第17話・・・バーサーク_クロッカス_クロッカスの提案・・・
この度『テイルスフィアの餌』という新作品を投稿しました。
もしよければ、あらすじだけでも読んで頂けると幸いです。
レイゴ、アルガ、イーバは『聖』の精鋭に囲まれ、絶体絶命の状況に陥っていた。
その状況で、イーバが。
「私の司力で作った特製カプセルです。……これで、レイゴさん、貴方の気を復活させます」
『憐山』ジストの側近、イーバ。
質は拡張系雷属性。
武器はカプセル剤。薬でお馴染みの飲み薬だ。
司力は『増膨気剤』。
カプセル剤の中に詰め込んだ気に様々な効果を持たせる司力で、その一つに『気活性』という能力がある。
これはカプセル剤に詰め込んだ気に強大な拡張力と、雷による強引な刺激効果で、そのカプセル剤を飲んだ者の筋肉・内臓・神経・脳などを無理矢理活性化させ、体中から気を絞り出し、それを拡張して、気をある程度復活させる能力である。
カプセル剤は常にイーバの気の操作管理下に置かなければいけないので、水薬のように独立はできないが、自分や仲間の気のストック代わりにもなる強力な司力である。
レイゴはイーバに差し出されたカプセル剤を強引に掴んだ。
「よこせ!」
イーバの司力は『憐山』内では広く知れ渡っているので、レイゴは即断即決でそのカプセル剤を全て飲み込んだ。
コスモスやスターチスなど、躊躇したら『聖』共に邪魔されると思ったからだ。
ゴクリ、とレイゴの喉が鳴る。
「ゥッッッ!!?」
レイゴの全身が大きく脈打つ。
そして雷がビリっとレイゴの身体を刺激し、絞り出した気を一気に拡張される感覚に見舞われた。
「ラアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」
レイゴが耳を劈く砲声を放つ。
「ちょっと!」
隣で大声のあまり耳を塞いでいたアルガがイーバに向かって叫ぶ。
「苦しそうだけど大丈夫なの!?」
「……安心しろ」
あらかじめ耳栓で音をある程度遮断していたイーバが呆れるように言う。
「この咆哮こそ、復活の印だ」
その間も、レイゴが雄叫びを上げている。
イーバとアルガは言われずとも『聖』の隊員がこの短い間隙を攻めてこないかと警戒したが、様子見のつもりか動いてくる気配はなかった。
「…………アアアアアァアアァアッッ、アアアァァ…………………………………………ふう」
そしてレイゴの気が落ち着く。
「サンキュー、イーバ……かなーり回復できたぜ」
右眼が焼き消され、折れた右手足を補強法で補っているのは変わりないが、そのビハインドを上回る圧倒的なS級の気を感じる。
「おおお!」
傍でレイゴの気の復活を敏感に感じ取ったアルガがまるで救世主で現れたような表情を浮かべている。
「いいじゃんいいじゃん! よーし! この勢いであいつらながばらッッ!?」
……アルガの調子こいた発言は最後まで続かなかった。
…………そのアルガの顔面を、レイゴが鷲掴みにしたのだ。
「? なにをごあッッッ!?」
さらにイーバの顔面も鷲掴みにした。二刀はいつの間にか納刀している。
んんんんんんッッ! とアルガとイーバが暴れる。レイゴの指の間から覗く目にはなんのつもりだ、というレイゴを攻める感情がありありと浮かんでいた。
「時間がねーんだ」
レイゴはどこか冷静で、うんざりした表情で、言った。
「お前ら雑魚を強くしてやる」
そして次の瞬間、レイゴの気が、アルガとイーバになだれ込んでいく。
「「アガアアアアアアアアアァァァァァアァアアアアアアガアアアアアアァァァアアアアアアアァァァァァァァァァァァアァァアアアアアアアガアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァアァァァァアァァアアアアアアアァァァッッッ!!!」」
それは、先程のレイゴよりも大きく、苦しそうな砲声だった。
……強化系特有で、禁忌指定された法技がある。
〝狂人法〟
脳に強化の気で限界以上の過負荷を掛け、脳のリミッターと同時に野性的本能も暴発させ、戦闘狂いの狂人にする法技だ。
これは脳の重大な損傷と引き換えに、一時的にだがA級士であればS級にまでパワーアップできる。
「レイゴさん……ッッ!」
狂人化が完了し、紙一重のところで理性を保ったイーバが射殺すような視線をレイゴに向ける。
「やってくれましたね……ッッ!」
イーバは漲る力と同時に、脳が悲鳴を上げているのを感じてレイゴを非難する。
レイゴの狂人法は有名だ。勝負をより楽しくする為に敵を狂人化し、笑って殺し合う。レイゴが恐れられている所以の一つである。
それを自分に掛けられるのは予想外だったのだろう、イーバが怒りを募らせている
「アハハハハハハハハハッッッ!! 何これッッ!? ナニコレッッ!!? 私すっごい強くなってる!?」
対して半分理性が崩壊したアルガが湧き出る力に陶酔して叫んでいた。
「文句垂れんな。いくらなんでも俺一人じゃあの二人はどうにもならねぇ。……お前らも役に立て」
「…チッ」
「オッケ~で~す!」
レイゴの正論に、イーバは渋々納得し、アルガが能天気に返事した。
……イーバとアルガがやる気になったのを確認して、レイゴは思った。
(この二人は捨て駒だ。……二人をぶつけている内に……逃げるッ!)
三人で掛かっても、ジスト・スターチス・コスモスをなんとかできる可能性は低い。
奇跡的に三人倒せたとしても、ある程度復活したであろうブローディアを始め、あと何人か『聖』の隊員がいることは明白。
(イーバもアルガも気付いていねぇみてぇだが、アジトにいる構成員がたった数秒の内に全滅しやがった…。S級格はさすがにもういねぇと思うが、西園寺瑠璃の娘みてぇに特定の分野でS級を超える奴がまだいるとべき…。さすがに完全な負け戦に興じる気にはなれん)
命知らずの自覚はあるが、自殺願望があるわけではない。
冷静に、冷徹に、如何にしてイーバやアルガを使ってこの場を逃げ切るか考える。
(……しかし、びっくりするぐらい手出ししてこなかったな…)
動くなと言われたジストはともかく、コスモスとスターチスが牽制するだけで動く気配がない。
(俺がイーバのカプセルを飲む時や、狂人法を掛ける時、俺が全力で警戒していたとはいえ、攻められた時は最悪アルガを盾にして犠牲にするつもりだったが……、何か狙ってやがんのか?)
紅蓮奏華の『天超直感』が警鐘を鳴らす。
『聖』達から策略の匂いを嗅ぎつけたのだ。
(……何を企んでるか知らねえが………動くなら早い方がいいな。……とりあえず、あの灰化女に俺が『鬼空否斬』で牽制を仕掛けて一瞬視界を潰し、あの一番ヤバそうな爺にアルガとイーバをぶつけ、壁を突き破って逃げる…ッ! ジストが動きが遅れることと、他の『聖』の隊員に遭遇しないかが賭けだな…)
レイゴのみならず、イーバも、アルガも、各々策を巡らす。
それはコスモスとスターチスも同じだろう。
敵味方の思惑が複雑に交差し、いつ誰が動き出してもおかしくない息の詰まるような一触即発の空気。
……極限の緊張状態の中、最初に動く意思を見せたのは……レイゴだった。
(行くぞッッッ!!)
コスモスに向けて刀を振るい、紅華鬼燐流・秘伝十五ノ式『鬼空否斬』を繰り出そうとした………………………、
「おっ、みんな集まってるね」
「「「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!??」」」
先端の尖った短刀サイズの音叉を両手に備えた、新たな『聖』の隊員の登場に、レイゴ、イーバ、アルガが飛び出んばかりに目を剥いた。
神経を研ぎ澄ました探知法で援軍の気配も捉え損ねないよう超集中していたのに、あっさり破られて至近距離までの接敵を許してしまった………………からではない。
もちろんそれも要因の一つではあるが、何よりもレイゴ達を戦慄させたのは……………その背の低い『聖』の隊員から感じ取れる…………〝底が知れない〟という表現すら生温い、超大な気だ。
(コイツッッ……爺よりも数段やべぇッッ!! 全開の俺が全力を出して勝てるかどうか……そのレベルッッ!! …まだこんな奴がいたのかよ……ッッッ!!)
レイゴの心中で絶望的な嘆きの叫びを上げる。
「ねえ…あの仮面って……」
「あ…ッ」
アルガとイーバが何かに気付き、更に顔を青ざめた。
(仮面…? ……………………………………………………………ッッ……ッ!?)
そこで、レイゴも気付いた。
『聖』の仮面。目の細い、紫の仮面。
その仮面に、他の隊員とは違う、幾何学的な紋様があることを。
…………それは、『聖』の隊長の一人であることを示す証。
「お前……」
レイゴが震える声で、言う。
「『聖』の…」
「初めましてー。クロッカスって言います」
しかしレイゴが言うより早く、その人物……クロッカスが名乗った。
「「「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!?」」」
『陽天十二神座』第二席・独立策動部隊『聖』第四策動隊隊長・コードネーム「クロッカス」。
機密性の高い『聖』の中でも特に潜入・隠密に特化した第四策動隊を統べ、敵も気付かぬ内に裏組織を葬る『聖』の〝視えない刃〟。
知られず、感ざれず、標的の息の根を止めることから……『幽闇の夜叉』、そう呼ばれている。
裏社会の住人なら知らぬ者はいない、裏組織の死神である。
………レイゴ、イーバ、アルガは、思わぬ最恐の登場に、……深く、絶望した。
■ ■ ■
(……まさか…、『幽闇の夜叉』クロッカスまで来ているとは…)
『憐山』幹部・ジストもまた、レイゴ達同様に驚いていた。
「貴方が、ジストだね」
この場の支配者となったクロッカスが、仮面越しにジストへ声をかける。
「あ、ああ…」
ジストは頷くしかない。
「随分大胆で……不器用なことしましたね」
どこか陽気で……それでいて、優しさに満ちた声で、クロッカスはジストに言う。
「…………ッッ、申し訳…ない……ッ」
なんと言えばいいかわからなかったジストの口からは、自然と謝罪の言葉が出ていた。
「……ねえ、今、どんな気持ち?」
「気持ち…?」
「うん。知りたいんだ」
クロッカスは続けて。
「娘の為に娘に殺人技術を教え込み、結果的に娘を『憐山』から解放することに成功し、……最後のケジメを付けようとしている貴方の気持ちを、知りたい。……教えてくれない?」
………今の、気持ち。
「…………わからないんだ」
ジストは魂が不安定に揺らいだような震える声で、言った。
「わからない?」
クロッカスが首を傾げる。
「……………自分の中で何か感情が鳴動しているのは感じる……。だけどそれが喜怒哀楽のどれなのか……、私は娘の幸せを願っているのかすら………わからないんだ……」
感情を知らず育ったばっかりに、自分の中で起きた感情が何なのか、理解できないということか。
…………なんと悲しいことなのだろう。
「ただ、」
だがジストの言葉はまだ続ていた。
「あの子の母が死んだ後に重い病を患い……寿命が長くないと悟り…………私は考えた…。……あの子の母が、どうしたいか」
「……そう。母親の意思を受け継いだ、みたいな?」
ゆっくりと、ジストが首を振った。
「………そんな立派なものではない…。ただ、何もない私に、最期にできることを考えた……それだけだ。人を殺す術を教えることを、あの子の母が望むはずがないことはさすがにわかったが………『憐山』にいる以上…そうせざるをえなかった………本当に申し訳ないと……思ってる………っ」
ジストのその声は、悲痛の叫びにも聞こえた。
……彼がこの十年以上、誰にも…自分でも知らぬ内に、自分自身に溜め込んでいた悲哀があったのだろう。それが声と態度の節々から浮き出ていた。
「だから綺麗事言ってんじゃねえよッッ!! ジストォッッ!」
黙って聞いてたレイゴが、我慢できずに叫んだ。
「お前は人殺し! 殺人組織『憐山』の幹部だろうがッ!! 今更気色悪」
「静かに」
「ッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!?」
クロッカスが落ち着いた口調で、レイゴに言う。
口調とは裏腹に放出された超大過ぎる気に、レイゴはまたしても驚愕の表情を浮かべた。
……しかし、そのレイゴの言葉は確かにジストの心に突き刺さっていた。
先程レイゴに言われた時は平静を装っていたが、……そんなものはやせ我慢だった。
今更。
本当に今更だ。
(……でも、それでも、この体が病で倒れる前に、あの子を『聖』という頼もしい組織に預けることができて……深愛に顔向けができる……気がする…)
そう自分に言い聞かせて、なんとかジストは自分の心を落ち着かせた。
……そうしないと、発狂してそのまま廃人になってしまいそうだった。
「レイゴ達を待たせるのも悪いから、最後に一つだけ、いい?」
ギリギリの状態で精神を保っていたジストに、クロッカスが言う。
「……な、なんだ?」
戸惑いつつも、クロッカスからの質問・要望には全て答えるつもりで、ジストは顔を上げた。
……そんな不安定ながら従順な姿勢を見せるジストに、クロッカスは流れるように言った。
「『聖』に入らない?」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………へ…?」
いかがだったでしょうか?
読者の皆様の予想を越えられたら嬉しいです。
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