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告白

「イェレミアスが死んだら二人がそんなに悲しむだなんて思わなかったから、軽い気持ちで死なせてしまいました……本当に、ごめんなさい」


 腰を九十度近くまで深く曲げた最敬礼。


 おそらく、ヤルノは心から反省して謝っているのだろう。しかしだからこそ、だからこそ。


「な……なぜ、今になって、そんな」


 ギアンテは激しく動揺した。


 彼女自身、自分の心を守ってきたのだ。夢と(うつつ)の境を彷徨う事で、罪の意識から逃れ続け。しかし彼の心からの謝罪が、はっきりと彼女と、彼女の罪とを向かい合わせた。


「ごめんなさい」


 頭を深く下げたまま、再びヤルノは謝った。


 それはまるで、家にある壺を割ってしまった幼子のようだった。


 他人から見れば大したことがなくとも、「壺を割ってしまった事」は幼子からしてみれば一大事なのだ。取り返しのつかないミス。隠し通せるか、いや、そんなことは無理だ。出来ればこのまま嵐が通り過ぎ去るのを待つように頬被りしたい。それでも意を決し、勇気を出して謝る。


 そして彼にとっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、これは取り返しのつかない事だったのだろう。


 悪いことをしたから謝る。ヤルノは当たり前のことを、当たり前のようにしたに過ぎない。


「許してなんて言うつもりはありません。謝ったって、イェレミアスは返っては来ないんですから」


 割れた壺が元には戻らないように。


「なぜ、今更そんな……」


 ギアンテはへなへなと崩れ落ちてその場に膝をついた。


 クロークの中で護身用に持ってきていたナイフを握り締めた。


「よくも王子を」


 恥知らずにもそう言って切りかかればよかっただろうか。


 しかし王子を殺したのはほかでもない、ギアンテ自身なのだ。


 ヤルノはギアンテに謝り、罪の意識が多少は晴れたかもしれない。たとえ許されずとも、イェレミアスが返ってこずとも。彼にとっては人の命などというものはその程度のものなのだ。


 しかしギアンテはどうすればいいのか。


 王子が死んだその一番の原因。それを誰か一人に求めるとしたならば、それは間違いなく彼女だ。


 もし彼女が剣を抜かなかったら。ヤルノを殺すことに反対したら。王別の儀の森の中、ヤルノの提案に乗っていたら。影武者作戦などしなかったら。


 踏みとどまれる場所はいくつもあった。他ならぬ彼女の邪智こそが、最愛の人であるイェレミアスを殺したのだ。


 謝る相手が一体どこにいるというのか。ヤルノか、王妃インシュラか、そのどちらも違うだろう。真に謝るべき相手、イェレミアス王子はもういない。下男に担ぎ上げられ、穴に放り込まれて、誰か分からないように体を焼かれ、もう土の下だ。可哀そうなイェレミアス。彼が死んだことすら誰も知らない。


「ああ、ああああ……」


 膝をついたまま、彼女は泣き出した。


 悪さをした幼子が、謝る言葉すら見つけられず自らの悪事を後悔するかのように。


 まだ収まらぬ暴徒の喧騒の中、ただただひたすらに泣きじゃくった。大声を出してしゃくりあげ、拭う袖をびしょびしょに濡らしながら。


「ギアンテ」


 何を思ったのか、ヤルノがその慟哭をどうとらえたのかは分からないが、彼は彼女の前に両膝をつき、優しく抱きしめた。


「大丈夫です、ギアンテ。僕がついています。僕はずっと、ギアンテの味方ですから」


 もはや何が悪いのか、誰のせいなのか、そんなことを考える力も失っていた。いや、考えれば考えるほどに分からなくなるから、考えるのをやめたのかもしれない。


 ただ一つだけ言えることは、自分は間違った選択をしたという事。その結果最愛の人を失ってしまったのだという事。


 ギアンテは何も口から発せず、ただ力強くヤルノを抱きしめ返した。いや、流されないよう、しがみついていたのかもしれない。


「なぜ……」


 苦し気に声を絞り出すギアンテ。


「なぜ、ヤルノはここへ来たんですか。あなたの力なら、国の(くびき)など振り払って、どこかで一人で生きていくこともできたはず」


 普通に考えれば、ヤルノに選択肢などなかった。しかし彼の実力と才覚があれば身柄を押さえに来た騎士団など出し抜いて、逃げ出す方法などいくらでもあったはず。


 最初から影武者に使うという事は分かっていたはず。ならば、ついていけばいつか必ず殺されるのだという事も分かっていたはず。その場で逃げ出す方が、イェレミアスと入れ替わるなどという作戦よりも、よほど安全だったはず。


「一人で、生きていきたくなかったからです」


 ギアンテの顔を両手で包み込むように支え、その瞳を真っ直ぐ見ながらヤルノは答えた。


「直感でした」


 周りの喧騒の中、ギアンテにはヤルノの声しか聞こえていなかった。まるで静寂の中、二人きりで話しているような感覚があった。


「あなたなら、僕に『愛』を教えてくれるんじゃないか、そう思ったから」


 言い終えると、呆然としたままのギアンテを立ち上がらせ、強く手を握ってヤルノは語り掛けた。


「ギアンテ、この国を離れましょう。一緒に。どこか、遠くに。誰も僕達の事を知らないどこかへ、逃げましょう」


 もう一度、あの言葉を。


 以前は拒否された、王別の儀の際にリィングリーツの森で彼女に行ったあの言葉を。


 もう二度と、失わないために。今度こそ、一から全てをやり直すために。



『逃がさんぞ』

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