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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター4

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105/195

ターン105 土下座の進化が止まらない

■□???視点(オンボード)■□




(きみ)の剣となり、盾となる。つらい時には、心の支えになる。だから、(そば)にいさせてくれ」




 彼は確かに、そう言った。


 そして言葉通り、いつも私の力になってくれた。




 さらりとした黒髪。


 深みを感じる、黒い瞳。


 見ているだけで心が洗われる、(せい)(ひつ)な白い装束と鎧。




 遠いところから、私を助けに来てくれた英雄。

 

 彼はいつも、私に微笑みかけてくれた。


 大きな使命を抱え重責に押し潰されそうだった私を、普通の女の子扱いしてくれた。


 優しく(いや)してくれた。




 私は――幸せだった。


 彼さえそばにいてくれたら、もう使命など――




 だけどある時、彼は私の前からいなくなった。




 空中にぽっかりと空いた、黒い穴。


 その穴が、彼を飲み込もうとする。


 彼は必死に手を伸ばし、悲痛な声で何度も私の名前を――




「い……いや……。お願い、()めて……」




 彼の(もと)へと駆けつけ、その手を(つか)みたいのに――


 体は全く動かなかった。




 お願い!

 動いてよ、私の体!


 でないと彼が――


 手が届かないところに、彼が――




 行かないで!






■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






■□ランドール・クロウリィ視点(オンボード)■□





「行かないで!」


「おわっ!」




 ニーサの寝顔を覗き込んでいた俺は、突然の叫び声にビックリして()()ってしまった。


 誤解しないで欲しい。


 別に、()(らち)な真似をしようとしていたわけじゃない。


 ニーサの奴がやたらとうなされていたから、やむを得ず居住スペースを区切るカーテンを開けて様子を見にきたんだ。




「はあ、はあ、はあ……。ランドール?」


「ああ、俺だ。大丈夫か? 相当うなされていたみたいだけど……」


 おまけに涙まで流している。


 よっぽど(つら)い夢でも見たのか?




「……なんでもない」


「体調は?」


「大丈夫、健康だ。……あっ」


 ニーサは起き上がり、自分の体のあちこちを触って異常がないかチェック。


 その途中で、気づいてしまった。


 寝間着の前を()めるボタンが外れ、胸元がはだけてしまっていることを。


 無駄にデカいから、そうなるんだよ。




 紳士な俺は目を逸らしていたんだけど、逸らすだけじゃニーサにとって不充分だったようだ。




「ランドール。なにか、言い残すことはあるか?」


「俺は何も悪くない」


「そうか……。では、死ね」




 全くかみ合っていない会話の(のち)、轟音を上げながら拳が飛んできた。


 明らかな殺人パンチだ。


 ウチのオズワルド父さんや、眼鏡を外してマッスルモードに突入した時のジョージに匹敵する威力だろう。


 ニーサ達竜人族(ドラゴニュート)は、この世界(ラウネス)最強の戦闘種族だって話だからな。


 鬼族(オーガ)や獅子獣人の上をいく存在らしい。




 スピードも威力も凄まじいニーサのパンチだったけど、当たらなければどうということはない。


 俺は自慢の動体視力と反応速度で見切り、首をひねって難なくかわす。




 そこへ視界の端から、金色に輝く物体が飛んできた。


 (むち)のようにしなるそれは、ニーサの尻尾だ。


 すでにパンチを回避する体勢だったから、これ以上は避けられない。




 ふん。

 パンチは(おとり)か?


 甘く見るなよ?




 俺は右手で、ニーサの尻尾アタックを受け止めた。


 ガッチリと、握り締めて。




「ひゃあん♡ なっ……! 貴様、なんということを!?」




 胸元をさらけ出した後も、冷静に俺を殺しにきたニーサ。


 だけど今度は顔を真っ赤にして、フルフルと震えている。


 その理由に気づき、俺は血の気が引いていくのを感じた。




 獣人やドラゴニュートなど尻尾を持つ種族にとって、そこはとてもデリケートな部位。


 恋人や伴侶以外には、決して触らせないという。


 つまり俺が今やっていることは、痴漢行為と言っても過言じゃない。




 ――土下座しかない。




 優れた動体視力を持つ元ワークスドライバーのニーサでも、認識できないほどに素早く。


 そして、サーキット専用レーシングカーのベッタベタな車高より低く。


 俺は全身全霊をかけて、土下座をキメた。


 一昨年(おととし)ケイトさんにやった時のノウハウを元に、さらにバージョンアップして洗練された土下座だ。




「……わ、忘れてやる。今のは事故だ! 尻尾で殴りかかった私にも、非がある」


 そう言われたらそうだ。


 そもそも獣人や竜人族(ドラゴニュート)達は、なぜそんな大事な部分を服の外に出しているんだろう?


 ――わからん。




 俺達は気まずい雰囲気のまま、お互いに早朝のロードワークを済ませて朝食の準備をした。




 今朝の料理当番はニーサだけど、俺も食材や食卓、食器の準備を手伝う。


 コンビネーションは完璧だ。


 お互いの作業を全く邪魔することなく、最速で朝食ができあがっていく。

 

 (いっ)(しょ)に住み始めてから3週間。


 ニーサの家事の腕は、飛躍的に向上していた。




 カリっと焼き上げたベーコンエッグ。


 綺麗に盛り付けられたサラダ。


 そして、ふっくらと焼き上げたトーストが今朝のメニューだ。




 ふん。

 なかなかやるじゃないか。






■□■□■□■□

□■□■□■□■

■□■□■□■□

□■□■□■□■






「ランディとニーサが来て楽になるかと思ったら、逆に忙しくなってるのはなんでだニ~!」


「繁盛しているんだから、文句は言わない。さあヌコさん、手を動かしてよ」


「ふニ~」




 とてもありがたいことに、改造(チューニング)ショップ「デルタエクストリーム」は大繁盛中だ。


 まず、経理と事務担当で入ったニーサ。


 こいつ家事は全然できなかったクセに、仕事は最初からかなりデキた。


 時々営業までやるようになって、次々と仕事を持ってくる。


 おかげで実際に車を触る俺とヌコさんは、相当忙しい。




 ニーサ目当てで、お店に来るお客さんもいる。


 あいつ、見た目だけはいいからな。


 男は苦手らしく、対応はしょっぱ過ぎるぐらいに塩対応なんだけどね。


 そこがまた、ウケているらしい。


 ――意味わかんないよね。




 男性客ばかり増えるのかと思いきや、女性客も増えた。


 この世界では女性走り屋人口も、男性と変わらないぐらい多い。




 なぜか下っ端従業員である俺に、やたらとお姉さん走り屋達が声を掛けてくる。


 う~ん。

 ヌコさんの方が、俺よりずっと車に詳しいんだけどなあ。


 やっぱり見た目が子供だから、俺の方がベテランに見えてしまうんだろうか?




「ランディ(くん)。走り屋のお姉さん達相手に、鼻の下を伸ばしとったらアカンで」


 今日はケイト・イガラシさんも、お店に来ていた。


 軽自動車で隣のメターリカ市からやってきては、ウチのデモカーである青い〈レオナ〉をヌコさんと(いっ)(しょ)にいじくり回している。


 いや。

 最近のヌコさんは仕事で忙しいから、ケイトさん主導になっているな。




 ケイトさんは、ウチの従業員じゃない。


 だからお客さんが来ようが俺とヌコさんとニーサがバタバタしていようが、ずーっとデモカーをいじっている。


 時々ケイトさん(じるし)空力部品(エアロ)を装着したお客さんから、使用感を聞き取り調査したりしてるみたいだけどね。


 ――就職活動は、ちゃんとしているんだろうか?


 彼女なら(いっ)(ぱん)企業に入社しなくても、どっかのスーパーカートチームがエンジニアとして雇ってくれそうだけどなぁ。




 整備用ピットで作業している俺の隣で、今日もケイトさんはノートパソコンをカタカタと操作している。


 デモカー〈レオナ〉のエンジン()コントロール()ユニット()を、セッティング中だ。


 ケイトさんはキーボードを打つ手を止めて、変なことを言ってきた。




「ランディ君、聞いとるん? やっぱり隣の市で遠いからって、マリーちゃんの監視が外れたのは良うないな。変な女が群がってくるし、ニーサちゃんとオフィスラブに発展しないか心配や」


「なんでニーサが出てくるんだよ? あいつとの仲は、相変わらず良くないよ?」




 (いっ)(しょ)に住んではいるけどね――なんて言ったら、ケイトさんはどんな顔をするんだろうか?


 この歳で同い年の異性と同居してるなんて、絶対にケイトさんやジョージ、マリーさんには知られたくない。


 家族にもだ。


 多分シャーロット母さんは激怒するし、オズワルド父さんは泣くだろう。


 ヴィオレッタは――想像したくないな。




「そういえば、なんで仲悪いん? 女の子相手なら無条件で優しいランディ君が、ニーサちゃんにだけ突っかかるのは怪しいで?」


「ああ。なんでか分からないけど、アイツを見ていると気分が悪くなるんだ。なんか……こう……心臓が締め付けられるような感じ?」


「はあ? それって、恋のドキドキなんちゃう?」


「気持ち悪いことを、言わないで欲しいね。こんな不快な気分が恋だっていうんなら、世の中のカップルはもっと殺伐とした関係になっているよ」


「そいつは悪かったな、ランドール。だが、不快な気分は私も(いっ)(しょ)だ。お互い様だろう?」


 事務所と整備工場を繋ぐドアを開けて、呼ばれてもいないのに出てきたのはニーサ・シルヴィアだ。


 ちっ。

 そんなレディスーツ姿で工場に入ってきて、汚れても知らないからな。




「お~。ニーサちゃん、お疲れ様。なんやねん。ニーサちゃんは、ランディ君()らへんの? ウチが、もらっていってエエ?」


「こんなのは、お金を払ってでも引き取って欲しいですよ。……ケイトさん。デモカーの〈レオナ〉、これで仕上がったんですか?」


「ひとまずは、これで完成や。みんな忙しくて、サーキットでのテスト走行に行けなかったんが不安要素やな。(いち)(おう)、低速域の公道テストでトラブルは出てへんけど……。午前中1時間のフリー走行で、どれだけ詰められるか……」


「まあ、私に任せて下さい。ヌコさんとケイトさんが手掛けたマシン、しっかり性能を引き出してみせますよ」




 ――ん?

 ちょっと待て。




「なんでニーサが、『任せて下さい』なんだ? ドライバーは俺だぞ?」




 するとニーサは、憐れむような瞳を俺に向けてきた。




「ランドール。私に2回もシートを奪われて、気の毒だとは思うが仕方ない。マシンは1台しかないのだから、速い(ほう)のドライバーが乗るのは当然だ」




 ――こいつは俺を怒らせる天才だな!




「誰が速いって? パラダイスシティGP(グランプリ)では予選最下位だった奴が、やけに自信満々だな」


「そのレースで、1周も走り終えずに事故(クラッシュ)した奴は誰だ?」


「あんなの誰だって、避けられるもんか!」




 バチバチと、スパークプラグみたいに火花を散らす俺とニーサ。


 そこへ、声が割り込んできた。




「2人とも、喧嘩はやめるだニ」




 トコトコと走り寄ってきたのは、このデモカーの持ち主(オーナー)


 当ショップの経営者でもある、ヌコ・ベッテンコート社長だ。


 ドライバーの決定権は、彼にある。




「今週開催される、『オプティマスフライングラップ』で走るドライバーは……」




 もったいぶりながら、俺とニーサを交互に見るヌコさん。


 やめてくれ! 


 テレビ番組であるような、無駄に長い焦らしは。






「2人とも、走ってみるだニよ」






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[良い点] ドライバーの優劣を、不可抗力を引き合いに出して比べられることが頭にくるのは分かる気がすると思いながら、感想欄を覗いたら、水渕成分さんの感想と感想返信でどうでも良くなりました。 その例えは…
[一言] 尻尾はデリケートな場所にも関わらず、それを武器に殴りかかったと。しかも常時出しっぱなしと。 ということは、人間族に例えれば、「おっぷぁい」を常時放り出し、それを使って、相手を殴ろうとしたとい…
[一言] 神速土下座のランディ! まさか腕を磨いているとは。 それで許されちゃうのもねぇ〜。 10トンハンマーとかでガツンとやっちゃってもいいのに!!
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