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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第二章 新しい隣国の選び方

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第48話 大将ウィリアム

 晩冬の祝祭も例年通り盛況に終わり、季節が春に変わり、いよいよ出征の日。フレゼリシア城の主館の正面玄関で、ウィリアムは家族の見送りを受けていた。


「ほら、キンバリー。お父さんに笑顔を見せてあげて」

「うぅ~? だっだぁ~」


 ジャスミンが抱きかかえるキンバリーの顔をウィリアムの方へ向けると、父の顔が見えて嬉しかったのか、キンバリーは無邪気に笑った。


「あはは、ありがとうキンバリー。僕が留守の間も元気にしててね」


 ウィリアムはそう言って微笑みかけ、愛娘の頬を指でそっと撫でる。と、キンバリーは父の指を小さな手でぎゅっと握り、一層楽しそうに笑う。

 彼女のご機嫌な様子に、ウィリアムとジャスミンは顔を見合わせ、思わず小さく吹き出す。


「……無事の帰還を祈ってるわ。あなたを心から愛してる」

「うん、ありがとう。僕も愛してるよ」


 最愛の伴侶と言葉を交わし、口づけを交わし、そしてウィリアムはジャスミンの傍らに視線を下ろす。家族の一員であるリクガメのマクシミリアンも、主人の旅立ちを察してか、今日はこの正面玄関まで来ている。


「マクシミリアン、二人を守ってあげてね。頼んだよ」


 ウィリアムの言葉の意味を正確に理解してはいないのだろうが、マクシミリアンは首を伸ばしてウィリアムに頭を撫でられ、まるで頷くように首を振った。


「それじゃあ……なるべく早く帰れるように頑張るね。行ってきます」

「行ってらっしゃい。私のウィリアム」


 最後に再びジャスミンと言葉を交わし、ウィリアムは主館を出る。城の前庭では既に領軍が整列しており、ここからはもう、下手に弱音を吐くことはできない。


「……」


 将兵たちを前にして、最高指揮官らしく落ち着いた表情を作りながら、できることならば行きたくないとウィリアムは思った。


・・・・・・


 今回アーガイル軍が臨む戦場は、アルメリア侯爵家の陣営とヴァロワール侯爵家の陣営、それぞれの勢力圏の境界辺り。位置としてはアルメリア侯爵領よりもさらに南にあたり、昨年の戦場とは違ってアーガイル伯爵領からは遠い。

 そのため、出征の規模は前回よりも小さくなる。とはいえ、当主ウィリアムが別動隊の大将を務める以上、ある程度の兵力は動員して貢献を示す必要がある。結果、領軍から五百、任期制兵士と徴集兵が一千、合計で一千五百が出征に臨む。


 最前線となるのは、アルメリア侯爵領とヴァロワール侯爵領の間に位置するバルネフェルト伯爵領。三月の下旬から四月の上旬にかけて、アルメリア家の陣営の勢力圏、その西側に領地を持つ各貴族家の軍が領都付近に集結する。

 今回ヴァロワール家の陣営を睨むこの別動隊において、最大規模の軍となるのは、やはり陣営の盟主たるアルメリア侯爵家。主力は第一王子派を睨む本隊に投入するが、この別動隊においても領軍一千を含むおよそ二千五百が参戦する。

 次いで規模が大きいのが、総勢およそ二千を動員するバルネフェルト軍。騎士と兵士を合わせて七百を擁する領軍の過半に加え、農地を守るための気概に満ちた徴集兵が動員されている。今回の最前線となるが故に、人口およそ十万のバルネフェルト伯爵領からこれだけの動員が叶った。

 他に主要な軍としては、ハイアット軍のおよそ五百など。その他の貴族家の小規模な軍も合わせると、別動隊の総勢は八千五百に届いた。


「諜報員や斥候の報告によると、アレシー近郊に集結している敵兵力はおよそ一万弱といったところです。こちらとほぼ同規模ですね……質に関しては、あちらの方がやや下でしょうか。第一王子派への援軍として、正規軍人も少なからぬ数を王領に送り出しているためかと思われます」


 貴族たちが揃った軍議の場で語るのは、最前線に領地を持つ立場として、敵側の情報収集も担っているルトガー・バルネフェルト伯爵だった。

 ヴァロワール家の陣営は、各陣営の中で最も規模が小さく、属する貴族家の総人口は推定で百十万に届くかどうかといったところ。元よりあまり裕福でない貴族家も多く、軍事力や経済力の面でも他の陣営に劣る。また、盟主オクタヴィアン・ヴァロワール侯爵は、第一王子派への援軍として自陣営から五千もの兵力を送り出している。南のキルツェ辺境伯家の陣営も警戒しなければならない敵側の事情を考えると、対峙する兵力が一万弱というのは打倒なところ。むしろ予想より頑張っていると言える。


「数では同程度、質ではこちらが勝るとなれば、まともにぶつかり合って勝つこともできますか」

「十分に勝機はあるでしょうな。ヴァロワール家の陣営に大きな損害を与えて弱らせれば、後々利益がありましょう」

「しかし、危険も伴うのでは? もしこちらが大きな損害を負えば……」

「いや、あまりそのように弱気な姿勢で臨むと――」


 トレイシー・ハイアット子爵の発言をきっかけに、貴族たちから様々な意見が出る。積極的に攻勢に出るか、あるいは敵側の戦力を引きつけておく役割に徹するか。数の上では半々程度に意見が割れる。


「諸卿の考えはどちらも一理あるが……決断を成すのは大将であるアーガイル卿だ」


 議論が落ち着いたところで、そう言ったのはフェルナンド・アルメリアだった。

 表向きの立場としては将の一人だが、この別動隊におけるアルメリア家の代表者でもあるフェルナンドの言葉は重い。貴族たちは発言を止め、天幕内の最上座に立つウィリアムの方を向く。


「……えっと」


 一斉に視線を向けられて少しばかり慄きながら、ウィリアムは内心を懸命に隠して冷静を装い、思案しつつ口を開く。


「確かに、現時点ではこちらが戦力的に有利かもしれません。ですが、余裕をもって戦えるほどの差ではありません。もちろん、うちのアーガイル軍や皆さんの軍の実力と士気は高いものと信じていますが、何が起こるか分からないのが戦場の現実。僕たちはそれを、昨年の戦いで身をもって知ったはずです……こちらはあくまでも別動隊。本隊の王領侵攻に際して、援護のためにヴァロワール家の陣営を引きつけておくのが役割です。攻勢による勝利の利点も大きいのは確かなので、状況を見て攻勢に出ることはあるかもしれませんが、最初から攻勢を前提として行動するのは止めておきましょう。万が一苦戦を強いられて押し込まれれば、こちらの陣営の計画が根本から崩れかねません」


 攻勢を主張した貴族たちの面子も潰さないように言葉を選びつつ、ウィリアムは語った。


「今回の戦いにおいては、危険を冒さないのが大前提だ。アーガイル卿の結論は、アルメリア家の意思にも沿ったものと言えるだろう」

「こちらに一万弱もの兵力を向ければ、ヴァロワール家の陣営もさらなる軍事行動をとることはできないでしょうからね。それに、総合的な実力で不利なら敵側も下手に攻めに出ることはしないはずです……守りやすい地点を確保して、そこで南を睨んでおけば、牽制という目的は十分に達成できますか」

「妥当な結論であることは間違いないと思います。それがアーガイル卿の大将としての決定であれば、当家としても反対の理由はありません」


 フェルナンドはアルメリア家の代表者という立場からウィリアムの考えを支持し、大兵力を供出した有力貴族として発言力の大きいルトガーもそれに続く。同じく有力貴族として発言力があり、最初に攻勢の選択肢を語ったトレイシーも、守りに徹することに同意する。

 こうして主要な貴族たちの賛成が並べば、中小の貴族たちも表立って反対はしない。当初の予定通り、あくまで本隊の援護として敵を牽制することが最終的な方針として定まる。

 結論が出たことで軍議は終了し、数日中に南進を開始することを確認し合い、この場は解散。無事に話がまとまったことでほっと一息つくウィリアムに、歩み寄ったのは伯父であるルトガーだった。


「さすがは聡明なアーガイル卿だな。大将として上手く話をまとめてくれた」

「いえ、そんな……これも伯父上や皆さんの助けがあったおかげですぅ」


 親しげに肩を叩いて言うルトガーに、ウィリアムは照れ交じりの笑みで答える。


「そう卑下することもないさ。大将としての語り口は本当に巧みだったぞ。冷静で分かりやすく、配慮も行き届いていた。なあ、ハイアット卿?」

「はい。従うこちら側としても安心感のあるお話しぶりでした」


 ルトガーが声をかけると、トレイシーも首肯する。


「私としても、バルネフェルト卿に同感だ。アーガイル卿はなかなか大将らしく振る舞っておられたと思う」


 さらにフェルナンドもそのように語り、彼に褒められると思っていなかったウィリアムは小さく片眉を上げた。


「願わくば、もう少し自信ありげな表情と声色でいてもらえると、さらに頼もしさを感じられるのだがな」

「……が、頑張ります」


 答えるウィリアムの何とも言えない表情を見て、フェルナンドは微苦笑を零した。

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