第65話 どうか憂いのない時代に
戴冠式の翌日。レアンドラ城の謁見の間。証人としてアルメリア王家の重臣たち――その中には義兄エミリアーノもいる――が並ぶ中で、ウィリアムは主君となったミランダ・アルメリア女王の前で片膝をつき、首を垂れる。
「――よって、今このときをもって、アーガイル家当主ウィリアムにアルメリア王国侯爵位を下賜する。この地位は子々孫々に至るまで受け継がれるものとする」
「女王陛下より賜る地位に心より感謝し、この恩寵にお応えすべく、子々孫々に至るまでアルメリア王家に一層の忠誠を捧げることをここに誓います」
宝剣で両肩を軽く叩かれ、女王の宣言を受けた後、ウィリアムは文言を述べた。
この儀式をもって正式に侯爵となり、立ち上がったウィリアムに、ミランダは微笑で語りかける。
「これでようやく、卿との誓約を果たすために一歩前進を成した。待たせたな」
「いえいえ、そんな……今回の陞爵、誠に光栄の極みと存じます、陛下」
かつて。ウィリアムがアルメリア家の陣営を選び、このレアンドラ城を訪れたとき。ミランダは将来のアルメリア家とアーガイル家の姻戚関係構築を約束した。そうなれば、アーガイル家の格も相応に上がり、いずれ公爵家となる。今回の陞爵は、そこへ向けた重要な一歩だった。
ミランダが独立した王国の君主となったことで、国内の貴族たちの爵位を変えることも可能となった。それに伴い、最初に陞爵の儀式を受けたのがウィリアムだった。この後、新たに伯爵位を得るトレイシー・ハイアット子爵や、逆に伯爵位へと降爵するシャーロット・レスター公爵なども儀式を受ける予定だという。
「君主家に返り咲いた我がアルメリア家にとっても、侯爵位を得たアーガイル家にとっても、新たな歩みを始めるときだ。どうかこれからもよろしく頼む、ウィリアム・アーガイル侯爵」
「こちらこそ、よろしくお願い申し上げます。陛下の御為に尽くし、アルメリア家と共栄を成してまいります」
親愛の証として手を差し出され、ウィリアムも応える。
君主家となったアルメリア家から、せっかく得ている親愛と信頼。アーガイルの家名と領地領民を、家族と自分自身を守り抜いていくためにも、これからも大切にしなければならない。
・・・・・・
「きゃははっ! まっきみぃあーん!」
「ほらほら、あまり揺らしたらマクシミリアンが可哀想でしょう。それに甲羅から落ちたら危ないわよ」
アーガイル侯爵領、領都フレゼリシア。冬のフレゼリシア城内で、キンバリーはリクガメのマクシミリアンにまたがって遊んでいた。ジャスミンはその隣に寄り添い、まだ幼い愛娘が怪我などしないように見守る。
一歳になったキンバリーは、少しずつ簡単な言葉を話すようになってきた。つかまり立ちもできるようになり、自分で歩き出す日もそう遠くない。
「懐かしいねぇ。僕も小さい頃は、よくマクシミリアンに乗せてもらってたよ」
「ふふふ、今のうちだけできる触れ合い方ね。私がここに来たときはマクシミリアンに乗るには大きすぎたから、あなたとキンバリーがちょっとうらやましいわ」
ウィリアムが呟くように言うと、ジャスミンは微笑して答える。
マクシミリアンは自身の背中に座る幼い家族を気遣うように、あまり身体を左右に揺らさず、普段にも増してゆっくりと歩く。賢い彼は、自分が今キンバリーと遊んでやっているのだと理解している。時おり、まるで彼女をあやすように身体を上下させ、それに喜んだキンバリーがはしゃぐ。
「平和だなぁ。こんな平和が、この先もずっと……とはいかなくても、できるだけ長く続いてほしいねぇ。キンバリーには、できるだけ穏やかな時代の中で成長してほしいよ」
「きっと大丈夫よ。動乱の時代も一段落して、アルメリア王国の周りに敵はいないわ。この先も当面平和が続くはずよ。それに、アーガイル侯爵領は王国の中でも奥まった場所にあるから、キンバリーはずっと平和な環境にいられるわよ」
しみじみとウィリアムが言うと、ジャスミンは夫を安心させるように語った。
「そうだねぇ。そう願うよ……願うだけじゃ駄目か。平和が続くように、僕も領主として頑張っていかないとねぇ。侯爵にもなったことだし」
この地がアーガイル侯爵領と呼ばれるようになり、早くも一か月ほどが過ぎた。領地運営は順調そのもの。領都フレゼリシアの拡大は着実に進み、移住者たちも元々の領民たちと問題なく融和している。家令エイダン、領軍隊長ロベルト、傍仕えのアイリーンに親衛隊長のギルバート、その他の家臣たちも、皆がウィリアムの領地運営を良く支えてくれている。
もうすぐ新たな年が始まる。アルメリア王国アーガイル侯爵領も、新たな一年を、そして新たな時代を迎える。
新時代はどうか、できるだけ憂いのない平穏なものになってほしい。愛する家族に囲まれながら、ウィリアムは心からそう願う。
ここまでで『ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~』はひとまず完結となります。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
この先のお話についても一応ぼんやりとした構想はあるので、「第一部は完。第二部の開始は未定」と思っていただければ幸いです。
また、本日から新しい作品『うちの村だけは幸せであれ ~前世の知識と魔法の力で守り抜け念願の領地~』の投稿を開始しました。
自分の城や領地を持つ夢を叶えられずに現代日本での人生を終えた主人公が、異世界に転生して念願の領地を手に入れ、発展させるために奮闘するお話です。
私の商業作家としての原点『ひねくれ領主の幸福譚』に近いテイストの作品かなと思っています。よろしければご覧ください。




