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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター4

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119/195

ターン119 俺のケツを拝んで走ってもらおうか?

■□ニーサ・シルヴィア視点(オンボード)■□




 また、あの夢だ。




 小さい頃から何度も見てきた、いつもと同じ悪夢。


 愛するあの人が、黒い穴に飲み込まれそうになっている。


 なのに私は、何もできない。




 なんて――

 なんて無力な自分。


 どれだけ手を伸ばしても、あの人には届かない。


 私の足は、その場から1歩も踏み出せていないのだから。




 もっと――

 もっと遠くまで。


 もっと――

 もっと速く。


 私の方から、動くことができたら――


 そうしたら、間に合うかもしれない。


 彼が黒い穴の向こうへ消えてしまう前に、私へ向かって伸ばされた手を(つか)むことが。




 だから私は、速く走りたいのか――


 あの人の元へ、駆けつけられるように。


 もっと――

 もっと速く――




 今日も同じように、消えゆくあの人に向かって手を伸ばす。




 そして泣き叫び、届かない手をめいっぱい伸ばしながら目を覚ますんだ。


 いつものことなのに、この悲しみと喪失感にはいつまでたっても慣れない。




 諦めを感じながら、今日も私は手を伸ばす。




 ふとその時、届かないはずの手に感触が生まれた。




「……え?」




 黒い髪と瞳の彼ではない。




 金色の髪を風に揺らしながら、青い瞳で正面から見つめてくる男。


 私の手を握り締め、挑戦的な笑みを浮かべている。




 青いレーシングスーツに身を包んだ、その男は――






■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






「……気安く触るな、ランドール・クロウリィ」




 自分の声で、目を覚ます。


 開いた視界の中に飛び込んできたのは、モーターホームの天井だった。




 そうだ――

 私は今、「ノヴァエランド12時間」を戦っている真っ最中。


 走行中に、クールスーツが故障したんだ。


 それで暑さにやられて意識(もう)(ろう)になってしまい、ピットインした。


 そして自チームのモーターホームに担ぎ込まれ、点滴を受けているうちに眠ってしまったんだ。




「レースは……レースはどうなったの?」




 起き上がって状況を確認しようとした時、何かが私の左手を拘束していることに気づいた。




「なっ! 馬鹿! 貴様どういうつもり……」




 私の手は、男の手と繋がれていた。


 しかも指と指を絡ませる、恋人つなぎというやつだ。


 思わず抗議の声を上げようとしたけど、それは無意味だと気づいて口をつぐむ。




 眠っている奴に文句を言っても、仕方ない。




 手の主――ランドール・クロウリィは私が寝ているベッドの(かたわ)らでうずくまり、眠りこけていた。


 こいつがここにいるということは、今はクリス・マルムスティーンがマシンを走らせているんだろう。


 窓から差し込む光の加減からして、時刻は夕方ぐらいか。




「私に……ついていてくれたの?」




 相手が寝ていると、いつもの尊大な口調も出ない。


 寝顔を見られていたのかという、気恥しさはある。


 だけどそれよりも、気遣いに対して素直な感謝の気持ちが湧いてきた。


 ああ。

 たぶん私がうなされていたから、手を握ってくれたんだろうな。


 こいつは――

 ランドールは、そういう男だ。




 初めはチャラチャラした奴だと思ってた。


 でも(いっ)(しょ)に働いて、暮らしているうちに分かったよ。


 チャラチャラしているんじゃなくて、誰にでも気さくで優しい人なんだと。




 今回も私の走行時間を、こいつが代わりに走ったんだろう。


 助けられちゃったな――




「そういえば……。似てるかも?」




 夢の中に出てくる、黒髪のあの人。


 髪や瞳の色は全然違うけど、優しい寝顔はあの人と似ているように思える。




「生まれ変わり……だったりして」




 (いっ)(しゅん)そんなことを考えて、すぐにバカバカしいと首を横に振る。


 こいつは、地球から転生してきたって言ってたじゃない。


 私がいた、不思議な世界の住民とは違う。


 黒髪の彼とは、別人だ。




 そのことを少し残念に思っている自分に気づき、驚く。




 そういえば、ランドールと同じ部屋で暮らしているうちに悪夢を見る回数が減った。


 私の中で黒髪の彼より、ランドールの存在が大きくなってきてしまったの?




 ――ダメよ。




 そんなことになったら、あの人が可哀想。


 黒い穴の向こうに消えていく時の、絶望に染まった表情。


 あの(あと)、彼はどこへ行ってしまったのか?


 どうなってしまったのか?




 せめて私だけでも、あの人のことを忘れないであげたい。


 想い続けていたい。




 それにランドールには、好意を寄せている女の子達がいっぱいいる。


 ケイトさん。

 マリーさん。

 ルディちゃん。

 アンジェラは――体だけが目当てみたいだし、少し違うかな?


 みんな本気で、ランドールが好きなんだと感じる。


 他に忘れられない(ひと)がいる私が、そんな中に入っていけるわけないじゃない。




 そうだ。

 こいつが目を覚ましたら、いつも通りに悪態をついてやろう。


 お互いにケンカ腰で言い争っていれば、これ以上2人の距離が縮まるなんてことはあり得ない。


 腕は認め合っているけど、性格は反発し合っているドライバー同士。


 私達の関係は、それでいい。




「でもそれは、目を覚ましたら……でいいよね」




 私は手を握ったまま、ランドールの無邪気な寝顔をもう少しだけ観察してやることにした。






■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






■□ランドール・クロウリィ視点(オンボード)■□




「……ん……んん……」




 少しずつ、意識が覚醒していく。


 あ~。

 俺、なにをやってたんだっけ?


 確かニーサの様子が気になって、モーターホームに行ったんだ。


 そこでは仮眠中の彼女が、やたらとうなされてて。


 空中に向かって必死に手を伸ばすもんだから、思わずその手を取ってしまった。


 俺はニーサの手を振りほどくこともできずに、その場で途方に暮れていたんだ。


 そしたらつい、ウトウトと――




「ヤバっ!」




 身の危険を感じて、(いっ)()に意識が覚醒した。


 ニーサより先に目を覚まさなければ、大変じゃないか。


 彼女が目を覚ました時に、俺が手を握りながら横で寝ていたら?




「この破廉恥夜這い野郎!」


 とか言いながら、大暴れするに決まっている。


 そうなる前に起きて、この場を立ち去らなければ。




「……って、あれ?」




 ベッドの上に、ニーサの姿は無かった。




 驚いて立ち上がった拍子に、肩から何かが落ちる。


 それは仮眠中のニーサが掛けていたはずの、タオルケットだった。




「俺が風邪ひかないように、掛けてくれたのか? モーターホームの中は、冷房がよく効いているから……」




 うーん。

 幸運にも、寝てしまった拍子に手を離したのかな?


 それでも俺が隣で寝ているだけで、ニーサは充分怒りそうな気がしないでもない。




 まあルームシェア時代は、カーテン越しとはいえ隣で寝ていたわけだし――

 慣れているのかもな。





 あれこれと考えているとモーターホームの扉が開き、ヴィオレッタが顔を出した。




「お兄ちゃん、そろそろ出番よ。準備して」




「OK、OK。分かったよ。今はニーサが走っているのか?」


「そうよ。かなりの長時間運転(ロングスティント)なのに、全然ペースが落ちなくてみんなびっくりしているわ」


「クールスーツさえちゃんと動いているなら、ニーサはそれぐらいやるさ」




 そうだ。

 ニーサ・シルヴィアは、凄いドライバーだ。


 だから彼女が俺に突っかかってくると、そういうドライバーに意識されているんだと思えて妙な気分になる。


 むかつき半分、楽しさ半分ってところかな。


 今の関係は、凄く心地いい。


 もっと長く、この関係を維持したい。


 その為には――




「ドライバーとしていいところ見せ続けるよう、頑張るしかないね」


「何? どうしたの? お兄ちゃん?」


「なんでもない」




 ヴィオレッタの後に続いて、俺はモーターホームの外へ出る。


 だいぶ太陽が、低くなってきていた。






■□■□■□■□

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■□■□■□■□

□■□■□■□■






 夕暮れのノヴァエランドサーキットに、俺と〈レオナ〉は飛び出す。


 これが俺の担当する、最後の走行時間(スティント)




 その後はクリス君にドライバー交代(チェンジ)して、レース終了(チェッカー)の21:00まで彼が走り切る。




 2kmのロングストレート、「ストレート・トゥ・ヘル」に入った瞬間だ。


 紫色のマシンがOHVエンジンの荒々しい音を響かせながら、俺を抜き去っていった。


 ガゼールさんところの〈エリーゼ・エクシーズライオット〉か。


 ドアに大きく(えが)かれている銀髪の女の子が、「突撃、突撃ィ~!」とでも叫んでいるような気がするから不思議だ。




 コースインするなり抜かれた俺だけど、あんまり気にしていない。


 なぜならあの〈ライオット〉は、これでようやくウチと(どう)(いつ)周回。


 コース丸々1周分近い、差をつけているってこと。


 それに向こうは、温まってバリバリにグリップするタイヤ。


 こっちはピットアウトしたてで熱が入ってなく、ツルツルに(すべ)るタイヤ。


 そりゃ、あっさり抜かれるってもんでしょう。




「せっかくだから、スリップ使わせてくれ」




 俺と〈レオナ〉は〈ライオット〉の後ろにつき、風よけにして空気抵抗を減らす。


 このレースだと吸入空気制限装置(エアリストリクター)で、どの車も最高出力は500馬力前後に調整されている。


 だけど排気量の小さい〈レオナ〉は回転力(トルク)が細くて、加速と直線(ストレート)の伸びは下から数えた方が早いレベル。


 前を行く〈ライオット〉は8.6(リッター)(8600cc)っていう頭おかしいほどの大排気量だから、直線はかなり速い。


 その代わりエンジンが重く、コーナーはイマイチなんだけどね。




 〈ライオット〉のスリップストリームについたおかげで、いつもは280km/hちょっとまでしか伸びない車速も291km/hまで伸びた。


 ごくろうさん。

 え~っと。

 いま〈ライオット〉に乗っているのは、キース先輩かな?


 助かったぜ、キース先輩。


 お礼にタイヤが温まったら、サクっとぶち抜いてやるからな。




 そこへ、唐突に無線が入る。




『ランディ~! すぐ後ろに、奴がきてるだニよ! 絶対に、抜かせるんじゃないだニ!』




 分かっているさ、ヌコさん。


 後方(バック)モニターを見なくても、背中にビシバシ殺気を感じるからな。




 まだ完全に日が落ちたわけじゃないから、マシンカラーも判別できる。


 夕日の色と(いっ)(たい)()して分かりにくいけど、あれは真っ赤なレイヴン〈RRS(ダブルアールエス)〉だ。


 角丸長方形のヘッドライトが、「タイヤの温まっていないノロマはどけ!」とばかりにパッシングで()(かく)してくる。




 絶対どかないね!


 ここであんたを抑え込むのが、俺の1番大事な仕事だ。




 (タイト)な2コーナーに向けて、フルブレーキング。




 コーナーを立ち上がった時、前を行く〈ライオット〉は少し離れた。


 逆に後ろからくる〈RRS(ダブルアールエス)〉には、差を詰められてしまう。


 タイヤはまだ冷えているから、仕方ないといえば仕方ない。


 でも、許容できるのは差を詰めることまでだ。


 抜いていくことは許さない。




 バックモニターに、〈RRS(ダブルアールエス)〉3号車のドライバーが大きく映りこむ。


 黄色がメインカラーで、緑色のラインが入ったデザインのヘルメット。


 地球でF1に乗っていた頃から、あんたはそのヘルメットだったな。






「俺のケツを拝んで走ってもらおうか? アクセル・ルーレイロ!」






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[良い点] ぬおおおおー! ニーサたんがデレかけた! これは貴重ですぞ! 今後が楽しみです!
[一言] ニーサとめっちゃいい関係ですやん。 恋人繋ぎまでしとるで、おい。 これは、このまま……? アクセル・ルーレイロとのバトル、キター。
[一言] この流れは……ヒロインレースの勝者はよもや……!?
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