ターン144 肉食ボクっ娘エルフ
「帰国していたのか、ルディ。こんなところで会うなんて、奇遇だね」
ルドルフィーネ・シェンカーは普段、遥か遠くのハーロイン国に住んでいるはずだ。
帰国していたとしても、サーキットならともかくレストランで会うなんて凄い偶然。
「えへへ……。実は、偶然じゃありません。ちょうどランディ先輩のマンションを、訪ねようと思ってたんです。近くまで行った時に、マリー先輩から連絡があって……。『GPSの位置情報を送るから、そこに行ってデートを妨害しろ』って」
――なんだか、聞き捨てならないことを言っている。
GPSの位置情報だと?
俺の携帯情報端末の中には、スパイウェアでも仕込まれているのか?
久々に見せるマリー・ルイス嬢の「ヤン」な部分に戦慄しつつ、俺は自分の携帯情報端末を眺める。
「ざんねーん。携帯情報端末じゃありません。ヒント。人からもらったものには、注意しましょう」
くそう!
俺の愛車〈サーベラス〉に、何か仕込まれているのかよ!?
あー。
そういえばなぜか、マリーさんところのメイドであるキンバリーさんが納車しにきたっけ?
マリーさんがスポンサーだからだろうとその時は納得したんだけど、やっぱり不自然だったよな。
――っていうか、デートを妨害だと?
一緒に昼食を食べに行くだけで、デートと呼ぶかどうかはこの際置いとく。
問題はニーサと出掛けるって話が、筒抜けだったってことだ。
盗聴か、キンバリーさんによる直接監視か――
どちらにせよ、犯罪臭がする!
ニーサもマリーさんの監視下にあったことを理解したらしく、青い顔をしてブルッと尻尾を震わせた。
「とりあえずボクも、お肉を注文していいですか? ドラゴンステーキって、食べてみたかったんですよ」
ルディは俺とニーサのテーブルに移ってきて、当然のように俺の隣へと腰かけた。
いやいや女の子同士、ニーサの隣に行きなよ。
それに、距離が近いよ。
注文用タッチパネル端末の側に座っている俺が、代わりに注文してあげようと思っていたのに――
それより素早く、ルディは端末を操作しはじめた。
俺の膝上を横切るように、上半身を乗り出しながら。
「ル……ルディ。注文操作は、俺がするから」
「えー? 大丈夫ですよ。それにボク、タッチパネル端末いじるの好きなんです」
ただでさえ近い位置に座っていたのに、今や触れるか触れないかギリギリの密着状態だ。
ホットパンツに包まれた小ぶりなお尻と、タイツに包まれた太股。
それが目の前で揺れていて、なんだか落ち着かない。
お肉の焼ける匂いやニーサがつけている香水の匂いをかき消すように、森林の香りがしてきた。
これはルディがつけている、香水の匂いだろう。
ふと殺気を感じてテーブルの向かいを見ると、ニーサ・シルヴィアは明らかに不機嫌そうな顔でお肉を切り刻んでいた。
さっきまでの優雅なナイフ捌きとは打って変わって、まるで猟奇的な殺人鬼の凶刃だ。
ニーサはこういう風に女の子とベタベタする男、嫌いそうだもんな。
言っとくけど、俺が自分からくっついたわけじゃないからな?
ようやく注文を終えたルディが、きちんと座り直した。
そして花のように柔らかな笑みを俺に向け、祝福の言葉を述べてくる。
「先輩。GTフリークスの年間王者獲得、おめでとうございます!」
「ははっ……。2週間前にも、携帯情報端末のビデオ通話で祝ってくれたじゃないか。だけど……ありがとう」
「えへへ……。生で言うのは、初めてですからね。どうしても直接会って、もういちど言いたかったんです」
うんうん。
なんて先輩想いな後輩なんだ。
ああ。
胸がジーンと熱くなる。
思えばチャンピオンになったのに、その喜びに浸ってる時間があまりなかった。
ヴァイさんの引退発表があったり、『クロノス』絡みでGTフリークス関係者が捕まったり――
事件が続き、ドタバタしてしまったせいだ。
ルディのおかげで、やっと達成感が湧いてきた。
「ルディちゃん。そこの視線がセクハラな野郎に負けてチャンピオンを逃した、可愛そうな私も目の前にいるんだけど……」
変なこと言うな! ニーサ!
見ていない!
俺はルディのお尻なんて、見ていない!
「なに言ってるんですか。参戦初年度で1回優勝して、年間ランキング2位を獲得したニーサさんもすごい成績ですよ。もっと自慢して下さい」
「えっ? そうかな? ありがとう。……そうだよね、ランキング2位を獲れたんだもんね」
ニーサ・シルヴィアがチョロい!
いや、ルディが小悪魔過ぎるのか?
恐ろしい子――
俺がニーサを励ますつもりだったのに、ルディの方がよっぽど上手くそれを達成していてなんだか敗北感を抱いてしまう。
「ランドール。カーナンバー1は、1年間だけ貴様に預けておいてやる。奪い返してやるから、覚悟しておけ」
今日の恰好はおしとやか系でも、やっぱりコイツは獰猛な暴れ竜娘だな。
ギラついた瞳で闘志を燃やしつつ、ニーサ・シルヴィアは宣戦布告をしてきた。
それに応えようと、俺が口を開きかけた時――
「ふふーん、そうはいきませんよ? 2年、3年と守り通してみせます。ボクとランディ先輩でね」
代わりに応えたのは、ルディだった。
「えっ? ってことは、来年俺と組む『海外の若手』って……」
「そう、ボクです! RTヘリオン以来のコンビですね」
これは心強い!
ヴァイさんがいなくなって、新しいパートナーと上手くやっていけるのかとても不安だった。
けどルディなら、全く問題ない。
仲良くやっていけるし、なにより速い。
心配なのは、体力か?
GTフリークスマシンは、とんでもないGがかかるからな。
「先輩、ボクの体力を心配していますね? 大丈夫。これでも、ブレイズさんよりタフなんですよ?」
それはそれで、ブレイズの体力が心配だ。
あいつ来年は、ツェペリレッド・ツーリングカー・マスターズっていうカテゴリーに乗るとかラウネスネットで公表されてたな。
GTフリークスと同じぐらい速くて体力的にキツいマシンなのに、大丈夫かよ?
「ルディちゃんが相手とは、面白い。そこのランドールだけなら、ヴァイさんがいなくなってヘタレているから楽勝だと思ったのに……。これは、気を引き締めないとね」
「引き締めたって、ダメですよ~? ボクとランディ先輩のコンビは、無敵なんです。カーナンバー1は、返しません」
テーブル越しに、笑顔で闘気を叩きつけ合う2人。
なんだかバックに、竜と虎の幻が見える。
――と、そこへ。
「お待たせしました〜。ドラゴンステーキ、300gセットでございま〜す」
緊迫した状況を吹き飛ばしてくれたのは、おっとりした口調の牛獣人ウェイトレスさん。
そして運ばれてきた、鉄板でジュウジュウ音を立てるドラゴンステーキだった。
「私ももう1皿、追加しようかな?」
すでに400gのセットをペロリと平らげたニーサがそう言ったところで、竜虎の睨み合いは終わった。
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樹神暦2637年12月30日。
この世界の暦は、1ケ月が全て30日。
つまり今日が、地球でいうところの大晦日だ。
俺とヴィオレッタは実家のクロウリィ・モータースへと帰省し、のんびり年越しをしていた。
日本文化の影響を受けているマリーノ国では、年末から年始にかけて連休を取る風習がある。
さすがに初詣とかはないけど、年越し蕎麦を食べたり、お餅を食べたり、初日の出を見に行ったりする程度には日本との共通点があった。
今夜家族全員が集まっているのは、畳敷きの4畳半間。
15年前、シャーロット母さんと口論になったあの部屋だ。
あの時はレースを始めるなんて、絶望的な状況。
下手したら、家族がバラバラになってもおかしくなかった。
だけど今、俺は念願のプロレーシングドライバーになっている。
おまけに国内最高峰カテゴリーであるGTフリークスで、年間王者まで獲らせてもらった。
家族だって、誰ひとり欠けていない。
「はぁ~。なんか、幸せだな~」
コタツに入って蕎麦をすすりながら、独り言ちた俺。
その言葉に他の3人も、「そうだな」、「そうね」と口々に同意しつつ、同じように蕎麦をすする。
ひとしきりすすった後、オズワルド父さんが思い出したように口を開いた。
「そういえばよ……。ランディがGTフリークスのチャンピオンになってくれたおかげで、ウチの整備工場に来るお客さんがもの凄く増えたんだぞ」
「そうそう。今はここには住んでないって言ってるのに、『チャンピオンの実家を見たい』って人が多いのよね。ランディの写真を、看板に使っちゃおうかしら?」
さすがシャーロット母さん。
抜け目ないね。
だけどそこで、ヴィオレッタの瞳が光った。
「ダメよ、お母さん。スポンサー企業との契約があるから、商業目的でお兄ちゃんの写真使用は認められません」
「えーっ、家族でもダメなの? 広告効果狙いってのも少しはあるけど、立派になった息子を自慢したいだけなのに……。仕方ないわねぇ……」
父さんも母さんもションボリ。
俺達だってなるべく家業に貢献したいけど、こればっかりは契約があるからなぁ――
そのあと俺達はテレビで「ユグドラシル24時間耐久レース」の中継を観たり、近況を語りながら年を越し、新年の挨拶をしてから眠りについた。
やっぱり実家はいい。
高級なタワーマンションなんかより、よっぽど落ち着いてぐっすり眠れた。
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樹神暦2638年1月1日
AM7:00
ドッケンハイムカートウェイ
山の上にあるこのカートコースからは、初日の出を拝むことができる。
常連であるカートドライバーやチーム関係者は初日の出ついでに新年の挨拶も済ませようと、朝っぱらから集結していた。
コースのオーナーでありジョージのお父さんでもあるドーン・ドッケンハイムさんは、そういうお客さん達の為に毎年駐車場とコースを解放してくれている。
俺達クロウリィ一家は全員で、初日の出を拝みに訪れていた。
「ドーンさん。明けまして、おめでとうございます」
「おお、ランディ。明けまして、おめでとう」
解放されたカートコースのホームストレート上で、ドーンさんが応じてくれた。
ずんぐりむっくりな体にモコモコなダウンジャケットを纏い、ドワーフらしい体型に磨きがかかっている。
隣にいるジョージは相変わらずのひょろノッポで、とても同じ種族の親子には見えない。
同じくドーンさんの傍らに立っているエルフ女性――ジョージのお母さんはほっそりとして背が高く、親子っぽいんだけどなぁ。
「おーっ! ランディ、久しぶりだな! 最近全然、カート場に顔出さねえじゃねえか。もっと遊びに来てくれよ」
「GTフリークスのチャンピオンになったんだってね? おめでとう! 同じコース出身として、鼻が高いよ」
「えっ? 本物のランドール・クロウリィ選手? このカート場出身って、本当だったんだ。ドーンさんのホラ話かと思ってた……」
周囲に人が群がってきた。
見慣れない顔も混じっている。
だけど大半は、小さい頃カートで一緒に走っていたライバルや仲間達だ。
よく見ると、キース・ティプトン先輩やグレン・ダウニング先輩も来ていた。
「感慨深いもんだな。あの生意気なチビっ子が本当に企業チームドライバーになって、GTフリークスチャンピオンまで獲っちまうとは……」
「ドーンさんのおかげですよ」
この世界に転生して、1番最初に走るチャンスをくれたのはドーンさんだ。
ドッケンハイムカートウェイから、全ては始まった。
俺もこの面子に囲まれてコース上に立っていると、とても感慨深い。
父さん母さんがドッケンハイム夫妻と話している間に、誰か他に知り合いは来ていないかと視線を巡らせていた。
すると視界に、目立つ格好の女性が飛び込んでくる。
「わっ! ケイトさん、その恰好どうしたの? 似合ってるね」
「せやろ? 着るの苦労したんやで?」
ケイト・イガラシ嬢が身に着けていたのは、なんと振袖だった。
日本のものより簡略化されていて、背中に翼を持つケイトさんでも着られるようにアレンジされてはいる。
だけど、どっからどう見ても振袖。
髪まで結って、本格的な和装だ。
「あ~。年末年始は実家に帰って来れて、良かったわ。あのブラック企業、ウチを使い潰すつもりなんか? 『君にしかできないから~』なんて泣きつかれても、知らへん」
「ケイトさんってさ、シャーラ本社で何のプロジェクトを担当してるの?」
「むっふっふっ……。それはまだ、秘密や。時が来たら、ランディ君達も巻き込んだる」
イヤらしそうな――いや。
楽しそうな笑みを浮かべながら、ケイトさんはウインクしてみせた。
「ランディ先輩! ケイト先輩! 日が昇りますよ! 初日の出です!」
ピットの2階――観客席から叫んだのはルドルフィーネ・シェンカー。
彼女もお兄さんのミハエル先生と共に、初日の出を観にきていた。
皆が観客席の手すりから身を乗り出して、山間と麓の南プリースト町を照らす朝日を迎える。
感嘆の声と、笑顔で。
「「カーナンバー1を、守り通せる1年でありますように」」
完璧なハモりで、太陽に向かって祈る俺とルディ。
うむ。
コンビネーションは、完璧だ。
幸先がいいぞ。




