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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター5

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153/195

ターン153 西の空へ

 事故から3日目の朝――




 ルドルフィーネ・シェンカーは、目を覚ました。




「ルディ! ルディ!」


 ストレッチャーに乗せられて、集中治療室(ICU)から(いっ)(ぱん)病棟へと移される途中のルディに呼びかける。


 体の至るところに包帯が巻かれて、点滴のチューブが差し込まれた痛々しい姿。


 けれどもその表情は、確かに笑っていた。




「えへへ……。ランディ先輩、やっちゃいました……」


「いいんだよルディ、今は何も言わなくていい。ゆっくり休んでくれ」


「先輩……。なんでそんなに、悲しそうな表情なんですか? 全身痛いけど、手も足もちゃんとついてます。ボクは大丈夫ですよ?」


 ルディは俺の(ほお)に触れようとしたのか、右手を伸ばす。


 だけどその手は届くことなく、(くう)を切った。




「……あれ? おかしいな? 確かに先輩の頬に、触れたと思ったのに。さすがにまだ、手が思うように動いていないのかな?」


「……きっとそうだよ。怪我が治ったら、きっと大丈夫だから」


「そうですね……。なんだかまだ、眠いや。ごめんなさい、少し……眠ります……」


「ああ、そうだね。そうした方がいい。しばらくお休み」



 看護師さん達に押されて、ルディを乗せたストレッチャーが運ばれてゆく。


 それに続いて廊下を歩いていくミハエル先生の背中に、俺は問いかけた。




「先生。ルディはまだ、あのことを……?」


「ああ、気付いていない。俺も、言い出せなかった」






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 その日の午後、ルディが再び目を覚ました時だ。


 意外な客が、見舞いに訪れた。




「ルディ! 良かった……意識が戻って……。ワシは気が気じゃなかったぞ」


 鬼族(オーガ)のヤニ・トルキだ。




「……は? ヤニさん、どうしてマリーノ国へ? ヤニさんは、ガンズ国家連邦のストックカー選手権を戦っている最中でしょう?」


 驚くルディに、ヤニは得意げに答えた。


「そんなもの、欠場してきたわい」


「そんな! 何を考えているんですか!? あなたそれでも、プロドライバーですか!?」


「……チームが行けと、言ってくれたんじゃ。ワシがストックカーで所属しとるのは、タカサキのチームじゃぞ? 仲間を見舞わんでどうする」


「そっか……。ありがとうございます」


「なに、礼には及ばん。こないだのGTフリークスで再会した時みたいに、無視されんで済んでよかったぞ」


「看護師さんに手を出したら病室から叩き出して、今後は完全に無視しますからね」




 軽口を叩き、笑い合うルディとヤニ。


 その光景を俺とミハエル先生は、1歩引いたところから見守っていた。




 ああ、良かった。


 この調子なら、きっと――




「ねえ兄さん。ボクの顔に巻かれた包帯の下、どうなってるの?」




 突然の質問に、ルディ以外の3人全員がギクリとした。


 ヤニも知っている。


 ルディがどういう状態なのか、メッセージアプリのやり取りで伝えていたからな。




「ル……ルドルフィーネ……その……」


 ミハエル先生は、言葉を続けられない。


 その様子を見て、ルディは視線を俺へと向けた。


 そうだよな。

 こういう時に役目が回ってくるのは、嘘がつけない俺だよな。




「兄さんの口からは、言えないみたい。教えて下さい、ランディ先輩。この包帯の下は、どうなっているのかを」




 ゴクリと(つば)を飲み込む。




 俺自身が認めたくないその事実を、(かす)れる(のど)から必死で絞り出した。




「右目が……無いんだ」




「そう……なんだ……。なんとなく、そんな予感はしてました」




 淡々と、ルディは答える。


 もっと、半狂乱になると予想していた。




 片目を失う。


 それはつまり、距離感を測れなくなるということ。


 ならば当然――




「ボクはもう……走れないんですね……」




 重苦しい沈黙が、病室を支配する。




 距離感が測れない状態では、サーキットをレーシングスピードで走るどころじゃない。


 公道を安全運転することすら、ままならない。


 目が自慢のエルフドライバーが、それを失ってしまった。


 時間を逆行させる神技ブレーキングも、空間を切り裂くような鋭いコーナリングも二度と戻ってはこない。




 レーシングドライバー、ルドルフィーネ・シェンカーの選手生命は終わった。


 音速の妖精は幻となって(そら)に溶け、消えた。




 誰もそれを口に出さなかったけど、全員が理解していた。




「少し……1人にさせて下さい」




 俺達には、黙って病室を出て行くことしかできなかった。






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 ヤニがお見舞いに来た日から、3日後のことだった。




「ルディが病室から、いなくなった!?」




 再びお見舞いに訪れた俺はミハエル先生からそう聞かされて、思わず叫んでしまった。


 そんな馬鹿な――

 もう立って歩けるのか?


 まだ、点滴の(くだ)が入っているんだぞ?




「ランディ! 悪いが(いっ)(しょ)に探してくれ! 俺は外にある、公園の方を探してみようと思う。お前は病院内を」


 俺は無言で(うなず)いて、病院内を早足で歩き始めた。




 ――どこだ?


 どこにいる?


 ルディの気持ちを考えろ。


 俺がルディと同じ立場だったら、どうしたい?


 どこへ行きたい?




 瞬間、最悪の想像が頭をよぎった。




 ――屋上だ!



 

 看護師さんや、お医者さん達から怒られても構わない。


 俺は全速力で、病棟の階段を駆け上がった。




 最上階まで行き、屋上へのドアを勢いよく開ける。




 どこだ!?


 ルディ、どこなんだ!?




 周囲を見渡すと、人影が見えた。




「ルディ―!!」




 走り寄ると、やっぱり人影はルディだった。


 点滴スタンドを押しながら、屋上の端へと歩いて行く。


 ままならない体を、引きずるように。




「待ってくれ! 早まらないでくれ!」


「わっ! びっくりした!」




 後ろから抱き着いて引き()めると、ルディは心底驚いたという表情で振り返った。




「なんなんですか? ランディ先輩。『早まらないでくれ』なんて、ボクが飛び降り自殺でもすると思ったんですか?」


「ああそうさ! 思ったよ! 生きた心地がしなかったよ! ……あんまり心配させないでくれ」


「ごめんなさい。なんだか無性に、(そら)を見たくなったんです。西の空を……」


「西……?」


「そう、西の空。ユグドラシル島って、マリーノ国から見て西にあるでしょう? 今日は晴れているし、世界樹ユグドラシルが見えるかな~なんて。あはは……。見えるわけないんですけどね。1万kmぐらい離れているから」


「ルディ……」


「なんだか前よりずっと、遠くに感じちゃいます」




 俺とルディの夢の終着点。


 「ユグドラシル24時間耐久レース」が開催される、ユグドラシル島。


 彼女がドライバーとしてその島を訪れることは、もうない。




(いっ)(しょ)に……走りたかったなぁ……」




 ルディは終始、笑顔のままだ。


 だけど残された左目から、涙がこぼれて(ほお)を伝った。




「……病室に戻ろう。ミハエル先生も、心配している」


「……はい」






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 俺とルディは病室に戻る途中、ミハエル先生と合流できた。


 先生は涙を流しながらルディに抱きつき、「もうどこへも行かないでくれ」と(こん)(がん)する。


 それを見たルディは、本当に心配をかけてしまったと実感したらしい。


 ミハエル先生に、何度も謝っていた。




 そんな俺達が、病室前まで戻ってきた時のことだ。




「もういっぺん、言うてみいー!!」




 凄まじい怒声が、病室内から響いてきた。


 知り合いの女性によく似た声だけど、あまりに彼女のイメージとかけ離れた怒鳴り声だ。


 その(あと)ボソボソと男の声が聞こえたかと思ったら、続いてドカッ! と何かがぶつかる音。


 間髪入れず、長身細身のドワーフが床を(すべ)りながら飛び出してきた。


 ジョージ・ドッケンハイムだ。


 唇の端が切れて、血を流している。


 殴られたっぽいな。


 ジョージは眼鏡を外してマッチョ化しなくても、力は強いしタフな男だ。


 それがこんなに殴り飛ばされるなんて、相手は誰だ?




 やった人物は、すぐに分かった。


 殴り倒されて廊下をスライドするジョージを追って、病室から飛び出してきた人物。


 白い翼を背中ではためかせた、天翼族の女性だ。




「ケ……ケイトさん?」


「おー。ランディ(くん)、ルディちゃん。意識戻って、良かったで。ちょっと待ってな。この腐れドワーフの根性を、叩き直さなアカンねん」


 なにこの状況?


 いつもはケイトさんが、ジョージにビビってたでしょう?




「ジョージ。ケイトさんに、何を言ったんだ?」


「別に……。僕は何も、大したことは言っていません。レースをやめたいと、言っただけです」


「まだ、そないなこと言うんか!? ランディ君からも、なんか言うてやって」




 突然話を振られてしまった。


 なにかって、言われてもな――


 実を言うと、ジョージはやめたいって言い出すんじゃないかと思ってた。


 だって――




「実はね、ケイトさん。俺も、やめようかと思っているんだ」


 俺の言葉に、隣でルディが息を呑んだ。




「なにを……なにを言うとるん?」


 わなわなと唇を震わせて、ケイトさんが詰め寄ってきた。


 そのまま彼女は両手で、俺の(えり)(くび)を締め上げる。




「もう、充分だろ? 俺もジョージも国内最高峰レース、GTフリークスまで辿り着いた。プロのドライバーと、メカニックになった。年間(シリーズ)王者(チャンピオン)だって獲得した。もうレースは、やりきったよ」


「そら確かに、偉業やけど……。まだ、夢の途中やないか! 『ユグドラシル24時間』は、どないすんねん! ウチに夢を見させておいて、自分達はケツまくって逃げ出す気なんか!?」


「……ごめん、ケイトさん。俺達は、ここまでだ。もう走れない。走りたくない。モータースポーツを……レースを……もう、愛せない」


 ルディの片目を奪い、ミハエル先生を悲しませ、俺やジョージを苦しめ続ける。


 そんな不幸を垂れ流す存在、もう愛せるわけがない。




 襟首を締め上げていた、ケイトさんの力が緩んだ。




「……アホや、2人とも。なーんも分かっとらん。しゃーない。ランディ(くん)が気付いて戻ってくるまでは、代わりにルディちゃんに乗ってもらうしかないな」


「……え? 乗る? ケイト先輩、なんの話をしているんですか? それに、ボクの右目はもう……」


「右目のことは聞いとる。なんやねん、ルディちゃんも分かってないんか? ジブンらレーシングドライバーはな、頭でマシンを降りたいとか考えても降りれる人種やないねん。降りれるのは、本当に走れなくなった時だけや。メカニックやエンジニアも、似たようなもんやで」


「……距離感が、全然掴めないんですよ? 走れるわけないじゃないですか!」


「コーナーまでの距離測る機能を、マシンに追加したらええんちゃう? 元々GTフリークスマシンには、レーダー機能があるやろ? ドライバーの機能が追いつかんなら、(あと)は機械頼みや。車両規則(レギュレーション)で認められん言うなら、規則を改正させるよう働きかければええ」


 無神経に言い放ったケイトさんに、さすがに俺も腹が立った。


「ケイトさ……!」


 抗議しようとした俺を手で制したのは、傷つけられたはずのルディだ。




「機械頼み……。ひょっとして、あそこなら……。確かまだ、連絡先が残って……」


 ブツブツと(つぶや)くルディを見て、ケイトさんは満足げな笑みを浮かべた。




「なんや。女の子の方が、ずっと立ち直り早いな。やのに野郎どもは、いつまでもウジウジと……。時間の無駄や! とっとと復帰せい!」


「いや。復帰もなにも、まだ辞めてないんだけど……。チームとの契約があるから、今年のGTフリークス最終戦までは走るよ」




 俺の言葉に、ケイトさんはフンッと鼻を鳴らす。






「ちゃうな! 全裸賭けてもええ! 『今年のGTフリークス最終戦まで』やのうて、『ユグドラシル24時間で勝つまでは』になるで」






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[一言] 片目かぁ……。 でも、レーサーは走らないと。まだ走れますからねー。 さて、ルディはどこに行ったのか? ふふふ。高性能な義眼を埋め込んだりするハイテク仕様になるわけですね。 ケイトさん、ちゃ…
[一言] 私の叔母も片目がなくて眼帯のカッチョイイマダムなんですよねぇ(突然の自分語り)。 だからルディもそれ自体は乗り越えてくれると思うんだけど、ドライバー生命かードライバー生命ー!! え、でもきっ…
[一言] 視力だとは思っていましたが、片目というのは辛いなあ。まあユグドラシルに片目を捧げたと表現すると速くなって戻ってきそうなイメージがありますが。
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