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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター4

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113/195

ターン113 ダーリン罰ゲームだっちゃ

 樹神暦2634年6月(ジェミニ)、昼下がり。


 今日は弱い雨が、朝からずっと降り続いている。




 マリーさんのお屋敷にある、やたらと広い駐車場。


 今は車が全然停まっていないから、さらに広く感じる。


 その(すみ)で、俺とヴァリエッタさんは傘を差して(たたず)んでいた。


 眼前には、青い新型GR-9〈レオナ〉。


 水飛沫を上げながら、閉鎖された駐車場内を疾走している。


 運転しているのは、ニーサ・シルヴィアだ。




 広い駐車場には、カラーコーン(パイロン)が至るところに配置されていた。


 ニーサは後輪を若干スライドさせながら、その間を抜けていく。


 俺と彼女が取り組んでいるのは、ジムカーナと呼ばれる競技。


 こういう広場とかにパイロンを配置したりしてコースを決め、その順番通りにパイロンを通過してタイムを競い合う。


 サーキットとかと比べると、ジムカーナの速度域は低い。


 だけどコースが狭い分、クルクルと車の向きを変えるテクニックが要求される。




 このジムカーナという競技は、荷重移動の練習にはうってつけなんだそうだ。


 荷重移動っていうのはブレーキやアクセル、ハンドル操作で車の姿勢を変化させ、4つのタイヤにかかる重さを自在にコントロールする技術。


 この技術でタイヤを路面に押し付け、接地面積を増やして食い付き(グリップ)力を高めたり、逆に浮かせて(すべ)らせたりもできる。


 ハッキリ言って、モータースポーツの基礎中の基礎だ。


 レーシングドライバーじゃなくても、そこいらの走り屋さん達だってやっている。


 このマリーノ国では、自動車教習所でもちょっと習う。


 俺が地球で乗ってたフォーミュラカーのドライバー達なんて、荷重移動でフロントウィングの高さを変化させ、空気の流れをコントロールするなんて芸当もやっていた。


 もちろん、俺だってやれる。


 だから当然、かなりのレベルで操れているという自負はあったんだけどな――




 ヴァリエッタさんに言わせると、後輪(リヤ)荷重の抜き方、振り分け方、掛け方の精度が甘いそうだ。


 実はニーサも俺と同じ課題を抱えているらしく、克服するためにこうして(いっ)(しょ)にジムカーナをやっている。




 ニーサがまだ走っている最中だけど、俺はヴァリエッタさんに話しかけた。


 気になっていたことを尋ねる、いい機会だと思ったんだ。




「そういえばヴァリエッタさん。なんでニーサを、俺と同じ部屋に住まわせようと思ったんです? そりゃ確かに並大抵の奴じゃ、鬼族(オーガ)より強いニーサに変な真似はできないでしょうけど……。普通、年頃の娘を男と同室にはしませんよ?」


「ふっ。私が普通の母親に見えるのか?」


「いえ、全然」


 普通じゃないと言われて怒るどころか、ヴァリエッタさんは嬉しそうな笑みを浮かべた。


 なんだろう?


 他人と違うことが、カッコいいと思っているタイプか?


 永遠の中二病患者か?




 嬉しそうにしていたヴァリエッタさんは急に目を伏せ、肩をすくめてしまった。




「ニーサが結構な頻度で、悪夢を見ることは知っているだろう?」


「ええ。何度か、うなされていましたね」


 俺との共同生活が進むごとに、その回数は減っていったんだけどね。




「夢の中に出てくる黒髪人間族(ヒューマン)の男が、ニーサを置いて遠いところへ行ってしまう。そんな悲しい夢らしい。単なる夢なのか……。あるいは彼女が断片的に持っている、前世の記憶なのか……。(さだ)かではないがな」




 そうだったのか――


 だからニーサはあの時、「行かないで!」と――




「あの子は小さい頃から、そんな『黒髪の(きみ)』の夢を何度も見てきた。その(たび)に、泣きながら飛び起きるんだ。実に(いま)(いま)しい男だよ。夢の中の話とはいえ、ニーサを置いて行ってしまうような男……。現実に存在していたら、地獄の責め苦をもってその罪を(あがな)わせてやるところだ」


 人間族(ヒューマン)より長めの犬歯を剥き出しにして、目を血走らせながら『黒髪の君』への怒りを(あら)わにするヴァリエッタさん。


 そんな彼女を見て、()(すじ)が凍り付く。


 落ち着け。


 俺はその、『黒髪の君』じゃないだろ?




「だからニーサの心に、別の男が住み着けばいいと思ったんだ。(いっ)(しょ)に暮らせば、『黒髪の君』の幻影を追い出してくれるのではないかと思ってな」


「んな無茶な」


 荒療治にも、程がある。


 「黒髪の君」を克服するどころか、男嫌いが悪化していたかもしれないんだぞ!?




「どうだ? ランディ君。君がニーサを救ってくれないか? 君になら、お義母さんと呼ばれてもいい」


「昨日散々、罰ゲームで呼んだじゃないですか」


 俺とニーサはこのジムカーナ練習で、タイムを競い合っている。


 負けた方には、罰ゲームだ。


 昨日負けた俺には、ヴァリエッタさんを「ママ」と呼ぶ過酷なペナルティが待ち受けていた。


 しかもその様子を、キンバリーさんに動画で撮影させるという拷問っぷり。




「君はニーサを置いて、どこか遠くへ行ったりしないでくれよ」


「残念ながらコース上では、ぶっちぎって置き去りにさせてもらいます」


「ふふっ。そう簡単に、うちの娘をちぎれるかな?」




 ヴァリエッタさんは、ニーサの乗る〈レオナ〉へと視線を戻す。


 俺も同じように視線を戻し、次いでストップウォッチを見た。




「ゲッ! この調子でいくと、俺のタイムより速い!」


「さあ、今日の罰ゲームは何にしようかな?」




 冗談じゃない!


 ヴァリエッタさんの考案するハードな罰ゲームは、「ノヴァエランド12時間」参戦前に俺の精神を崩壊させてしまうかもしれない。


 なんとか罰ゲームを避けたいけど、俺は先にタイムアタックを終えてしまってるからな。


 できることといえば、ニーサがミスするように祈るぐらいだ。


 ミスれミスれミスれミスれ~。




 そんな祈りは届かず、ニーサの駆る〈レオナ〉は重力を感じさせないほど軽やかに舞う。


 先代も運動性の高い(コーナリング)マシンだったけど、新型のGR-9になってさらにその鋭さは増していた。


 左の高速ターンから、右の360度(サブロク)ターンへ。


 サブロクターンは1本のパイロンを中心に、その周りをグルッと1周しなければならない。


 小さい旋回半径と短い時間で回るために、ニーサは左ターンから右ターンへの反動を利用してスパッと後輪(リヤ)(すべ)らせた。




「……む」




 そのキレ味に感心したのか、ヴァリエッタさんの口から声が漏れる。




 ニーサ、そんなに頑張るなよ!




 俺の思いをあざ笑うかのように、青い〈レオナ〉は完璧なスピンターンを決める。


 パイロンの位置は、きっちり右ドアミラーの直下。


 あと2cmで接触してしまうというギリギリの空間を、青いボディがぐるりと1周する。


 パイロンに接触したら1回につき5秒加算のペナルティだから、負けが確定してしまう。


 なのにこの攻め方は、大した度胸と車両感覚だぜ。


 脱出ラインに乗せるまでにはきちんと後輪のスライドを止め、しっかり駆動力(トラクション)をかけてニーサは加速する。


 濡れて(すべ)りやすい路面のはずなのに――




 あーっ!

 ノーミスで、フィニッシュラインを通過しやがった!




 ストップウォッチを見れば、俺よりコンマ3秒速い。


 とほほ――

 また、罰ゲームか。




 ニーサが乗る〈レオナ〉は、俺とヴァリエッタさんのすぐ近くに停車した。


 斜め上に跳ね上げるシザーズドアを開けて、ドライバーが降りてくる。


 ヘルメットを脱いだニーサは、顔を上気させながら勝利宣言を突き付けてきた。




「どうだランドール! データロガーの表示では、コンマ3秒上回っているぞ! 私の勝ちだ!」


「うるさいな、分かってるよ」




 くそう、本気で悔しいぜ。


 俺のアタックは、ちょっと(てい)(ねい)にいきすぎたか?




「さあ! お母様! ランドールに、屈辱的な罰ゲームを! 再起不能になるぐらい、強烈なやつをお願いします!」




 再起不能になったら、チームメイトのお前も困るだろうが!?




 娘の熱い要望に、ヴァリエッタさんは冷静だった。




「その前に、ニーサ。データロガーを、見せてもらおう」




 この〈レオナ〉には、レーシングカー並の高精度センサーとデータロガーが取り付けられている。


 ジョージとケイトさんの手によるものだった。


 ドライバーがどんな走りをしたのか、このデータロガーで丸裸にされてしまうんだ。


 速さを追求する上では、とても有用なツールではある。


 だけどミスは確実にバレるし、下手な言い訳もできなくなるから精神的に(つら)い。




 ヴァリエッタさんは車内のセンターコンソールに設置されたモニターをいじり、先程のニーサの走りをチェックしていった。




360度(サブロク)ターンの手前。左から右に切り返す時、(いっ)(しゅん)だがオーバーGしているな。ヨーを発生させ過ぎだ」


 今回の課題は荷重コントロールの精度を上げることだから、ただ走るだけでなく特殊なルールを(さだ)めていた。


 データロガーで規定の値を超える重力加速度()を記録してしまったら、2秒加算のペナルティと。


 つまりニーサは曲がる方向の力(ヨー)を発生させようとするあまり、鋭く切り返し過ぎたんだ。




 ってことは、今回の勝者は――




「よっしゃあああーっ! 俺の勝ちだぁーっ!」




 先程まで元気にブンブンと振られていた、ニーサのドラゴン尻尾が地面に落ちた。


 ベチャリと、悲し気な音がする。




「ふふふふ……。ニーサも、昨日の俺と同じ気分を味わえ」


「そうだな、ニーサの罰ゲームは……。ランディ君のことを、『ダーリン』と呼ぶのはどうだろうか?」


 それを聞いて、ニーサがこの世の終わりみたいな顔をした。




「ヴァリエッタさん! それって、俺まで罰ゲームみたいなもんじゃないですか! 絶対嫌だ!」


 全力で拒否したんだけど、ヴァリエッタさんは不敵に笑うばかりで取り合ってくれない。




「だ……だ……ダーリ……」


「今、呼ぶなよ……。どうせ(あと)から、キンバリーさんに動画撮影させるに決まっているんだ」


 真っ赤な顔で唇を震わせながら、おぞましい言葉を口にしようとするニーサ。


 俺は両手で顔を覆い、そんな彼女の姿をシャットアウトした。






 ――と、そこへ聞こえてきたのは、ターボエンジンの野太い排気音(エキゾーストノート)


 そして、パシュッというブローオフバルブの大気開放音だ。


 音の方向へ目をやると、車高の低いスポーツカーが勢いよく駐車場へと進入してきた。


 レモンイエローに塗られたこのマシンは、クリス・マルムスティーン君の〈ヴェリーナ〉だ。


 クリス君はベッテルさんとキンバリーさん指導の(もと)身体能力(フィジカル)トレーニングに励んでいたんじゃなかったのかな?




 クリス君は窓を開け、片手を窓から出した。


 そのまま人差し指で、天を指す。


 彼は「ヒャッハー!」と世紀末な叫び声を上げながら、ドリフトでパイロンの周りをグルグルと旋回し続けた。


 定常円旋回と呼ばれる練習法であり、テクニックだ。


 あ~。

 クリス君はこういう車を振り回すの、好きそうだもんね。


 俺とニーサが駐車場でジムカーナしていると聞いて、我慢できずに逃げ出してきたな?




 ヒャッハータイムは、そんなに長く続かなかった。


 駆けつけてきたキンバリーさんに、クリス君が車から引きずり降ろされたからだ。




 トレーニングウェア姿のクリス君は、キンバリーさんに何やら口ごたえしている。


 だけど腹を殴られ、失神してしまった。


 弱い――


 クリス君はそのまま米俵のように担がれ、邸内にある武道場へと強制送還されてしまう。


 筋トレだけじゃなく、反応速度や集中力も高めるために格闘技もトレーニングに取り入れているらしい。




 そんなクリス君とキンバリーさんのやり取りを見ている間に、雨が上がっていた。




「見ろニーサ、ランディ君。(にじ)だ」




 南の空――

 ノヴァエランド地方の方角に、(いち)(じょう)の大きな虹が架かっていた。




 梅雨が明けると夏が――

 「ノヴァエランド12時間」の季節がやってくる。






 戦いの時は近い。






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[一言] まさかのラムちゃんwww むしろこれはご褒美なのでは?( ˘ω˘ ) そして何気にクリスとキンバリーさんが一番フラグ立ってる気がするwww
[一言] ランディとニーサ、ワンチャンある……? ニーサの夢の中のは、解ゴーで、って話だとして。ジテアールの生まれ変わり?
[一言] ヴァリエッタさん。普通の母親でないのは間違いないです。 まあもっとも、ヌコさんのように普通でない方は他にもたくさんいますが。
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