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ウィリアム・アーガイルの憂心 ~脇役貴族は生き残りたい~  作者: エノキスルメ
第一章 偉大な王国、崩壊間違いなし

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第34話 勝敗は決し

 レスター家の陣営の軍勢、その右翼前衛は、完全に崩壊した。

 代わって前面に立たされたのは、それまで右翼後衛を担っていた一〇〇〇弱ほどの兵力。しかしその後衛も、異常に勢いづいたハイアット軍と精強なアーガイル軍を同時に相手取るような力は持たない。

 敵とぶつかって間もなく、右翼後衛も崩壊。ハイアット軍とアーガイル軍に追い立てられるようにして、右翼の全体が戦場からの逃走を開始する。


「……駄目か」


 その様を、クリフォードは無念の表情で見ていた。


 こちらの右翼はもはや軍ではなく、ただ数千の人間。それがてんでばらばらに東へ走っていくだけの状態。こちらの陣形に生まれた大きな隙を、敵は見逃してはくれない。

 それまではアーガイル軍の左側面を守っていた敵の騎兵部隊が、ここで新たな動きを見せる。友軍であるハイアット軍とアーガイル軍の前を横切るようにして、こちらの中央主力、そのがら空きとなった右側面へ向かう。

 その進路上には、今まさに壊走するこちらの右翼。敵の騎兵部隊にとって、彼らはもはや何の障壁にもならない。今や逃げ惑うばかりの哀れな将兵たちを容赦なく踏み潰しながら、敵騎士たちは突き進む。

 それまで敵の騎兵部隊と睨み合っていたこちらの騎兵部隊は、敵側の動きに対応することはできない。こちらの右翼が崩壊して逃げていくのは、まさに彼ら騎兵部隊のいる方向。無秩序な壊走による混乱の只中では、整列して効果的な騎馬突撃を行うことはできない。下手をすれば同じ貴族領の出身者もいる味方将兵の群れを、彼らもまさか踏み潰しながら進むわけにはいかない。


 右翼が逃げ惑い、騎兵部隊がその場で立ち往生している間に、敵騎兵部隊はいよいよこちらの中央主力の右側面に突入する。

 無防備な横腹へ騎馬突撃をまともに食らった中央主力の右端は、大いに混乱。さらにそこへハイアット軍も突入し、中央主力の右側面に開いた傷を押し広げる。

 正面と側面から攻撃された中央主力の右端は、間もなく軍としての秩序を失う。その崩壊と混乱は、波のように左へ伝播していく。

 元より優勢だった敵の中央主力、その前衛に立つアルメリア軍が、この機を逃すはずもない。レグリア王国軍にも劣らないほど精強と言われるアルメリア侯爵領軍が先頭となり、ついにこちらの中央主力を壊走に追い込む。


 中央主力の崩壊に対応させるべきこちらの予備軍は、クリフォードの判断が裏目に出たことで、今はこちらの左翼後方にいる。結局、こちらの左翼と別動隊が敵右翼を崩壊させるよりも、こちらの中央主力が崩壊する方が早くなった。アーガイル軍の堅牢さを利用した、敵の奇抜な一手によって。

 この戦場における賭けは、こちらが敗けた。


「予備軍と左翼と別動隊に撤退を命じてくれ。壊走した右翼と中央の将兵たちには、各々独力で戦場を離脱した後に第二集結地点で合流するよう呼びかけてくれ……それと、騎兵部隊のリュクサンブール卿にも伝令を。敵による追撃を押さえ、こちらの撤退を援護するよう要請するんだ」


 多くが他家の騎士から成る騎兵部隊が、敗北した陣営のためにどれだけ本気で戦ってくれるかは分からないが。そう思いながら、クリフォードは命令を下した。勝利を掴むためではなく、敗北の傷をできるだけ小さくするための命令を。


・・・・・・


 レスター家の陣営の軍勢、その中央主力は、敵の中央主力によって壊走に追い込まれていた。元々は六〇〇〇を超える兵力を誇っていた中央主力の将兵たちが、今は無様に逃げ出していた。

 当初こちらの中央主力の後方に控えていた予備軍は、今は左翼の後方に移動しており、それも撤退を開始している。敵の中央主力は邪魔を受けないまま、追撃を続ける。

 しかし、その快進撃もいつまでもは続かない。敵の追撃を阻むように、ディートハルト・リュクサンブール伯爵率いる破壊騎兵たちが動く。味方右翼が皆逃げ去ったために行動の自由を得た彼らは、壊走する味方と追撃する敵の間に割って入るように疾走する。


「友軍が逃げる時間を稼ぐだけでいい! 直接の戦闘は避けろ! ここはもはや死ぬ価値のある戦場ではないぞ!」


 ディートハルトの命令に、破壊騎兵たちは力強く応える。その数はおよそ五百。

 さらにその後ろには、レスター公爵領軍の騎士も数百騎が続く。その他の騎士たちは、こちらの敗北が確定的と見るや、各々勝手に逃げ去っていった。この戦況では当初の部隊編成など意味をなさず、ディートハルトと共に駆けるのはリュクサンブール家とレスター家の騎士のみ。しかし、牽制の兵力としてはそれで十分以上。

 長い縦隊を作って密集し、まるで巨大な矢のように進む騎士たち。その破壊力を前に、敵の追撃は勢いが鈍る。レスター家の陣営の将兵たちは、その隙に少しでも遠くへ逃げようと懸命に走る。


 レスター公爵領軍の騎士たちは、中央主力のレスター軍とその後ろにいるクリフォードをより遠くへ逃がすためか、戦場中央に留まる。撤退の最後尾を担いながら敵を牽制するその行動は勇敢だが、リュクサンブール伯爵領軍がそこまで付き合う義理はない。

 ディートハルトと破壊騎兵たちはそのまま足を止めることなく駆け、戦場を横断して南の森の前へ辿り着くと、そこで東へ方向転換。そのまま森に沿うようにして撤退する。


「……これで義理を果たしたことにしてもらいたい、レスター卿」


 馬の疲労を抑えるため、駆ける速度を落としながら、ディートハルトはクリフォードのいるであろう方向を振り返って独り言ちる。その表情は苦い。


 可能ならば、敵左翼のアーガイル軍を撃破する。それが難しければ、こちらの右翼側面を防御しつつ、敵騎兵部隊を戦場北側に引きつけておく。それがディートハルトに与えられた役割だった。前者は惜しくも果たせなかったものの、後者の務めは完遂した。結局、騎兵部隊の働きとは無関係の局面で勝敗が決してしまったが。

 そして最後にクリフォードより届いた、味方の撤退援護の要請。もはや勝ち目のないクリフォードを見限り、無視して逃げ去ってもよかったが、リクガメの守りを破れなかった詫びとしてディートハルトは要請に応えた。破壊騎兵の一糸乱れぬ突撃が敵味方の間に割って入ったおかげで、友軍の将兵たちは多少は逃げる猶予を得ただろう。

 この後は、敵による追撃の主目標となるであろうレスター軍とは別方向に逃げる。リュクサンブール軍の歩兵や弓兵の生き残りとは、あらかじめ伝えておいた地点で合流する。その後は領地に帰り、できるだけ有利なかたちで敗戦を迎えられるよう態勢を立て直す。


 臣従を誓ったレスター家に対して薄情なようにも見えるが、これが貴族の主従関係の現実。名家は中小貴族たちを臣従させて権勢を誇るが、多くの場合その臣従は、庇護をはじめとした利益への対価に過ぎない。敗色濃厚と見られた名家から中小貴族たちが離れ、その家の敗北が決定的になるのは、これまで大陸東部の歴史で幾度も見られてきた光景。

 レスター公爵家は大敗を喫し、中小貴族を庇護する力を失うだろう。多くの者がそう考えるからこそ、これからレスター家の陣営は崩壊を避けられない。この会戦で不測の事態が起こった場合――すなわち敗北した場合の第二集結地点はあらかじめ伝えられているが、おそらく素直にそこで集結する軍は少ない。大半の貴族は、自軍の生き残りを引き連れて自領に逃げ帰る。


 レスター家が再集結と再戦を試みるとしても、それに付き合うのは、政治的・経済的にレスター家への依存度が高く一蓮托生の立場にいる貴族家や、近しい親類であるためにレスター家を見限れない貴族家など、ごく一部のみ。その他の貴族たちは決着まで静観を決め込むか、アルメリア侯爵家に降伏してその陣営に与する。

 すなわち、レスター家にもはや勝ち目はない。皆無とは言わないが、可能性は極めて低い。となれば、好き好んで奇跡に命運を賭けたがる貴族はいないだろう。


 だからこそ、ディートハルトもレスター家を見限る。己にとって最優先の義務は、リュクサンブール家の一族と家臣、領地と領民を守ることであるからこそ。


・・・・・・


 自陣営の軍勢が大勝利を収める様を、ミランダは本陣で見届けていた。


「……さすがはレスター卿と評すべきか。引き際の判断も上手い」


 その呟きは皮肉ではなく、本心からの称賛だった。

 中央主力を崩されてからの、敵側の判断は早かった。左翼や予備軍を迎撃に回すことなく、それら無事な軍は撤退させ、さらに中央主力が逃げる時間を稼ぐために騎兵部隊を使った。

 無闇に悪あがきをするのではなく、敗北の傷を最小にしようとする。その理性的な判断は、しかしこの状況では誰もが同じように下せるものではない。逆転勝利の僅かな可能性に賭けたくなるのが人間の性。己と家の命運がかかっている勝負どころとなれば尚更に。

 それでもクリフォード・レスター公爵は、今この戦場においては敗北を認めて退却することを決断した。同じだけの重責を負う立場として、称賛すべきこと。


「敗走するレスター軍、特に総大将であるレスター卿当人を見失わないよう追跡しろ。その他の敵軍に関しては、抵抗しないのであれば今は捨て置いて構わない。野営地をここへ移し、死傷者と捕虜への対応は今日中に済ませるように。明日には本格的な追撃を開始する」

「御意」


 勝敗は決し、ミランダは今後に向けての指示を下す。領軍隊長は一礼して答え、各方面へより詳細な命令を下していく。

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― 新着の感想 ―
うーん 怨恨はともかく レスター卿はタヒなせるには惜しいね 臣従を誓うなら伯爵規模まで領地削って残すかな? 自分ならですが 度量示すのも王国復興を目指すなら必要だろうし ただし何代にも血縁関係結ん…
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