エピローグ/プロローグ
東部統一暦九七一年。ジルベール・アーガイル伯爵の執務室に、少し前に七歳の誕生日を迎えたばかりの嫡男ウィリアムが入ってきた。
「父上、父上ぇ~」
「どうしたウィリアム。今度は何を怖がっているんだ?」
手に本を抱え、怯えた表情を浮かべながらとぼとぼと歩み寄ってくる幼い息子に、ジルベールは苦笑して語りかけながら、書類仕事の手を止めた。ウィリアムが本で読んだ何かしらを怖がるのはいつものことなので、我が子の様子に今さら驚くことはしない。
「ぼくはおおきくなったら、父上のあとをついで、りょうしゅさまになるんでしょう? ぼくはよわいし、泣き虫だから、死んじゃうかもしれないぃ~」
そう言って泣き出したウィリアムを、ジルベールはひとまず抱き上げると、その手にあった本を取る。
それは、ある領主貴族が英雄的な活躍をくり広げる昔話の物語本。内容はジルベールも知っている。主人公はひたすらに強く勇ましく、戦争を勝ち抜いて家臣や民を守り抜く。そのような物語を読んだために、自分にはとてもこのような真似はできないと、真似をしたら死にかねないと、どうやらウィリアムは考えたらしかった。
「ははは、お前はまた、なかなか面白い理由で泣くのだなぁ。想像力の豊かな子だ」
「ぼく、死にたくないぃ~。しあわせに長生きするって、母上とやくそくしたのにぃ~」
ジルベールが苦笑を大きくする一方で、ウィリアムは泣き声を大きくする。
ウィリアムがもっと幼い頃に病で世を去った妻は、せめて我が子は末永く幸福でいてくれるようにと願いながら、死の直前にウィリアムに語りかけていた。その際の母親との約束はウィリアムの記憶に強く残っているようで、こうして度々言及している。
「そうだな、どう言えばお前に理解できるか……ウィリアム。確かに領主貴族には、強さと勇敢さが必要だ。だがそれは、ただ見た目や振る舞いが力強く、そして勇ましくあればいいというわけではないんだ。お前が身に着けるべきは、本当の強さと勇敢さだ」
「うぅ~?」
理解しかねた様子で、ウィリアムは泣きべそをかきながら首を傾げる。
「弱気でもいいが、本当に弱くては駄目だ、勇ましくなくてもいいが、本当に勇気を持っていないのは駄目だ」
「父上、それって、ちがうことなのぉ?」
「ああ、違うことだ。例えば……もうすぐお前も勉強や鍛錬を始め、大人になれば領地運営や社交などの仕事に臨む。そんなとき、辛い苦しいと思うのはいい。実際に辛い苦しいと言うのも構わないだろう。だが、辛くて苦しいからと投げ出してしまうのは駄目だ。いつかこのアーガイル伯爵領に危機が迫ったとき、もしかしたらお前自身の身に危険が迫ったとき、それを怖がるのはいい。怖いと言ってもいい。だが、怖いからと逃げ出してしまうのは駄目だ」
家臣たちはウィリアムを可愛がり、愛してくれている。だからこそ、ウィリアムが弱音を吐いたとしても笑って受け入れるだろう。そしてこの賢い息子は、もう少し成長すれば、弱音を吐くことが許される者とそうでない者――家臣とそれ以外の者の区別をつけられるようになるだろう。そう思っているからこそ、ジルベールはこのように語った。
「やらなければならないことを投げ出さず、立ち向かわなければならないことから逃げ出さない。それが本当の強さと勇敢さだ。お前がこれから身に着けるべき強さと勇敢さだ」
「投げ出さず、逃げ出さない……そしたら、ぼくはしあわせに長生きできる? かしんやりょうみんの皆と、なかよくへいわにくらせる?」
家臣や領民たちと仲良く平和に暮らすことこそが、領主貴族の理想的な幸福のあり方。ウィリアムはそう考えている。亡き妻が彼に末永く幸福でいてほしいと伝える際、そのように語りかけたために、それがウィリアムにとっての幸福の定義となった。
だからこそこのように問いかけてきた息子に、ジルベールは答える。息子を安心させるため、力強い口調で。
「ああ、本当の強さと勇敢さを持てば、お前は幸せに長生きできる。家臣や領民たちと、仲良く平和に暮らせる……お前はまだ幼い。これからゆっくり努力を重ねていけばいい。私も、そして家臣や領民たちも、皆がお前の味方だ。安心して頑張りなさい」
父の言葉に、ウィリアムはこくりと頷いた。まだ少し怯えたような表情で、しかしその瞳から、ジルベールは強い意志を感じ取った。
ここまでが第一章となります。お読みいただきありがとうございました。
元々「その世界の歴史の主役ではない人物の物語」が好きで、行き着いた先が本作です。ここまでお楽しみいただけたのであれば幸いです。
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次回からは、月・水・金の週3回更新していければと思っています。
引き続き、ウィリアムの奮闘をご覧いただければ幸いです。




