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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第二章 新しい隣国の選び方

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第46話 王子王女たちの思惑(最新地図掲載)

挿絵(By みてみん)


大陸東部の最新情勢を反映した地図です。

地図の茶色い線は山脈、黒い線は大陸の海岸線です。いずれも大まかなものです。

各領地の位置はおおよそのものです。明記されているもの以外にも、たくさんの中小貴族領があります。

 レグリア王国中央部、王領東端に位置する都市サヴォーナ。ここにあるサヴォーナ城を拠点とするロゼッタ・レグリア第一王女は、年末を前にミランダ・アルメリア侯爵から届いた書簡を開き、そして歓喜した。


「やった! アルメリア家が味方についた! これで何とかなるわ!」


 サヴォーナ城に置かれた自身の執務室。派閥の後ろ盾たるヴァレンテ・ジェルミ辺境伯と、弟であるファウスト・レグリア第二王子以外の人目がないのをいいことに、ロゼッタは子供のように飛び跳ねて喜ぶ。


 聡明な兄ジュリアーノ・レグリア第一王子に、自分が能力的に敵うとは、ロゼッタも思っていない。それでもこのような立場に生まれた以上、兄の率いる第一王子派を打倒しなければ自分に未来はないと理解はしている。だからこそ、派閥争いで優位を得ようとこれまで努めてきた。ジェルミ家の手助けを受けて、ジュリアーノの主導する国家事業を密かに失敗に追い込んだりもした。

 派閥争いが内戦に発展してからも、凡庸なりに頑張ってきたつもりだった。総合的には不利な状況ながら、従叔父であるピエトロ・ジェルミ子爵という強力な手札を使い、これまで戦ってきた。

 しかし、そのピエトロ将軍は死んだ。まだ戦いは終わっていないというのに、腹に矢傷を負ってそのままあっさりと逝ってしまった。一時はもう駄目かと思ったが、こうしてアルメリア家の陣営が参戦を決めてくれたのであれば、まだ十分以上に勝ち目がある。


「やはり、アルメリア王国の国家承認が決め手となりましたな」


 そう語ったのは、ヴァレンテ・ジェルミ辺境伯。かつては敵国領土だった王国中央部の東側一帯の監視と、東の洋上に点在する島国との出入口たる港湾都市の守護を担ってきた、ジェルミ辺境伯家の当代当主。


「伯父上の言った通りにして正解だったわ! アルメリア家の勝手を許すのは癪だったけど、逆転勝利して生き残れるのなら、もう何だって構わないわ!」


 ロゼッタにとっては、レグリア王家は自身が生まれた時から大陸東部を統べる存在。統一国家の主。だからこそ、できることなら現在の版図を維持した上で第一王子派を打ち倒し、王国の秩序を取り戻して動乱を収めたかった。アルメリア家とレスター家が王家の隙を突いて勝手に勢力争いを始めたことは、正直に言えば腹立たしかった。

 が、ここまで追い詰められた状況では贅沢も言っていられない。元より自分の才覚では大陸東部の統一を維持するのは難しいと分かってはいたので、伯父であるヴァレンテの進言を受け、妥協を決意した。


 領地の割譲に関しては貴族家同士の合意に依るものなので、現時点のアルメリア家でも好きにできる。が、爵位の下賜や陞爵・降爵に関しては独立した君主家のみが権限を持つ。ミランダ・アルメリア侯爵は傘下の貴族たちに爵位に関する確約などもしているようだが、現状の彼女は、未だ実効力のない約束をばら撒く大貴族に過ぎない。

 独立を確かなものとするには、独立宣言のみならず他国からの国家承認も必要。アルメリア侯爵からすれば、レグリア王家からアルメリア家の独立を許され、国家としての承認を受けるのが、最も手っ取り早い独立手段であるはず。

 だからこそ、アルメリア侯爵からの要求を呑むことが、共闘を成立させるほどの妥協として成立する。ロゼッタからすれば、個人的に気に食わない……という程度の不利益を我慢すれば命が助かり、王位も手に入るのならば、何ということはない。


「ほらファウスト、あなたももっと喜びなさいよ! 私たちの助かる道筋が見えたのよ!?」

「……ああ」


 ロゼッタの呼びかけに対して、しかし第二王子ファウストの反応は鈍い。


「どうしたのよ、こんなにおめでたいのに、そんな暗い顔をして」

「いや……アルメリア家の独立を許したことで、結局レグリア王国を崩すことになってしまった。いざこうなると、やはり後悔せずにはいられない。ピエトロ将軍が俺を守って死ななければ、俺たちがここまで妥協することもなかった。姉上の予備という価値しかない俺が死んで、ピエトロ将軍が生きていれば、違う結果に……」

「もう、そんな馬鹿なこと言わないで頂戴! あなたが死んでいいわけないでしょう? 私の弟なんだから!」

「王女殿下の仰る通りです。王子殿下もまた、レグリア王国にとって至高の存在。命と引き換えに殿下をお守りしたことを、我が従弟も誇りに思っているはずです」


 ファウストの言葉を、ロゼッタもヴァレンテも否定する。

 ファウストは戦場における第一王女派の旗頭として、名目上の最高指揮官を務めていた。そしてピエトロ・ジェルミ子爵は、ファウストの参謀として指揮の実務を担っていた。

 しかし、秋に発生した会戦で、第一王女派は多勢に無勢の状況から危機に陥った。士気崩壊を防ぎつつ多くの将兵を逃がすためにぎりぎりまで戦場に残ったファウストを守るため、ピエトロは囮となり、結果として死に至る重傷を負った。

 生真面目な性格のファウストは、ピエトロの代わりに自分が死んだ方が第一王女派にとってはよかったのではないかと、ここ最近は自責の念を抱き続けている。


「冬の間に態勢を整えて、春からはアルメリア家の陣営と連係して反撃開始よ。そのときにはまたあなたがうちの軍の旗頭になるんだから、過ぎたことを悔やんでばかりいないで、しっかり頑張ってよね! ピエトロ将軍に申し訳なく思うのなら、勝ってお墓に報告に行きなさい。最後まで生き残って、ちゃんと自分で行くのよ!」

「……分かった」


 腰に片手を当て、もう片方の手でびしっと指を差しながらロゼッタが言うと、指差されたファウストは少しの間を置き、覚悟を表情に滲ませて頷いた。


・・・・・・


 アルメリア家の陣営が、再び軍事行動を行う兆候を見せている。第一王女派を支援し、第一王子派を攻撃するための出征の準備を進めるよう、ミランダ・アルメリア侯爵より陣営の貴族たちに要請がなされたという。

 そのような報告がジュリアーノ・レグリア第一王子のもとへ届けられたのは、年が明けた東部統一暦九八六年のことだった。


「……やはり動くか。このまま最後まで静観してくれれば、それが一番ありがたかったのだが」


 自身の執務室。抑揚の薄い声で呟きながら、ジュリアーノの顔には確かな苛立ちの色が浮かぶ。

 父ヴィットーリオが崩御してからの初動に関しては、叶う限り最良と言っていい成果を上げられた。母方の実家であるヴァロワール家の援助も受けながらこれまで行ってきた根回しは見事に効果を発揮し、忌まわしい異母妹弟たちを王都トリエステから追い払い、王領と王国軍の七割までを手元に置くことに成功した。

 しかし、以降は苦戦が続いている。より正確に言えば、第一王女派との戦いそのものは優勢に進めているが、思っていたほどには楽に勝てていない。


 強敵になるとは分かっていたが、ピエトロ・ジェルミ子爵は予想外に強かった。今年のうちに第一王女派を完全に打倒できる想定でいたが、ピエトロ将軍の堅い用兵に手こずった。

 加えて言えば、味方が足を引っ張った部分もある。王国軍はさすがの精強さを見せてくれたが、問題は第一王子派についた貴族たちの手勢。練度はばらつきがあり、貴族同士の縄張り意識や各々の野心も邪魔となって連係が拙かった。各部隊がジュリアーノの思い通りに動かない、あるいは期待したほどの力を発揮できない場面もあり、兵力的には倍ほどの有利を保ちながら、その数に任せてピエトロ将軍を仕留めるのが精一杯だった。


 軍事的には最大の敵と言っていいピエトロ将軍をようやく討ったと思ったら、貴族どもは中立派を排除しろと大合唱。第一王子派の優勢を維持する上で貴族の支持は欠かせないため、拙速な一手とは理解しながら、ジュリアーノは中立派粛清に乗り出さざるを得なかった。

 そのせいで行政に大なり小なり混乱が生まれている中での、アルメリア家の陣営が参戦しようとしているという報。可能性のひとつとして予想していたとはいえ、野心旺盛な貴族たちに悩まされていたこの状況でさらに思い通りにいかないことが増えるとなると、不愉快にならずにはいられない。


「面倒なことだな。己の能力は敵側に秀でていても、味方に我の強い無能が多いとこうも上手くいかないものか」


 武力を用いる段階に入ると、宮廷内での政争のようにはいかない。どうしても配下の実力や判断に頼る部分が増え、そうなれば想定通りに事が進まない場面も増える。

 昔から誰もが認める才人である一方で、だからこそ周囲の人間の大半が馬鹿に見えて仕方がないジュリアーノとしては、むかつきを覚える日々が続いている。


「王位についたら、そんな日々がずっと続くんですよ、お兄様。いえ、今以上に面倒が増えることでしょうね……いっそ止めてしまう? 名前も身分も捨てて、一緒にどこか遠くへ逃げる?」


 ジュリアーノが唯一信頼する味方、父母を同じくする妹である第二王女リッカルダが、いたずらっぽい笑みを浮かべて言う。それに、ジュリアーノは不敵な笑みを返す。


「馬鹿を言うな。ここまで来て今さら止めるものか……こういうときのための手は考えてあるのだから問題ない。計画を修正して、粛々と戦いを進めるだけだ」

「それじゃあ、ヴァロワール家の陣営にも動いてもらうのね?」

「ああ。アルメリア家の陣営の南進に備えて、王領とヴァロワール侯爵領の両方から兵力を北に向ける。おそらく敵側も東と西の両方から南進してくるだろうが、これなら対抗できる……ヴァロワール家には既にこちらへの援軍に兵力を割いてもらっているが、アルメリア家の陣営との対峙にも抜かりなく臨んでもらいたい。なのでリッカルダ、悪いがヴァロワール卿のもとへ出向いてくれるか? お前が励ましてやれば、彼は多少無理をしてでも力を尽くすだろう」

「構わないわ、任せて頂戴」


 兄の言葉に苦笑しながら、リッカルダは頷く。

 当代ヴァロワール侯爵は、第二王妃の姉の息子。ジュリアーノとリッカルダから見れば従兄にあたる。その彼がリッカルダに惚れきっているのは、王国の貴族社会では公然の秘密。ヴァロワール家がこれまで全面的に第一王子派に協力してくれているのも、レグリア王家との姻戚関係はもちろん、リッカルダに良い顔をしたいという侯爵の個人的な思惑もあってのこと。

 ジュリアーノとリッカルダも彼の恋心を利用し、彼が多大な貢献をした暁にはリッカルダが彼のもとへ輿入れすることを約束している。アルメリア家の陣営が参戦してくるであろう現状で、リッカルダが彼のもとへ赴いて協力を願えば、ヴァロワール侯爵はアルメリア家の陣営を牽制しようと全力を尽くしてくれるはず。


「よろしく頼む。王領側の備えに関しては、レスター派からこちらへ鞍替えしてきた連中も役に立つだろう……そうして兵力を集めて北の敵に対抗しつつ、第一王女派の打倒を完遂する。その後に主力を北に移し、全力をもってアルメリア家の陣営を叩き伏せ、反抗の意思を削いで主従関係を分からせてやる」


 レグリア王家による大陸東部の支配を止めるつもりはない。亡き父のように、ちまちまとしたやり方で王権を強めていては話にならない。ヴァロワール家を従えている現状を利用し、力をもってアルメリア家と取り巻きの貴族どもに罰を与える。あの陣営を弱らせておけば、元より隣国との紛争に注力せざるを得ないキルツェ辺境伯家の陣営も、もはや逆らいはするまい。有力な敵のいなくなったレグリア王家は強力かつ絶対的に、大陸東部の覇権を握ることになる。

 自分にならば、それができる。ジュリアーノはそう信じて疑わない。

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― 新着の感想 ―
大差のなかった二陣営から選ぶ自由があった初戦から、今度は否応なく大逆転をかけた戦いに引き摺り込まれていく展開もまた面白いです。 自分の凡庸さを正しく理解し感情はおいて、なりふり構わず生き残りをかける第…
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