ターン139 コークスクリューとオー・ルージュ
樹神暦2637年12月
GTフリークス 最終戦
ドリームシアター
決勝日
今回は最終戦ということで、久々にマリー・ルイス社長が応援に駆けつけてくれた。
「仕事の都合で、到着が遅れてしまいましたわ。ランディ様、予選1番手獲得おめでとうございます」
彼女がピットに来ると、いつもうちのスタッフ達はにこやかな笑顔になって張り切る。
けれども、年間王者がかかった今回は違った。
丁寧に応じつつも、ピリピリとした空気を漂わせている。
「やあマリーさん、来てくれたんだね」
「ランディ様……。トップタイムをマークしたのに、なんだか浮かない表情ですわね」
「あー、実はね……。本当は、2番手になるはずだったんだよ」
予選日である昨日。
午前中のタイムアタックで2番手タイムだった俺達の〈サーベラス〉は、スーパーラップに進出した。
予選上位10台で争う、1台ずつ、1周こっきりのタイムアタックだ。
そこで一昨日ヴァイさんから言い渡された通り、俺がスーパーラップを担当した。
最後から2番目にアタックし、その時点ではトップのタイムをマーク。
そこまでは良かったんだけど、俺の後にアタックしたラムダ・フェニックス選手――
確実に、俺より速かった。
コース中盤でミスをし、大きくマシンの後輪をスライドさせてしまうまでは。
精密機械じみたドライビングを身上とする彼が、外から見えるようなミスをするとは珍しい。
それだけ、ギリギリのアタックをしていたってことだろう。
そんな大きなミスがあったにも関わらず、予選2番手に滑り込んでいるという事実が恐ろしい。
「……というわけさ。もしラムダ選手がミスしていなければ、コンマ7秒ぐらいの大差をつけられて予選1番手は奪われていただろうね」
「ふーむ。たしかにその速さは脅威ですが、レースでタラレバを言い出したらキリがありません。予選1番手ボーナスで年間ランキングポイントを1ポイント獲得できたのですし、素直に喜んで良いのではありませんの?」
マリーさんの言う通りではある。
ランキング首位であるニーサ達との差を1ポイント縮めたことで、逆転チャンピオンの可能性は少し高まった。
だけどそれだけの速さを秘めたマシン&ドライバーと、これからレースで競り合わなきゃいけないっていうのはプレッシャーだ。
あと一昨日相手のミスを祈ってしまったので、ホントにミスられるとちょっと気まずい。
「それにしても……。凄いコースですわね」
あまりの景観に、マリーさんも感嘆の溜息を漏らしていた。
今日もマシンがコースに出ると同時に、無機質でのっぺりとした地下空間は大空へと姿を変えている。
そこを飛び交うは、大きな翼をはためかせた飛竜達。
実はこの飛竜、ドローンにドラゴンの立体映像を投影しているものらしい。
コース上を走るマシンを、空撮したりしているそうだ。
「そういえばこのコースのレイアウトは、地球のサーキットを模しているそうですわね? コースの解説を、お願いしてもよろしいですか?」
「うーん。俺だって、前世で走った経験はないコースだったんだけどね。それに似せてるっていっても、一部だけだよ」
すでにコース上では、スタートドライバー達が乗り込んだマシンの群れがフォーメーションラップを開始している。
その様子を映し出したモニターを眺めながら、俺はマリーさんにコース解説を始めた。
「まず、最初の第1区間。ここは地球のサーキットとは、関係無い。オーソドックスなS字や、ヘアピンが続く」
「空中に浮かんだ大地を、繋ぐように道が走っているのですね。コースアウトして、落っこちたりしないんですの?」
「ああ。それは俺も心配したんだけど、大丈夫なんだってさ。本当に、浮かんでいるわけじゃないし。……それでコース中盤、第2区間。ここが地球のサーキットから、輸入された難所」
「まあ! なんて急な下り坂ですの!」
切り立った崖を、左右に曲がりながら駆け下る恐怖の区間――「コークスクリュー」。
緩い上りからいきなりジェットコースターみたいな下りに入るから、全然先が見えない。
ドライバーは「確か、こんな風に曲がっていたはず」という記憶と勘を頼りに、曲がりながら崖からダイブしないといけない。
この「コークスクリュー」は、北米カリフォルニア州にあるラグナセカっていうサーキットの名物コーナーだ。
もちろん再現には、北米からの転生者ドライバー達が関わっている。
「走っているとさ、マイナスGが掛かって気持ち悪いんだよね。内臓が持ち上げられる感じ。バンジージャンプとかすると、ああいう感じかも?」
「ううっ。それは、想像するだけで恐ろしいですわ。……それで下り切った後は、上りに入りますのね」
「そそ、第3区間は上り。これも地球の有名なサーキットから、パクってきた部分でね」
「オー・ルージュ」。
ベルギーのスパ・フランコルシャンっていう、F1も開催されるサーキットにあるヤバい区間だ。
下りながら、アクセル全開で飛び込む緩い高速コーナー。
曲がりながら急に上り坂に入るもんだから、タイヤに掛かる荷重が激しく変化して車が姿勢を乱しやすい。
それでも、アクセルを戻すことは許されない。
上り切った先にはホームストレートが待ち受けているから、スピードを稼いでおかないとタイムはガタ落ちする。
ライバル達にも、ぶち抜かれてしまう。
坂を上っていく途中も、S字コーナー。
それも300km/h近い速度で右、左と切り返さないといけない。
おまけに上り最後の左コーナーは、完全な先の見えないカーブだ。
壁みたいな上り坂からいきなり平坦路に変わるもんだから、空しか見えない。
ラムダ・フェニックス選手は、この「オー・ルージュ」がめちゃめちゃ速かった。
よく考えたら、ズルくない?
みんな初めて走るサーキットなのに、ラムダ選手だけは前世でF1ドライバーをやってた頃「オー・ルージュ」を走った経験があるんだよな。
マリーさんと一緒にモニターを眺めているうちに、30台のGTフリークスマシン達がホームストレートへと戻ってきた。
綺麗な2列の隊列を組み、観客と上空の飛竜達に見守られながらゆっくりと走ってくる。
先頭はヴァイさんの駆る36号車、〈ロスハイム・ラウドレーシングサーベラス〉。
俺達のマシンだ。
そのすぐ隣。
頭ひとつ引っ込めて並ぶのは1号車、〈ヒサカマシーナリー・バウバウベルアドネ〉。
スタートドライバーは、ラムダ・フェニックス選手。
去年の王者と伝説のドライバーのガチンコ先頭争いということで、観客やテレビの前の視聴者達は盛り上がっているんだろう。
だけど俺は、2人の撒き散らす殺気に気圧されて息もできない。
モニター越しなのにだぜ?
ヤマモト企業チームのエース格チームである「バウバウ」のピット内では、ニーサも同じ気分でいるんだろう。
「硬いタイヤを選択していることが、スタートでは少々不安要素ですね」
ジョージの奴は、心配症だな。
そりゃ確かに硬いタイヤは長持ちする分、温まりも悪いさ。
冷えて滑るタイヤで1コーナーに突っ込まなきゃいけないというのは、度胸と技術を要求される。
でも乗っているのは、通算3回の年間王者経験者。
レジェンドドライバー、ヴァイ・アイバニーズだぜ?
競り合う相手も元F1王者で、去年のGTフリークス王者。
転生レーサーのラムダ・フェニックス。
きっとクリーンかつ冷静なバトルを、スタート直後の1コーナーで見せてくれるに違いない。
排気音が大きくなる。
青信号。
2637年シーズンを締めくくる、最終戦のスタートだ。
絶妙なタイミングでスロー走行から全開加速へと切り替えたのは、先頭の2台。
後続を少し引き離しつつ、750mのホームストレート「アナザー・ケメル」を駆け抜ける。
スタート直後だから、2周目以降ほどスピードは乗っていない。
それでも、280km/hは出ていた。
ヴァイさんが内側。
ラムダ選手が外側。
位置関係は、完全な2台横並び。
3速で曲がる、S字コーナーへ向けてのブレーキングを――あれ?
ヴァイさん?
ラムダさん?
そんなに奥まで突っ込んで、大丈夫?
2台のタイヤから、一瞬だけ煙が上がる。
ロックアップさせただと!?
ピット内がざわめく。
そしてざわめきはすぐに、悲鳴へと変わった。
『あーっ!! なんということでしょう! 36号車と1号車、2台揃ってブレーキングミス! オーバーランして、コースアウトだぁ~!!』
実況放送の内容が、信じられない。
――そんな馬鹿な?
それが俺達「ラウドレーシング」、全員の感想だ。
実況放送を聞かされても――
モニターに映る、砂利ゾーンへと飛び出した2台の姿を見ても――
後続のマシン達が次々に抜いていく様を見ても、実感が湧かない。
マリーさんは両手で口を押え、言葉を失っていた。
ジョージも冷静な表情を取り繕っているけど、眼鏡が片方ずり落ちている。
えっと――
このまま2台がリタイヤすると、ノーポイントだから年間ランキングの差は縮まらないよね?
俺が昨日予選1番手を獲得したことで、ボーナスの1ポイントは獲得できた。
それでも、ニーサ達との差は5ポイント。
チャンピオンには、なれない――
それどころかランキング3位以降につけていた車の順位次第では、ランキング2位も守り通せないかもしれない。
――終わった。
俺だけじゃなくて、ジョージやマリーさんもそう思っただろう。
「……ヴァイ。マシンに損傷は?」
静かで落ち着いた――
だけどズッシリとして凄みのある声に、俺は背後を振り返った。
見ればアレス・ラーメント監督が、無線機のヘッドセット越しにヴァイさんへと呼びかけている。
再びモニターへと視線を戻せば、砂利ゾーンを横切ってコースへと復帰した〈サーベラス〉の姿があった。
ラムダ選手の〈ベルアドネ〉も続いている。
「……そうか。公式映像を見る限り、外観にも目立った損傷は無い。タイヤにフラットスポットは? ……大丈夫なんだな? よし、もう細かいペース配分は考えるな。死ぬ気で飛ばせ。後半は、ランディがなんとかしてくれる」
おいおい。
俺任せかよ?
タイヤを労わってロングランしてくれた方が、俺の担当周回数が減って楽なんですけど?
「……お前とランディ、どっちが多くのマシンを抜けるかな?」
うわー。
このおっさん達、本気だよ。
ケツから2番目まで順位を落としたのに、ここから巻き返す気だ。
不敵なゴリラスマイルに、俺も唇が吊り上がる。
そうだよ!
俺達若手が諦めてどうするんだ!
リタイヤ、あるいはレースが終了するまでは、王者の可能性が残っている。
やってやるぜ!
ここから、ヴァイさんと俺の追い抜きショーだ。
そう意気込んでいた俺の耳に、怒声が飛び込んできた。
「ウォイッ! いったいどういうつもりなんだよっ!? ラウドレーシングさんよぉ!?」
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
なので、「え~、ラムダ・フェニックスの中の人、そんなにスパ走った経験ないじゃん」とかいうメタい指摘はご遠慮下さい。
ラムダ・フェニックスにもアクセル・ルーレイロにも、中の人などいない。いいね?




