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【ユグドラシルが呼んでいる】~転生レーサーのリスタート~  作者: すぎモン/詩田門 文【聖ドラ改稿中】
セクター4

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102/195

ターン102 オーバータバスコ

 いつの間に用意されたのか、ピット内には折り畳み式の椅子とテーブルが設置されていた。


 そのテーブルを挟み、向かい合っているのはヌコ・ベッテンコートさんとケイト・イガラシさんの2人。


 眠りフクロウ(スリーピングアウル)のショウヤは、〈レオナ〉の屋根(ルーフ)に止まって眠り始めていた。




「本当はロールケージ組んで、スポット溶接増しもして、ガッチリ車体(ボディ)に仕上げる予定だっただニ」


 涙ながらに語るヌコさんと、ハリセンで自らの肩を軽く叩きながら威圧感を放つケイトさん。


 卓上に置かれた小さなスタンドの明かりが、2人を照らしていた。


 ノリは完全に、刑事ドラマ。

 しかも、かなり昔のヤツだ。




「車体や足回りに回すお金が足りないと気づいた時、それに合わせてエンジンのパワーを引き下げなかったのはなんでなん? TPC耐久に出ていたショップなんやろ? そっちの(ほう)がバランス良うなって、タイムが速くなるんは分かっとったはずや」


「そこはロマンだニ!」


 泣き顔から(いっ)(しゅん)で爽やかスマイルに切り替わって、そう言い放ったヌコさん。


 だけどケイトさんが机をハリセンで叩いて()(かく)したら、再び泣き顔に戻ってしまった。




「だって……だって……資金不足に気づいた時には、もうエンジンは組み上げてしまっていただニよ~! おいちゃんの夢が詰まった、3ローターターボエンジンなんだニ!」


「「3ローター!?」」




 俺とケイトさんは、驚いて顔を見合わせた。


 確認のために〈レオナ〉のボンネットを開け、エンジンルームを覗き込んでみる。




 うわ~。

 本当に、ローターが3つある。


 ここ2週間で、ロータリーエンジンのことはけっこう調べたから分かる。


 これは無茶だ。


 本来〈レオナ〉のターボグレード車に搭載されているのは、2ローターエンジン。


 ロータリーエンジンはローターという部分を追加することで、比較的簡単に排気量をアップさせて出力向上を図れる。


 だけどエンジンが重く、長くなるから、重量バランスは悪化する。


 それに排気量が1.5倍にもなるから、明らかな過剰出力(オーバーパワー)だ。


 生半可な改造(チューン)では、足回りやタイヤ、車体(ボディ)が受け止められない。


 どうりで、無茶苦茶な操縦性(ハンドリング)だったはずだよ――




「ウチが特に気に入らんのは、空力部品(エアロ)や。なんやねん、あの時代遅れのだっさいデザインは? カッコ悪いだけやのうて、ごっつ効率も悪いで? 空気抵抗(ドラッグ)ばっか増えて、ダウンフォースもほとんど出てへんのちゃう?」


「ダサいって言うなだニ! あのHYACH(ヒャッハ)ブランドのエアロは、大人気商品だニよ! おいちゃん達世代の〈レオナ〉乗りは、みーんな装着していたんだニ!」




 ごめん、ヌコさん。


 正直、俺もダサいと思う。


 なんかシルエットが、暴走族みたいで――


 大学で流体力学を専攻しているケイトさんから見れば、すっごい無駄な空力部品(エアロパーツ)なんだろうな。




「とにかく、こんなマシンにランディ君は乗せられへんな。帰ってイチからやり直しや! 空力部品(エアロ)はウチが、図面を引く。エンジンは2ローターに戻して、タービンももっと小さくするで。最大出力(ピークパワー)よりも、反応(レスポンス)と中速回転力(トルク)を優先や」


 ――なんで、ケイトさんが仕切っているの?


 経験豊富な改造屋(チューナー)である、ヌコさんを差し置いて。


 だけどヌコさんも弱々しく、「わかっただニ」と同意してしまった。


 それで、OKなのか?




 確かにケイトさんが空力部品(エアロ)を設計してくれるなら、すごく良いものができそうだ。


 スーパーカート時代にケイトさんが設計した空力部品(エアロ)は、(ハイ)ダウンフォース、少ない空気抵抗(ロードラッグ)、エンジンの冷却効率良しと、自動車メーカー(ワークス)マシン顔負けの性能だった。


 市販のスポーツカー用でも、彼女のセンスなら――




 ――あっ。

 でも、気になることがあるぞ?




「ねえ、ケイトさん。手伝ってくれるのは凄く助かるし、嬉しいんだけど……。就職活動で、忙しいんじゃないの?」


「……ええねん! 就活なんて、余裕や。もう決まったようなもんやで!」




 ――あやしい。


 自分の嘘はすぐバレてしまう俺だけど、他人の嘘には敏感だったりする。

 ヌコさんに騙されたのは、改造(チューニング)(カー)業界の知識がなかったからさ。


 だけどケイトさん本人が大丈夫だと言っているんだから、その言葉を信じるしかないだろう。




「はいはい! 撤収や! 片付けるで!」


 ケイトさんの音頭で、片付けが始まる。


 ヌコさんは釈然としない表情だけど、黙々と手を動かしていた。






■□■□■□■□

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 メイデンスピードウェイから帰宅した俺は、自室で机に向かっていた。


 そんな俺の肩越しに、ヴィオレッタが手元を覗き込んでくる。




「お兄ちゃ~ん、晩御飯できたわよ~。……あれ? 学校の勉強してるの? 珍しい」




 俺が普段は全然勉強していないような言い草だけど、それはちょっと違う。


 授業中は極限まで集中しているし、宿題のほとんどは学校にいる内に済ませてしまうんだ。


 放課後の時間は、バイトやモータースポーツ関連の勉強、トレーニングに当てたいからね。


 自宅でも教科書を開いているのが、珍しいってこと。




「ああ、勉強というか……。俺、今年で基礎学校(ベーシックスクール)を卒業しようと思うんだ。そのための課題をやってる」


「えっ!? 早期卒業試験を受けるの?」




 このマリーノ国の義務教育である、基礎学校(ベーシックスクール)


 普通は12年制だけど、例外もあるんだ。


 学校側の推薦を受け、提出課題と試験をクリアすれば、飛び級したり早く卒業したりできる。


 しかも日本の早期卒業と違って、中退扱いにならない。




 実をいうと転生者である俺には、初等部の頃から飛び級の推薦があった。


 だけど、同い年の友人がいなくなるのは寂しかったしな。


 どうせ学年だけ上がっても、16歳になる年まではアルバイトでレース資金を稼ぐこともできやしない。


 だからそのまま、普通に進級していた。


 ただ最近は、学校に通っている時間がもったいないと思う。


 もちろん通常の卒業年齢である18歳までは、就けない仕事も多い。


 それでも学校に行ってる時間もバイトをすれば、もっと稼げるのにとは考えていた。


 だから10年生になってすぐから、早期卒業の準備を進めていたんだ。


 強くてニューゲーム人生の俺だけど、さすがに高等部ともなるとね。


 それなりに勉強しなきゃ、飛び級や早期卒業はできない。




「今までは、普通に進級していたじゃない。どうして急に?」


「実は……さ……。卒業したら家を出て、住み込みで働こうと思っているんだ。ヌコさんの改造(チューニング)ショップ、『デルタエクストリーム』で」


「ダメ! 却下! その話は無し!」


 ヴィオレッタは俺の台詞にやや被せるように、既視感のある台詞を吐いた。




「ヴィオレッタ、分かってくれ。俺も家族と離れるのは、寂しいけど……」


「嫌よ! 分かりたくない! どうして家を出る必要があるの? ここから通えばいいじゃない!」


「いや。さすがに隣の市だと自転車じゃ時間がかかり過ぎるし、適当な中古車を買うお金もないし……」


「お兄ちゃんのバカ! バカ! バカ! もう知らない! バカ!」


 クアッドバカを投げつけてきたヴィオレッタは、走って部屋から出て行ってしまった。


 はぁ~、やっぱり怒ったか。


 でも、仕方ないよな?




 俺は自室を出て階段を降り、キッチンへと向かった。


 ありがたいことに、晩御飯は準備済みだ。


 隣の席に座っているヴィオレッタは、俺と目を合わせようとしない。


 ふくれっ(つら)も可愛いんだけど、機嫌直して欲しいなぁ――




 早期卒業と家を出る件は、まだオズワルド父さんとシャーロット母さんには話していない。




 夕食のパスタが半分まで片付いたところで、俺は両親にこれからのことを話し始めた。




「父さん、母さん、実はさ……」


「……そうか。家を出るのか」


「私は反対よ! 家を出る必要があるとは、思えない! 改造(チューニング)ショップで働いたところで、お兄ちゃんのレース経歴(キャリア)にプラスになるとは思えないし」


「そうね……。そこは私も気になるわ。ランディ。どうしてヌコさんのショップで、働こうと思ったの?」


 母さんに理由を聞かれて、俺はちょっと言葉に詰まった。


 ひどく(あい)(まい)で、合理的じゃない理由だから。




「なんか……さ……。呼ばれているような気がするんだよ。あの長い尻尾と翼を持った、猫の絵にね」


 おとぎ話に出てくる、光の精霊レオナ。


 「デルタエクストリーム」のシャッターに(えが)かれていたそのシルエットが、妙に俺を惹きつけて離さない。


 そして、その名を冠したシャーラ社のスポーツカー〈レオナ〉。


 この車にも、不思議な縁を感じていた。




「ランディ、俺は……。お前が決めたことなら、応援したい。思った通りにやってみろ」


「お父さん!」


 ヴィオレッタが、抗議の声を上げる。


 いつもの父さんなら、可愛い娘の言うことには首を縦にしか振れない。


 だけど今日は、首を横に振った。




「よせ、ヴィオレッタ。お兄ちゃんはこれから、大事な挑戦(チャレンジ)をするんだ。引き()めたらダメだ。ダメなんだよ……。ううっ、うぉおおおおん!」


 久しぶりに、父さんが号泣しているのを見たな。




 母さんはさすがというか、冷静な表情のまま手元のパスタにタバスコを振りかけていた。


「あなた。ヴィオレッタ。2人とも、落ち着きなさい。ランディも準備があるし、今すぐ出て行くわけじゃないんでしょう?」


「ああ。早期卒業試験を受けるのは9月(ヴァルゴ)。結果が出るのは10月(ライブラ)。卒業できたら遅くても、11月(スコーピオ)には家を出るよ」


「そう……。思ったよりも、早いのね……」


「……! ちょっと! お母さん! タバスコ! いったいどれだけかけるのよ!」


「あら、いけない」




 母さんが振りかけていたタバスコの小瓶は、いつの間にか(から)になっていた。


 オーバータバスコで、真っ赤に染まったパスタ。


 とても、食べられたもんじゃない。




 その(あと)はなんとなく気まずい雰囲気のまま、夕食は進んだ。




 俺が食後にシンクで食器を洗っていると、母さんが隣にきた。


 食器の泡を、綺麗に(すす)いでくれる。




「寂しく……なるわね……」




 ぽつりと(つぶや)いた、母さんのひと言。


 その言葉に、俺は言いようのない罪悪感を覚えた。




「ゴメンね、親不孝な息子で」


「なにを言ってるのよ。私と父さんが、子離れできていない半人前な親ってだけ」




 水道の蛇口を閉めた母さんは、俺の瞳を見上げた。


 いつの間にか、俺の方がずっと背が高くなっていたな。






「走り続けなさい、ランドール・クロウリィ。あなたはレーシングドライバーなのだから。そしてどこへ行っても、私と父さんの息子なのだから」






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本作にいただいた、イラストやファンアートの置き場
ユグドラFAギャラリー

この主人公、前世ではこちらの作品のラスボスを務めておりました
解放のゴーレム使い~ロボはゴーレムに入りますか?~

世界樹ユグドラシルやレナード神、戦女神リースディースなど本作と若干のリンクがある作品
【聖女はドラゴンスレイヤー】~回復魔法が弱いので教会を追放されましたが、冒険者として成り上がりますのでお構いなく。巨竜を素手でボコれる程度には、腕力に自信がありましてよ? 魔王の番として溺愛されます~

― 新着の感想 ―
[良い点] HYACHブランド! きっと素晴らしいブランドに違いないですね!
[一言] クアッドバカとかオーバータバスコとか、センスあるワードですねぇ。 冷静を装ってるようでもオーバータバスコしちゃうくらいなんですよね。 からの >「走り続けなさい、ランドール・クロウリィ。あ…
[一言] いい家族ですね。泣けそうです。
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