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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第二章 新しい隣国の選び方

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第63話 面子

 レグリア王家との会談によって、アルメリア家、ヴァロワール家、キルツェ家の独立に関する詳細が定まった頃。各陣営の軍勢がそれぞれの勢力圏に帰還する前に、トリエステ城の大広間にて宴が開かれた。

 ロゼッタ・レグリア第一王女の勝利と次期女王への即位が決まったことを祝う戦勝の宴。言わば内戦終結の区切りとなる晩餐会の会場には、戦いに参加していた将たち、すなわち大陸東部の有力貴族の大半が集うことになった。会場の装飾や、並んだ料理と酒も、集った顔ぶれにふさわしい豪華極まるものとなった。


「何だかんだで、レグリア王家はやっぱり凄いですねぇ。まだ王国中央部どころか王都の掌握も完全には終わってないでしょうに、こんな豪華な宴を開くなんて」

「本当ですね……たとえ家内が苦しい状況だったとしても、自家のために軍を率いて集ってくれた貴族たちに相応の感謝を示すことで誇りを守り、同時に自家の権勢の大きさを示したい。そんなレグリア王家の意地が垣間見えます」


 宴の出席者の一人であるウィリアムが言うと、隣にいたトレイシー・ハイアット子爵が頷く。


 このような宴を開き、出席者たちに酒や料理を振る舞う行為の意味は、単なる客人へのもてなしには留まらない。太っ腹なもてなしをなすことで、自分と相手双方の誇り、すなわち面子を守る意味合いもある。また、広くて綺麗な会場を自前で整え、惜しみなく金を使って客の喉を潤し腹を満たしてやれるほどに自分の家は凄いのだと、周囲に示す意味合いも大きい。

 王侯貴族は舐められたらおしまいである以上、宴の場もまた一種の戦場。主催者は自家の威信を示し、出席者は会場や酒や料理を見て相手の権勢を推測する。


 自分に助力してくれた他陣営の貴族たちにロゼッタが戦勝祝いの場も用意できなければ。用意する以上は有力貴族たちをもてなすにふさわしい豪勢な場を作れなければ。レグリア王家の威信に大きな傷がつく。立場にふさわしいもてなしを示されずに帰されれば、レグリア王家から見た自分たちの重要性などそんなものか、レグリア王家の権勢などそんなものかと貴族たちは考える。そうしてレグリア王家を軽んじる空気が大陸東部に広まれば、いつかそれがレグリア王家や王国にとって致命傷となるかもしれない。

 この宴には、そのような事態を避ける意図も間違いなくあるものと思われる。


「宮廷貴族たちから聞いた噂だが、ロゼッタ王女殿下は当初、この宴を開くことを厭っておられたそうだぞ」


 やや声を潜めてウィリアムとトレイシーに言ったのは、ルトガー・バルネフェルト伯爵だった。


「レグリア王家にそんな余裕はない、金も手間もかかり過ぎる、と殿下は仰ったそうだが、王家と味方の各貴族家の面子を立てる重要性をジェルミ辺境伯が説いて、戦勝の祝宴に予算と人手を割くよう強く進言したそうだ。それで、最終的に殿下も認められたと。未だ混乱している王城の官僚や使用人たちをまとめ、宴の開催の手はずを整えたのもジェルミ卿らしい」

「……それはまた、何とも。ジェルミ卿は今後、レグリア王家にとって欠かせない重臣となりそうですね」


 朗らかな人柄のおかげで家臣や民から好感をもたれているとは言われているが、為政者としての能力的には色々と心許ない部分が多い。そのように評されてきたロゼッタ第一王女。

 ヴァレンテ・ジェルミ辺境伯なしでは、彼女は君主としてやっていけないだろう。暗にそのようにトレイシーが言うと、ウィリアムも苦笑交じりに頷いて同意を示す。


「苦労人ですねぇ。ジェルミ卿は」


 血縁のせいで最初から不利な派閥の後ろ盾となることを決定づけられ、内戦では従兄弟であるピエトロ将軍を失いながらも苦戦する第一王女派を必死に支え、そして戦後は良くも悪くも奔放なロゼッタを説き伏せながらその統治を補佐していく。

 有力貴族だが、動乱の主導権を握るほどの大貴族ではないために苦労が絶えない様子の彼に、ウィリアムは心から同情する。王城の社交で何度か顔を見たことがある程度の相手ではあるが、妙に親近感を抱く。


「おやおや、妙に素朴な空気を放つ者たちがいると思えば。北のお歴々だったか」


 そのとき。声に棘を滲ませながら、ウィリアムたちの方へ寄ってきた者がいた。ウィリアムたちが揃って声の方を向くと、そこにいたのは――キルツェ辺境伯家の陣営より、援軍として参戦していた貴族たちだった。

 取り巻きの中小貴族らしき者たちを引き連れて中央にいるのは、南部の有力貴族としてそれなりに有名な人物。ウィリアムの記憶では、確かカミンスキー伯爵といったか。

 彼の人格的評価はあまり良くない。実際、今は明らかにこちらを舐めた薄ら笑みを浮かべて立っている。


「うわぁ……」

「……南の軟弱者か」


 ウィリアムが曖昧な笑みを返しながら呟くと、トレイシーも相手に聞こえないように言った。


 大陸東部において、その北側に領地を持つ貴族たちと南側に領地を持つ貴族たちの仲は、伝統的に悪い。

 南の貴族たちは、文明的に大陸東部よりも発展している大陸南部からの影響を歴史的に受けてきた。今でこそ南の隣国とは係争が続いているが、百年も遡ればその国とも友好的に交流が行われていた。また、他の大陸南部の国々とは、今も海路にて貿易などが続いている。そうした歴史的背景から、彼らは「自分たちは北の貴族たちよりも洗練され、進歩した文化文明を持っている」という自負を持っている。

 一方で北の貴族たちは、そんな南の貴族たちを「大陸南部という別世界の文化文明に染められ、大陸東部人としての誇りを欠いた軟弱者」と見なしてきた。そして、気候や地勢において南よりも過酷な地に暮らしてきた自分たちを「精強なる真の大陸東部人」と見なしている。


 同じレグリア王国貴族として生きてきたこの六十余年で融和も進んだが、千年の対立はそう簡単には消えない。そうした思想面においては穏健派のウィリアムも、例えば南の創作物などは抵抗なく受け入れるが、いざこうして絡まれると厄介だと感じざるを得ない。


「おお、これはカミンスキー卿! それにご友人の方々も! いやあ、こうして南のお歴々とも祝いの場を共にできますこと、喜ばしいですなぁ」


 ウィリアムとトレイシーに代わり、無難に社交的な笑みを浮かべて対応するのは、さすがは柔和な人柄が持ち味のルトガーだった。


「もちろん、こちらとしても喜ばしく存じます。双方の属する陣営が独立する以上、もしかするとこうして宴の場を共にするのはこれが最後かもしれませんからな。一言挨拶をさせていただきたいと思ったのですよ」


 カミンスキー伯爵が答え、そのまま相手側との雑談が始まる。


「それにしても、此度の戦いにおいて北の方々は、大層なご活躍だったそうですなぁ。激戦をくり広げ、ヴァロワール家の協力を受けて何とか敵の守りを突破できたのだとか」

「ええ、確かに厳しい戦いでした。参戦時期が戦の終盤も終盤となり、これといった損害を負わなかった南の方々が羨ましい」


 カミンスキー伯爵の取り巻きの一人が言うと、それにトレイシーが答える。その後も、似たような応酬がなされる。表面的には穏やかさを保ったままくり広げられる雑談に込められるのは、密かな言葉の棘。ルトガーでさえも、相手が攻めてくる以上は絶妙かつ巧妙に皮肉を返して反撃する。

 ウィリアムも仕方なく適当に会話に臨むが、元より社交の場が得意ではない身としては、このような陰湿な戦いが最も苦手だった。早く終わってくれないか、と思っていると、そこに助け舟がやってくる。


「珍しいな、北の貴族と南の貴族が集まって歓談とは。私も加えてくれるか?」


 そのとき。皮肉合戦も泥沼になり始めていた場へ、やってきたのはフェルナンド・アルメリアだった。さらにその傍らには、ディートハルト・リュクサンブール伯爵もいた。


「……いえ、我々はこれで。あまり長くお話し相手をしていただくのも皆さんに失礼かと思っておりましたので」


 間もなく一国の王太子となるフェルナンドと、分かりやすく強面の武闘派であるディートハルトを相手に絡むつもりはないのか、カミンスキー伯爵はそう断って取り巻き立ちと共に去っていく。


「いやぁ、助かりました」

「ありがとうございますぅ」


 ルトガーとウィリアムが礼を言うと、フェルナンドは小さく肩を竦めた。


「私は何もしていない。相手が怖気づいただけだろう……まったく面倒な連中だな。南の軟弱者たちは。このような場では態度ばかりが大きい」

「左様。勝ち馬に乗っただけで仲間面をして戦勝の宴で飲み食いするなど。節操のない盗人のような奴らです」


 フェルナンドの言葉に、ディートハルトも同調する。保守的な武闘派らしく、相当に辛辣な表現で南の貴族たちを評する。それを聞いたウィリアムは思わず苦笑いを浮かべた。

 一度同じ側につき、味方同士として戦争に勝利したからといって、長年にわたる北と南の貴族たちの確執は埋まるはずもない。

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