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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第一章 偉大な王国、崩壊間違いなし

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第37話 友人に別れを

 レスター公爵家の降伏をもって、その陣営は事実上消滅。戦争はアルメリア侯爵家の大勝利で幕を閉じ、領地割譲に伴う両家の実務面の調整など、戦後処理が開始された。

 それと時を同じくして。レスター家の陣営にいた中小貴族の一部が、アルメリア家への臣従を誓うため、続々とミランダのもとに参上する。その中には、リュクサンブール伯爵ディートハルトもいた。


「謁見をお許しくださり感謝申し上げます、アルメリア侯爵閣下」

「リュクサンブール卿、よく来たな。顔を上げてくれ」


 貴族たちとの謁見用に立てられた豪奢な天幕の中。慇懃に頭を下げたディートハルトに、ミランダは鷹揚に言った。

 それを受けて、ディートハルトは顔を上げ、立ち上がる。彼は武器を身に着けていないが、天幕内に並ぶアルメリア家親衛隊の騎士たちは、万が一の事態に備えて彼の挙動の全てに目を光らせている。


「先の戦いで卿と配下の騎士たちが見せた騎馬突撃は見事だった。その後の撤退時の牽制も。名高き破壊騎兵の実力、敵対するといかに恐ろしいかをよく理解した」

「恐縮に存じます。我が領軍の騎士たちは精強を極めていると自負しておりますが、その全力をもってしても、閣下には敵いませんでした。誠に恐れ入りました」


 ディートハルトの謙虚な言葉に軽く頷き、ミランダはまた口を開く。


「それで、リュクサンブール卿。卿は我がアルメリア家の陣営に加わるためにここへ来たと、先触れから聞いているが? それは確かか?」

「はっ。戦いが終われば、敗者が勝者のもとに下るのは当然のこと。私はリュクサンブール伯爵家当主として、リュクサンブール伯爵家をアルメリア侯爵家の陣営に加えていただきたくお願い申し上げます。受け入れていただいた暁には、リュクサンブール家はアルメリア家の求めに誠意をもって応え、アルメリア家の今後の選択を全面的に支持いたします」


 ディートハルトは表現をぼかしながら、リュクサンブール家としてアルメリア家に臣従する意思があることを示した。形式上は、両家ともまだレグリア王国の一貴族家であるからこそ。


「政治的な配慮はよい。誤解を生まないためにも、ここは率直に話そう。我が親衛隊騎士たちは口が堅いので安心してくれ……リュクサンブール家は我がアルメリア家に臣従し、私が再興するアルメリア王国の一員としてこれからの歴史を歩んでいく。そう捉えてよいのだな?」

「……はっ。私は閣下をこそ新たな主と定め、リュクサンブール家の忠誠をアルメリア家に捧げ、戦時にはアルメリア家の御為に戦います。アルメリア王国が復活を遂げた暁には閣下を女王陛下とお呼びし、リュクサンブール家はアルメリア王国貴族として歩んでいくことをここに誓います」


 その返答を聞き、ミランダはディートハルトに歩み寄る。


「卿の忠誠と決意に、アルメリア家当主として感謝する。今よりリュクサンブール伯爵家に我が庇護を与え、アルメリア王国再興の後もその家名と爵位、領地を安堵することを約束しよう……これから共存共栄の道を歩もう、ディートハルト・リュクサンブール伯爵」


 ミランダが肩に手を置いて語りかけると、ディートハルトは無言で一礼した。


 レスター家の陣営の一員として敵対していたリュクサンブール家にミランダが寛大な態度をとる理由は、リュクサンブール伯爵領の位置にある。

 レスター公爵領の南東、王領との間に領地を持つリュクサンブール家は、レスター家とアルメリア家ではなく、レスター家と王家のいずれかにつくことを選択すべき立場だった。そのため、ディートハルトがレスター家を選んだことについて、ミランダは彼を恨み報復する理由がない。

 ディートハルトが素直に敗北を認め、リュクサンブール家としてアルメリア家の支配下に入るのであれば、ミランダとしては歓迎すべきこと。リュクサンブール伯爵領軍の破壊騎兵が味方になれば、アルメリア家は戦力を大幅に強化することができる。

 だからこそ、ミランダはディートハルトの臣従を受け入れた。

 レスター家の陣営にいた他の貴族家も、アルメリア侯爵領と領地の近くない多くの家に関しては、ミランダはその臣従を受け入れている。今後も受け入れる方針でいる。


 一方で、アルメリア侯爵領とレスター公爵領の間に領地を持ち、アルメリア家とレスター家の二択において敵側を選んだ家は別。さすがにそうした貴族家は臣従を誓いには来ず、自領に籠って様子見をしているようだが、アルメリア家の勧誘を断って敵対した以上、ミランダが慈悲を示す理由はない。

 正々堂々と敵対して戦った末の敗者たちなので、皆殺しなどの残酷な報復はしない。が、賠償金など何らかの罰を課し、次に戦いの機会があれば奮戦をもって禊を果たすよう求める予定。最悪の場合で爵位と領地を没収するつもりでいる。


「では、リュクサンブール卿。今日のところはひとまず話を終えよう。数日後にはレスター家と共同で行っている戦後処理も概ね終わり、クリフォード・レスター公爵が自死し、その葬儀が行われる。よければそれまで滞在し、自ら命を差し出した彼の最期を見送ってほしい」

「……承知いたしました」


 ディートハルトは厳かに答え、天幕を去っていった。


・・・・・・


 数日後。クリフォード・レスター公爵が自死を遂げたことが、集った貴族たち――アルメリア家の陣営の貴族たちと、臣従の意思を示しにきたレスター家の陣営の貴族たちに伝えられた。

 話によると、クリフォードは居城より呼び寄せた家族や側近たちと別れのひとときを過ごした後に、稀少な毒を混ぜたワインを飲み、苦痛もなく穏やかに旅立ったという。


 その後の葬儀は、クリフォードが世を去ったことの証明として、貴族たちの前で執り行われる。

 大陸東部で信仰されているケルカ教では、遺体は火葬される。祭服をまとい、死に化粧を施されたクリフォードの遺体は、貴族たちやレスター家の家臣たちが並んで見守る中で、レスター家親衛隊の騎士たちによって運ばれる。クリフォードの家族と親族がその後ろに歩いて続く。 

 見守る貴族の列の中には、当然ウィリアムもいた。まるで眠っているかのように安らかで、しかし生命の気配の全くないクリフォードの遺体を、ウィリアムは無言で見送った。


 遺体は木製の祭壇に置かれ、皆がその祭壇を囲むように移動し、そして葬儀が始まる。レスター公爵領を教区として管理する司教が聖句を唱え、参列者たちは静かにそれを聞く。

 ウィリアムも、伯父であるルトガー・バルネフェルト伯爵や、先の共闘をきっかけに仲良くなったトレイシー・ハイアット子爵などと並んで立ちながら、かつて友人だった、個人的には今も友人だと思っているクリフォードのために静かな時間を過ごす。

 最後に祭壇に火を灯す役割を担うのは、ミランダ・アルメリア侯爵だった。彼女がこのように重要な役割を担うことが、レスター家とアルメリア家の関係が大きく変わったことを示していた。


「レスター公爵クリフォード殿の死をもって、アルメリア家はレスター家の謝罪を受け入れた。両家の和解はなされた。両家の関係修復とこの地の平和のため、彼が命を捧げたことに、私はアルメリア家当主として心からの敬意を示そう……彼の魂が安らかに眠らんことを」


 そう言って、ミランダは松明を掲げ、祭壇に火を灯す。皆が見ている前で、クリフォードの遺体を乗せた祭壇は炎に包まれる。厳かな火葬の儀式だった。

 司教に松明を預けたミランダは、ケルカ教の祈りの所作として、胸の前で三角形を描く。集った貴族たちもそれに倣う。


「……クリフォード様、お気の毒に」


 ウィリアムも祈りの所作をしながら、次第に大きくなる炎の中へ飲み込まれていくクリフォードの遺体を眺め、しょんぼりとした表情で一人呟いた。

 貴族の誰もが選択を迫られ、決断し、戦う動乱の時代。敗ければ己の命さえ失い得るという条件は皆同じ。実際に、先の会戦では両陣営に貴族の死者も発生している。

 そのことを考えると、自ら戦いを主導し、敗北したクリフォードの死だけが特別に哀れなわけではない。むしろ彼にとっては、己の命と引き換えにそれ以上の価値あるものを守ることができた幸運な結果なのかもしれない。

 だとしても、友人の最期をこうして目の当たりにすると、哀れみを覚えずにはいられない。

 同時に安堵も。場合によっては自分が敗者となり、他ならぬクリフォードの手によって今の彼のような最期に追いやられていたかもしれないと考えると、炎に包まれたのが自分でなくてよかったと、心からそう思った。


 祈りを捧げた貴族たちは、それぞれ葬儀の場を去っていく。遺体が燃え尽きるまで見守り、最後に遺灰を骨壺に収めるのは、クリフォードの家族や側近など親しい者たちだけの務めとなる。

 燃える祭壇をしばらく見つめていたウィリアムも、ルトガーに促され、名残惜しさを覚えながらこの場を後にする。最後にもう一度だけ祭壇を振り返り、内心だけで友人に別れを告げ、そして再び歩き出す。

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