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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター4

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110/195

ターン110 オールレッド

 誰が俺と(いっ)(しょ)に住むのかという、激しい議論が展開した日の午後。




 俺達は、さっそく引っ越しの準備に取り掛かった。


 とはいってもニーサが俺の部屋を出て、隣のケイトさんの部屋に行くだけだ。


 荷物はそんなに多くないから、俺とジョージが手伝ったらすぐに終わった。




 今日決まった話だから、ジョージの荷物はまだない。


 ひとり分の家具や荷物しかないから、また部屋が広く見えるようになってしまったな。


 部屋の真ん中でそんなことを考えていたら、背後からジョージ・ドッケンハイムが話しかけてきた。




「なんです? ニーサ・シルヴィアがいなくなって、寂しいんですか?」


「いや、そういうわけじゃ……。あのうるさいのがいなくなって、いきなり静かになっちゃったもんだからね……。慣れないだけさ」


「そういうのを、寂しいと言うのでは? ニーサに戻ってきてもらって、また(いっ)(しょ)に暮らしたらどうです? 僕がケイト先輩と住みますから」


「なに言ってるんだよ。そんなこと、もうできるわけないだろ?」


 ――ん?

 ジョージの奴、いま変なこと口走らなかったか?


 自分は誰と住むって?




明後日(あさって)から僕も、『デルタエクストリーム』で働きます。ここには、旧車(ヒストリックカー)レース車両の〈レオナ〉も持ち込まれるそうですね。よい勉強になりそうです」


「いきなりそんなこと言い出して、ヌコさんは雇ってくれるかな?」


「心配は要りません。僕はまだ、マリー・ルイス嬢に雇われています。給料は彼女から出ますので、タダ働きでも構いません。出向といった形になりますかね」


「ジョージは『シルバードリル』のチーフメカニックだろう? そっちはいいの?」


「まだ、聞いていませんか? 『シルバードリル』は解散しました。ドライバーが2人とも、離脱したのをきっかけにね」


「離脱!? ポールは? あのお調子者小鬼族(ゴブリン)、ポール・トゥーヴィーはどこへ?」


「今年からポールは、タカサキの自動車メーカー(ワークス)チーム『ラウドレーシング』の(いち)(いん)としてスーパーカート選手権に出場します」


「なんだってー!?」




 おおう、なんてこったい。


 ニーサにレイヴンワークスのシートを奪われた時もショックだったけど、ポールに先を越されるのも色々とくるな。




「くそ~。俺も頑張って、チューンド()プロダクション()カー()耐久に出るぞ! ……なあ、ジョージもヌコさんを説得するのに協力してくれよ。『レースの世界に、戻りましょう』ってさ」


「……その必要は、無いかもしれませんよ?」


「えっ?」




 部屋を照らすLED照明の光を受けて、ジョージの眼鏡が白く輝く。


 コイツ、何か(たくら)んでやがるな?




 いや、コイツだけじゃない。

 マリーさんもだ。


 思えば今朝の話し合いの時、彼女は妙に大人しかった。

 

 ヤンデレオーラを爆発させて、俺を拉致監禁しようとするぐらいが彼女らしい。




「まあ、今は普通に働きましょう。もうすぐ、新型〈レオナ〉3台が納車されるんでしょう? 楽しみですね」


 なんでジョージが、それを知っているんだ?


 そこまで詳しくは、お店の状況を話していないんだけど――


 ケイトさん経由で、聞いたのかな?




 ジョージは荷物を取りに、実家のあるメターリカ市へ(いっ)(たん)帰るらしい。


 部屋を出て行く奴の背中を、俺は疑念の(まな)()しで見送った。




 ちなみにその晩ジョージは帰って来なかったから、俺は1人で寝ようとした。


 だけどやっぱり、眠れなかった。




 くそう。

 俺にひとり暮らしは、無理なのか?






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 2日後から本当に、ジョージは「デルタエクストリーム」で働き始めた。


「給料は要らない」


 とジョージが告げると、ヌコさんはニチャアとした笑顔で


「ぜひ働いて欲しいだニ」


 だなんて言い出したんだ。


 ウチの社長は、本当に現金だな――




 ジョージは本職メカニックだけあって、(いっ)(ぱん)整備だろうが改造(チューニング)関係だろうがメチャクチャ仕事が速い。


 ドライバーが本職の俺とは、全然違う。


 このショップでは、俺より後輩なのに――

 ちょっぴり悔しい。




 ジョージがバリバリと仕事を捌いていくから、俺とヌコさんはけっこう(ひま)になってしまった。


 おかげで最近の俺は、テストドライバーみたいな仕事を中心にさせてもらっている。


 ショップのデモカーである旧型〈レオナ〉を走らせてデータ取りをしたり、エンジンを分解整備(オーバーホール)した車の慣らし運転をしたりね。


 この状況なら新型〈レオナ〉が納車されても、じっくり研究・改造に取り組めるだろう。


 相変わらず、ゲスト状態のケイトさんも入り浸っていることだしね。




 そんなわけで俺達は新しい〈レオナ〉――GR-9型の納車を、今か今かと待ちわびていたんだ。




 ――そして、ついにその日がやってきた。






■□■□■□■□

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 樹神暦2634年4月(アリエス)




 朝焼けの中、新型〈レオナ〉を積んだトレーラーがやってきた。


 意外にも、外から運搬中の車両が見えるキャリアカーじゃない。


 荷台が隔壁で囲まれている、パネルトラックだ。


 垂直リフトゲートに乗せられて、ゆっくりと「デルタエクストリーム」の敷地内に降ろされていく〈レオナ〉。


 まるで、レーシングカーみたいな登場だな。


 その様子を俺、ジョージ、ケイトさん、ニーサ、ヌコさんの5人で見守る。




「綺麗……」




 呆然と(つぶや)いた、ニーサの気持ちも分かる。


 なんて美しいマシンなんだ。


 最新のスポーツカーらしく、ボディパネルは(なめ)らかな曲面を多用している。


 だけど全体のシルエットは、とても鋭い。


 空気を切り裂いて、どこまでも飛んで行く――そんなイメージだ。


 ――いや。

 車だから、飛んだら困るんだけど。




 ボディカラーは先代デモカーと同じ、明るいブルーメタリック。


 そしてもう1台は、暗めのレッドメタリック。

 ヌコさんは、こっちを個人(プライベート)用にするつもりかな。


 2台の光の精霊は、朝日を浴びながら輝いていた。




 ――ん?

 2台?




 納車されるのは、3台の予定だっただろう?


 もう1台は、どこへ行った?


 運搬してきたトレーラーの運ちゃんに、ヌコさんが尋ねる。


 だけど、


「知らない、納車は2台だけ」


 の(いっ)(てん)張り。


 どういうことだ?




 全員が頭にクエスチョンマークを浮かべている間に、トレーラーは走り去ってしまった。




「どういうことなんだニか? おいちゃんの……おいちゃんの〈レオナ〉は、どこに行ってしまったんだニ?」


 私物化する気満々な言い方だな。


 マリーノ国の税法では、改造(チューニング)ショップは経費でスポーツカーを購入できる。


 だから当然、そうしたはず。


 3台とも、会社のものでしょ?




 ――と心の中でヌコさんに突っ込みを入れていると、どこからともなく澄んだ女性の声が聞こえてきた。




「おーっほっほっほっほっ……」




 うわ~。

 この高笑い、久しぶりに聞く。


 最近はあんまり、悪役令嬢ムーブしてなかったもんな。


 高笑いが途切れると、怪しい黒服の集団が湧き出てきた。


 お店の建物の陰や物置の陰、敷地内に停めてあったヌコさんの旧型〈レオナ〉の陰からワラワラと。


 黒服集団を束ねるのは、黒いレディーススーツを着てサングラスを掛けた少女だ。




 ギラギラと、朝日を反射しまくる縦ロールヘア。


 最近巻き数が減っていたんだけど、今は完全回復して見事にドリルっている。




 両脇を固める連中も、見覚えあるぞ?


 黒いスーツに身を固めると、いかにも荒事に慣れていますという雰囲気になる壮年男性。


 グレーの髪をオールバックに整えた彼も、サングラス着用。


 いつもの執事服より似合っていると言ったら、失礼だろうか?




 もうひとりは――服装見ただけで分かるね。


 どっかの変態メイドだ。


 サングラスなだけ、マシだな。


 いつぞやの蝶々仮面(パピヨンマスク)ではなくて、ホッとする。




「朝っぱらから、なんなの? マリーさん」




 全員のジトーっとした視線をものともせず、マリー・ルイス嬢は悪そうな笑みを浮かべ語り始めた。




「新型〈レオナ〉は、ワタクシがいただきましたわ。1台だけ、別の場所に運んでおりますの」


「にゃニ!? 〈レオナ〉を……おいちゃんの〈レオナ〉を返すだニ!」




 (つか)みかかろうとするヌコさんを、マリーさんは腕1本で押し戻す。


 リーチに違いがあり過ぎるなぁ――




「ヌコ様。〈レオナ〉はもう、あなたのものではありませんのよ? 借金のカタに、ワタクシがもらい受けましたわ」


『借金~!?』


 俺、ニーサ、ケイトさんの声が揃う。




「ええ、昨日が支払い期限ですのよ。新型〈レオナ〉を購入する前から、ずいぶんと膨らんでいたようですわね」


「え!? もう、支払い期限だったかニ?」


 こ――このバカ社長!

 そんな経営状況で、新車のスポーツカーを3台も購入しやがったのか!?




「……というわけで〈レオナ〉だけでなく、今日からこのお店全てがワタクシのものになります。こちらが権利証ですわ」


 突き付けられた権利証を、ヌコさんはわなわなと震えながら見つめていた。


「そんな……。おいちゃんの城が……。おいちゃんの夢が……」




 震えるヌコさんの横を通り過ぎて、黒服の男達が店の敷地中に散った。


 彼らは次々と、差し押さえの(あかし)である赤札を貼ってゆく。


 いま納車されたばかりの新型〈レオナ〉2台。

 お店の建物。

 物置。

 ゴミ箱にまで貼りやがった。


 キンバリーさんが生き生きとして貼りまくっているように見えるのは、気のせいか?


 いつの間にかジョージもサングラスを着用して、札を貼る(がわ)に回っている。


 あいつめ。

 やっぱりマリーさんの回し者だったか。




「わっ!」


 悲鳴に驚いて振り返ると、ケイトさんの(ひたい)にまで赤札が貼られている。


 続いて、隣にいたニーサの額にも貼り付けられた。


 泣いていたヌコさんには、マリーさん自ら貼り付ける。


 


 おいおい。

 マリーノ国で、人身売買は禁止だぜ。




「マリーさん。人にまで差し押さえの札を貼るなんて、どういうつもりだい?」


「うふふふ……。ランディ様は、何も心配しなくてよろしいのですわよ? ワタクシの立ち上げる新しいレーシングチームの(いち)(いん)として、馬車馬のように働いて下されば良いのです。いわば、ワタクシの奴隷ですわね。おーっほっほっほっほっ!」


「この先進国マリーノで、人をそんな風に奴隷扱いなんて……何? ケイトさん?」


 (ひたい)に札を貼られて中国のゾンビ(キョンシー)みたいになってしまったケイトさんが、俺の作業着の端っこをクイクイと引っ張る。




「なあ、ランディ君。ウチらこのまま大人しく、マリーちゃんに買われたらアカンの?」


「何を言ってるんだい、そんなことをしたら……。そんなことをしたら……?」




 そういえば何か、不都合なことってあるっけ?


 マリーさんは確かに、新チームで働けと言ったな。


 赤札が貼られている人は、全員スタッフ候補だろう。


 ニーサやヌコさんも、メンバーで間違いない。


 新型〈レオナ〉をどこかに運び去ったのは、レース車両に改造するためでは?




 ――あれ?


 このショップから、〈レオナ〉で、ヌコさんと(いっ)(しょ)にレースに出るという目標、達成できるんじゃね?




「ランディ様。大人しく、ワタクシのものにおなりなさい!」


 なんか7年ぐらい前にも、似たようなことを言われた気がする。


 あの時は聞き流したけど、今回は――




『よろしくお願いします!』


 俺、ケイトさん、ニーサの3人は、揃ってマリーさんに頭を下げた。




「裏切り者~!」


 ヌコさんが何やら叫んでいる気もするけど、聞こえない。






 顔を上げると、(ひたい)にペタリと赤札が貼られた。


 満面の笑みを浮かべた、マリーさんから。






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[良い点] マリー様、最近しおらしくなったと思ったら、とんでもないことを画策していたと見せかけて、みんなのプラスになる金に物を言わせるやりかた(笑) 味方につけるとめちゃくちゃ頼りになるのもそうですが…
[良い点] タカサキの自動車メーカーワークスチーム、『ラウドレーシング』 やっと気付きましたよあきらさん! 社長はきっとあきらさんなんでしょ! タイジはいませんか!?
[一言] 完全回復してドリルってるマリーさんFoooo! こうきましたか。 これで、ランディは、マリーのもの!!
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