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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第二章 新しい隣国の選び方

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第53話 別動隊の戦い①

 バルネフェルト伯爵領の南端に野営地を置くアルメリア家の陣営の別動隊が、対峙するヴァロワール派の軍勢の新たな動きを確認したのは、本隊より戦況変化の報を受け取って間もなくのことだった。

 陣営の盟主ミランダが率いる本隊は、対峙する第一王子派の軍勢を撃退し、騎兵部隊を用いて第一王子派諸貴族領の蹂躙を開始。それに反応するように、第一王女派への攻勢に臨んでいた第一王子派主力より、諸貴族軍が離脱して北への移動を始めている。

 そのような報せがもたらされた直後に、ヴァロワール家の陣営の軍勢がどうやらこちらへ攻めかかろうとしていると、偵察に出た騎士より報告がもたらされた。


「おそらく、第一王子派が苦戦していると見た上での援護のつもりだろうな」

「この別動隊が敗北し、敵軍がアルメリア家の陣営の勢力圏まで攻め込めば、こちらの本隊は勢力圏を守るために王国中央部から退かざるを得なくなりますからね。理には適っています」


 司令部天幕に貴族たちが集った軍議の場。フェルナンド・アルメリアの考察に、ルトガー・バルネフェルト伯爵も同意を示す。


「ですが、もしも我々に敗北して逆に勢力圏に攻め込まれれば、ヴァロワール家の陣営は手痛い損害を被ることになります。ヴァロワール卿にとっては危険な一手と言えるでしょうか」

「間違いない。危険を承知でそれでも攻めようとしているということは……昨年の卿のように、躍進という利益を狙っての行動か」

「苦戦してる第一王子派の勝利に大きく貢献すれば、ジュリアーノ王子が即位した後にはヴァロワール家がますます厚遇されることが確実ですからねぇ。領地の加増とかの、具体的な利益も得られるでしょうし」


 トレイシー・ハイアット子爵とフェルナンドの会話に、ウィリアムも納得した表情で言う。


「後は……ヴァロワール卿の個人的な意図もありそうですね」

「……例の、第二王女への恋慕か」


 ルトガーが微苦笑を浮かべて呟くと、フェルナンドの答える声には小さなため息が混じった。

 他の貴族たちもそれぞれ微妙な表情になり、軍議の場には何とも言えない空気が漂う。

 当代ヴァロワール侯爵オクタヴィアンがリッカルダ・レグリア第二王女に恋心を抱いていることは、王国貴族社会においては半ば公然の秘密となってきた。敵軍の最高指揮官は、そのオクタヴィアン当人。そしてリッカルダ第二王女は、オクタヴィアンを激励するため、自らヴァロワール侯爵領入りしているという。

 この状況でオクタヴィアンが大胆な行動に出るとなれば、その理由として個人的な感情――想い人であるリッカルダに自身の活躍を見せたいという欲求もあるのは間違いない。


「盟主の恋のために戦う軍勢とは。敵ながら哀れなものですね」

「あはは、まあ、本命の理由はさすがに陣営の利益の方でしょうけど……」


 呆れたように言うトレイシーに、ウィリアムは苦笑いしながら返す。


「ヴァロワール卿の意図がどうであれ、敵が挑みかかってくるのであればこちらが成すべきことはひとつだ。そうだな、大将殿?」

「は、はい。敵を迎え撃って、撃退して、勝利を成しましょう」


 フェルナンドに促され、別動隊の大将、すなわちウィリアムが言う。貴族たちもそれに応え、そして敵軍を迎え撃つための準備が開始される。


・・・・・・


 アルメリア家の陣営の別動隊を撃破し、その勢力圏へと侵攻する。ヴァロワール家の陣営の盟主としてそう決断したオクタヴィアンは、諸貴族の各軍に攻勢準備を進めさせつつ、自身は勝利の可能性をより高めるための行動――兵力のさらなる増強のために奔走した。

 予備兵力と領都アレシーの防衛兵力を兼ねて後方に残してあった部隊より、およそ七百を招集。そしてさらに、ヴァロワール侯爵領北部の一帯を巡り、増援となる民兵をかき集めた。

 オクタヴィアンは少なくとも内政に関しては有能であり、これまで善政に努めてきた。その整った容姿や柔和な表情と振る舞いも相まって、領民からの人気は高い。第二王女リッカルダへの恋慕も、民からは好意的に受け止められている。

 優しく美しく、いずれは王国の姫と結ばれる、皆の自慢の領主様。彼が領内社会のさらなる発展と安寧のためにと語り、協力を呼びかければ、応える者は多い。オクタヴィアンの人望の結果として集った民兵も合わせると、ヴァロワール家の陣営の軍勢、その兵力は一万一千に届いた。長期間維持することは難しいが、短期間ならば耐えられる動員規模であると言えた。


「どうだ、これなら勝機は十分じゃないか?」

「はっ。これほどの兵力を揃えられた閣下のご手腕、誠に見事なものと存じます」


 オクタヴィアンの問いかけに答えたのは、参謀を務めるヴァロワール侯爵領軍隊長。その明るい表情からして、発した言葉は単なる世辞ではない。

 大将であるオクタヴィアンに実戦経験はなく、軍事の才覚は未知数。代替わりして間もない現在の領軍隊長もそれは同じ。それでも、戦争は兵力で勝る方が有利だという不動の真理は二人とも当然に理解している。

 頭数においては敵軍を三割ほども上回っているこちらの有利は間違いない。そう確信しているからこそ、オクタヴィアンの内心は自信に満ちている。


「では、前進を開始しようか。勝利に向けた偉大な前進だ」


・・・・・・


「……結局、本格的に戦うことになっちゃったなぁ」


 戦いやすい地勢に位置取り、戦闘準備を進めるアルメリア家の陣営の別動隊。将兵たちが忙しく立ち働く最中、大将として本陣にいるウィリアムは浮かない顔で呟く。

 ヴァロワール家の陣営の軍勢は、兵力を二千ほど増した上で北進してきた。現在は隊列を組んでこちらへ迫っており、両軍はあと二時間とかからず会戦に突入する予定。


「細かな判断については私も参謀として補佐いたしますので、どうかご安心ください」

「うん。ロベルトがついててくれるから、実際の指揮については心配してないよ。でも……やっぱり、責任の重さがねぇ」


 アーガイル伯爵領軍隊長ロベルトに、ウィリアムはなおも憂心を隠さず答える。

 別動隊はあくまで、敵と睨み合って牽制を成すだけ。おそらく本格的な戦いにはならない。その予想は見事に裏切られ、会戦が迫っている。将の一人として自家の軍だけを率いればよかった昨年とは違い、自分が大将として全体の指揮をとる戦いが始まってしまう。全体の指揮をとるということは、勝敗そのものや全将兵の死について、その結果を背負うということ。重責は凄まじい。

 もちろん、別動隊の大将に任ぜられて出陣する時点でこのような事態も想定していたが、とはいえ本格的な戦闘を避けられるものならば避けたかった。目の前に広がる光景は、ウィリアムにとっては望まざる現実だった。


「まあ、くよくよしてても仕方ないかぁ。ジャスミンとキンバリーのためにも、頑張って勝たないとねぇ」

「その意気です、閣下。奥方様とお嬢様も、閣下の勝利を願っておられることでしょう」


 主を元気づけようと力強い声で言うロベルトに、ウィリアムは微苦笑を返す。ジャスミンは自分の勝利を願ってくれているだろうが、まだ赤ん坊のキンバリーは、戦いという概念も理解していないはず。


「……それにしても、布陣の遅い軍が多いなぁ」

「逆だぞ、アーガイル卿。卿の軍の布陣が早いんだ」


 整列にもたついている諸貴族軍を見渡しながらウィリアムが言うと、万が一大将が倒れた場合の二番手として本陣に留まる伯父ルトガーが指摘する。


「徴集兵にまで軍事訓練を施している軍など、この大陸東部を見回してもそうそうない。領軍に関しても、アーガイル伯爵領軍に迫る練度の将兵を揃えている貴族家は少ない。一般的な中小貴族家の軍など、最終的に整列できていれば上等だ。昨年の会戦でも、右翼を担った諸貴族軍には列を乱して布陣している軍も多かったぞ」


 昨年は左翼の将として陣形の只中にいたウィリアムは、今回初めてこうして大将の立場から自軍全体の布陣を俯瞰している。本陣での観戦を経験したルトガーの言葉に、少しの驚きを覚えて小さく片眉を上げる。


「そういうものですかぁ。それじゃあ、我が軍の恵まれた状況に感謝しないといけませんねぇ」

「ははは、殊勝な言葉だな。さすがは我が甥っ子だ」


 アーガイル軍は他家の軍と比べて優れている。それは、鉄鉱山という富の源泉を持つが故に経済的に余裕があるアーガイル家の状況と、その余裕を活かして軍制を整え、維持してきた代々の当主と家臣たちの努力があってこそ。そう考えて言ったウィリアムの肩を、ルトガーは笑いながら気安く叩いた。

 それから少し経ち、別動隊の全軍が布陣を完了。間もなくオクタヴィアン・ヴァロワール侯爵の率いる軍勢が現れ、両軍は対峙する。


「……凄ぉい」


 彼我の戦力の合計は二万近く。それだけの将兵が布陣し、向かい合う様は、小高い丘に置かれた本陣から見渡すと何とも壮観だった。感嘆の声を零しながら、この仰々しく並んだ二つの大軍の一方を自分が率いていると思うと、いっそ呆れてしまう。

 今回も死にませんように。自分はもちろん、目の前に並ぶ将兵たちもできるだけ多くが生き残りますように。内心でそう祈りながら、ウィリアムは戦いに臨む。


・・・・・・


 ウィリアムが戦場に選んだのは、バルネフェルト伯爵領とヴァロワール侯爵領の領境、森林と平原が混じり合う地帯。二つの大きな森に東西から挟まれ、両領を繋ぐ街道が通る、さして広くない平地。

 中央にはアルメリア軍とハイアット軍など合計で四千ほどが並び、左翼をバルネフェルト軍およそ二千が、右翼をアーガイル軍およそ一千五百が守る。

 それら各部隊の後ろに一千の予備軍が控え、さらに後ろにウィリアムの立つ本陣が置かれる。騎兵部隊はなく、騎士は全員が下馬して隊列の最前面を固める。東西を森に挟まれた平地に並ぶことで両側面からの攻撃を防ぎ、正面での戦いに注力することで数の不利を補う陣形。

 対するヴァロワール家の陣営は、中央にヴァロワール軍およそ五千が、左翼と右翼にそれぞれ二千五百ほどが並ぶ。その後ろには、おそらくは予備軍であろう総勢一千の部隊。元より騎士の数が少ないためか、こちらにもまとまった騎兵部隊はなく、騎士たちは全員が下馬して隊列に加わっている。


 アルメリア家の陣営が地勢を活かして守りきるか、あるいはヴァロワール家の陣営が数を活かして押しきるか。いずれかのかたちで勝敗が決まるであろう会戦が始まる。

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