ターン111 ブルーレヴォリューションレーシング
ブルーレヴォリューションレーシング。
それがマリー・ルイス嬢の立ち上げる、新しいレーシングチームの名前だ。
最近妙に忙しそうにしていたマリーさんだけど、なんと社長に就任していたらしい。
スポーツウェア全般を扱うルイスグループから独立して、新ブランド「ブルーレヴォリューション」っていうのが立ち上がったそうな。
マリーさんはその新ブランドを、グループ会長であるお父さんから任されたんだって。
この「ブルーレヴォリューション」ブランドは、レーシングスーツやら耐火のインナー、フェイスマスク、サーキットに似合うシャツなどの商品を専門にするらしい。
とんでもない話だね。
マリーさんはまだ、学生なんだけどな。
学業との両立は、大変だったろうに。
でも健康を取り戻した様子を見るに、1番忙しい時期は脱出したんだろう。
だからまた、レース活動に乗り出す気なんだろうな。
「シルバードリル」時代よりも動かせる資金が遥かに増えたらしく、彼女は張り切っている。
いま俺達がいるのは、「デルタエクストリーム」店内にある来客スペース。
そこでチームオーナーになるマリーさんと、俺の妹のヴィオレッタがやり合っていた。
「マリーさん。その条件じゃまだ、ウチのお兄ちゃんは乗せられないわね」
「あら、ヴィオレッタ様。ずいぶん強気ですこと」
「当然。お兄ちゃんは、自動車メーカードライバーでもおかしくないパフォーマンスを持っているわ。当然、契約に関する発言権もそれなりにあるはずよ。私が気になるのは、契約を途中解除できる特別条項が全然ないこと」
「そんなの、一生ワタクシの下で走っていれば全く問題ありませんわ」
未成年である俺の契約交渉に同席するのは、普通オズワルド父さんかシャーロット母さんだと思うんだけどなぁ。
なぜかマネージャーを気取るヴィオレッタが、意気揚々と参戦している。
すでに契約金を引き上げているのに、さらに契約解除条件を緩和するべくマリーさんと銭闘継続中だ。
「な……なあ、ヴィオレッタ……。せっかく乗せてもらえるんだし、それ以上は……」
「ダメよ! 途中で自動車メーカーからお声がかかった時、今のままじゃ何年も移籍できないわ。見て! この違約金! 無茶苦茶な設定よ!」
「ワタクシへの裏切りは、絶対許しませんわ。違約金の設定額は、その表れです」
そんな感じで、神経が予選スペシャルタイヤかよって勢いですり減る契約交渉は進んだ。
30分後。
なんとか落としどころを見つけたマリーさんとヴィオレッタは、がっしりと握手をする。
ドライバーの俺は、完全に置いてけぼりだな。
俺はお店の建物から外に出て、背伸びをしながら敷地を眺め回した。
「ランディさん、お疲れ様で~す」
「ああ、お疲れ様」
俺に挨拶して通り過ぎていったのは、マリーさんが連れてきた新しい従業員。
ヌコさんとジョージは競技車両の開発で忙しくなるから、お店の方まで手が回らなくなるだろうということでね。
改造ショップで働いたことのある経験者を、4人も連れてきたんだ。
ついでにニーサの負担も減らすべく、事務方にも2人追加だ。
これで気兼ねなく、レースに集中できるな。
行方不明になっているGR-9型〈レオナ〉の1台は、納車より前に製造ラインから外れたらしい。
そのまま、レーシングカーの車体製造を得意とするガレージに運び込んだそうな。
不必要な部品が付く前にレーシングカーとしての改造を始めてしまえば、コストが安く上がるからね。
シャーラ本社にも新型〈レオナ〉でレースをやって欲しいという勢力がいるそうで、マリーさんはそういう人達に掛け合ったんだとか。
相変わらずマリーさんは、やると決めたら凄い行動力だな。
青空に浮かぶ雲を眺めながらマリーさんに感心していたら、唐突に俺の思考を吹っ飛ばすような爆音が響いてきた。
バッ! バッ! バッ! と、下品なサウンドだ。
え~。
まさかこの下品な音を立てるエンジンが、〈レオナ〉に搭載予定のレーシングロータリーじゃないよな?
俺は工場内に駆け込む。
やっぱりヌコさんが、エンジンをベンチに乗せ試運転中だった。
「う~ん。3ローターNAペリは久しぶりに組んだだニが、悪くはないだニね」
「ちょっとヌコさん! なんだい、このオナラみたいなうるさい排気音は!? 近所迷惑だよ!」
排気音にかき消されないよう、俺は大声でクレームを入れた。
「オナラとか言うなだニ! NAでペリフェラルポートっていうポート形状だと、こんな音になるんだニ!」
「自然吸気!? 前のデモカーみたいに、ターボじゃないの!?」
「レース距離……それも耐久レースとなると、ロータリーターボは発熱量の多さが障害になるだニ。それに補器類が増えて構造が複雑になるターボエンジンだと、それだけトラブルも多くなるだニよ」
なるほどな~。
さすがは昔、チューンド・プロダクション・カー耐久のクラス1で年間ランキング3位を獲得した改造屋。
レーシングロータリーのノウハウは、しっかり持っているってことか。
「オナラみたいな音なんて、失礼なこと言っただニね? いいだニよ。コイツの本当のサウンドを、堪能するがいいだニ!」
そう言って、エンジンの回転数を上げるヌコさん。
するとバラついていた排気音は、鋭くも美しい高音を奏で始める。
おおーっ!
俺が憧れていた、V12エンジンを積んでた頃のF1――いや。
それよりもっと、弾けたような音だ。
こいつはカッコいい!
「みゃあああああああーっ!!」
エンジン回転数に合わせて、ヌコさんのテンションも上がってしまったみたいだ。
この爆音の中でも聞こえるぐらい、大きな声で叫んでいる。
なんだよ。
「レースの世界は、もう嫌だニ」とか言ってたクセに、ノリノリじゃないか。
本当は旧型〈レオナ〉のホモロゲーションさえ切れなければ、もっとレースをやっていたかったんだろうな。
――と、そこへニーサ・シルヴィアが駆け込んできた。
「ヌコさん! 近所から苦情がくるから、やめて下さい!」
俺と同じこと言ってら。
「ランドール! 貴様もヌコさんを止めないか!」
なぜか、俺まで怒られてしまった。
解せぬ。
俺は少し不貞腐れながら、工場の外へと出た。
すると、ちょうど軽トラに乗ったジョージが帰ってくる。
「お帰り、ジョージ。車体の進捗具合はどうだい?」
「少し、遅れていますね。シャーラ本社からデータを送ってもらっているといっても、新型〈レオナ〉は初めて扱う車種なので手探りの部分も多いです」
「ヌコさんが旧型〈レオナ〉でTPC耐久に出ていた頃、車体製作を請け負っていたガレージなんだろう?」
「ええ。ですから、出来栄えは良いはず。期待して、待つことにしましょう」
「……でもさ。マシンの完成が遅れると、ちょうどデビュー戦がアレになっちゃわない?」
「どうも、そうなりそうな予感がしますね」
ジョージと一緒に店内へ戻り、マリーさんやニーサ、ヴィオレッタにマシン製作の進捗を報告。
するとチームオーナーのマリーさんは、ある決断を下した。
「……ふむ。この調子で行くと、ワタクシ達『ブルーレヴォリューションレーシング』のデビューは、TPC耐久の第4戦には間に合わないでしょう」
「……となると、やっぱり俺達のデビュー戦は……」
「ええ。第4戦と第5戦の間に開催される、真夏の祭典。TPC耐久クラス1のマシンと、世界中のGT-Bマシンが集結する『ノヴァエランド12時間』です」
――ノヴァエランド12時間耐久レース。
マリーノ国、南地域。
ノヴァエランド地方にあるノヴァエランドサーキットで行われる。
12時間で、どれだけの距離を走れるかを競い合う耐久レース。
どこの選手権にも組み込まれてはいないけど、世間からの注目度が高いビッグイベントだ。
ノヴァエランドサーキットは、とても難しいことで有名なコース。
山間部に作られているんだけど、まともにサーキットっぽいのは全体の3分の1ぐらい。
残りはほとんど、峠道と言っていい。
上り下りが激しく、道幅は狭い。
おまけに退避所が、ほとんどない。
ミスしたら即、山肌かコンクリート壁の熱い抱擁が待っている。
そんな危険すぎるレースが、チームのデビュー戦になるとは――
「ねえ、マリーさん。ノヴァエランド12時間に出るなら、足りないものがあるよ」
誰が喋ったのか、分からなかったぜ。
ニーサか。
こいつ、同世代の女の子と喋る時はこんな口調なんだな。
「分かっておりますわ。ランディ様とニーサ様の他に、もう1人交代ドライバーが必要ですわね」
耐久レースは1台の車を、複数人のドライバーが交代しながら走らせる。
12時間もの長丁場になると、さすがにドライバーが2人だけではつらい。
俺は体力に自信があるし、竜人族のニーサも相当な身体能力ではある。
だけど、2人で走り切るのは無理だな。
走り切れたとしても、ヘバってパフォーマンスが落ちるようじゃ意味が無いしね。
そもそもノヴァエランド12時間では、ドライバーを3人走らせないと競技規則違反だった気がする。
「ふむ。問題は今からだと、腕の立つプロドライバーを確保するのが難しいということですわ」
自動車メーカーチームや古豪の個人参加チームなんかは、もうとっくに起用ドライバーを発表している。
来週ぐらいには、駆け込み参戦のチームとドライバーも発表されるだろう。
今からドライバーを確保するというのは、はたして可能なのか?
「ランドール。アマチュアでもいい。誰か、心当たりはいないか? 狭い峠道でも、恐れずに踏んでいける奴がいい」
「それと、前置きエンジン後輪駆動レイアウトの車に慣れているドライバーが欲しいですね。『ノヴァエランドサーキット』の山側区間は滑りやすいので、スライドコントロールが得意であれば言うことなしです」
「夜間走行での速さも、必要ですわ。朝9時スタートの21時終了。レース終盤は、真っ暗ですもの」
「あ~……」
ニーサ、ジョージ、マリーさんに言われて、一瞬だけ奴の顔が脳裏に浮かぶ。
だけど、即座に却下した。
あんまり品の良くないドライバーだから、チームの評判が悪くならないか心配だ。
おまけに本人が、「レース競技はアホらしい」と言ってやめたという過去がある。
声を掛けても、乗ってくれる可能性は低い。
首を横に振って、自分の思いつきを否定していた。
そんな俺の前に、コーヒーが注がれたカップが置かれる。
キンバリーさんだ。
彼女と目が合うと、何やら無言で頷かれた。
あいつを呼べと、言いたいのか?
いいの?
キンバリーさんは、あいつと仲悪いかと思っていたけど。
まあ、いいか。
あいつは、元「シルバードリル」だしな。
「……クリス・マルムスティーンを招聘しよう。3人目は奴だ」




