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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター4

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122/195

ターン122 ユグドラシルが呼んでいる

■□ランドール・クロウリィ視点(オンボード)■□




 最後の担当走行時間(スティント)を終えた俺は、ピットで椅子に座りライブ映像モニターを見上げていた。


 隣には、同じようにモニターを見上げているニーサ。


 その尻尾が、落ち着きなく揺れている。


 ええい!

 うざったい!


 少しは落ち着けよ!


 注意してやろうかと口を開きかけた瞬間、先にニーサが苦情を言ってきた。




「ランドール! そのうざったい貧乏ゆすりをやめろ! 少しは落ち着いたらどうだ?」


「自分の尻尾を、()めてから言えよ」




 俺は自分の(ひざ)を。

 ニーサは尻尾を両手で押さえ、再びモニターを見上げる。




 レース終了時刻の21:00まで、残り2分。


 カメラが追っているのは、俺達の〈BRRレオナ〉だ。




「心臓に悪いものだな。他人が走っているのを、ただ見守るだけというのは」


「同感だね。自分が走っている時の方が、よっぽど気が楽だよ」




 俺とニーサの仕事は終わった。


 あとは最後のドライバーであるクリス・マルムスティーン(くん)に、全てを託すだけだ。




 チームクルーのほぼ全員が、(かた)()を呑んでモニターに注目している。




 ここまで、クリス君の走りは素晴らしかった。


 よそのチームより重い燃料タンクで、タイヤも(いた)わりつつの走り。


 なのにペースは、相当速い。


 ウチのチーム内最速周回タイム(ベストラップ)は、クリス君が記録した。


 これがカートやフォーミュラに乗ってた頃だったら、かなり悔しいと思ったはずだ。


 だけど今は、不思議と悔しさを感じない。


 素直に凄いと感心する。


 きっとこれが、耐久レースだからだろう。


 別々の車に乗るフォーミュラカーだと、チームメイトは比較される対象でライバル。


 だけど耐久レースだと、同じ車を(いっ)(しょ)にゴールまで運ぶ仲間だからな。




 問題はだ。


 そんな素晴らしいクリス君の走りを上回る勢いで、敵が――


 レイヴン〈RRS(ダブルアールエス)〉3号車が、俺達の〈レオナ〉に迫ってきているってことだ。




 まずはルディが、レース中の最速周回タイムであるファステストラップを記録。


 その後も彼女は少しずつ自分のファステストを更新しながら、驚異的なペースで自分の走行時間(スティント)を終えた。




 そして、最後のドライバーであるブレイズ・ルーレイロ。


 奴は車に乗り込む直前、遠くから見ていた俺に凄まじい殺気を叩きつけてきた。


 5周も自分の父親を抑え込んだ俺に、思うところがあったんだろう。


 あいつは親父越えにこだわっている、ファザコン野郎だからな。


 最近はヴィオレッタに近づく悪い虫って印象しかなかったけど、思い出したぜ。


 あいつは俺の、ライバルなんだってな。


 


 そこからはもう、ブレイズ・ルーレイロ劇場だ。


 ルディの出したファステストを、あっさり更新。


 予選のタイムアタックみたいなキレた走りをずっと続け、クリス君の2秒後方まで迫ってきていた。




「クリス君のタイヤ、もうヤバいで」




 ケイトさんはわざわざ口に出したけど、そんなことはみんな分かっている。


 ブレイズに比べると、かなり長い距離を走っているんだからな。


 (いっ)(ぽう)でブレイズのタイヤには、まだ余力がある。


 前の周のタイムなんて、丸々1秒差があった。


 これを、抑えきるのはキツい。




「あかん。この周やと、まだチェッカーは出えへんで。もう1周や」




 距離制の耐久レースでは、周回数がきっちり決まっている。


 だけどこの「ノヴァエランド12時間」みたいな時間制の耐久レースだと、ちょっと違う。


 所定の時間を過ぎた(あと)、最初にトップがコントロールラインを通過する時にレース終了だ。




 できればこの周で、終わって欲しかった俺達。


 そしてもう1周あることで、逆転の目が出てきた〈RRS(ダブルアールエス)〉3号車。


 2台の(ギャップ)はさらに縮まり、連なった(テール・トゥ・ノーズ)状態でピットの前を通過した。




「ランディ。クリスが弱音を吐き始めただニ。おみゃー何か、励ます言葉はないだニか?」




 ヌコさんはずっと無線で声を掛け続けてきたから、励ます言葉も品切れなんだろう。


 ヘッドセットを差し出してきた。


 俺はそれを受け取り、クリス君へと呼びかける。




「クリス君、聞こえる?」


『ランディか? 正直、よく聞こえねえ。頭がガンガンして、おめーの声が遠くに感じるぜ』


「このコースは、抜きにくい。ロングストレート後の2コーナーさえ抑えれば、大丈夫だ」




 すでにクリス君は1コーナーを回り、2kmのロングストレートに入っていた。


 その横に設置されているグランドスタンドでは、お客さん達がペンライトを振って応援してくれている。


 ウチの〈レオナ〉の青色と、〈RRS(ダブルアールエス)〉3号車の赤色。


 どちらの色のペンライトも、同じ数ぐらい振られていた。


 そんな幻想的で感動的な光景も、クリス君は見ている余裕なんてないだろう。




『ようランディ、俺は感謝してるんだぜ? 俺をこのチームに呼ぼうって言い出したの、おめーなんだってな』


 意識が(もう)(ろう)としているのか、死亡フラグみたいなことを言い出した。


 これは不味い。


 なんとか集中力を、取り戻させないと。




「違うよ! 最初に言い出したのは、キンバリーさんだ!」


『……は?』


 厳密に言うと、キンバリーさんは目で訴えてきただけ。


 言い出したわけじゃない。


 でも最初にクリス君の力が必要だと判断したのは、キンバリーさんなんだ。




 その時、俺の頭からヘッドセットがひったくられた。


 奪い取ったのは、キンバリーさんだ。


 彼女はそのままヘッドセットを自分の頭に装着し、クリス君に呼びかける。




「クリス・マルムスティーン、あなたは速い」




 いつもは決してクリス君を褒めないキンバリーさんの口から、そんな台詞が出たことに皆が驚く。


 その言葉が効いたのか、クリス君は何とか2コーナーでブレイズを抑えきった。




 だけど2台は、テール・トゥ・ノーズ。

 

 いつ順位が入れ替わってもおかしくない密着状態で、曲がりくねった山側区間(セクション)の上りへと突入していく。




「クリス・マルムスティーン、あなたは上手い」




 コーナーが連続する忙しい区間では、あまりドライバーに無線で話しかけるべきじゃない。


 だけど、誰もキンバリーさんを止めなかった。


 みんななんとなく、感じていたんだ。


 これが1番、クリス君を速く走らせる方法だと。




「クリス・マルムスティーン、あなたは強い」




 モニターの中、山の頂上付近で花火が上がり始めた。


 12時間経過の合図だ。


 もうすぐレースが終る。




 花火の光に照らされて、2台のマシンは駆け下る。


 排気口から(きら)めくアフターファイア。


 真っ赤に燃えるブレーキローター。


 そして路面を()って舞い散る火花で、山の斜面を(いろど)りながら。




「クリス・マルムスティーン、あなたは負けない」




 〈レオナ〉のタイヤがズルズルに(すべ)っているのが、モニター越しでもよく分かる。


 信じられない。


 なんであれで、コントロールできるんだ?


 なんであれで、ブレイズに抜かれない?




 2台は山側区間(セクション)を下りきって、平地区間(セクション)へと入る。




 突然、ブレイズが大人しくなった。


 優勝は、諦めたのか?


 いや。

 アイツは、そんなタマじゃない。




 最も追い抜き(オーバーテイク)の可能性が高いポイントに合わせて、走りを組み立てているんだ。


 狙いは間違いなく、直角左ターンの最終コーナーでブレーキング勝負。


 前置きエンジン()後輪駆動()の〈レオナ〉より、ミッドシップエンジンの〈RRS(ダブルアールエス)〉はケツが重くてフルブレーキング時の前後重量バランスがいいからな。




 最終コーナーの手前。

 ここは短めな全開区間だけど、速度は200km/h近くまで伸びる。




 クリス君は、ギリギリまで遅らせてブレーキング。




 だけどブレイズは、そんなクリス君よりさらに奥でブレーキング。


 〈レオナ〉の内側(イン)に、飛び込んだ。




 まだコーナー進入前なのに、〈RRS(ダブルアールエス)〉の鼻先(ノーズ)が完全に前だ。


 ピット内で、悲鳴が上がる。


 俺も思わず、叫んでしまった。




 だけどキンバリーさんが叫んだのは、悲鳴じゃない。




「クリス!! 勝って!!」




 〈レオナ〉の鼻先(ノーズ)が、ゆらりと内側(イン)を向く。




 〈RRS(ダブルアールエス)〉は――


 内側(イン)を向けない!

 アンダーステアだ!


 さすがのブレイズも、タイヤに負担をかけ過ぎたんだ!




 ダートに車体半分はみ出させながら、なんとかコーナーを曲がり切った〈RRS(ダブルアールエス)〉。


 だけどそんなコーナリングで、満足な加速ができるはずもない。




 モニターを見るのはやめて、俺達は駆け出した。


 ピットの外に出て作業エリアを、ピットロードを横切りサインエリアへ。


 チーム全員が、金網にしがみつく。




 聞こえる――




 ロータリーエンジンの甲高い排気音(エキゾーストノート)が――




〈レオナ〉とクリス君が上げる、勝利の雄叫びが――




『2634年ノヴァエランド12時間耐久レース! 優勝はカーナンバー55! 〈BRRレオナ〉!』




 実況放送もマシンの走行音もかき消してしまいそうな勢いで、俺達は叫んだ。


 それはもう、めちゃくちゃに叫んだ。


 チェッカーを受け、悠々とピット前を通過するクリス君と〈レオナ〉に向かって。




「勝った!! 勝ったぞ!! 俺達は、勝ったんだ!!」




 嬉しさでわけがわからなくなっていた俺は、隣にいたヤツを抱き上げてそのままクルクルと回転した。


 誰だか確認しないで抱き上げちゃったけど、ウチのチームっぽかったからいいよね?




 よく見たら、ニーサだった。




 普段だったらブチ切れ案件なんだろうけど、今はニーサもそんな固いこと言わない。


 俺も気にしない。


 彼女ははち切れそうな笑顔で目にうっすら涙を浮かべて、「勝った!! 勝った!!」とひたすらはしゃいでいた。




 へっ。

 なんだよ、泣き虫め。




 ――なんて思っていたら、俺も涙が(あふ)れてきてしまった。


 だけどニーサも、それをからかってきたりはしない。




 ヴィオレッタ。

 オズワルド父さん。

 シャーロット母さん。

 ジョージ。

 ケイトさん。

 マリーさん。

 ヌコさん。


 俺は色んな人達と握手し、抱き合い、喜びを分かち合う。




 そうしているうちに、クリス君と〈レオナ〉がウイニングラップを終えて戻ってきた。


 このレースでは走り終えた車を、メインストレート上に並べて停めてしまうという慣習がある。


 係員(オフィシャル)の誘導に従い、〈レオナ〉もストレートに対して斜めに停車。


 シザーズドアを跳ね上げて、クリス君がマシンから降りてくる。


 ヘルメットを外す暇なんて、与えないぜ。


 もみくちゃにしてやる!




 そう意気込んで駆け寄ろうとしていた俺の隣を、影が走り抜けた。


 キンバリーさんだ。


 真っ先にクリス君へと駆け寄ると、そのまま彼に抱きついて泣きだしてしまう。


 ありゃりゃ。

 これは、邪魔しちゃ悪いな。


 仕方ないので、少し離れたところからクリス君に向かってサムズアップ。


 キンバリーさんに抱きつかれて硬直していたクリス君だったけど、俺のジェスチャーに気付いたみたいだ。


 力強いサムズアップで、応じてくれる。




 クリス君の隣では、ジョージが走り終えた〈レオナ〉にそっと手を触れ何か(ささや)いていた。


 声は聞こえなくても、何を言っているかは分かる。


 「お疲れ様でした」って、言ってるんだよな。


 本当に、お疲れ様だよ。


 ありがとう、〈レオナ〉。




 空ではまだ、花火が上がり続けていた。


 その光に照らされて、みんなの顔も色とりどりに染まる。




 今のみんなの表情を――


 この夏の思い出を――




 俺は(いっ)(しょう)、忘れないだろう。






■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






 時刻は深夜。


 ノヴァエランド12時間決勝日から、日付が変わってしまった。




 どこのチームも、撤収作業は明日だ。


 今はただ、ゴールの余韻を噛みしめていた。


 優勝したBRR(ウチ)はもちろん、完走しただけでお祭り騒ぎをしているチームもある。




 喜ぶのも当然だ。


 参加台数72台。


 そのうち、決勝のスターティンググリッドに並べたのが70台。


 チェッカーフラッグを受けられたのは、54台しかいない。


 自動車メーカーチーム(ワークス)だって、何台か潰れているからな。


 完走は、誇れる偉業なんだ。




 優勝したウチなんか、そりゃもうとんでもないことになっている。


 お祭りどころか、危険な宗教儀式みたいな騒ぎ方だ。


 明日の朝、ヌコさんとマリーさんは他のチームに頭を下げて回らないといけないかもな。




 俺はそんな狂乱の(うたげ)にちょっと疲れて、頭を冷やそうとパドックの隅にやってきていた。




 そこで、出会ったんだ。


 積み上げたタイヤに腰かけてドリンクを飲みながら、夜空を見上げるルドルフィーネ・シェンカーに。




「あーあ、負けちゃったか。悔しいな。先輩達を、絶対に捕まえられると思ったのに」


「正直、冷や汗ものだったよ。ルディとブレイズは、めちゃくちゃに速かったからね」


「えへへへ……。ランディ先輩に認めてもらいたくって、頑張りました」


「なに言ってるんだい。俺はカート時代からずっと、ルディは凄いと思っているんだよ」


「まだまだですよ。ボクはもっと速くなって、『ユグドラシル24時間』に出られるようなドライバーになりたい。先輩と、(いっ)(しょ)にね」


「『ユグドラシル24時間』……か。少し、距離が近づいた気がするな」




 俺は瞳を閉じた。




 意識はそのまま、「ユグドラシル24時間」の舞台であるユグドラシル島へと飛ぶ。


 島の真ん中で世界樹ユグドラシルが天を貫いている光景が、脳裏に浮かんだ。




 今回乗った〈レオナ〉とは比べ物にならないぐらい、ユグドラシル24時間で使用されるGT-YDマシンは速い。






 そのGT-YDマシンの排気音(エキゾーストノート)が、俺には聞こえたような気がした。






ニーサ・シルヴィアだ。

4章まで読んでくれたのだな。礼を言う。

おかげで私達は、優勝することができたよ。


5章では、さらに厳しい戦いが予想される。

だから応援で評価やブックマークしてもらえると助かる。


やり方は簡単だ。

画面上に出ている黄色いボタンからブックマーク登録。

この下にある★★★★★マークのフォームから、評価の送信ができるぞ。


……何? 評価するから尻尾でビンタしてくれだと?

貴様は変態か!?

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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[良い点] キンバリーさんが正に勝利の女神!! アンジェラさんと同じく、ここまで前面に出てくる人物とは思っていなかったので、またもや不意打ちでした! クリスくんを取りに持ってきた演出も憎いです。 こ…
[良い点] ヤッタァぁぁぁぁーーー! 優勝おめでとーーーーー! やっぱ勝ってなんぼですもんね! [一言] クリスとキンバリー…… またリア充が生まれてしまうのですか!?
[一言] いや~~レースって面白い。このシーンも、登場人物の歓喜が伝わってくるようです。
感想一覧
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