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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第二章 新しい隣国の選び方

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第47話 望まざる大役

 アルメリア侯爵家は、第一王女ロゼッタ・レグリアをこそ正当なる王位継承権者と見なす。ジュリアーノ率いる第一王子派の攻撃によって危機に陥っている第一王女派を救うため、冬明けの後に軍を南進させる。志を同じくする各家においては、共に行動してほしい。

 ミランダ・アルメリア侯爵よりそのような要請がなされたのは、ウィリアムがフレゼリシアに帰ってしばらく経ち、既にモンテヴェルディ家もレアンドラに移住していった後のことだった。


 今回の軍事行動では、第一王子派の支配域だけでなく、第一王子派と連帯するヴァロワール侯爵家の陣営の勢力圏に向けても進軍することとなる。兵力を二つに分けるため、出征の要請と合わせて、軍の振り分けに関する指示も各家になされた。

 現在のアルメリア家の陣営、大陸東部の北側一帯において西寄りに領地を持つアーガイル伯爵家には、西からヴァロワール家の陣営を牽制するよう指示がなされた。陣営の盟主たる自身は東から王領を攻める本隊の大将となるので、ウィリアムには西からヴァロワール侯爵領を睨む別動隊の大将を担ってほしいと、ミランダより送られてきた書簡にはそう書かれていた。


「なんで僕が大将なのぉ~? 責任重大すぎるよぉ~!」


 城の主館の廊下を歩きながら、ウィリアムは嘆く。ここ最近は憂いを抱くこともない日々が続いていたので、こうして盛大に嘆くのは久々のことだった。

 書簡によると、別動隊におけるアルメリア家の代表者としては、ミランダの嫡男フェルナンドが置かれるという。彼は次期アルメリア家当主で、すなわちアルメリア王国の次期君主であるが、今は貴族家の継嗣に過ぎない。となると、相応の立場の者――貴族家の現役当主で、家格も高い者が別動隊の大将となるのが望ましい。

 アーガイル家当主たる自分が選ばれたのは、ウィリアムも理屈としては理解できる。先の戦争で目立つ戦功を示し、家格も高く、今後はさらに爵位が上がる予定。最適な人選と言える。

 が、感情的にはとてもではないが歓迎できない。むしろ勘弁してほしい。アルメリア家に臣従する義務として兵力を出すのならばともかく、ひとつの軍勢の全責任を負う立場になるなど、あまりにも荷が重い。


「大丈夫です、閣下。ロベルト様や私もお傍でお支えしますし、フェルナンド様やバルネフェルト閣下、ハイアット閣下も将として行動を共にしてくださるのですから、少なくとも実務の点では閣下にそうご負担がかかることはありません……それに、別動隊の任務はあくまでも、ヴァロワール家の陣営の兵力を引きつけておく牽制です。積極的に攻める必要はありませんから、そう過酷な状況にはならないでしょう」

「上手くいけは、ここが最後の頑張りどころになります。レグリアの王位争いで第一王女派が勝利すれば、アルメリア王国はレグリア王家の承認を受けて独立。以降はそうそう本格的な戦争も起こらないかと。アーガイル伯爵領も、また長い平和を謳歌できます」


 ウィリアムの後ろに続くギルバートとアイリーンが、それぞれ慰めと励ましの言葉を語った。


「それはまあ、二人の言う通りだけど、でも……」

「「……でも?」」

「こ、怖いよぉ~! 大将なんて柄じゃないよぉ~!」


 兄姉のような存在である側近たちしかいないこの場で、ウィリアムは遠慮なく涙目になりながら嘆き続ける。

 もちろん、ウィリアムも貴族家当主として現実は理解しており、ミランダより与えられた役割から逃れられるとは思っていない。冬が明け、いざ軍事行動に臨むまでには覚悟を決めるつもりでいる。家臣や領民、伴侶、そして生まれたばかりの娘に平和な人生を与えるために、必要とあらば全力で戦う心持ちでいる。

 なので、今は許してほしい。ウィリアムはそう前置きした上で嘆いているので、ギルバートもアイリーンも窘めはせずに主の愚痴を聞いてくれる。


「うわぁ~ん…………はぁ。それじゃあ、しゃきっとしなきゃね」

「見事なお立ち直りです、閣下」

「参りましょう。徴集兵たちが待っています」


 ひとしきり嘆いてすっきりした表情で言い、ウィリアムは目元をくしくしと拭う。アイリーンとギルバートが、気持ちを切り替えて主館を出る主に続く。

 今度の出征では、アーガイル伯爵領軍の半数に加え、前回は従軍しなかった任期制兵士と徴集兵たちを連れていくことになる。動員予定の徴集兵の再訓練が行われている場へ、ウィリアムはこれから激励を兼ねた視察に赴くところだった。

 既に年も明け、出征までの猶予は二か月ほど。準備は着々と進んでいる。


・・・・・・


 リッカルダ・レグリア第二王女がヴァロワール侯爵領の領都アレシーに到着したのは、一月の末のことだった。


「リッカルダ殿下、ようこそ我がアレシー城へ。殿下の御到着を心よりお待ちしておりました」

「まあ、嬉しいお言葉です。お出迎えありがとうございます、オクタヴィアン殿」


 喜色満面で彼女を迎えたのは、当代ヴァロワール侯爵オクタヴィアン。同年代の従兄でもある彼の出迎えに、リッカルダは清楚な微笑を作って答える。


「申し訳ございません。突然の来訪になってしまって」

「とんでもない! 他ならぬ殿下の御来訪とあらば、私はいついかなる時も歓迎いたします……しかしながら、先触れにてうかがっている急ぎの議題というのは、気になるところです。アルメリア家の陣営が南への進軍の気配を滲ませ、このヴァロワール侯爵領においても危険度が高まっているこのときに、殿下が御自ら会談に来られるほどのお話とは……」


 リッカルダは今回のアレシー訪問の理由について、王族である自分が直接話し合いに来なければならない重要な議題があるため、と先触れでオクタヴィアンに伝えていた。だからこその彼の言葉に対し、笑みを少し困ったようなものに変える。


「……実は、急ぎの議題というのは嘘なのです。アルメリア家の陣営が第一王子派に敵意を示し、それどころかヴァロワール家の勢力圏にまで侵攻する素振りを見せているという話を聞き、兄上に頼み込んで許しをもらった上でまいりました」


 上目遣いで。どこか罪悪感を抱えているような表情で。儚げな声で。リッカルダが言うと、オクタヴィアンはこちらの顔に、口元に、釘づけになる。


「……それは、何故です?」

「あなたが心配だったからです。そして、あなたの傍にいたかったからです」


 そう言葉を紡ぐリッカルダの唇を見つめながら、オクタヴィアンはごくりと唾を飲み込む。


「愚かなるアルメリア家の陣営、その侵攻に対して、誇り高きヴァロワール家当主であるあなたは自ら軍を率いて立ち向かうのでしょう。だとしたら、私はそんなあなたを見守りたい。戦地に赴くあなたを見送ってあげたい。あなたの勝利と無事の帰還を祈り、帰ってくるあなたを迎えたい。だって……あなたは私の、将来の夫なのですから」


 はにかみながらリッカルダが言うと、オクタヴィアンは息を呑んだ。


「新たな敵となったアルメリア家の陣営を牽制することで、あなたが第一王子派の勝利に貢献してくださったら、兄上はすぐにでも私とあなたの結婚を認めてくださいます。あなたが凱旋し、私たちの結婚が決定づけられるその瞬間を、あなたと一緒に迎えたい。心からそう思っています」


 自分には多少腹黒いところがあるとリッカルダも自覚しているが、そのような一面を見せているのは、兄ジュリアーノや口の堅い傍仕えの家臣たちだけ。一般には純真な王女ということで通っており、だからこそオクタヴィアンもリッカルダの言葉を疑いはしない。

 これまでオクタヴィアンに個人的な恋心を抱いているかのように匂わせてきたことも功を奏し、彼はどうやらリッカルダの言葉に無事ときめいてくれたようだった。表情を見れば分かった。


「リッカルダ・レグリア第二王女殿下。このオクタヴィアン・ヴァロワール、貴方様の御気持ちに心からの感謝を。勝利を成すことで私たち二人の幸福な将来を築き上げると、ここにお約束いたします」

「……嬉しいです。ありがとうございます、オクタヴィアン殿」


 花が咲くような笑顔を作り、一筋の涙を流してみせながら、リッカルダは答えた。

 オクタヴィアン・ヴァロワール。顔立ちはなかなかの優男。為政者としての評判もそれなりのもので、特に領民からの人気が高い。結婚相手としては悪くない。むしろ優良物件。

 それに、こうして色目を使ったときの反応は案外可愛らしい。彼の伴侶となる将来を、リッカルダはなかなか楽しそうだと思っている。

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