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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第二章 新しい隣国の選び方

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第62話 戦後の始まり

 第一王女派による王都トリエステの掌握後。リッカルダ・レグリア第二王女の公開処刑は、速やかに行われた。

 派閥争いにおいて、リッカルダは第一王子派の盟主の妹という立場を活用し、主に兄の名代として、貴族や有力者との話し合いなどを担っていた。民の目に触れるかたちではあまり動いていなかったため、ジュリアーノに対しては不満を抱えていた王都民たちもリッカルダに対してはさほど恨みを抱いておらず、おかげで王都中央広場での処刑に際して民はそれほど騒がなかった。

 完璧な正装で首を落とされ、リッカルダが尊厳ある刑死を遂げたことを区切りとし、レグリア王家の内戦はひとまず終結。新たに女王となるロゼッタの治世開始に向けて、様々な政治的調整がなされる。

 重要な調整作業のひとつとして、レグリア王家と他の勢力――現時点ではまだレグリア王国貴族ということになっている名家当主たちとの会談もあった。


「私の方からも、あらためて貴家とその同志たちへの感謝を伝えさせていただきたい。ロゼッタ王女殿下が次期君主となる道を切り開かれたのは、偏に貴殿が第一王女派への助力を決断してくださったおかげと存じております」


 トリエステ城にいくつかある応接室の中でも、最も格の高い一室。それひとつで家一軒を買えるほど高価な会議机を挟んで向かい合い、ミランダにそう語ったのはヴァレンテ・ジェルミ辺境伯だった。性格的に、複雑かつ細やかな政治的会談には向かないロゼッタ王女に代わり、彼がこの場に座っている。


「こちらとしても、ロゼッタ殿下の偉大なる勝利に貢献することが叶い、光栄に思っている……そして、両家の誓約がいよいよ果たされることを喜ばしく思う」


 柔和な笑みを浮かべているヴァレンテに対し、ミランダも笑みを作って答える。

 そうして始まったのは、レグリア王家とアルメリア侯爵家の誓約――アルメリア家の陣営の助力に対する礼として、レグリア王家がアルメリア家の独立を認めるという約束を実現するための話し合い。とはいえ実務の多くについては両家の官僚同士で調整が進められていたので、この場において行われるのはその確認が中心となる。

 独立の期日。独立後の国境や貿易など、両国の関係の詳細。それらが粛々と確認され、特に新たな問題も見つからずに話し合いは一段落する。


「……では、この場において確認された合意を、当家がそうするのと同じようにレグリア王家が末永く守ってくれることを願っている。アルメリア家は、レグリア王家とよき隣人であり続けたいと思っている故に」


 ロゼッタ・レグリア王女としても、おそらくはできることならば避けたかったであろう各大貴族家の独立承認。しかしだからといって、約束した以上は裏切ってくれるな。ミランダが言外にそう伝えると、ヴァレンテは微苦笑して頷いた。


「王女殿下におかれては、御自身の統治者としての才覚について、謙虚な姿勢を示されておられます。自分は家臣たちの手を借りながら内戦によって傾いた王領を立て直し、縮小したレグリア王国をまとめ上げるだけでも精一杯。とても、約束を反故にして隣国と戦う余裕などない。自分の能力では、アルメリア王国、ヴァロワール王国、キルツェ王国の全てを敵に回して大陸東部を再び統一するような余裕は永遠に持ち得ない。殿下はそのように語っておられます……あえて率直に申し上げますと、畏れ多いことながら私も同意見です」


 ロゼッタが女王として統治するレグリア王国は、アルメリア王国の強敵になり得ない。いつでも包囲網を築くことのできる周辺三国の脅威にはなり得ない。だからこそ、友邦として共存することができる。ヴァレンテの言葉はそのように示していた。


「それに、王女殿下はとても素直で実直な御方です。卑劣な嘘などはつかれません。だからこそ私たち家臣にとっては、お慕いし、敬愛すべき主君なのです……私たち家臣共々、これからロゼッタ様を隣人としてどうかよろしくお願いいたします。そして、どうかお手柔らかに」


 最後は少しおどけたように言ったヴァレンテに、ミランダも微苦笑を返す。


「貴殿の言葉を信じよう。こちらこそ、今後ともどうかよろしく頼む」


 ミランダが手を差し出すと、ヴァレンテも応え、二人は握手を交わす。


・・・・・・


 王国軍将軍オルランド・コッポラ伯爵は、ジュリアーノ第一王子の命令を受けて王都トリエステまで撤退した。ジュリアーノに付き従っていた将軍は敗走の際に戦死したので、実質的にオルランドが第一王子派の王国軍の総指揮官になってしまっていた。

 その後もオルランドは、仕方がないので無難に職務に臨んだ。

 すっかり士気の落ちた王国軍将兵を指揮し、城門と城壁を守らせつつ、王都市街地の治安維持も担った。ときには自ら王都民たちの前に姿を見せ、王都内の秩序を保つための協力を丁寧な姿勢で求めた。不満を募らせる王都民たちを宥めるためであり、自らが嫌われ仕事の矢面に立ってやることで部下たちの最低限の士気を維持するための振る舞いだった。


 そしてこれは同時に、戦後を見据えた行動でもあった。

 もはや第一王子派の敗北は決定的。後はいつ敗けるか、どのように敗けるかの話でしかない。

 自分は敗者の側でこの内戦を終える。第一王子派についた士官や兵士はともかく、将であり宮廷貴族でもある自分は、相応の責任を負わされる可能性が高い。

 選択をしくじったのは自分なので、最悪の場合で自分が処刑されたとしても、まあそれは仕方あるまい。しかし、妻や子は守らなければならない。最愛の家族に連座で罰が及ぶことは絶対に避けなければならない。

 そう考えたこそ、オルランドは王都民たちにも低姿勢で接し、王国軍には暴力的な手段での治安維持を禁じた。王都民の支配と抑圧ではなく、あくまでも市井の治安維持のみを目指した。間もなく勝利する第一王女派が戦後処理を行う際、自分への心証が良くなるように。「せめて家族は助けてほしい」と自分が訴えた場合に、受け入れられる程度の情状酌量の余地を得られるように。


 一部の第一王子派宮廷貴族たちから、ジュリアーノ第一王子を裏切って城門を開放しようと声をかけられたが、オルランドは拒否した。この段になって下手に第一王女派に寝返ろうとしても、かえって心証が悪くなる危険性があると思った。それよりは、最後まで粛々と職務に臨む姿勢を示した方が印象が良くなるのではないかと考えた。

 結局、宮廷貴族たちはオルランドのあずかり知らぬところで城門のひとつを守っていた隊長格の士官を抱き込み、ジュリアーノへの裏切りと第一王女派への寝返りを敢行したが。


 そして現在。第一王女派に降伏し、ひとまずは屋敷での謹慎を言い渡されて正式な沙汰を待っていたオルランドは、登城命令を受けてトリエステ城に参上した。

 通されたのは、最も格の高い応接室。そこで待っていたのはファウスト第二王子だった。


「……本当に、このまま将軍として王国軍に復帰してよろしいのですか?」


 特に罪には問わない。罰を負う必要はない。そのような沙汰を受け、オルランドは拍子抜けした顔で思わず尋ねる。


「ああ。卿には今後も、王国軍の中核を担う人材として活躍してほしい……今の王国軍は人材不足が著しい。特に将が足りない。大規模な会戦で堅実な指揮を成した実績を持つ卿は、今やレグリア王家にとって貴重を極める存在だ」


 ファウストの語る理屈は、オルランドにも理解できる。

 王国軍の要であった名将ピエトロ・ジェルミ子爵。彼の戦死はあまりにも痛い損害。そして第一王子派についた将軍たちも、一人はピエトロ将軍を討つための戦いで、もう一人はジュリアーノ敗走時の戦いで死んだので、元より将軍の地位にあった軍人で生き残っているのはオルランドのみとなった。

 少なくとも能力の面では、自分が貴重な人材だというのは分かる話だった。


「そして、卿個人の人柄が、この沙汰の決め手となった。元より派閥争いからは距離を置いて職業軍人の立場を貫いていた卿は、王都の包囲下においても粛々と軍務に臨んでいたと聞いている。第一王子派の宮廷貴族たちから寝返りを囁かれても拒否し、最後までジュリアーノ第一王子の命令を守って軍人としての務めを果たしたと……おそらく卿は、個人的にジュリアーノを支持していたわけではあるまい。内戦が始まった当初の情勢を見て、第一王子派につく方が生き残る可能性が高いと至極妥当な判断を下し、そして一度主君を定めた以上は最後まで軍人として筋を通し、たとえ己の属する派閥の敗北が必至になろうと、正式な降伏命令が発せられるまでジュリアーノに仕え続けた。そうではないか?」

「……率直に申し上げれば、まさしく仰る通りにございます」


 自分が正しく理解されていることに安堵を覚えながら、オルランドは首肯する。


「であれば、卿は軍人として信頼に値する。姉や私がレグリア王家を正しく統率している限り、卿はレグリア王家に忠誠を誓い、王家のために職務を全うしてくれることだろう……己の個人的な利益のために寝返りや裏切りを為す者だらけの国で、卿のような貴族がどれほど貴重なことか。どうかこれからも、その堅実な指揮をもって王国軍を導き、王家を守ってくれ」


 ファウストの言葉に、オルランドは深く一礼して答える。


「はっ。将としてレグリア王家の御為に戦い、王家をお守りすることをここに固く誓います」


 なんとか自分も家族も無事なままで内戦を切り抜けた。最後の最後で正しい選択をして乗り切ることができた。

 これからも、向いていない将の仕事を続けなければならない。妙に信頼されてしまったので、結果として今まで以上の重責を担うことになってしまった。

 安堵と諦念を同時に覚えながら、オルランドは今この場においては嘆息をこらえる。


 その後、第一王子派の宮廷貴族たちが役職の罷免や爵位剥奪などのかたちで粛清されていく中で、ジュリアーノを裏切って城門を開いた貴族たちは、最も卑劣で危険な者たちと見なされ、最も重い処分――死刑を言い渡された。

 共にジュリアーノを裏切ろうという彼らの誘いに乗らなくて本当によかったと、オルランドは心からそう思った。

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