ターン148 ハゲるまでは要りません
「ちょ……ちょっと! ランディ先輩! なにを言い出すんですか!? 今回たまたまボクの方が、少しタイムが良かったぐらいで……。まだ、エースドライバーなんて無理です!」
ルディは慌てて椅子から立ち上がり、俺の提案に抗議の声を上げる。
そんな様子をチラリと見た後、俺は再びアレス・ラーメント監督へと向き直って答えを待った。
「ふむ……。そう提案した、理由を聞こうか? ルディには悪いが、私もまだまだランディの方がエースに相応しいと思うぞ」
「俺だってドライバーとしての総合力が、ルディに負けてるとは思ってませんよ。ただ、ルディは1発の速さがある。それを生かしたいなって」
「なるほどな。予選スーパーラップとスタートドライバーを、ルディに任せようということか」
現在このGTフリークスで、主流になっている戦略。
それは1発勝負のスーパーラップと混戦になりやすいスタートをエースが務め、前半でレースの流れを作ってしまうというものだ。
絶対じゃないけど、このやり方を取るチームが多い。
「もうひとつ。自惚れに聞こえるかもしれないけど、マシンを労りながらの走りは俺の方が得意です。トラブルが起こった時の対応もね」
「2639年型は、信頼性がイマイチだ。開幕までにエンジニアやメカ達が頑張ってくれるだろうが、それでもチェッカーフラッグまでもつか不安は残る。つまりマシンが壊れそうなレース後半を、対応力のあるランディが担当するということだな?」
「そういうことです」
「悪くはないアイディアだ。しかし……」
アレス監督は、少し難色を示した。
監督だって、ルディの速さは評価している。
だけど経験という面では、前世をひっくるめて数十年のレースキャリアがある俺の方が上。
GTフリークスというカテゴリーに限った話でも、ルディよりだいぶ多く走っている。
それをエースに据えず、経験の少ない方を起用するっていうのは賭けだろう。
「ボクの意見を無視して、話を進めないで下さいよ! 無理無理! 絶対無理です! まだ2年目なんですよ? スーパーラップなんて、サーキット中の視線が自分1台に集中するんですよ!? 考えただけで、目眩がします!」
「大丈夫だよ。俺はデビューイヤーでスーパーラップ走らされたけど、そんなに緊張しなかったよ? あがり症な、この俺が」
「先輩はハンドル握ると、人格変わるタイプじゃないですか! ボクは無理! できません!」
「ルディ。やりもしないで、できませんなんて言うもんじゃないよ。やってみてから、『やっぱりできませんでした』でいいんだよ」
「うぇ~ん。先輩が、変な思想に染まってる」
「ふむ。ヴァイイズムが、ランディに継承されてしまったようだな」
せっかく伝説のドライバーであるヴァイ・アイバニーズさんの言葉を引用したのに、ルディは半泣き。アレス監督は、少し困り顔だ。
なんなの? その反応?
解せぬ。
「……開幕までは、まだ時間がある。少し、考えさせてくれ」
乗り気ではなさそうなアレス監督にルディはホッと胸を撫で下ろし、再び椅子に座り込んだ。
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樹神暦2639年3月
GTフリークス 第1戦
ノヴァエランドサーキット
14:30
予選スーパーラップ
『なんで……。なんでこんなことに……』
無線機から流れてくるのは、ルディの弱々しい泣き言だ。
「こら~。この期におよんで泣き言なんて、プロドライバーらしくないぞ~?」
俺も本気で説教しているわけじゃない。
ルディの緊張が少しでもほぐれるよう、おどけた態度で無線を飛ばしていた。
サインエリアに設置されたテント。
その下で俺は、ライブ映像モニターへと視線を向ける。
そこには蛇行運転でタイヤを温めている最中の〈サーベラス〉――ルディが駆る、36号車の姿が映し出されていた。
レース本番だから、慣らし運転の時みたいなカーボン地剥き出しの真っ黒ボディじゃない。
なじみ深い、ライムグリーンに塗装されている。
空力パーツに細かい改修が入っている点。
そしてブルーレヴォリューションブランドの広告面積が増えて、緑と青のツートンに近くなっている点が去年との違いかな。
だけど中身はもっと別物だということは、すでに証明されている。
「普通に走れば、大丈夫だって。午前中の予選も、トップはぶっちぎりでルディだったんだよ?」
俺が言い切った直後、大柄な車体が目の前のホームストレートを通過した。
図太いターボエンジンサウンドを響かせる、赤と黒のツートンに塗られたマシン。
ニーサ・シルヴィアが駆る、〈ベルアドネ〉23号車だ。
今年から〈ヒサカマシーナリー・バウバウベルアドネ〉は、ニーサが予選スーパーラップを担当するらしい。
『あ~っ! こっちの前窓にも、今のニーサさんのタイム表示されましたよ! 1分45秒554!? 午前中のボクより、コンマ2も速いじゃないですか! コース最速記録じゃないですか!』
「へ~。ニーサの奴、速いな~。でもきっと、ルディの方が速いって。サクっと予選1番手を、獲ってきてくれよ」
『ランディ先輩、酷い~。ボクにこんな、重責を押し付けて……。先輩が言いださなければ、こんなことには……。恨んでやる!』
あらら――
かなりご機嫌ナナメだ。
緊張も解けてない。
どうしたもんか――
ルディと組んでいた、ジュニアカート時代の記憶を掘り起こす。
こんな時、ルディをリラックスさせる方法は何かなかったか――
『そうだ! 先輩! ボクが予選1番手を獲ったら、ご褒美を下さい!」
おや?
このやり取りは、既視感を感じるぞ?
すごく懐かしい感じも。
「OK。俺にできることならね」
『それじゃあ……。ボクが予選1番手獲ったら、頭をナデナデして下さい』
「ルディ……俺達、お互いもう大人なんだよ?」
『え~。大人は頭ナデナデしちゃいけないなんて法律は、ありませんよ?』
背後のピット内から、刺すような視線を感じる。
たぶんヘッドセット無線機で、俺とルディの会話が聞こえたスタッフ達だな。
俺の隣にいるアレス監督も、何か言いたそうな顔をしていた。
だけど俺は、そんな視線や監督の表情をスルーして答える。
「いいよ。予選1番手が獲れたら、頭が……」
『……ハゲるまで、は要りません! 交信終わり、アタック入ります!』
ニーサがタイムアタックとその後のクールダウンをしている間に、ルディは充分タイヤを温めていた。
これから始まる1発勝負のタイムアタックに、サーキット中の注目が集まる。
カメラも、観客の視線も、実況放送さえも、全てがアタックを行うたった1台に。
静かだ。
〈サーベラス〉の排気音や、ピットでの作業音は聞こえるんだけどね。
皆が固唾を呑んで見守る緊迫感のせいで、やたら静かに感じてしまう。
突然沈黙が破られて、場内放送のスピーカーから音楽が流れ始めた。
ダンスミュージック風な、ノリの良いポップス。
小さな少女2人のユニットが歌う曲だ。
ユニット名はたしか、フルーツキングダムだったか――
これはルディのテーマソング。
スーパーラップの時は、走るドライバーのテーマ曲を流す決まりになっているんだ。
『本日最後にアタックするのは36号車、〈ロスハイム・ラウドレーシングサーベラス〉! 昨年は、戦闘力不足に苦しんだ魔犬。しかし、今年は違います! ドライブするのは音速の妖精、ルドルフィーネ・シェンカ~!』
実況放送の残響をかき消すように、ルディとさーべるちゃんがホームストレートを駆け抜けた。
タイトな1コーナー、直角ターンへ向けてブレーキング。
相変わらずルディのブレーキングは、時間が巻き戻っているように見えてしまう。
大気どころか空間まで切り裂いてしまいそうな鋭さで、〈サーベラス〉はターンインしていった。
コーナーの向こうに消えて目視できなくなったから、俺は公式映像が映るモニターへと視線を戻す。
映し出されているのは、ロングストレートの「ストレート・トゥ・ヘル」へと突入する緑の魔犬。
ストレート脇に設置されているスタンドからは、大歓声が上がっていた。
俺がいるピットのサインエリアから結構な距離があるにもかかわらず、ここまでお客さんの歓声が聞こえる。
なんだよルディ、凄い人気じゃないか。
チームのプロモーションという面でも、野郎の俺なんかより可愛いルディがエースを務めた方が良さそうだ。
ドラッグ・リダクション・システムを作動させた〈サーベラス〉はウイングが寝て吸気口も閉じ、空気抵抗が大きく減る。
昔ノヴァエランド12時間を〈レオナ〉で走った時には全然超えられなかった300km/hの壁を、あっという間に突破した。
最高速度は、330km/hを軽くオーバー。
ぐんぐん加速していく。
「俺はカート時代からずっと、ルディは凄いと思っているんだよ……」
呟きに応えるようなタイミングで車体底面が路面を擦り、モニター内の〈サーベラス〉は激しく火花を撒き散らした。
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2639年3月
GTフリークス 第1戦
ノヴァエランドサーキット
決勝日
『ランディせんぱ~い。ふらついてますよ~?』
「分かってるって! あ~。タイヤも燃料も、もうヤバい」
レースは終盤。
俺は〈サーベラス〉をドライブ中。
ピットからお気楽な無線を飛ばしてくるルディに、少々ムッとしていた。
『ボクが予選1番手を獲って決勝レース前半もぶっちぎったのに、先輩が抜かれたらダメです。負けたら、お仕置きしちゃいますよ~?』
「ルディが前半アホみたいなペースで走ったから、俺が苦労してるんだろ?」
確かにルディは、前半いい走りしたんだけどね。
予選1番手からスタートし、2位の23号車――ニーサの〈ベルアドネ〉に32秒もの差をつけて俺にバトンタッチ。
ただし彼女が走った距離は、レースの約1/3。
ルール違反にならない、最低限の走行距離だ。
チームからは「タイヤも燃料もセーブしなくていい。とにかく全開で走れ」と指示が出ていたから、彼女の仕事は完璧だったと言える。
だけど本当に最低周回数で、タイヤをキッチリ限界まで使い切るとはなぁ――
想定より5周ほど早くピットインする羽目になって、そのぶん俺の走行距離は延長。
燃料タンクの重い車で、タイヤを労わりながら長距離を走る苦労を分かって欲しい。
ノヴァエランド名物である、曲がりくねった狭い山道区間。
そこを俺とさーべるちゃんは、タイヤをズルズル滑らせながらなんとかかんとか走り続けている。
ツゥーっと4輪がスライドする状態で、コンクリート壁ギリギリまで寄せていくのは心臓に悪い。
このコースの場合、壁の向こうは山肌か崖だからな。
ブルーレヴォリューションレーシング時代、クリス・マルムスティーン君は今の俺と同じような状況で本当によく踏ん張ったと思う。
シフトチェンジした瞬間、ゴリッと嫌な衝撃が車内に走った。
優れた自己診断機能を持つGTフリークスマシンは、即座に破損個所を前窓に投影する。
『4速ギヤ破損』
さーべるちゃん、言われなくても分かってるよ。
4速に入れた途端だったからな。
幸いなことに今回のトラブルでは、壊れた4速をスキップできるみたいだ。
さらに上の5速や、下の3速に入れる分には問題無い。
その代わり、別の問題が背後から迫ってきた。
後方モニターに映るのは、レイヴン〈イフリータ〉64号車だ。
「くっそ~。ニーサの奴、しっかり抑え込んでおいてくれよ」
あっ。
ニーサのドライブ中に抜かれたんじゃなくて、ピットで逆転されたんだっけ?
いや。
ピットに入る前に、もっと大差をつけておかなかったニーサが悪い。
負けたらルディのお仕置きとやらは、ニーサに丸投げしてやる。
タイヤはズルズル。
燃料もカツカツ。
おまけに4速を失った満身創痍の俺とさーべるちゃんに、ぐいぐいと迫ってくる64号車。
ついに最後の1周の最終コーナー手前で、背後にピタリと貼り付かれた。
うへ~。
これは、ノヴァエランド12時間の再現じゃないか。
あの時は俺達がレイヴン〈RRS〉に勝ったけど、今回も抑え込めるか?
64号車、分かってるんだろうな?
まだ、年間全10戦中の1戦目だぞ?
退けよ!
ぶつかってお互いリタイヤ、ノーポイントってのは最悪だぞ?
退け、退け、退け、退け、退きやがれ!
2位だって年間ランキングポイントが15ポイントも手に入るんだから、満足しておけよ。
退け、退け、退け、退け、お願いします、退いて下さい。
心の中で土下座を決めたのが効いたのか、64号車は最終コーナーで無理に仕掛けてはこなかった。
代わりに立ち上がり加速重視の走行ラインを取ってきて、コントロールラインまでに抜けたらラッキーという雰囲気だ。
たぶん俺が4速を失ってるのに気付いていて、加速は鈍いと判断したんだろう。
そりゃ確かにそうなんだけど、この短い距離で抜かれるほど俺とさーべるちゃんは遅くないぜ!
チェッカーフラッグが振られる。
なんとか1位のままゴールだ。
『よくできました、ランディ先輩。ご褒美にボクが、頭ナデナデしてあげます』
「頭ナデナデより、飲み物くれよ。喉がカラカラだ」
ハンドルに備え付けられているドリンクボタンを押しても、口にくわえたチューブからは飲み物が出ない。
もう、ボトルが空っぽだ。
「はぁ~、キツい。こりゃ、予想以上に大変だ。……だけど今年は、手応えを感じる。反撃開始だ」
「フルーツキングダム」は、魔法少女達によるユニットだとか。
https://book1.adouzi.eu.org/n6019gj/
そしてそんなフルキンの歌う、「愛☆スクリーム! さぁ、きっと〜!」の歌詞がこちらだぁ~!
https://book1.adouzi.eu.org/n6019gj/63/
ものすごくルディと重なる歌詞となっております。




