ターン145 俺は……ここまでの男なのか!
第1戦 セブンスサインサーキット
予選14位 決勝17位
ノーポイント
第2戦 スモー・クオンザサーキット
予選12位 決勝11位
ノーポイント
第3戦 ノヴァエランドサーキット
予選8位 決勝9位
2ポイント獲得
第4戦 スピードキングダム
予選18位 決勝13位
ノーポイント
第5戦 アンセムシティ市街地コース
予選13位 決勝リタイヤ
ノーポイント
第6戦 ラジャスタウン市街地コース
予選10位 決勝14位
ノーポイント
第7戦 エアロスミスサーキット
予選21位 決勝リタイヤ
ノーポイント
第8戦 シン・リズィ国際サーキット
予選30位 決勝28位
ノーポイント
第9戦 ドリームシアター
予選25位 決勝25位
ノーポイント
そして最終戦――
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樹神歴2638年11月
GTフリークス 最終戦
メイデンスピードウェイ
「頑張れルディ! あと5周で、チェッカーだ!」
場所はサインエリア。
俺はライブ映像モニターに映る〈サーベラス〉に注目しながら、レース後半を担当しているルドルフィーネ・シェンカーに励ましの無線を送っていた。
『ハァ、ハァ……。あと、5周ですね? あと5周踏ん張れば、10位入賞で1ポイント獲得できる……』
無線機のヘッドセットから、苦し気なルディの息づかいが聞こえてくる。
決して彼女の体力不足で、息が上がってしまっているわけじゃない。
かなり無茶なプッシュを続けてきた代償だ。
俺も前半、相当無理してペースを上げていた。
そうしないと――
『くっ! 8号車に捕まった! ……速すぎる!』
ライブ映像モニターの中で、ルディの駆る〈サーベラス〉の背後にオレンジ色のマシンが貼り付いた。
この車は、今年からレイヴン社が送り込んできたニューマシン。
去年まで走っていた、〈RRS〉の後継モデル――
『ダメです! スリップに入られた! 抜かれる……』
「同じ700馬力のはずなのに、なんでこんなに直線スピードが違うんだよ!」
俺とアレス・ラーメント監督の眼前。
ホームストレート上を、〈サーベラス〉ともう1台のマシンが駆け抜けた。
〈サーベラス〉を軽々と追い抜きしていく、そのマシンの名は――
「まるで歯が立たない……。〈イフリータ〉には……」
――レイヴン〈イフリータ〉。
先代〈RRS〉より排気量を増やし4ℓ化されたエンジンと、卓越した空力性能を持つマシン。
先代の弱点だった直線スピードの遅さは克服され、元から速かった曲がりやブレーキングにはさらに磨きがかかった。
〈イフリータ〉は、GTフリークス2638年シーズンを席捲した。
開幕から3戦連続で、1位から6位までを全て〈イフリータ〉が独占だ。
そうなると、余っている入賞枠は7位から10位の4つだけ。
その4つしかない席を、残りの24台で取り合うんだ。
年間ランキングポイントを獲得するのは、あまりに厳しい椅子取りゲーム。
この最終戦までに俺とルディは、2ポイントしか獲得できていなかった。
それでもタカサキ陣営6台の中ではトップの成績なんだから、今年のタカサキ〈サーベラス〉がどれだけ不調か分かってもらえるだろう。
『まだです! レースはチェッカーを受けるまで、何が起こるか分か……あっ!』
もう1周して、ルディが再び俺達の前を通りかかった時だった。
さーべるちゃんのエンジン音がおかしい。
これは、まさか――
『……エンジン大破です。コース脇に避けて、マシンを停めます』
無念さを滲ませたルディの重い声が、チーム全員の耳に突き刺さった。
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レース終了後――
コース脇の整備用道路を自分の足で歩き、ピットまで帰ってきたルディ。
彼女は俺の顔を見るなり、こらえきれずに泣きだした。
「……うえっ、うえっ、ランディ先輩、ごめんなさい。今シーズン、ボクがもっと速く走れていれば」
「ルディのせいじゃない、ルディのせいじゃないよ。1年目なのに、君はよくやってくれた」
俺の胸に張りついて嗚咽を漏らすルディの頭を、ごしごしと少し荒めに撫でてやる。
隣でその様子を眺めているのは、短大生になったヴィオレッタだ。
いつもだったらこういう光景を見て「離れろ」と言ってくるヴィオレッタも、今は何も言わない。
紫の瞳に今にも零れそうなほど涙を貯め、唇を噛みしめ震えていた。
「うぉおおおおおっ!!」
誰の叫び声かと思えば――
眼鏡を外して、ムキムキモードへと変身したジョージが吠えていた。
ああ――
やっぱりコイツも、悔しかったんだな。
ラウドレーシングのスタッフ達は、ジョージのムキムキモードを見たことがなかったんだろう。
「誰だっけ? コイツ?」といった表情で、驚いている。
「酷い1年だったな……」
アレス監督は両眼を閉じ、眉間に皺を寄せて苦々し気に言葉を漏らした。
組んだその両腕には、力と怒りがこもっている。
「仕方ない1年だったんだよ。……みんな! 気持ちを切り替えて、来年またチャレンジしよう!」
来年――
口ではそう言ったけど、本当に来年はあるんだろうか?
これだけズタボロの成績だ。
俺もルディも降ろされるかもしれないし、アレス監督だって責任を問われるかもしれない。
ロスハイムギルドさんやマリーさんは、スポンサーを降りると言い出しかねない。
いや。
それどころか、タカサキという自動車メーカー自体がGTフリークスから撤退してしまう可能性だってある。
成績が悪かったのはラウドレーシングだけじゃなく、〈サーベラス〉を使う6チーム全てだからな。
途中でマシンの開発が止まったのは、撤退するからもうお金を使いたくないってことなんじゃないのか?
開発が止まったせいで、シーズン後半に巻き返すこともできなかった。
タカサキ以外はシーズン中もマシンのアップデートを進め、後半は〈イフリータ〉相手にマシな戦いができるようになってきていたっていうのに――
最後までやられっぱなしだったのは、タカサキだけだ。
「ああ!? なにが『仕方ない』だ! ランディてめぇ、スカしてんじゃねえぞ!」
突然ジョージが、胸倉を掴んできた。
「なにするんだよ、ジョージ」
馬鹿力め。
長身の俺を、軽々と持ち上げやがって。
「てめえの嘘は、いつもバレバレなんだよ! はらわた煮えくり返ってるくせに、優等生ぶってんじゃねえ!」
「そうかい。相変わらず、下手クソな演技で悪かったね。……ちょっと、1人にさせてくれよ」
俺はジョージの腕を振りほどき、ピットから出た。
向かった先は、チームのモーターホーム。
中に入ってしっかりとドアを閉め、車内に誰もいないか確認する。
そして、肺活量の限界まで息を吸い込んでから叫んだ。
喉から血が噴き出しそうな勢いで。
「クソッたれがぁああああああっ!!!!」
2638年GTフリークス
ランドール・クロウリィ/ルドルフィーネ・シェンカー組
獲得ポイント2
年間ドライバーズランキング25位
こうして俺達は、1年間でカーナンバー1を失った。
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樹神暦2638年12月
「はあっ、はあっ、はあっ……くそ!」
白い息を吐きながら、俺は走っていた。
いつもランニングコースにしている公園を、全力で。
ペース配分なんて、考えていない。
かつてニーサと張り合った時みたいに、ただひたすら飛ばしていた。
真冬なのにトレーニングウェアは汗を吸って、ずぶ濡れになっている。
体中の筋肉は悲鳴を上げているし、心臓も肺も限界を訴えてきている。
だけど、気にしない。
まだ、大丈夫なはずだ。
甘えるな、俺の体。
これぐらいで死んだり、怪我はしないはずだ。
お前は戦女神様の使徒って話だろう?
肉体が特別製なのは、小さい頃から分かってたはずだ。
なのに、どうしてもっと激しく鍛えなかった?
過剰トレーニング?
それは、普通の奴が気を付けることだろう?
せっかく筋肉痛の治りも早く、怪我もしにくい体質なんだ。
肉体をぶっ壊せ。
死の1歩手前まで、自分を追い込め。
でないと、また負けるぞ?
そんなのは――
もう嫌だ。
今シーズンの屈辱にまみれた記憶を振り切りたくて、俺は走り続けた。
走り続けようとした。
だけど体は、いうことを聞かなかった。
「うっ!」
足がもつれた俺はバランスを崩し、園路の脇にある芝生へと転がった。
受け身を取る余裕もない。
草と泥。
そして痛みがまとわりつく。
「くそっ! まだだ……。まだ全然、大丈夫なはずだ!」
なのに、手足は動かない。
「俺は……ここまでの男なのか!」
そのまま芝生で仰向けになって目を閉じ、呼吸を整える。
早く――
早く治れ、俺の体。
そしたらもういちど、追い込んでやる。
マシンの戦闘力が劣るなら、せめてドライバーだけでもタフにならないと話にならないだろう?
もっと強く――
もっと速く――
「無様だな、ランドール・クロウリィ」
ちょうど頭の中で考えていたことを、他の奴から言われて驚いた。
「はぁ、はぁ、はぁ……。ニーサ・シルヴィアか」
目を開けるとそこには、青い瞳とプラチナブロンドの見慣れた竜人族が立っていた。
「悪かったな。今年1年、無様なところを見せてさ。カーナンバー1はお前が奪い返しにくる前に、レイヴン100号車に持って行かれちゃったよ」
俺の言葉に、ニーサは呆れたような深い溜息をついてから答えた。
「そのことは、気にするな。ヤマモトだって、今年はチャンピオンを狙いに行く力はなかった。……私が無様と言ったのは、今シーズンの戦いぶりじゃない。今、自分を見失っている貴様の姿だ」
ビシリと指差してくるニーサ。
その不躾さに、ちょっとイラっとくる。
「俺は、自分を見失ってなんかいない!」
「見失っている奴に限って、そう言うんだ。なんだ今の貴様は? それがトレーニングか? 単に、自分の体を痛めつけているだけではないか? 被虐趣味にでも目覚めたのか? ヌコさんと同じように、マサキ・マサキ神への信仰でも始めたんじゃないだろうな?」
「ドMのヌコさんと、一緒にするな。……ほっとけよ。今の俺には、こうするしかないのさ。体を痛めつけるぐらいの犠牲で、レースに勝てるなら安いもんだ」
寝転がった状態から上半身を起こした瞬間、右頬に熱が走った。
「えっ?」
殴られた?
ニーサのことだから、グーで殴ってくるというのは考えられる事態。
けれども、今の感触は違う。
平手で頬を張られたのか?
そう思ってニーサを見ると、奴は両腕を組んだ姿勢のままだ。
代わりに黄金の鱗で覆われた尻尾が、ニョロニョロと揺れていた。
「おまっ! 尻尾……」
「尻尾で殴ったのかよ?」と確認する前に、2発目と3発目の尻尾ビンタが飛んできた。
いつもなら見切って避けられるのに、今日はもう体がガタガタで回避できない。
為す術もなく、食らってしまう。
「ふざけるな! なにを悲劇の主人公ぶっているのだ!」
頭に血が上っているのか、ニーサは俺の首を尻尾で締め上げてきた。
奴はそのまま顔を近づけ、瞳を覗き込んできながら話を続ける。
「今夜、ちょっと付き合え。貴様の歪んだ性根を、叩き直してやる」
もう3発もブッ叩いておいて言うな!
――っていうか、尻尾を離せ!
窒息する!
それに、この体勢はマズい。
危惧した通り、周りからヒソヒソと囁き声がする。
ニーサもそれに気づいたらしく、周りを見渡した。
俺達2人の周囲には、野次馬が集まりつつある。
早朝とはいえ、この公園にはジョギングとか体操とかにきている利用者が多い。
「おおっ! 朝っぱらから、大胆だな。あんなに尻尾を巻き付けて」
「奥様、聞きました? 『今夜、ちょっと付き合え』ですって? どんな情熱的な夜を過ごす気かしら?」
「ママ~。あのお姉ちゃん、発情してるの~?」
「しっ! そういうことを言うのは、やめなさい。あと、真似してはダメよ? 尻尾は、他人に触らせないものなの」
「っていうかあれ、GTフリークスドライバーのランドール・クロウリィとニーサ・シルヴィアじゃね?」
特に獣人とか、尻尾を持つ種族の皆様から注目されていた。
好奇の視線を向ける人もいれば、熱い眼差しの人もいる。
「けしからん!」と、言いたげな表情の方々も――
「き……貴様! なんということを……」
「ば……バカを言え! どう見ても、俺が襲われている側だろうが!」
尻尾は大事な部位です!
紳士淑女は、恋人や伴侶以外に触らせてはいけません!
恋人や伴侶が相手でも、公衆の面前で触ったり触られたりするのは恥ずかしいことです!
「あんな美人のセクシーな尻尾に巻き付かれて……。羨ましい奴」
なんて、ほざいている獣人もいる。
そんなフェティッシュな感覚、人間族の俺には理解できないよ!
耳まで真っ赤になって、ニーサは慌てて尻尾を離した。
だけどこれだけの注目を集めた後じゃ、もう遅い。
なんでコイツはすぐ、尻尾で攻撃するんだ?
怒りに我を忘れる、狂戦士なのか?
それとも痴女なのか?
ああ。
父親の教育が悪いって可能性があるな。
思えばガゼールさんも、尻尾癖が悪かった。
「と……とにかく! また夕方、連絡するからな! 予定を開けておけ!」
まだ了承してないのに、言うだけ言って走り去るニーサ。
その後ろ姿を追いかけるだけの元気は、俺に残ってなかった。




