第44話 助力と見返り
数日後。本格的な冬が始まる前にモンテヴェルディ家の件をミランダに相談すべく、ウィリアムはエミリアーノと共に、アルメリア侯爵領レアンドラに向けて出発した。
数日の移動を経て無事レアンドラに到着し、ミランダと面会。冬前の突然の訪問を詫びつつ、モンテヴェルディ家を宮廷貴族としてアルメリア家に迎えてもらい、爵位もそのまま認めてもらうことができないかを相談する。
先触れの時点で相談の概要は伝えていたので、ミランダはウィリアムの提案に驚くこともない。
「モンテヴェルディ家の事情、あらためて承知した。その上でひとつ、モンテヴェルディ卿に確認しておきたい……中立派を粛清した第一王子派が打倒され、最終的に第一王女派が勝利する結果となったとしても、トリエステの宮廷へと戻ることなく我がアルメリア家に仕えてくれるか?」
逆にエミリアーノと、その隣に座るウィリアムの方が、ミランダの問いかけに驚きを示す。
「……はい。王都を去る前の第一王女派とも、我々中立派は決して良好な関係を築いていたわけではありません。たとえ第一王女派が逆転勝利したとしても、中立派がこれまで通りの扱いを受けられるとは思い難い。王家と王国社会のために愚直に働く存在であるために、あえて派閥争いから距離を置いて実務に徹してきましたが、その結果がこの様となれば、もはやレグリア王国の宮廷に戻ろうとは思えません。最も近しい親類たるアーガイル家と同じ国に属し、同じ君主を戴き、新たな時代を歩んでいきたいと考えています」
第一王女が勝利して次期君主となれば、最も優遇されるのは当然ながら彼女の派閥。その第一王女派から見れば「こちらの派閥を選ばず、王都に残って日和見を決め込んだ連中」である中立派の名誉や立場が、戦前と同じまでに回復される保証はない。冷遇が続くのは目に見えている。それどころか、下手をすれば命の危険もある。
そんな場所へ戻るよりは、アーガイル家との姻戚関係が強力な後ろ盾として機能するアルメリア王国で、新たに宮廷貴族となる方がいい。エミリアーノがそのように考えたことは、ウィリアムにも想像できた。
「ならばよい。今回の申し出を、こちらとしても喜んで受け入れたく思う。卿の経験と能力に相応の要職を任せ、アルメリア王国再興の後も貴家の子爵位を保障することをここに約束しよう。アルメリア家は卿を落胆させるような君主家にはならないことを、当主として約束する」
ウィリアムとエミリアーノの願いを、全面的に聞き入れる返答。立場を安堵されてようやく落ち着いたのか、エミリアーノがほっと息を吐くのが、ウィリアムにも聞こえた。
「モンテヴェルディ家に関しては、アーガイル家の姻戚ということで、私も家名とその立場は知っていた。我がアルメリア家は今、優秀な官僚を欲している。レグリア王国の宮廷で要職を担い、経験も豊富なモンテヴェルディ卿の臣従は願ってもないことだ……そして、信用の点でも。いずれアルメリア家と姻戚関係で結ばれるアーガイル家、その最も近しい姻戚となれば、私も安心して仕事を任せられる」
ミランダの言葉に、エミリアーノは間もなく表情を引き締め、深く一礼する。
「閣下の慈悲深き御采配に、心より御礼申し上げます。アルメリア家と、そしてアーガイル家のためにも、閣下よりいただいた信用に忠節と働きをもってお応えすることを誓います」
「アーガイル家としても、姻戚であるモンテヴェルディ家を庇護していただけますこと、感謝申し上げます」
アーガイル家との姻戚関係あっての信用。おそらくはそれを分かっているからこそ、エミリアーノはそのように語った。それに、ウィリアムも相談を持ち込んだ立場として続いた。
「貴家の忠節と、卿の働きに期待している。これからよろしく頼む……さて。モンテヴェルディ家の一件とも関連することだが、レグリア王家をとりまく情勢の変化に伴い、我がアルメリア家の陣営としても新たな行動を起こすこととなった」
「……畏れながら、第一王女派の味方として、アルメリア家の陣営も王家の派閥争いに介入するのでしょうか? だからこそ、モンテヴェルディ卿に先ほどのような問いかけを?」
第一王女派が勝った場合の意思をエミリアーノに尋ねたということは、今や圧倒的に不利な第一王女派が勝利する可能性がまだあるとミランダが考えているということ。ここから第一王女派が逆転するには、他の陣営が味方として介入するしかない。
そう思ってウィリアムが尋ねると、ミランダは薄く笑む。
「さすがは聡明なアーガイル卿だな。まさしくその通りだ……ピエトロ・ジェルミ子爵の戦死については当家も情報を掴んでいる。王領に置いている当家の諜報員から報告を受けた他、ロゼッタ・レグリア第一王女からの親書によっても知らされた。我がアルメリア家の陣営に、第一王女派の友軍として軍事的助力を成すよう要請する旨が、親書には併せて記されていた。そして私は、この要請に応じることを決断した」
ロゼッタ・レグリア。今は亡きヴィットーリオ・レグリア国王と第一王妃の間に生まれた長女にして、第一王女派の盟主。彼女が親書にて露骨に助力を求めることからして、第一王女派がどれほど切羽詰まっているかが分かる。
「実は数か月前にも、第一王女からは一度親書をもらっていた。だが、このときは『第一王子派を打倒するために共闘しよう』といった文言で参戦を呼びかけられてな。当時はピエトロ将軍がいるためにまだ余裕のあった第一王女派としては、アルメリア家に借りを作らずに味方を得たかったのだろうが、見返りもなく事実上の助力を成すほど尻の軽い存在だと思われたのは当家としては心外だった。また、こちらは当家も同志たちも大規模な軍事行動の直後で疲弊し、レスター家より割譲された新領地の管理にも追われていた。なので、王女殿下のお誘いにお応えしないことを心苦しく思いつつも、その際は丁重に固辞させていただいた」
皮肉な笑みを浮かべてわざとらしく丁寧に言ったミランダに、ウィリアムは何とも言えない苦笑いを返し、エミリアーノも無難な微苦笑を見せる。
「だが今回送られてきた親書では、第一王女派は明確に助けを乞うてきた。ピエトロ将軍を失って危機感を覚えているからこそ態度が変わったのだろうが、救援要請に応えるとなれば、こちらとしても相応の礼をしてもらわなければならない。なので私は、こちらが助力して共に第一王子派を打倒した暁には、アルメリア王国の再独立を承認してくれるよう求めた。今この状況ならばこれほど大きな要求も受け入れられると思いながらな。それに対する第一王女の返答があったのが、つい一週間ほど前のこと。予想通り、こちらの求めに応えると、第一王女と第二王子の連名での署名がなされた誓約書を受け取った」
国を成立させるには、ただ独立を宣言して自分は君主だと主張するだけでは足りない。他の国から承認されて初めて、名実ともに独立国を名乗ることができる。その点で、これまで属していたレグリア王国の王家から国家として承認を受けるというのは、アルメリア王国の再興に実効力を持たせる上で最も都合が良い。それはウィリアムとしても理解できる話だった。
「加えて言えば、第一王子派はどうやら、アルメリア王国を国家として承認するつもりがないらしい。今までジュリアーノ第一王子のもとへ私的な書簡を何度か送り、その気があるか探りを入れてみたが、曖昧にはぐらかされただけだった」
「あぁ……ジュリアーノ第一王子のお人柄からして、第一王女派もアルメリア家の陣営も自力で打倒して、レグリア王国の今の版図を維持しようと考えていてもおかしくないですねぇ。ヴァロワール家とも手を組んでることですし」
「私もそう思う。ほぼ間違いなく、第一王子はそのような目論見を抱えていることだろう。さすがは自信みなぎる元王太子殿下と言うべきか」
第一王子ジュリアーノ・レグリアは、良くも悪くも王族らしい性格。自分は偉く、至高の存在であると信じて疑わない。それは決して単なる自惚れではなく、彼は自尊心に見合うだけの能力も持っている。為政者としての指導力は未知数だとしても、一個人としては極めて聡明で優秀だというのが、王国貴族社会の評価だった。
彼が王太子の地位を剥奪されるきっかけとなった失態も、彼自身の能力不足から来るものではなく、おそらくは第一王女派の妨害によって起こったもの。ジュリアーノの前でこの一件を連想させる話をするのは厳禁だと言われており、もし「元王太子殿下」などと意味深な呼び方をしようものなら、ジュリアーノは激怒しかねない。ミランダはおそらく、それを知った上であえて挑発的な呼び方をしている。
ともかくジュリアーノは、本人の能力が高いことは間違いない。何せ、第一王女派との戦闘の幾つかでは自ら指揮をとり、数の有利があったとはいえピエトロ将軍を相手に善戦しているほど。
そんな彼の率いる第一王子派は、彼の母方の実家、四大貴族家の一角であるヴァロワール侯爵家とも手を結んでいる。第一王女派を打倒してしまえば、王家とヴァロワール家の勢力圏は大陸東部の半分近くに及ぶ。残る勢力のうち、キルツェ辺境伯家の陣営は南の国境地帯の防衛に軍事力の多くを割かなければならないため、今のところ動乱において静観の姿勢を維持。となると、アルメリア家の陣営だけでは王家とヴァロワール家の連合に対して不利となる。
だからこそ、第一王子派は無理にアルメリア家の陣営を味方につける必要も、そのためにアルメリア王国の再興を認める必要もない。誇り高く自信家のジュリアーノ第一王子のことなので、邪魔な第一王女派を排除した後に、調子に乗っているアルメリア家の陣営を叩き伏せ、レグリア王家による大陸東部の支配をより一層強めようなどと考えていることは容易に想像できる。
「当家としては、厄介な敵となるのが明らかな第一王子派とヴァロワール家には、このまま勝ってほしくはない。アルメリア王国の再興を認めている上に、こう言っては悪いが凡庸な第一王女がレグリアの王位を継ぎ、隣人となってくれるのが最も都合がいい。それが叶わず最終的に第一王子派が勝つとしても、容易く快勝してほしくはない。できるだけ戦力を削られ、疲弊してもらえれば、対峙する上でやりやすくなる。なのでアルメリア家当主として、王家の内紛に参戦することを決意したというわけだ」
「……なるほどぉ」
ミランダの意図を正確に理解し、その意図はまったくもって妥当なものだったので、ウィリアムとしても納得する。心情的に歓迎するかどうかは別として。
「とはいえ、今回はあくまで助力の立場だ。あまり深入りはせず、当家の陣営から流れる血も少なくなるよう努める。たとえ第一王女派を見限ることになったとしても、損害が増えて本末転倒となる前に手を引く。アーガイル家にも、あまり負担をかけないようにしたいと思っている。卿としては複雑な心境かもしれないが、私の決断を支持してもらいたい」
「そんな、とんでもないです。閣下よりいただくご配慮、誠にありがたく思います。臣従を誓った立場として、今回も全力で努めさせていただきますぅ」
ウィリアム個人の気持ちとしては、できれば戦いたくない。自家の家臣や領民たちを命懸けの戦いに投じたくはない。
が、そうもいっていられないのがこの動乱の時代。長い目で見れば、ここで第一王女派を助けておく方が良い結果となる――というよりも、最悪の結果を避けられる可能性が高い。
また、アルメリア家と姻戚関係を結ぶ誓約まで交わしたアーガイル家は、もはや一蓮托生の立場にある。ウィリアムがミランダの意向に今さら異を唱えることも、よほどの理由がなければできない。だからこそ、笑顔を作って答える。
「そう言ってもらえるとありがたい。今年のうちにも陣営の各家に使者を送り、来春の動員に向けた準備を正式に要請するつもりだ。貴家にもあらためて連絡しよう」
アルメリア家はモンテヴェルディ家の受け入れ態勢を整え、アーガイル家は冬明けの出征に向けて妥当な動員を成す準備を整える。互いにそのような約束を交わし、会談は終わった。




