ターン134 勝者の報酬
深夜――
日付が変わっているっていうのに、アンセムシティの街中は賑わっていた。
夜中とは思えないほど人がごった返しているし、お店も開いているところが多い。
どうやらGTフリークスのレースが行われた今夜だけは、遅くまで営業するみたいだ。
歩行者は、レース観戦帰りと思わしき人が大半だった。
みんな参戦チームの帽子やシャツを身に着け、ミニフラッグ等の応援グッズを手にしている。
ラウドレーシングのグッズを手にしている人も、けっこう目立つ。
優勝したチームだから、関連グッズを購入するお客さんがいつもより増えたんだろうな。
なんだか嬉しい。
まだまだ眠りにつきそうもないストリートを歩いていると、視線が集まっていることに気づいた。
はは~ん。
これはチャイナドレス姿のマリーさんに、注目が集まっているな?
気持ちは分かるよ。
すっごく可愛いもんね。
だからって、あんまりジロジロ見るもんじゃないぜ?
彼女は見世物じゃないぞ?
でもそんな風に注目を集める女性とデートしてるっていうのは、男としてちょっと優越感を覚える。
――イカンイカン!
これはスポンサーであるマリー・ルイス社長を、接待しているだけだ。
勘違いするなよ? 俺!
「これは……。注目を、集めてしまっていますわね」
「そりゃ、マリーさんが素敵だからさ」
「まあ! それは嬉しいお言葉ですけど……。たぶんこの視線はワタクシではなく、ランディ様に向いていますわよ?」
「へっ!?」
耳を澄ませてみると、マリーさんの言葉を裏付けるような台詞の数々が聴こえてくる。
「おい、あれ……。まさか、本物?」
「優勝した、36号車のランドール・クロウリィだよな?」
「きゃあ~! 大型液晶モニター越しに見るより、実物の方がずっとカッコいいわ!」
慌てて夜用サングラスを着用して顔を隠したけど、ちょっと手遅れだったみたいだ。
パニック映画に出てくるゾンビの群れよろしく、ワサワサと俺達の周りに群がる人々。
その手には、デジタルカメラやサイン色紙を握り締めている。
ワークスドライバーとしてなるべくファンサービスはしたいところだけど、今夜の俺はマリーさんをエスコートするのが役目だ。
「失礼、マリーさん。しっかり掴まってて」
「えっ? ランディ様、なにを……きゃっ!」
ちょっと強引だけど、許して欲しい。
俺はマリーさんを、抱え上げた。
懐しいな。
マリーさんが初めてカートに乗って、クラッシュした時以来か?
10年ぶりのお姫様抱っこだ。
あの頃と比べると、お互い背が伸びたな。
俺は彼女を抱きかかえたまま、人込みの中を駆け抜ける。
スピンや曲がりを織り交ぜながら、素早く。
でもマリーさんが気分悪くならないよう、滑らかに。
足元にはまだ水たまりも残っているから、それらも慎重に避けながら。
おっと!
ドレスの裾がめくれないよう、気を配らないとな。
「凄い……。とっても速いですわ。まるで、風みたい……」
俺の首に手を回してしがみついたまま、マリーさんが楽しそうに言ってくる。
レーシングドライバーにとって、「速い」は最高の褒め言葉。
抱えたまま速く走れるのは、マリーさんが軽いからさ。
10年前と比べると、身長だけでなくあっちこっち育ってるけど――
それでもだいぶ、軽く感じる。
ノヴァエランド12時間で運転席から引きずり出した時のニーサに比べると、断然軽――
いや、やめておこう。
殺される。
人通りが少なくなったところで、俺はそっとマリーさんを降ろす。
「もう終わりですの? ジェットコースターみたいで、楽しかったですのに……」
「ゴメンね、びっくりさせて。職業柄、どうしても注目を浴びちゃうみたいだ」
「ふふっ、構いませんのよ? そんな殿方とデートしているなんて、ちょっと優越感を覚えてしまいますわ」
おっ。
マリーさんも、そんな風に思ってくれたのか。
――なんかもう、スポンサーを接待とかそういうのはどうでもよくなってきたな。
今はただ純粋に、このデートを楽しむとしよう。
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俺はレストランの入り口に書かれた店名を眺め、首を傾げた。
「飞伊賀海栗」?
なんて読むんだ? これ?
フェイ・イー・フォ・ハイ・リ?
漢字の意味から察するに、空飛ぶウニとかそういう意味か?
ここはビルの10階に位置する、オシャレな展望レストラン。
店名に反して、どこにも棘皮動物的要素は見当たらない。
あらかじめマリーさんが席もコースも予約していたらしく、スムーズに席まで通された。
そしてあまり待つこともなく、料理が運ばれてくる。
レストランの店内は、モダンで洋風。
フランス料理とかが出てきそうな雰囲気なのに、出された前菜はどう見ても中華料理だった。
その後もスープ、主菜と順番に、料理が運ばれてくる。
味は絶品だ。
特に、なまこのステーキ。
出てきた瞬間は、ちょっとウッってなった。
グロテスクなフォルムそのままだったから。
だけど食べてみると、ソースの味わいとコリコリとした食感がたまらない。
これは、病みつきになりそうだ。
マリーさんの解説によると、このなまこは「ギョウ・タダーノ」という高級種らしい。
彼女は料理の話題だけでなく、今夜のレースの感想も熱っぽく語った。
すごく会話が弾む。
楽しい。
そこへ、白い瓶が運ばれてきた。
なんだろう? これ?
お酒?
紹興酒ってやつか?
この世界にも、あるんだな。
「あら? お酒は頼んでなかったはずですのよ?」
「こちらは、当店からのお祝いでございます。そちらの男性は、ランドール・クロウリィ選手ですよね? 優勝、おめでとうございます」
胸に竜の刺繍が入ったスーツを着た、イケオジウェイターが恭しく告げる。
へえ――
もうそんな情報が、伝わっているんだ。
GTフリークスで優勝するって、凄いことなんだなぁ。
「このお酒は、当店自慢の一品です。銘を、『津孤讃々』と申します。銀髪美少年の姿をした仙人が、好んで飲んでいたという伝説がございまして」
「へえ、それは素晴らしいね。だけど俺、アスリートだからお酒は……」
「あら。今夜ぐらい、よいではありませんの。ワタクシもランディ様も、20歳になったのです。せっかくのお祝いですもの。いただきませんこと?」
うーん。
確かに、断るのも悪いかな?
マリーさんはお酒に興味津々みたいだし、少しぐらいはいいかも?
「そうだね。いただくとするよ」
俺だって、上等なお酒がどんなものなのか気になってはいるんだ。
盃に注がれた透明の液体は、やや強い香りで鼻孔を刺激してくる。
だけど、悪くはない香りだ。
俺は期待と少しばかりの不安を抱きつつ、口の中へ『津孤讃々』を流し込んだ。
――旨い!
ほどよく温められたお酒は、ものすごく自然に舌に絡みつく。
独特の甘みが伝わってきた。
「あら、おいしい」
マリーさんも、気に入ったみたいだな。
俺達の反応を見て、ウェイターさんも満足げだ。
お酒が好きな人達の気持ちが、少し分かったような気がする。
体もポカポカ温まって、なんとも気分がいい。
――だけどお酒は、今日だけだからな?
勝利という最高の美酒を味わうためには、明日からまたストイックに鍛えて体調管理しないといけない。
今夜だって、飲み過ぎちゃだめだぞ?
マリーさんを無事に、ホテルの部屋まで送り届けないといけないんだからな?
自分に強く言い聞かせる俺。
そんな俺がマリーさんの酒癖について思い出したのは、彼女の語尾が充分に怪しくなってからだった。
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「おほほほほ……。世界が……世界が回っていますでございますのよ~!」
「ちょっと、落ち着いて! 回っているのは世界じゃなくて、マリーさんの方だから!」
楽しそうに、クルクル回転しているマリーさん。
そのままほっとくのも危ないから、やむを得ず腰を抱きとめてスピンを強制停止させた。
レストランを出た俺達は、アンセムシティの夜景を一望できる展望公園へとやってきている。
少し、酔いを醒ましてから帰らないと。
酔っ払い令嬢をそのまま帰したら、俺もマリーさんもベッテルさんに怒られそうだからな。
大人しくなったのもつかの間、マリーさんは両手を広げてパタパタと走り出した。
「まあ、綺麗。まるで、お星さまの洪水でありんすわ~」
「危ないってば!」
展望所の鉄柵から身を乗り出して、子供のようにはしゃぐマリーさん。
俺は彼女を羽交い絞めにして引き戻し、展望所から遠ざける。
放っておいたら、そのまま夜景の海にダイブしかねない。
「ランディ様。『君の方が綺麗だよ』とか、言って下さらないでございますの?」
「うん、綺麗だから。マリーさんの方が、ずっと綺麗だから。だからもう少し、いい子にしといてよ」
いやホント。
この10億モジャの夜景よりも、マリーさんの方が綺麗だとは思うよ?
だけどそんなことより、暴走どりるドランカーが何かしでかさないか気が気じゃない。
「ざんね~ん。ワタクシは、とーっても悪い子でございますですのよ~? おーっほっほっほっほっ!」
「ホントに悪い子だな。今回もオクレール相手に、危ない賭けをしちゃってさ。あんまり心配させないでくれよ」
「そんなに心配して下さいましたの? 嬉しいでごわす。そういえば、ベッテルとキンバリーが感謝しておりましたのよ。ランディ様が勝って下さったおかげで、『オクレールを暗殺しないで済む』と」
あの2人、いざマリーさんが部屋に連れ込まれそうになったらそこまでやるつもりだったのか?
驚異的再生能力を誇る吸血鬼を暗殺するなんて、大変そうだな。
だけどオクレールが勝ってマリーさんとデートしていたとしても、そこまでの凶行に及んだかな?
だってアイツ、実際は104歳チェリー・ブロッサムだし。
普通にお食事して、「楽しい一夜であったぞ。さらばだ」とか言いながら帰りそうだ。
それどころかデートでどうしていいのか分からずに、マリーさんにリードされてた可能性すらある。
「危ない賭け……。そうですわ! 勝った方に、ワタクシの初めてを捧げるという内容でございました!」
おっ、語尾がまともになった。
酔いが覚めたかな?
――いや、全然覚めてないよ!
それはキンバリーさんが広めた誤報だということを、思い出してくれ!
「ランディ様……」
マリーさんは潤んだグレーの双眸で、じっと俺を見つめてくる。
そして唇をすぼめ、そっと瞳を閉じた。
これが何を待つポーズか分からない奴なんて、地球もラウネスもひっくるめて存在しないだろう。
――ああ。
初めてって、ファーストキスのことね。
俺の馬鹿!
恥ずかしい勘違いをしやがって!
キスならば、別に普通――
――って、えっ?
展望レストラン飞伊賀海栗には、もふもふコース、スパイコース、無表情王子コースなどのメニューが存在するそうです。
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㌧
ξξ*'ヮ')ξξ ━|━ <ぐぇー。
みたいな感じでマリーに食されてしまった、なまこさんことただのぎょー氏のマイページはこちら。
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つこさん仙人は銀髪美ショタ、いいね?
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