ターン154 もういちどwant to be
樹神暦2639年12月
GTフリークス 最終戦
ノヴァエランドサーキット
予選日
俺は午後からの予選スーパーラップに向け、ピット内で走行の準備を進めていた。
「……寒いな」
北半球にあるマリーノ国は、南に行くほど温かい。
このノヴァエランドサーキットは南地域に位置しているものの、12月の頭ともなるとそれなりに寒い。
本来最終戦は、立体映像でおなじみのドリームシアターで開催される予定だったんだ。
あそこは屋内施設だから、温かい。
ところが今年は空調に不具合が出たとかで、大がかりな改修工事を強いられていた。
レースに使用できないから、代わりに第1戦でも走ったノヴァエランドサーキットが最終戦の舞台になる。
「どーしちゃったんスか? ランディさん? 寒いっスか? 寒くて縮こまっちゃってるんスか?」
久しぶりに聞く下っ端っぽい語尾と、ペラペラと良く回る舌。
怪我をしたルディに代わり今回俺の相方に抜擢されたのは、クリクリ目玉のお調子者小鬼族。
「シルバードリル」時代もチームメイトだった、ポール・トゥーヴィーだ。
すっかり忘れていたけれど、コイツもスーパーカートでタカサキ自動車メーカーチームのドライバーだったな。
「寒くて体が思うように動かなくても、無問題! スーパールーキーの俺っちに、全て任せて下さいっス!」
ポールは自分をビシリと親指で指し、ウインクを決める。
「スーパールーキー君は昨日の新人テスト、合格ギリギリのタイムだったって聞いたけど? 午前中の予選もあとちょっと遅かったら、俺とのタイム差が大き過ぎてスーパーラップに進めないところだったんだよ?」
「ありゃーきっと、陰謀っス。俺っちの才能を恐れた他のチームが、何かの妨害を仕掛けてきたんスよ。……念力とか」
「ふーん、そうか。念力じゃ、しょうがないね」
「次はきっと、念力も呪いも華麗に避けてみせるっス!」
そう宣言し、ポールは連続してバク転を決める。
バク転しながらピットの外にある作業エリアまで出て行ったところで、係員さんに危ないからやめろと怒られた。
「いや~、怒られちゃったっスよ。ノヴァエランドの係員さんは、気が短いっスね~」
ケラケラと笑いながら、ポールは俺の傍へと戻ってくる。
「ポール、無理して明るく振る舞わなくていいよ」
「ランディさん……」
「いつも通りでいいんだ。いつも通りでも、お前は充分に周りを元気にしてくれる」
「ランディさん、俺っちは……」
「お前はいい奴だよ。ありがとうな」
ルディの事故から、2週間が経過していた。
けれどもその程度の期間で、チームのみんなの心が癒えるわけがないんだ。
癒えきったのは、マシンであるさーべるちゃんぐらいのもんか――
いや。
ピカピカに見えるこの〈サーベラス〉も、新しい車体に変えている。
前のさーべるちゃんは――死んでしまった。
あの事故の後、ウチを含めて6台の〈サーベラス〉は前サスに改修が施された。
確かに耐久性は上がって折損なんかの心配は減ったけど、運動性はかなり下がったと思う。
「ランディさん。午後からのスーパーラップ、予選1番手を期待してるっスよ。予選1番手って、いい響きじゃないっスか? 俺っちの名前っぽくて」
「そうだな……。だけど予選1番手は、難しいかな? 午前中の予選でも、スーパーラップ進出ギリギリの10位だったし」
「なーにを言ってるんスか! ランディさんなら、ぶっちぎりの予選1番手獲得っスよ。ついでにコース最速記録も、叩き出しちゃったりして」
「適当なこと言うなよ!! ここのレコード保持者は、ルディなんだ!!」
「あっ……。すんません……」
「いや、ゴメン。怒鳴って悪かった……」
なにをやってるんだ、俺は――
せっかくポールが盛り上げようとしてくれたのに、またチーム内の空気が暗くなってしまった。
「……ランディさん! いいこと思いついたっス! ランディさんってスーパーラップの時に流すテーマ曲、こだわりはあるっスか?」
「いや、全然。去年流してたのは、ヴィオレッタが適当に選んだポップロックだったな」
「だったら、オススメの曲があるっス! 異世界から転移してきたって言い張っているバンド、『ナローシュ』の曲なんスけど」
「なんだ? そいつら? 異世界から転移してきたなんて、痛い奴らだな」
「転生者のランディさんが、それを言っちゃうんスか? ヴォーカルのセーラちゃんって子が、すっげーエロカッコイイんスよ! 異世界の言語で歌ってるんで、なに言ってるんだか全然わかんないんスけどね。今度、ラウネス共通語バーションも発売するらしいっスよ」
「まあ、それでいいよ。スーパーラップのテーマ曲なんて、正直なんでもいい。どうせ走ってるドライバー本人には、聞こえないんだからな」
スーパーラップのテーマ曲が聞こえるのは、サーキットの場内放送が届く観客と参戦チーム関係者だけだ。
仮に聞こえてテンションが上がったとしても、それでタイムが速くなるわけじゃない。
無関心な俺に、ポールはニチャアとした笑みを向けてきた。
あー。
コイツ、何か企んでやがるな。
まあ、どうでもいい。
どんな結果が出るにせよ、これが俺とジョージにとって最後のレースだ。
チームやメーカーに恩義は感じているから、できれば年間王者を持ち帰りたい。
でもルディと一緒に走っていた時ほどには、チャンピオンを望んでいない自分がいる。
モチベーションが上がらない。
無難にそこそこの走りをして、まあまあの順位でゴールして――
それでチャンピオンになれなかったら、仕方ないな。
そんな風に考えて俺はヘルメットを被り、〈サーベラス〉の運転席へと滑り込んだ。
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GTフリークス 最終戦
ノヴァエランドサーキット
14:00
予選スーパーラップ
今日は午前中のタイムアタックで、スーパーラップ進出ギリギリの10番手だった。
なのでタイムアタックの順番は、1番最初だ。
ああ、やっぱりだ。
タイヤを温めるための蛇行運転をしていると、良く分かる。
このさーべるちゃんは、以前のさーべるちゃんより遅い。
車体の動きが、もっさりしている。
フロントサスの改修が、良くない方向に働いている。
どうしたもんか?
どうすればこのマシンで、良いタイムが出せる?
どうすれば、明日の決勝レースで勝てる?
自然とそんなことを考えている自分に気づき、ヘルメットの中で苦笑してしまう。
もうそんなに必死になって、勝ちに行かなくてもいいんだよ。
適当に、気の向くままに走ろう。
そう決意を固めた時、ポールからの無線が入った。
『ランディさん、無線聞こえるっスか~? な~んか今日のランディさん、やる気が無いみたいっスね?』
「否定はしないよ。気分が乗らないのは確かだ」
『そんなランディさんがやる気になるよう、俺っちが一肌脱ぐっス。無線をいじくって、スーパーラップのテーマ曲をドライバーのイヤホンにも流すようにしたっス』
「は? なにを勝手なことしてるんだ!? それって競技規則的に、大丈夫なのか?」
俺の問いかけに、ポールの奴は答えない。
おいおい。
他のスタッフ達も、なにやってんだよ?
ポールを止めろよ。
『それでは、聞いて下さいっス! 「ナローシュ」で、「もういちどwant to be」!』
ピットに抗議して、やめさせてる暇はない。
俺とさーべるちゃんは、最終コーナーを全開で立ち上がってしまった。
コントロールラインを越えたらもう、タイムアタック開始だ。
――まあ、いいか。
音楽で若干集中力が削がれるかもしれないけど、元からあんまり集中できていない。
それにレースで有利になるような行為でもないから、競技上のペナルティとかは出ないだろう。
ポールがレース運営から、怒られるぐらいか?
コントロールラインを越えると同時に、イヤホンからポールの選んだ曲が流れ始めた。
金属質な、荒々しいギターサウンド。
ハードロックだ。
こういう歪んだギターの音を、ディストーションって言うんだっけか?
なんだか、車のエンジン音に通じるものがある。
イントロのギターリフが妙に心を高揚させるせいで、テンポ以上に疾走感が凄い。
音楽に合わせて走るというのも、悪くないかも?
きっと無音で集中して走るより、タイムは遅くなってしまうだろう。
だけどなかなかに、気持ちがいい。
踊る心に合わせて、直角ターンの1コーナーに向けてブレーキング。
そしてターンイン。
さーべるちゃんまで踊り始めた。
2kmの直線「ストレート・トゥ・ヘル」に入り、ドラッグ・リダクション・システムを作動。
そこで曲のイントロが終わり、歌声が入り始める。
ポールの話によると、ヴォーカルの女の子はセイレーンのセーラちゃんっていうらしいな。
けれどもセイレーンなんて種族、この世界では聞いたことがないぞ?
セーラちゃんの歌声に、俺は衝撃を受けた。
女性ヴォーカルにしては低く、パワーみなぎる歌声。
その素晴らしさにも、確かに驚いた。
だけど1番ビックリしたのは、その歌詞が地球の言語――日本語だったからだ。
――遠い遠い記憶の彼方 幼い頃に交わした約束
――憶えていますか? あの日の言葉 あの日の空を
300Km/hオーバーで走っている最中だというのに、俺の意識はさーべるちゃんの運転席から別の場所へ飛んでしまった。
カートコースのウィッカーマンズサーキットだ。
まだ、幼かった頃のケイトさんがいる。
夕日が俺の手の中に――
――いつか必ず叶うと 信じて疑わなかった物語
――だけど現実は厳しくて 近づいては遠ざかって
フルブレーキング、DRS解除。
時間が巻き戻るように感じる。
ルディのブレーキングと同じだ。
――どこを歩いているのかさえも わからなくなってしまったあなた
そうだ、俺はわからなくなってしまった。
なんで走っているんだろう?
どこへ向かっているんだろう?
――立ち止まったっていい そしたら周りを見わたして
――きっとあなたを 待っていてくれる人達がいるはずだから
今の俺は、立ち止まってしまっているんだろうな。
ジョージだってそうだ。
ケイトさんは――今も走り続けているみたいだ。
シャーラ本社で何やってるのか秘密にしているけど、見当はついている。
ケイトさんは、待っていてくれるのか? 俺達を――
――もういちど夢を見させて あなただけのものじゃない
――消せない炎が 私の胸にも
『ウチに夢を見させておいて、自分達はケツまくって逃げ出すんか!?』
ケイトさんは病院で、そう叫んだ。
あるんだ、彼女の胸の中にも消せない炎が。
そして今、実感した。
俺の胸の中にも、まだある。
冷たい風に吹かれて小さくなってしまっただけで、消えてはいない。
――もういちど走り出して あなたのその姿は
――勇気をくれるの 私の心に
ルディを傷つけ、片目を――夢を奪ったモータースポーツ。
トミー伯父さんの平穏な人生だって奪われた。
けれども奪われたものばかりが目に付いて、与えてもらったものを忘れていた。
俺はいつだって、勇気をもらっていたじゃないか。
自分以外のドライバー達が、走る姿から。
俺の走る姿だって、きっと誰かに――
――なにかに憧れてる あなたに私は憧れてる
――ずっと ずっと ずっと 見つめているから
感じるよ、みんなの視線を。
みんなの想いを。
全部、俺の中に流れ込んでくる。
間奏の途中で、唐突に曲が止まった。
いつの間にか俺はスーパーラップを終え、クールダウンに入っていたんだ。
1コーナーを回りゆっくりと流していると、グランドスタンドでお客さん達が総立ちになって叫んでいるのが見えた。
不思議に思って、前窓に投影されている自分のラップタイムを確認する。
『1分44秒376』。
コース最速記録だ。
その数字を見て、少し寂しい気分に襲われる。
このコースのレコード保持者一覧から、ルドルフィーネ・シェンカーの名前が消えてしまった。
「ジョージ、無線に出られるかい?」
『はい、いますよ』
「ごめん、やっぱダメだ」
『なんの話です?』
「ケイトさんを、全裸にさせるわけにはいかないって話」
『当たり前です。何をわけわからないこと言ってるんですか? 変態ですか?』
「あっ! この野郎! 裏切り者! 自分だけ、無かったことにしやがって!」
レースをやめようと思っていた話は、まだチームの誰にも話していなかった。
それをいいことに、ジョージの奴は病院でのやめる発言も記憶から消去してしまうつもりらしい。
『まったく……。いつも非常識な走りをして、僕らに夢を見させて……。ちゃんと、責任は取って下さいね』
「わかってるよ! ケイトさんに対して責任取るのは、ジョージも一緒にな!」




