに脱力していた。




「ランディもヴィオレッタも若者なんだから、都会であるブラックダイヤモンドシティの(ほう)が良かったんじゃないの? タワーマンションも引き払っちゃって、ちょっともったいなかったんじゃない?」


 お茶を淹れてくれながら話しかけてきたのは、シャーロット母さんだ。




「ここからの方が、シャーラのテストコースに近いんだよ。BRRの本拠地であるヌコさんのショップも、すぐ隣の市だしね」


「そう。私と父さんとしては、また賑やかになって嬉しいわ」


 俺とヴィオレッタは、再び実家住まいに戻ることになった。


 やっぱり高級タワーマンションなんかより、住み慣れた実家の方がいい。




「ランディ。シャーラのテストコースに行くのは、年が明けてから?」


「そうだよ。年末年始はトレーニングとか以外、もう予定は無いね」


「はあ……。実家にいてくれるのは嬉しいけど、母さんちょっと心配だわ。年末年始ぐらい、女の子とデートの約束とかないの?」


 母さんの意外な言葉に噴き出しちゃって、お茶がちょっと鼻に入った。

 すっごく痛い!


 あ――あれ?

 母さんって、そういうこと言う人だっけ?




「お母さん! お兄ちゃんは、私とデートするからいいの!」


「ヴィオレッタ……。あなたもいつまでお兄ちゃん、お父さんっ子なの? いい加減、彼氏ぐらい見つけなさい」


 か――母さん、それは――


 ヴィオレッタは、まだ21歳だよ?


 彼氏なんて、早すぎません?




「むーっ! お兄ちゃんやお父さんぐらい素敵な男なんて、そこいらに転がっているわけないじゃない」


「だから、頑張って探しなさい。言っときますけど、オズワルド父さんは私のものです。娘が相手でも、あげません」


 おおっ! 父さんモテモテ!


 この場にいたら、照れてたかもな。




 でも実際、ヴィオレッタは俺や父さんと結婚できるわけじゃないからな――


 兄としては身をスライスされる思いだけど、嫁に行かせるしかあるまい。


 彼氏とか旦那とかを連れてきたら、1発ぶん殴る自信はある。


 だから、屈強な男を連れてきてもらわないとな。


 俺と父さんの殺人パンチを受けても、死なないぐらい屈強な男を。


 この時点で、ブレイズは失格だな。


 たぶん、1発目で死ぬ。




「ランディ。母さんね、あなたがどんなお嫁さんを連れてくるか楽しみなのよ? ケイトちゃん? ルディちゃん? マリーちゃん? それともニーサちゃん?」


「勘弁してくれよ……。あれ? 母さんって、ニーサとそんなに接点あったっけ? 他の3人はジュニアカート時代からの付き合いだから、知ってるのは分かるけど」


「言ってなかったかしら? ニーサちゃんところのヴァリエッタママとは、仲良しなのよ? あなたがノヴァエランド12時間で優勝した時に連絡先を交換して、それからは(いっ)(しょ)にお出掛けしたりする仲なの」




 し――知らなかった。


 それは、とっても不味い気がする。


 ニーサと同棲――じゃなかった。

 ルームシェアしてた時期があることを、母さんに話していないだろうな? あの中二ドラゴンママは。


 まあその件で母さんに怒られてないから、バレちゃいないんだろう。




「お母さん! 私! 私! お兄ちゃんのお嫁さんは、私!」


「まだそんな、初等部学生時代みたいなことを言ってるの? ブレイズ(くん)辺りで我慢しときなさい」





 母さんの台詞に、ヴィオレッタは(ほお)をプクーッと膨らませた。


 ――可愛い!


 こんな可愛い妹が、ブレイズのところへ嫁に行くとか許されるんだろうか?


 いや、許されない! (反語表現)






 俺と父さんは、ぜーったいに許さないんだからな!






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[一言] アクセル・ルーレイロの時代は終わった。次の時代は……? って感じですね。 新型の車を開発。青い不死鳥が蘇る様とか、かっこいいだろうなぁ〜ワクワク〜。 21歳のヴィオレッタかぁ〜。私と同い年…
[一言] >21歳のヴィオレッタには、そういうのまだ早すぎると思いますよ? オ、オウ……ww からの反語キターーー!!!!(大歓喜) 因みに私はヒロインレーストトカルチョは、ニーサたんに花京院の「…
[一言] ブレイズの『父親を超えたいと思っていたけど、実際超えてしまうと感じる寂しさにも似た気持ち』は、普遍的というか通じるものがありますよね〜……。 そして、そんな風にしんみりしていたら、ランディ…
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