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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第二章 新しい隣国の選び方

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第51話 本隊の戦い③

「まさか、あの規模で丘陵を越えてくるとは……化け物集団だな、リュクサンブール家の破壊騎兵どもは」


 またもや困り顔で頭をかきながら、オルランドは言った。


 敵の騎兵部隊が丘陵を越え、こちらの右翼の右側面に対して奇襲を成す。その可能性は、低いとは思いつつ頭の片隅に置いていた。しかし、仮に敵がそのような奇襲を敢行したとしても、せいぜい小規模な部隊が現れて、こちらの右翼による正面攻勢を妨害する程度のものになるだろうと思っていた。

 しかし実際には、敵はこちらの予想を大幅に上回る規模で丘陵の横断を成した。次々に斜面を下るその総勢は五百騎ほどもいるだろうか。掲げられた旗に描かれているのは、リュクサンブール家の家紋。

 一応、右翼を担う諸貴族軍には、丘陵からの側面攻撃に備えさせている。が、その準備はせいぜい百騎程度を迎撃するためのもの。五百騎の破壊騎兵を前に、果たしてどれほど通用するか。


 破壊騎兵たちは丘陵を下りながら、厚い横隊を築いて突撃する。布陣の時点で五千ほどの兵力を擁するこちらの右翼の横腹に、勢いよく迫る。

 対する諸貴族軍の将兵たちは、槍を構えて槍衾を作り、その隊列の間からクロスボウ兵が矢を放つ。騎馬突撃を受ける歩兵の標準的な対応だが、問題はその密度だった。

 クロスボウによる射撃は迫りくる敵騎士を幾らか無力化するが、突撃の全体を止めるには到底至らない。槍衾を構築する槍の長さは二メートル程度で、隊列は前後二列。大規模な騎馬突撃を迎え撃つには何とも心許ない。そして何より、五百もの騎馬が全速力で迫ってくる中でも槍を構え続けるほどの度胸を持つ兵士は少ない。

 破壊騎兵たちが突っ込む前から槍衾が崩れ、隊列は簡単に突破され、そして将兵が蹂躙される。五百騎が生み出す大質量が、軽装の徴集兵の多いこちらの右翼を容赦なく踏み潰していく。


 このような側面攻撃を受けて、部隊ごとの連係も拙い諸貴族軍が、そう長く持ちこたえられるはずもない。間もなく右翼は崩壊し、破壊騎兵による蹂躙と敵左翼による反撃を受けながら敗走を開始する。

 さらに、その様を見た中央後衛――旧レスター派の諸貴族軍の正規軍人たちも、敗北は必至と見たのか逃走し始める。後ろで督戦を担う正規軍人がいなくなったことで、元より士気などないに等しい中央の徴集兵たちも最後尾の者から順に逃げ始める。


「……もう無理か。我々も退却しよう。予備軍を先頭に、まず徴集兵たちを下がらせろ。王国軍は騎兵部隊と相互に援護しながら後退を」

「はっ」


 この段に至れば、できるだけ兵力を保ちながら退き、後方に定めた防衛拠点で守りに入るのが最善。そう判断してのオルランドの命令に、副官が答える。


・・・・・・


「……勝ったな」


 壊走していく敵右翼と中央、そして比較的整然と退いていく敵左翼と予備軍と騎兵部隊を眺めながら、ミランダは呟く。


 どうやら敵も丘陵を越えての奇襲は一応警戒していたようで、破壊騎兵たちの突撃に際しては敵右翼による多少の抵抗も見られた。が、諸貴族家の軍の寄せ集めで、多くが訓練も受けたことのない徴集兵から成る急ごしらえの隊列が、破壊騎兵を止められるはずもない。その防御は昨年アーガイル軍が見せた「リクガメの守り」の足元にも及ばず、ディートハルト率いる破壊騎兵たちは易々と突破してみせた。

 そうなれば、もはや敵右翼は陣形を維持できない。その崩壊を起点に戦況の有利不利は逆転し、今度はこちらに攻勢の機が生まれる。


「追撃を開始する。中央と左翼、そして破壊騎兵は積極的に攻めろ。右翼と騎兵部隊は無理をするな。レグリア軍と敵騎兵部隊を確実に退却に追い込めばそれでいい」


 未だ総崩れになっていない敵左翼と予備軍のレグリア軍に対しては、警戒を続けるべき。五千で本格的な再攻勢に出てくることはないとしても、思わぬ反撃を食らって追撃部隊に大きな損害が出る可能性もある。

 そう考えた上で発したミランダの命令が伝達され、将兵たちは敵の追撃を開始する。左翼の諸貴族軍が破壊騎兵たちと連係して敵右翼を狩り、中央ではアルメリア軍が烏合の衆と化した敵徴集兵を屠る。そして右翼と騎兵部隊も、退却するレグリア軍と敵騎兵部隊を追い立てるように進み、余計な行動をとる隙を与えない。

 敵軍を一方的に押し込む追撃戦は、それからしばらく続いた。


・・・・・・


 激しい追撃を受けた第一王子派の軍勢のうち、中央を担っていた旧レスター派の諸貴族軍はほぼ消滅した。総勢四千のうち半数ほどが死傷し、その大半が強制動員された徴集兵。残る徴集兵は逃げ去ったまま戦場に戻ることはなく、正規軍人たちも散り散りとなり、後方に定められていた集結地点に辿り着いた者はごく少数だった。

 右翼を担っていた諸貴族軍も、敵の激しい追撃、特に破壊騎兵による蹂躙でおびただしい損害を出し、半壊した。混乱を極めた壊走の中、後方での再集結を諦めて領地に帰還してしまう将兵も多かった。

 また、左翼を担っていたレグリア軍とその援護に努めた騎兵部隊に関しても、退却の序盤こそある程度の秩序を保っていたものの、徴集兵を中心に徐々に秩序を失い、追撃を退けることができなくなった。受けた損害は決して小さくない。さらに、騎兵部隊を構成する騎士の一部は諸貴族家の領軍の所属であるため、独断で離脱して主のもとに向かう者も少なくなかった。

 結果、後方の再集結地点かつ防衛拠点と定められた中規模の都市に辿り着いた兵力は、レグリア軍を中心に六千ほど。元は一万四千もの兵力を揃えていたことを考えると、散々な有様だった。


「まあ、損失の大半は諸貴族軍の徴集兵だ。そう気にする必要はあるまい」


 戦場の後方に行軍速度でおよそ一日、王都トリエステから北に数日の距離にある城塞都市。その代官屋敷に置かれた司令部の一室で、オルランドは言った。

 オルランドが維持すべき最も重要な戦力たる王国軍に関しては、損害は軽微。王領民である徴集兵を合わせたレグリア軍の戦力は、未だ四千弱を保っている。失った一千強も、全員が死傷したわけでもない。退却の過程で軍とはぐれ、正規軍人の監視の目がなくなり、勝手に家に帰った徴集兵も多いはず。

 実際に死傷したのは、諸貴族軍の将兵。それも多くは徴集兵と思われる。貴族領の民がどうなろうと、王国軍の将であるオルランドの知るところではない。

 そして、王領北部の主要都市のひとつとして、それなりに立派な城壁と数千の人口を擁するこの都市は、六千の兵力による籠城が十分に可能。


 第一王子ジュリアーノよりオルランドに与えられた任務は、第一に敵軍の撃破。それが難しければ足止め。残る兵力が六千では前者の達成は難しいが、後者に関しては問題ない。都市の防衛戦は守る側が有利。籠城を維持するだけならば容易い。

 そして敵は、街道を南進する中で立ちはだかるこの都市と、そこに立て籠もる六千の兵力を無視することはできない。無視して前進すれば、王都の防衛兵力と対峙した際に後背を突かれる可能性が高い。また、進軍の後方拠点となる都市を確保しなければ補給線が延び、その補給線をこちらに突かれれば敵の進軍は瞬く間に行き詰まるだろう。

 敵もそれは理解しているはずで、なので安易に南進を進める気配は見せていない。こちらとしては、この都市に籠城して兵力を保っている限り、敵の足止めという任務を達成することができるのだから楽なもの。


「だが、防衛戦闘の準備は抜かりなく進めておいてくれよ」

「承知いたしました、閣下」


 副官がそう答え、敬礼して退室していった後。オルランドは椅子の背にどかりと体重を預ける。


「……まったく、早く帰りたいものだ」


 子供たちを可愛がり、妻と酒でも飲み交わしたい。そんなことを考えながら、オルランドの口からは深いため息が零れた。


・・・・・・


 第一王子派の軍勢に勝利した後も、アルメリア家の陣営の本隊は未だに一万以上の兵力を保っていた。両翼を担った諸貴族軍は対峙する敵軍に数で劣っていたが、正規軍人を中心とした前衛は防御的な戦い方に徹していたため、損害は意外にも少なく済んだ。

 負傷者は後送され、入れ替わりで補充戦力もやってくる予定のため、数週間のうちには二千程度の兵力が増える見込みとなっている。

 戦闘の事後処理が一段落し、敵が立てこもった城塞都市から北に半日ほどの地点に野営地を置いた後。ミランダは司令部天幕に貴族たちを集め、軍議を開く。


「諸卿、先の会戦での奮戦に、あらためて感謝する。大きく兵力を減じた敵は都市に籠り、もはや積極的に動く気配はない。我々は兵力的に、極めて有利な状況にある」


 集った貴族たちへ順に視線を送りながら、ミランダは語る。


「とはいえ、兵力差は二倍程度。頑強な城塞都市を相手に攻城戦を仕掛けるにはやや心許ない。なので次の一手としては……第一王子派の各貴族家、その領地を荒らす」


 王領の北側に並ぶ第一王子派の各貴族家の領地。その一つひとつはそう大規模ではなく、兵力も小さい。それらの貴族領を荒らし回るというのが、ミランダの次なる策だった。

 籠城する敵軍残党が打って出てこないよう、十分な戦力――ミランダの考えでは八千ほどを張りつけておき、残る兵力で敵貴族領へ順に侵攻し、主に村落や農地を破壊する。

 そうすれば、自領を荒らされた第一王子派の貴族たちは焦る。第一王女派に攻勢を仕掛ける敵の主力の司令部は、攻勢を続けたいジュリアーノ第一王子と、自領を荒らし回るアルメリア家の陣営をどうにかしたい貴族たちで意見が割れる。

 宮廷における中立派貴族の排除を拙速に実行したことから見ても、ジュリアーノ第一王子は派閥を支える貴族たちの声を無視できない様子。おそらく彼は、貴族たちの手勢が一時離脱することを許す。もし許さなければ、最悪の場合で貴族たちが反逆するだろう。

 いずれにせよ、敵主力の軍勢には綻びが生まれる。その綻びをどのように突くかは第一王女派の奮闘次第だが、彼らにとっては待望の勝機となる。

 ミランダがそのように語ると、貴族たちも納得した様子だった。


「敵貴族領の蹂躙については、リュクサンブール家の破壊騎兵をはじめとした騎士たちに担ってもらいたい。特にリュクサンブール家には、会戦に続いて重要な役割を果たしてもらうこととなるが……」

「どうかお任せを。我々としては、敵があまりにも弱すぎて、やや暴れ足りないと思っておりましたので」


 ディートハルトが厳格な表情のまま冗談らしきことを言うと、貴族たちの間で笑いが起こる。


「頼もしい言葉だ。それでは、満足いくまで存分に暴れてくれ」


 ミランダも笑みを浮かべながら、ディートハルトに答えた。

 これで、援軍の立場としては十分な働きをしているはず。これだけの助力を受けても勝利を掴めないようであれば、第一王女派もそれまでの勢力。ミランダはそう考える。

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