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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第一章 偉大な王国、崩壊間違いなし

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第35話 責任

 アルメリア家の陣営とレスター家の陣営、その会戦は、アルメリア家の陣営の勝利に終わった。敵軍が敗走した後の戦場で、アルメリア家の陣営は戦闘の事後処理を開始した。

 その作業の多くを占めるのは、死体の片付けと負傷者の手当て、捕虜の拘束と管理。こうした作業を通して、彼我の損害の全容も明らかになる。

 死者は、アルメリア家の陣営がおよそ八百。レスター家の陣営が推定で二千以上。

 負傷者は、アルメリア家の陣営がおよそ一千四百。レスター家の陣営は、こちらも推定となるがおそらく死者と同数程度。

 アルメリア家の陣営は当然ながら自軍の負傷者への手当てを優先したため、戦場に取り残されたレスター家の陣営の負傷者は手当てが遅れて息絶える者が多かった。そのため、敵側は負傷者に対する死者の割合が高いものと見られている。


 左翼を担ったアーガイル軍に関しても、死傷者の詳細が明らかになる。


「死者は現時点で八十四人、そのうち正規軍人は二十四人。負傷者は百七十三人、そのうち正規軍人は四十一人です。重体の者もいるため、死者は今少し増えるものと思われます」

「そっか……損害は少なく済んだと見るべきなのかな?」


 ロベルトの報告を受け、ウィリアムはそう問いかける。その視線は足元に向いている。

 そこに並んでいるのは、アーガイル軍の戦死者たちの亡骸。


「数の上では、そう評してよろしいかと存じます。アーガイル軍は敵の破壊騎兵による騎馬突撃を受け止めるなど、激戦をくり広げました。にもかかわらず、軍の総員に対する死傷者数は他家の軍を下回っています。これほどの善戦を成して戦いを終えることができたのも、閣下に最高指揮官として軍を率いていただき、陣形の中心で皆を鼓舞していただいたからこそです」


 ウィリアムは悲しげな微笑を浮かべ、ロベルトの言葉に力なく頷く。

 現時点で、死者八十四人。総勢二千五百人のアーガイル軍全体と比べればごく少ない。

 しかし、目の前に並ぶ八十四の遺体を見て、損害は軽微だと喜ぶことは、とてもできない。

 彼らはそれぞれがアーガイル伯爵領の人間として、領主である自身の庇護下で生きていた。彼ら一人一人に命と人生があった。その命と人生は永遠に失われた。

 遺体の中には、今回の出征の中で、言葉を交わした覚えのある者もいる。そして正規軍人の死者の中には、名前さえ知っている者も何人か。


「……ドノヴァン」


 目の前の遺体の顔を見て、ウィリアムは呟く。

 晩冬の祝祭。騎士たちのくり広げた模擬戦。そこで目覚ましい活躍を見せ、ウィリアムとジャスミンから称賛を受けると緊張した表情で応えてくれた、騎士ドノヴァン。強く勇敢で、まだ若く、騎士としての将来を期待されていた彼に、しかしその将来が訪れることはもうない。

 戦死した遺体となれば、綺麗なものの方が少ない。ドノヴァンの遺体も例に漏れず、ひどく損傷していた。片腕がなく、頭が割れていた。間違いなく安らかなものではなかったであろう彼の最期を想像し、ウィリアムは血の気が引く思いがして、その身体がふらつく。倒れる前に、ギルバートが傍らから支える。


「閣下。お辛いようであれば、今はどうかお休みください。これから遺体が焼かれ、臭いも酷くなります。ご無理をして立ち会われる必要は……」

「ギルバートの言う通りです。ご領主として大きな視点で統治をなさるのが閣下のお役目である以上、必ずしもこのような場面をご覧にならずとも」


 主のことを気遣ってそのように進言してくれたのであろう二人に対して、ウィリアムは首を横に振りながら微苦笑する。


「それは駄目だよ。家臣や領民の犠牲を皆無にする力が僕にないのなら、せめてこうして直視しないと。この光景を忘れることも、彼らの犠牲を数字に換えて慣れることもないようにしないと……だって、僕はアーガイル家の当主なんだから。こうやって現実を見ることも、きっと当主に必要な仕事なんだよ」


 そう言って、ウィリアムはギルバートに預けていた体重を、再び自らの足で支える。自らの足だけで、凄惨な光景の中に立つ。


 戦いそのものを避けることはできなかった。アルメリア家の陣営とレスター家の陣営、そのどちらにも与することなく日和見を決め込んでいたら、中途半端に力を持つくせに貢献もせず、いつどのように動くか分からない卑劣な蝙蝠と見なされただろう。そしてアルメリア家とレスター家のどちらが勝とうと、戦後は報復を受けていただろう。事前の脅しをもとに、蝙蝠がどのような目に遭うかを周囲に知らしめる見せしめの意味も兼ねて、アーガイル伯爵領はただ敗北した場合よりも苛烈な攻撃に曝されただろう。

 だからこそ、旗色を鮮明にした上で勝者の側に立つことが、庇護下の者たちの犠牲を最も少なくする道だった。犠牲を皆無にすることはできなかった。これ以上の結果は、おそらくどう足掻いても得られなかった。


 これからは動乱の時代。動乱の中では戦いが起こり、戦いが起これば犠牲が生まれる。それが新たな現実である以上、たとえ必ず犠牲が生まれる道だろうと、誰かが進むことを決断し、その結果の責任を負わなければならない。アーガイル伯爵領において、それは領主家の当主である自分の務め。自分だけが果たせる役割。

 自分よりも強く勇ましい者はいる。ロベルトやギルバートのように。自分よりも領地運営の実務に長けた者はいる。エイダンやアイリーンのように。それなのに自分がアーガイル伯爵領の頂点に置かれているのは、偏に責任を負うため。

 このエルシオン大陸東部は、支配の特権と庇護の義務を得る根拠を、王侯貴族の血統というかたちに定めた。自分はそのような血統のもとに生まれた。自分がこれまで享受してきた、これからも享受していきたい平穏で幸福な人生も、血統に伴う義務と引き換えにこそ得られるもの。


 だから自分は、死にたくないという気持ちと折り合いをつけながら、負うべき責任と向き合っていくしかないのだ。これが、自分が個人として、そして領主貴族家の当主として見出だした人生の結論だ。


「……お覚悟とお慈悲に心より敬服いたします、ウィリアム・アーガイル伯爵閣下」

「同感です。閣下のご信念の強さと、慈悲深さにこそ、我々は忠誠と敬愛を抱いております」


 ギルバートとロベルトは、その言葉と表情をもって、ウィリアムにただ敬意を示した。ウィリアムの負う責任はウィリアムだけのものであり、他者が分かち合うことは決してできないと、彼らもきっと分かっているからこそ。

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