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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第一章 偉大な王国、崩壊間違いなし

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第38話 憂いはない

今日は2話更新しています。次話までよろしくお願いいたします。

 クリフォードの葬儀が終われば、アルメリア家の陣営の貴族たちが集結を維持する必要もなくなる。以降の戦後処理はアルメリア家とレスター家の間で進められることであり、割譲された領地が論功行賞で分配されるとしても、それは今少し先の話。

 そのため、アルメリア家の陣営は軍を解散させ、各軍がそれぞれの貴族領に帰還することとなった。


「予定通り、午前のうちにアーガイル軍全体の帰還準備が完了するとのことです。午後には出発できます」

「そっか、ご苦労さま……やっと帰れるねぇ。疲れたねぇ」


 ロベルトの報告を届けてくれたアイリーンに答えながら、ウィリアムはぐっと伸びをした。

 ウィリアムが寝起きしていた天幕も、既に片付けられている。後は今座っている折り畳み式の椅子を荷馬車に積み込めば、ウィリアム自身もいつでも出発できる。

 アーガイル伯爵領を発ってから、既に一か月半ほど。戦闘そのものは一日のうちに終わったが、その前後の待機や移動なども、心身に疲労を与えるものだった。何より、愛する妻や居心地の良い我が家から遠く離れ、他家の貴族たちと毎日のように顔を合わせながら送る野営生活は、ウィリアムにとって非常に気疲れするものだった。

 それも、ようやく終わる。まだ帰路の移動が残っているが、伴侶の待つ我が家に帰るだけの旅路など、ここまでの苦労と比べれば何ということはない。


「帰ったら、ジャスミンとゆっくり過ごして、もうすぐ生まれる子供を迎える準備をして、本を読んで、市街地視察もして……あとは、二人の結婚の準備もしないとね」


 ウィリアムが言うと、アイリーンと、ウィリアムの護衛を務めているギルバートは二人で顔を見合わせる。それぞれ照れたような微苦笑を浮かべる。

 レスター家の降伏によって戦争が終結した後、ギルバートが結婚を申し込み、アイリーンがそれを承諾したという話は、既にウィリアムも聞いている。


「それじゃあ、最後にアルメリア閣下に挨拶をしておこうかなぁ」


 そう言って、ウィリアムは椅子から立ち上がる。アイリーンとギルバートを供として連れ、司令部天幕へと向かう。


 アルメリア家の陣営の野営地も、既に大幅に縮小されている。規模の大きいアーガイル軍は帰還準備に時間を要している方で、 伯父ルトガーの率いるバルネフェルト軍などは、何日も前に帰ってしまった。

 稼ぎ時を終えた商人や労働者たちも去り、随分と人が減ってしまった野営地の中を抜けたウィリアムは、司令部天幕の入り口を守っていたアルメリア家の親衛隊騎士に、ミランダとの面会を求める。確認を終えた騎士から許可を得て、天幕内に入ろうとすると――ちょうど入れ違いで外に出てきたのは、リュクサンブール伯爵ディートハルトだった。おそらくは、今後についてミランダと何か話し合いでもしていたのか。


「あ……」


 彼と鉢合わせしたウィリアムは、思わず固まる。先の会戦で激突した破壊騎兵たちの主と視線が合いながら、どんな顔をすればいいのか分からない。

 二人の間に少しの沈黙が流れ、先に動いたのはディートハルトの方。互いの後ろに控える護衛が警戒心を滲ませる中で――彼はウィリアムに、右手を差し出す。


「先のアーガイル軍の奮戦、お見事だった。強敵と戦えたことを光栄に思う」

「……こちらこそ。さすがはリュクサンブール伯爵家の名高き破壊騎兵、素晴らしく精強でした」


 ウィリアムはなんとか答え、握手に応じる。ディートハルトはそれ以上の言葉は残さず、歩き去っていった。


「……」


 昨日の敵が今日の友となり、顔を合わせ言葉を交わすことも、これからは珍しくなくなるのだろう。だからこそ、自分もこのような状況に慣れていかなければ。ディートハルトの背を無言で見送りながら、ウィリアムはそう思った。


・・・・・・


「入り口でリュクサンブール卿と出くわしただろう。何か話したか?」

「は、はい。お互いに先の健闘を称え合って、握手を交わしました」


 司令部天幕に入ったウィリアムは、面白がるような顔で尋ねてきたミランダにそう答える。


「そうか。今後は同じ陣営の仲間となる重要な二家の当主同士が、そのように良好な対面を果たせたのであれば幸いだ……それで、アーガイル卿。帰還の挨拶に来たということだったな?」

「はい。午後には帰路に発つので、その前にあらためてご挨拶をと思いまして……」


 ウィリアムの言葉を聞きながら、ミランダは傍らの家臣に何やら手振りで指示し、そしてウィリアムの方へ歩み寄ってくる。


「此度の戦争で我がアルメリア家の陣営が勝利を収めたのも、卿の活躍があったからこそだ。卿の率いるアーガイル軍の奮戦、そして卿の発案した偽装退却の策、どちらも我が軍の勝利に必要不可欠だった……卿の才覚に賭けてよかったと、心から思っているぞ」

「わ、私などがいただくにはあまりに勿体なき御言葉と存じます」


 恐縮しながら、謙遜ではなく本当に自分には過大な評価だとウィリアムは思っている。


 結果として、アーガイル軍の発揮した「リクガメの守り」は、アルメリア家の陣営が勝利を掴む要因のひとつとなった。また、ウィリアムが提案したアーガイル軍の偽装退却を作戦の起点とすることで、敵右翼は崩壊し、アルメリア家の陣営の勝利が決定づけられた。

 そうした戦果を経て、貴族たちがウィリアムに向ける視線も変わりつつある。ただ気弱で頼りない小僧だと見られることは、おそらくこれから大幅に減る。

 ウィリアムとしても自分が勇気を振り絞って頑張った自負はあるが、しかし大きな戦果を挙げたのはあくまでも結果の話。強かったのは自分ではなく将兵たちであり、偽装退却の策に関しては、思いつきを語ってみたらミランダに採用され、いざ実行したら幸運にも予想以上に上手くいっただけ。自分に戦争の才覚のようなものがあるとは思っていない。

 周囲から馬鹿にされなくなるのはありがたいが、あまり周囲からの評価が高まり過ぎて、自分の本来の能力を超えてしまうのも、それはそれで後々困ったことになりそうだと危惧している。


「おそらく卿は、自分は配下と時の運に恵まれただけで、受ける評価が過大だと思っているのだろう……ははは、どうやら図星のようだな」


 たった今内心で考えていたことを言い当てられて引きつるウィリアムの顔を見て、ミランダは苦笑する。


「良き配下を従えているのは、卿自身が良き主であることの証左だ。そして運を味方につけることができたのは、近づいてきた幸運を逃さず己のものとする準備が卿にできていたからこそだ。結果が全てだ。だから堂々と誇ればいい」


 語るミランダの後ろから、先ほど彼女に何か指示されていた家臣が歩み寄ってくる。その両手には酒の杯が握られている。

 杯のひとつはミランダに、そしてもうひとつはウィリアムに渡される。


「アーガイル家は、そして何より卿こそが、我がアルメリア家にとって心強い味方だ。これから主従としては当然のこと、良き友として、そしていずれは良き親類として、共に道を歩んでいこう。ウィリアム殿」

「……喜んで、ミランダ様」


 微笑するミランダに、ウィリアムも微笑を作って返し、二人で杯を掲げる。


・・・・・・


 帰路は何事もなく、ウィリアム率いるアーガイル軍がフレゼリシアに帰還を果たしたのは六月の上旬のことだった。


 アーガイル伯爵領を守るために奮戦し、見事勝利したアーガイル軍の凱旋を、フレゼリシアの住民たちは歓声で迎えてくれた。

 沿道から手を振る領民たちに笑顔を振りまきながら通りを進んだウィリアムは、徴集兵と任期制兵士たちを中央広場で解散させ、自身は領軍を連れてフレゼリシア城へ。

 城の主たるアーガイル伯爵の帰還を出迎えたのは、家臣と使用人の一同。珍しいことに、リクガメのマクシミリアンまで外に出て家臣たちの横に立っていた。そして、列の最前に立っているのは伯爵夫人――ウィリアムの愛する妻ジャスミンだった。

 出産を数か月後に控え、ウィリアムの出発前よりもさらに腹部の膨らみが大きくなったジャスミンは、満面の笑みを浮かべながら両手を広げ、歩み寄ってくる。


「おかえりなさぁい、私のウィリアム」

「ただいまぁジャスミン」


 普段夫の帰りを迎えるときと同じように甘い声で言ったジャスミンに、ウィリアムもいつもの調子で答えた。こうしていつも通りのやり取りを交わすことで、自分は家に帰ってきたのだという実感を確かに覚える。

 我が子の宿るジャスミンの腹部に寄りかからないよう気をつけながら、ウィリアムは彼女と抱擁する。


「無事でよかったわ。生きて帰ってきてくれて本当によかった……辛いことも苦しいこともたくさんあったでしょう。まずはゆっくり休んで、そして話を聞かせてね。どんな話でも、私に全部聞かせて」

「うん、ありがとう……愛してるよ、ジャスミン」

「私も愛してるわ。あなたを心から愛してる」


 間近で顔を見合わせながら言葉を交わし、そして二人は口づけする。

 声で、匂いで、体温で、唇の感触で。愛する人と今は共にいることを実感した後、ウィリアムは家臣たちの出迎えの列に向き直る。


「ウィリアム・アーガイル伯爵閣下。ご無事でのご帰還、そして偉大な勝利を、心よりお喜び申し上げます」


 家臣筆頭として家令のエイダンが語り、皆が揃って一礼する。それを真似たのか、マクシミリアンまでもが伸ばしていた首を垂れる。


「ありがとぉエイダン。それに皆も、出迎えご苦労さまぁ」

「……よくぞご無事でお帰りくださいました」


 感慨を滲ませながらさらに言った家令エイダンに、ウィリアムは微笑で頷いた。


「さあ、ウィリアム。家に入りましょう」


 ジャスミンがそう言ってウィリアムの腕をとる。ウィリアムは彼女に寄り添われながら、彼女が傍にいるその安心感に浸りながら、城の主館――愛しの我が家に入る。

 動乱の時代は、まだ終わっていない。王族や大貴族はそれぞれ思惑を抱え、その思惑はいずれまたぶつかり合うだろう。おそらくはそう遠くないうちに、新たな戦いが巻き起こる。

 しかし、目の前まで迫ってきた死の危険は、ひとまず乗り越えた。それは間違いない。少なくとも今日は、今このときは、ウィリアムの心に憂いはない。

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