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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第二章 新しい隣国の選び方

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第39話 躍進祝い

 東部統一暦九八五年の九月。アルメリア侯爵領の領都レアンドラに、貴族たちが集っていた。

 元よりアルメリア家の陣営にいる貴族たちに加え、レスター家の陣営から鞍替えした貴族たちも合わせ、百近い貴族家の当主やその名代たちが揃ったレアンドラ城の大広間。そこで今から開かれるのは、陣営の躍進を祝い、新たな同志たちを歓迎する宴。

 昨年末に開かれた宴と比べてもさらに豪奢で賑やかな空気が漂う中に、アーガイル伯爵ウィリアムも当然いた。


「それにしても、レスター家の陣営だった人たちもいる中で実質的な戦勝祝いっていうのは、やっぱり少し気まずいですねぇ」

「ははは、まあ気持ちは分かるぞ。だが、祝うのはあくまでも、レスター派ではなくレスター家に対する勝利だ。アルメリア閣下もその前提で語られるだろうから、あまり気にしなくていいさ」


 先の戦争では敵味方に分かれて殺し合った貴族たちが集う宴の場。周囲の様子を伺いながらウィリアムが言うと、伯父であるルトガー・バルネフェルト伯爵が笑いながら返す。


「バルネフェルト卿の仰る通りです。この宴は旧レスター派の貴族たちの歓迎も目的のひとつとされているんですから、彼らへの配慮はそれで十分でしょう……宴が終われば、いよいよ戦争の論功行賞です。事前調整を終えているとはいえ、期待が高まりますね」


 ルトガーに続けて語ったのは、ウィリアムにとって領主貴族としての隣人であるトレイシー・ハイアット子爵。それまでは隣人のわりに交流が少なかった彼女とは、会戦の重要な局面で共闘して以来、少し仲良くなった。

 そんなトレイシーは、奮戦の対価としてアルメリア家より与えられる褒賞を何よりの楽しみにしているようで、目が爛々と輝いている。

 この数か月でアルメリア家とレスター家の戦後処理も終わり、同時にアルメリア家の陣営の貴族たちに対する論功行賞も、各家とのおおよその事前調整が終わっているという。宴の後には、ミランダと当主たちが会談し、褒賞の内容を確定させることになる。


「ハイアット卿にとっては、待ちに待った日ですよねぇ」

「ええ。我がハイアット家の躍進が果たされる、記念すべき日です」


 以前まで、トレイシーはどちらかといえば物静かな気質の――もとい、陰気な人物だという印象だった。しかし、元々の宗主であるレスター家ではなくアルメリア家の陣営につくという一か八かの博打に勝利し、躍進を確定させて以来、彼女は目に見えて明るくなり、活き活きとしている。この方が接しやすくていいとウィリアムは思っている。


「……お、宴の主役がいらっしゃったな」


 そう言ったルトガーの視線の先をウィリアムたちも向くと、ちょうど盟主であるミランダが大広間に入ってきたところだった。彼女はそのまま大広間の奥、一段高くなった場へ立ち、貴族たちの注目を集める。


「諸卿。今日この場に来てくれたことに心から感謝する。これほど多くの王国貴族が一堂に会してくれたことを、宴を主催するアルメリア家当主として誠に嬉しく思う」


 ワインの杯を手に、ミランダは語り始める。


「昨年の末にも、このレアンドラ城の大広間で宴が開かれた。そこで同志となった貴族家と共に、アルメリア家は因縁を抱える敵であったレスター家と戦い、勝利を成した……そして戦いのときは終わり、多くの貴族家が新たに我がアルメリア家の陣営に加わってくれた。かつての敵であったレスター家もまた、今では我々の同志だ。彼らが同志となったことで、我が陣営は大きな躍進を果たした。今日は彼らを歓迎し、これからの共存共栄をここに誓おう」


 そう言って、ミランダは杯を掲げる。


「我々の繁栄に!」


 ミランダが高らかに言うと、集った貴族たちも杯を掲げながら復唱した。


・・・・・・


 そして始まった宴で、ウィリアムは昨年末と同じように、むしろ昨年末以上に、他の貴族たちの挨拶攻勢を受ける。

 先の戦争では一際の活躍を見せたウィリアムに対する評価は、既に大きく変わっている。貴族たち全てが手のひらを返して大絶賛……というわけにはさすがにいかないものの、「平時は少々頼りないが、聡明で、いざというときは勇敢さを発揮する人物」といった評価に落ち着き、皆から一目置かれるようになっている。

 そのような評価向上に加え、元より有力貴族である上に戦勝に貢献したウィリアムは今後ますますミランダから厚遇されるだろうという予想もあってか、新たに陣営に加わった者も含めて多くの貴族がウィリアムのもとへ押し寄せる。少しでも言葉を交わし、繋がりを深めよう、あるいは新たに繋がりを得ようと集まってくる。


「大人気だな、アーガイル卿」


 挨拶の波をようやく乗り切り、一段落した頃。ワインを口にしてほっと一息つくウィリアムに声をかけてきたのは、ミランダの嫡男であるフェルナンド・アルメリアだった。


「あっ、フェルナンド殿……はい、おかげさまで、皆さん友好的に接してくれています」

「我々の陣営の勝利と共に、卿の活躍も広まっているからな……だが、どうやら卿の振る舞いはあまり変わらないようだ。戦場では勇敢に振る舞えるのだから、普段からもっと堂々としてもいいのではないかと思うが?」


 先の戦争で、ウィリアム率いるアーガイル軍とフェルナンド率いる騎兵部隊は見事に連携し、敵騎兵部隊を撃退した。それもあり、戦後二人は少し打ち解け、だからこそフェルナンドの言葉選びも以前より明け透けなものになっている。


「いやあ、バルネフェルト卿やハイアット卿からも、何ならうちの側近たちからも同じように言われたんですけどぉ……やっぱり、いざというときは頑張れても、普段の言動から変えるのはなかなか難しいみたいです」


 頭をかきながらウィリアムが言うと、フェルナンドは苦笑する。呆れ交じりの笑みだが、そこにウィリアムを侮るような色はない。


「そうか。では、もはやそのような振る舞いが卿の個性と思うしかないのだろうな……平時はそれでいいだろうが、やるときはやる傑物のままでいてくれよ。いずれ卿の家に、私の息子か娘を送り出すのだからな」

「は、はい。頑張りますぅ」


 ぐっと拳を握って意気込みながら、しかしやはり気弱そうに見えるウィリアムの返事に、フェルナンドは再び苦笑を零した。

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