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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第二章 新しい隣国の選び方

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第58話 王子王女たちの行動

 王領東部では、第一王子派の主力と、第一王女派の軍勢の睨み合いが続いていた。

 丘の上に築かれた、第一王女派の兵力およそ九千が守る防御陣地。その中を歩き回り、笑顔を振りまくのは、派閥の盟主であるロゼッタ・レグリア第一王女その人だった。


「皆おはよう! 昨晩も大変だったわね! だけど今日もしっかり陣地を守っていて偉いわ! さすがは私の軍隊ね!」


 ロゼッタが呼びかけると、それだけで周囲には明るい雰囲気が漂う。将兵たちは疲れた様子を見せながらも、顔には笑みを浮かべて王女の言葉に応える。

 敵である第一王子派は、連日のようにこの防御陣地へ嫌がらせを仕掛けてきていた。夜襲によってこちらの睡眠を妨害し、火矢を放って小火を引き起こすことで動揺を誘い、大攻勢の素振りを見せたかと思いきや陣形を解いてこちらの迎撃準備を徒労に終わらせた。昨晩も、不意の小規模な夜襲が皆の安眠を邪魔した。

 そうした嫌がらせは確かに効果的で、こちらの将兵は心身ともに疲労を溜めている。しかし、まだ士気の崩壊には程遠い。おそらく敵の大将ジュリアーノが期待したほどの効果は発揮していないはず。それもこれも、ロゼッタが自ら将兵たちを励まし、労っているからこそ。


「……疲れた将兵からあれだけの笑みを引き出すことができるのは、もはや姉上の才能だな。俺には真似できない」

「あれもまた指導者としての資質のひとつでしょう。ご本人は謙遜なさいますが、ロゼッタ殿下も間違いなく君主の器の持ち主だと思いますよ」


 ロゼッタの後ろに続いて将兵に言葉をかける第二王子ファウストが、ふと姉の背を見ながら呟いた。その呟きに対して、二人に付き従うヴァレンテ・ジェルミ辺境伯が励ますように答える。


 自分には異母兄ジュリアーノのような才覚はない。自分は君主になど向いていない。日頃からそう言っているロゼッタだが、しかし少なくともこの場における振る舞いは、まさしく家臣や民に慕われる為政者のものだった。

 本来は拠点である都市サヴォーナにいるはずだった彼女は、伝令より防御陣地の状況を聞くと、ある夜いきなり数人の護衛のみを連れ、陣地内にやってきた。なんて無謀な真似をするのだとファウストが怒ると、どうせここで負けたら終わりなのだから、自分もここで将兵を鼓舞した方がいいだろうと言い放った。

 そして今、彼女は将兵たちに前向きな言葉をかけて励まし、彼らの頭や肩に手を置いてその働きを労わっている。普段は豪奢な衣装に身を包んで化粧をし、香水の匂いを漂わせている彼女が、将兵たちと同じほどに顔や髪や軍装を汚し、食事も彼らと共にして連帯を示している。


 結果、防御陣地内の閉塞感は薄れ、将兵たちは士気を保ち、秩序を維持している。自分たちは未来の女王陛下の軍隊なのだと誇りながらこの戦いに臨んでいる。ロゼッタを象徴とすることで団結し、当初よりも強固な軍勢となっているようにさえ見える。

 ただそこにいるだけで場を明るくし、人々に好かれ、この主のために戦おうと将兵に思わせることができるのは、姉の天性の才覚というべきか。


「……これなら、本当に勝てるかもしれないな」


 そろそろ、敵軍は大攻勢を仕掛けてくるだろう。軍を自ら率いるジュリアーノは、こちらが十分に弱りきって士気を失ったと考え、弱軍を一気に打ち破ろうと決戦を挑んでくるだろう。

 そこが最大の好機。決戦でこちらが逆攻勢に出れば、予想外の反撃で敵軍を動揺させることができる。敵軍が怯んだ隙に、地勢の有利を活かして一挙に突撃すれば、そのまま敵軍を打ち破ることも十分に可能となる。

 ファウストの内心で、勝利への希望が高まっていたそのとき。何やら焦った様子の伝令が、軍事において名目上の最高指揮官であるファウストのもとへ駆け寄ってくる。


「どうした? 敵軍に動きでもあったか?」

「いえ、殿下……ヴァロワール派の軍勢の指揮官より、密使がまいりました。ヴァロワール家の陣営は第一王女派に与し、共闘することを決断したとのことです」


 声を潜め、ファウストだけに聞こえるように伝令は言った。ファウストは思わず目を見開き、しかしそれ以上の反応はこらえる。


「……そうか。その使者より詳細を聞こう」

「司令部天幕に通しております」


 伝令に言われたファウストは、将兵の鼓舞を姉に任せ、ヴァレンテを連れて司令部天幕へ急ぐ。


・・・・・・


 ジュリアーノ・レグリア第一王子は、諸貴族軍の離脱によって兵力が大幅に減った中でも、第一王女派の軍勢を打倒すべく作戦を進めていた。


 将兵の質と数では、多くの正規軍人を含む一万一千を揃えている第一王子派が未だ有利。率いる大将の指揮能力でも、名将ピエトロ・ジェルミ子爵を戦死に追い込んだ自分の方が明確に上であるはず。

 一方で、地勢の面では第一王女派が有利。総勢およそ九千の敵軍は、丘に位置取って地形の有利を確保し、柵や空堀を用いて防御陣地を構築し、守りを固めている。

 いくら将兵の質が上でも、頭数ではそこまで大きな差がない以上、第一王子派も下手に攻勢を仕掛けることはできない。この状況でジュリアーノが考えたのが、嫌がらせをくり返して敵軍を疲弊させる策だった。


 小規模な夜襲を仕掛け、敵将兵の睡眠を妨害する。火矢を撃ちこみ、小火などを引き起こし、対応に奔走させる。そうして心身ともに弱らせたところで攻勢の素振りを見せ、敵軍が慌てて防衛準備を整えたところで攻勢の態勢を解き、その防衛準備を無駄に終わらせる。

 そのような嫌がらせを、ジュリアーノは連日行わせた。敵側の大将である異母弟ファウストに加え、何故かこちらも戦場に出てきた異母妹ロゼッタが将兵たちを鼓舞しているようだが、食えもせず金にもならない励ましの言葉にどれほどの価値があるというのか。いくら王子や王女に鼓舞されようが、士気を維持するには限度があるはず。そろそろ敵陣は厭戦の気分に包まれている頃合い。


 ここでいよいよ、素振りでは終わらない本当の攻勢を仕掛ける。念入りな偵察を重ねたことで判明している敵防御陣地の弱点――最も士気と練度の低いであろう諸貴族軍徴集兵が多く配置されている箇所を集中的に攻撃し、突破して一気に陣地内になだれ込む。それがジュリアーノの定めた作戦。

 丘の上の防御陣地というのは、将兵の質と数の差を補う上で有用な代物。だからこそ敵の陣地はこちらから見れば厄介極まりなかった。が、いくら防御陣地が強固でも、それを守る将兵の士気が落ちきっていては真価は発揮できない。また、こうした防衛設備は、敵の侵入を許して内と外から同時に攻撃を受けると非常に脆いもの。

 だからこそ、この作戦が成功すれば敵軍は崩壊し、最後の兵力を失った第一王女派の敗北は確実となる。


 攻勢の決行がいよいよ翌日に迫り、各軍の準備が進んでいた午後。司令部天幕にて作戦の詳細をあらためて確認していたジュリアーノのもとへ、新たな報告がもたらされる。


「北の諸貴族領に忍ばせている諜報員より報告が届きました……アルメリア家の陣営の破壊工作を防ぐために北進した諸貴族軍が、散り散りとなって消滅したそうです」

「……あのクソ馬鹿どもが」


 軍事における側近格の一人である士官の報告に、ジュリアーノは思わず表情を歪め、下品な悪態をついた。


「貴族領を荒らし回る敵軍は、数百ずつの小規模な騎兵部隊だったはずだ。六千の兵力で北進した諸貴族軍が、どうして消滅するほど無様に敗ける」

「それが……報告では、意見の相違や一部の家の寝返りによって軍が分裂したところを、各個撃破されたとのことです」


 王領北部の諸貴族領に辿り着いた総勢六千の諸貴族軍は、それからどのように行動するかで揉めた。各家の軍を率いる貴族たちは、当然ながら自領やその近くにいる敵部隊を真っ先に殲滅あるいは撃退したい。結果、分散して暴れる敵部隊の、どれから攻撃するかで意見を違えた。

 話し合いがまとまることはなく、貴族たちは極めて政治的な理由から軍を分けることを決断。領地を近くする家同士で軍をまとめた一千から二千程度の部隊が、自領のある地域を荒らす敵部隊を目指して移動した。


 一方で、敵騎兵部隊の蹂躙を受ける各貴族領でも動きがあった。主に農村部を荒らす敵騎兵部隊に対し、ある程度の防衛兵力を動員して一時だけでも追い払うことができる中堅貴族領はまだよかったが、まともな対抗力を持たない小貴族領は、このまま農村部が破壊されては領内社会が崩壊しかねないと困り果てた。

 そこへ、アルメリア家の陣営から提案がなされた。第一王女派へ寝返るのであれば領内を荒らさないと伝えられた。家族親族に出征軍を預け、当主が領内に残っていた貴族家の幾つかが、その提案に応じて誓約書をしたためた。


 それらの貴族家より、アルメリア家の陣営とは戦わずに帰還するよう報せを受けた一部の貴族軍は、突然の命令に困惑しつつも当主の意向に従わざるを得なくなる。しかし、それらの軍が離脱する上で、諸貴族軍の各部隊はまた揉めた。中には、言い争いがそのまま武力を用いての争いになだれ込む部隊もあった。

 分散した上に内部から綻びが生まれた、質の面でもそれほど強くない諸貴族軍の各部隊。それはもはや、数百の騎兵部隊でも十分に撃破し得る弱軍だった。騎馬の機動力を活かした奇襲を受け、連係も拙い状態で戦いに臨んだ各部隊は、呆気なく粉砕されて各家の軍ごとに逃げ、そのまま再集結することはなかったという。


 現在、第一王子派の各貴族家は、領都に逃げ帰った兵力を抱えて様子見に徹している。名目上は第一王子派の立場だが、具体的に参戦することはなく静観を決め込んでいる。もはやあてにはできない。

 そのように詳細の報告を受けたジュリアーノは、黙り込んだまま内心で怒りを膨らませる。

 明らかに不機嫌な様子の王子を前に、気まずい空気が漂う天幕内。そこへ、新たに近衛騎士が飛び込んでくる。


「殿下! 急ぎの報告です!」

「っ! 今度は一体なんだ!」


 見るからに機嫌の悪い主君を前に一瞬怯んだ様子の騎士は、しかし自身の務めを果たすために再び口を開く。


「……南のキルツェ辺境伯家が、第一王女派に与する姿勢を表明しました! キルツェ家の陣営の各貴族家が、軍の動員を開始しているとのことです!」


 その凶報を受け、天幕内にざわめきが広がる。ジュリアーノは苦虫を噛み潰したような表情で、軍議用の地図が広げられた机を殴りつける。


 南の国境地帯を守らなければならないが故に、動乱への本格的な参戦を避け、王家の内戦に対しても静観していたキルツェ家の陣営。それがここにきて動いた。これで第一王子派は、北のアルメリア家の陣営、東の第一王女派、そして南のキルツェ家の陣営から三方を囲まれたことになる。

 南にも警戒兵力を置いてはいるが、それはあくまで一帯の治安を維持し、キルツェ家の陣営の勢力圏を監視するための部隊。キルツェ家の陣営が動くのであれば増援の兵力を送らなければ厳しいが、諸貴族軍をあてにできない今、そこまでの余裕は第一王子派にはない。

 このままではキルツェ家の陣営から差し向けられた千単位の軍勢が王領に侵入し、ジュリアーノが率いるこの主力の後背を突くなり、無防備な王都を攻撃するなり、オルランド・コッポラ伯爵たちの籠る都市攻略の援護に回るなり、好き勝手に動いてしまう。


「……愚かな選択をしたものだ。その報いを必ず受けさせてやる」


 ジュリアーノが獰猛に笑いながら言うと、皆の視線が集まる。


 南の敵軍が集結を完了して動き出す前に自分たち第一王子派が勝利し、自分が王位につけば、キルツェ家の陣営の参戦は裏目に出る。ロゼッタとファウストが排除された時点で第一王女派に与した陣営の戦う大義名分は失われ、王国軍をはじめ王国中央部の軍事力全てを手中に収めた自分を前に退かざるを得なくなるだろう。

 そして、それだけの軍事力を手にした自分が、ヴァロワール家の陣営にも協力を仰いだ上で本気で攻めれば、キルツェ家の陣営は南の国境地帯を守りつつ新国王の攻勢を凌ぐことはできない。戦後は壮絶な報復をもって屈服させてやればいい。

 未だ第一王子派の勝利もあり得るこの状況で参戦してきたキルツェ家は、判断を急ぎ過ぎた。


「皆、動揺する必要はない。馬鹿な諸貴族軍が手痛い損害を被ろうが、キルツェ家の陣営が拙速な判断をしようが、今この戦場には関係ないのだからな……我々が勝ち、第一王女と第二王子を排除すれば、それで全て終わる」


 要は、明日、勝てばいい。揃って防御陣地にいるロゼッタとファウストを討ち取り、あるいは捕えるほどの大勝利を飾ればいい。そうすれば、三方から囲まれたこの現状を打破し、全てにおいて逆転できるはず。

 そう考えながら、ジュリアーノは自信を見せつけるように力強く語る。




 その翌日。攻勢を開始した直後に、ヴァロワール家の陣営の援軍およそ五千が、ジュリアーノの命令を無視。防御陣地へ攻勢を仕掛けることなく、ジュリアーノの直率するレグリア軍の側面を突くように動いた。それに連係して、第一王女派の軍勢が防御陣地より打って出た。

 予想外の方向から攻撃を受け、既に奮戦する気力などないと思っていた敵軍から攻勢を仕掛けられ、戦力的にも多勢に無勢となったレグリア軍は、間もなく陣形を崩して壊走。

 大将であるジュリアーノは、近衛隊に守られながら王都へと逃げ去った。徴集兵は散り散りとなり、王国軍およそ二千五百のうち、王都への避難が叶ったのは半数以下だった。

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