第16話・・・デモンズ・ハンド_殺人鬼が今更_駆けるラベンダー・・・
『それじゃあ、始めるよ。ヒヤシンス……ほんとはイーバとか残った側近クラスも〝掃討〟に巻き込むつもりだったけど、予定変えて下っ端連中だけにするから』
『となると本当にイージーになりますね。了解です』
湊の号令が掛かり、『聖』クロッカス直属小隊所属「ヒヤシンス」が気を練り上げる。
ヒヤシンスの質は協調系雷属性。
司力は『雷速先々』
雷の〝速さ〟と〝自分〟を繋げ、超高速移動を体現する力だ。
これだけならよくある司力だが、協調率によって速さはまばらであり、人によってはわざわざ雷の〝速さ〟と協調せずに普通に加速法に集中した方が速い場合もある。
……そんな中、ヒヤシンスの〝速さ〟と〝自分〟の協調率は驚異の100%オーバー。
落雷の如き〝光速〟を、ヒヤシンスは生身で体現する。
正面対決において先手を取り続けて相手のターンを与えない速攻型の極致の一つであり、ヒヤシンスの元々の実力はA級上位だが、その速さはS級も超える。
『準備完了です』
『行くよ』
ヒヤシンスが『雷速先々』でいつでも〝光速〟を出せる姿勢で、次の湊の言葉に全神経を研ぎ澄ませる。
……そして、淡々と湊の言葉は紡がれた。
『k18cjrf75bhy9djk37bfnw95hn10fh49dn37chjdow92jmc89jk4dnhs83ns9o2nhcu7fgtjrnoybgfewqdp0my8i8fnru7wjkcfhekitnjgjiern』
……それは、数字と英語の意味不明な羅列の読み上げだった。
しかし、ヒヤシンスは最初のkが言われた時点で動き出した。
アジトの最上階から敵の構成員がいる場所へ行き、不要な奴はナイフで頸動脈を切って殺し、後ほど情報を聞き出したい奴は気絶させる。その一連の動作を、ヒヤシンスは文字通り光の速さで熟していく。
殺され、気絶させられた『憐山』の構成員達も何が起こっているか理解できていないだろう。
しかも驚くべきことに、ヒヤシンスは目を瞑っている。
全て湊の指示に身を任せて行っているのだ。
これがクロッカスとヒヤシンスの連携による〝掃討〟。
事前にクロッカスが建物や森などの一定空間内の構造、収容する敵の人数などの情報を風や部下を使って正確に把握し、『超過演算』によって誰が次何をするのか、どう動くのか、……そして重要情報を握っている可能性が高いかどうか。
そうして一定空間内の完全把握を終えたら、ヒヤシンスの出番だ。
ヒヤシンスは〝速さ〟だけならクロッカスを超える。
クロッカス一人でも〝掃討〟は可能だが、時間が多少かかってしまう。
だからこそ一時的にヒヤシンスをクロッカスの操り人形とし、超簡略化した暗号で指示を出して、超短時間で一気に殲滅する。
さらにヒヤシンスは『雷速先々』と並列して『電信機』も使用している。電気信号を操り、身体の反射を極限まで上げる雷属性特有の司力だ。これによりクロッカスの暗号指示に脊髄反射での実行を可能としている。
そうして最後にヒヤシンス余計な情報を排除する為に目を瞑る。クロッカスの指示に超集中するために。しっかり反射できるように。
こうすることで、例え敵にヒヤシンスと同じA級がいてもクロッカスのバックアップがあれば一瞬で倒せてしまう。
〝掃討〟と通称しているが、本来の技名は『超算の払い手』。
クロッカス直属小隊の必勝パターンの一つである。
『rju498h2gjro92jfjhyokgfdse93hb74g4rh44i92jso0i01o6k0ej6bd9ntksvntkwkkowobbxmv2b3e…………』
簡略化した暗号の指示を出しながら、湊は心の中で呟いた。
(………さて、あと数秒で終わる。そうなったらあと処理はヒヤシンスに任せて、俺も行こうかな)
◆ ◆ ◆
クネリの首から上を持ったジストと、右眼が焼き消えたレイゴが対峙する。
アルガはレイゴの背中に隠れるように立っている。
「なんで……ッ、おめえが……ッッッ!?」
さすがのレイゴも余裕なく驚愕してしまう。
ここにきてジストが裏切ったのだ。無理もない。
「その眼…」
ジストがレイゴの灰となった右眼を見ながら、静かに目を閉じた。
「どうやら、嬉しい誤算が生じたようだな」
「何言ってやがる!?」
「気にするな。こちらの話だ。………レイゴ、お前の超直感には恐れ入ったが、同時に間抜けを晒してしまったな」
「だから何を…ッッ!」
混乱が怒りに転換したレイゴに、ジストは無機質な声で告げた。
「興味本位で来なければ、死なずに済んだと言っているんだ」
次の瞬間、ジストが動いた。
一瞬で視界から消える。足から伸ばした気を一気に縮めて移動する凝縮系専用法技、縮地法だ。
《相変わらず強化系泣かせのスピードだぜ……だけどな!》
レイゴは右側に二刀を交差する。
するとガキイィンと鼓膜を貫くような金属の衝突音が鳴る。
ジストの一太刀を防いだのだ。
「ッ」
ジストは目を細め、後ろに距離を取った。
「お前の無くなった右眼側から攻める……読まれているのは重々承知だったが、それでも獲る自信はあった。だがお前の『天超直感』を甘く見ていたようだな。まさか、刀の軌道まで勘で当てられるとは」
そう。ジストの動きは今見えてはいなかった。
だがレイゴは先程焼かれ消された右眼側から来ると読み、あとは紅蓮奏華の超直感で刀の軌道を予想し、ジストの刀の修正が不可能なギリギリのタイミングで交差した二刀を潜り込ませ、見事防いでみせたのだ。
出鱈目な防ぎ方をしたレイゴが「へっ」と笑う。
「俺今勘がビンビンなんだよ。マジで未来が見えてる気分っ!」
常識外れな結界破りをしてからレイゴの勘は過去一冴え渡っていた。
未来が見えるとという話もあながち間違ってはいないかもしれない。
「れ、レイゴさん! あいつ病患ってるから弱ってますよ! 殺っちゃって下さい!」
アルガの言葉にレイゴは訝し気な表情を浮かべる。
「病? ……なるほどなぁ。だからここ最近籠り切りだったのか。てっきりやる気なくなっただけだと思ってたぜ」
レイゴがぺっと唾を吐く。
「なんだ? 死期が近付いて自分の行いを反省したとか抜かす気か? この人殺しがよぉ」
「……そんな綺麗事を言うつもりはない。ただ最期は自分の決断を全うしようと、誓っただけだ」
「それを綺麗事っつうんだよッ!!」
そのレイゴの怒号を合図に、ジストとレイゴが再び衝突し合う…………………はずだった。
「少し目を放した隙に、ユニークなことになってるわね」
第三者の声が介入した。
レイゴを追ってきたコスモスだ。
(やっぱ来るよなァ! くそッッ!!)
反吐が出る思いでレイゴがコスモスを見やる。
前方にジスト。
後方にコスモス。
……絶望的でしかない。
当のジストとコスモスはというと。
「………『憐山』の幹部、『十刀流のジスト』で間違いないわね?」
「ああ、そうだ。……その仮面『聖』か。……どうやら本当に、幸運に恵まれたようだな。私は」
勝手に二人で話し、何か納得し合っている。
レイゴには話の全貌が見えなかったが、アルガは筋が見えたのか「なるほどね!」と声を上げた。
「わかったわ! あれでしょ? ジストさんの娘が関わってんでしょ!?」
レイゴが首を傾げる。
「ジストの娘? 噂に聞いたことはあったが……本当にいたのか。てかその娘がなんだってんだ?」
アルガが「ふん」と鼻を鳴らす。
「ジストさんの娘、コードネーム「イル」は武者小路源得殺害の指令を受けて獅童学園に潜入してたんですよ。……それが失敗したって聞いてたけど、実は『聖』に身柄を確保されてた。そんでそのイルにアジトの場所もバレてこうして攻め込まれてる……それもこれも、ジストさんが仕組んだこと! そうなんでしょ!?」
アルガの予想は的を射ていた。
………しかし。
「うるさい。あんたの意見は聞いてない」
コスモスが凍えるような声でアルガに言い放つ。
仮面で顔が隠れているが、明確な侮蔑の感情が滲み出ていた。
「なッッ!?」
アルガは嫌悪されるのは慣れっこだ。本来ならそよ風に吹かれたような心地よさすら感じるはずだった。
しかし、現在アルガの命が掛かった切迫した状況な上、明らかに背丈が小さく一回り下の少女に見下された発言をされた。
……憤怒の感情が湧かないはずがなかった。
「小娘が! 舐めてんじゃ ッッ!!!」
だがその怒りもすぐ途切れた。
「だから、うるさい」
コスモスがわかりやすく気を放出し、威圧したのだ。
アルガの実力はA級中位~上位、しかしコスモスの纏う気はS級相当。レイゴや、敵ではなくなったはずのジストまで反射的に身構えてしまうほどだった。
格が違う。
アルガは実力差を思い知り、何も言えなくなってしまう。
「……ジスト」
コスモスはすぐアルガからジストに視線を移した。
「貴方は何もしないで。そこで道を塞いでいればいいわ」
「……わかった」
言外に、レイゴとアルガは一人で相手すると伝えている。
先程のコスモスの気の放出から十分可能だと判断したのか、ジストは大人しく下がった。
レイゴとアルガの鋭い視線がコスモスに突き刺さる。
コスモスは仮面越し堂々と受ける。
正に一触即発の展開だ。
……………………………だからか、その場にいる全員が気付けなかった。
………………ジストの背後に迫る、死を呼ぶ手に。
◆ ◆ ◆
拡張系特有法技に、〝浸透法〟というものがある。
これは大気の気の濃度まで己の気薄めて気配を消す絶気法の応用で、拡張系の特性である〝気の吸収〟で大気を体に纏って完全に同化し、気配を消す法技である。
絶気法だと防御力が著しく下がるが、浸透法なら臨戦態勢を維持できる利点がある。
鎮静系の静動法には及ばないが、拡張系もこうして気配を絶つ術を持っている。
その浸透法を用いて、ジストの背後まで忍び寄る影があった。
ジストも、レイゴも、アルガも、………『聖』の隊員ですら、気付いていない。
(…………………お世話になりました、ジスト様。…………………………殺人鬼が今更何を言っても、遅いですよ)
心中でジストに対し、上っ面な感謝と、心からの蔑みを放って、……………ジストの側近・イーバはその〝手〟をジストの背に触れた。
触れた…………………………はずだった。
「な……ッッ!?」
「危ない〝手〟じゃのう…」
ジストの背中にイーバの右手が触れる寸前、その右手首がガシッと掴まれた。
◆ ◆ ◆
「「「「ッッッ!?」」」」
ジスト、レイゴ、アルガ、そしてコスモスの視線が、ジストの背後に集結する。
そこではジストの秘書的役割を担っていた側近・イーバが異様な気の籠った右の〝手〟を伸ばし、その右手首を新たに現れた紫の仮面の『聖』隊員が掴んでいた。
(スターチス…!)
一番早く状況を把握したのはコスモスだった。
(チッ…イーバの浸透法…ッ。警戒を怠っていたつもりはなかったけど、レイゴに集中して気付けなかった……ッッ!)
作戦会議の段階で湊が口酸っぱく言っていた、ジストの側近の中で最も警戒すべき人物・イーバ。
イーバは拡張系でありながら気配を消す技術は鎮静系に匹敵する猛者である。
コスモスも、もし自分を狙ってくるのであれば反応できただろうが、自分以外となると気付くのが遅れてしまった。
(まあ、湊がその辺も見越してスターチスを寄越したんでしょうけどね…)
ちらり、とコスモスはレイゴの表情を窺った。
「…………ッッ」
わかりやすく冷や汗を掻いている。
(……そうよ)
コスモスはレイゴが抱いているであろう考えに対し、肯定した。
(スターチスの実力は私より上。……もう、本物の詰みよ)
『聖』第四策動隊で元副隊長を務めていたスターチスの実力は全盛期を過ぎて尚、S級を優に超えている。
長年培った経験と、衰えぬ実力。
悔しいが、湊が直属小隊の中で最も信頼する部下だ。
「くっ…離せ!」
イーバが力を入れるが、スターチスはびくともしない。
「ほっほっほ。これでも儂は強化系でのう」
スターチスは自分から系統を告げ、イーバの右手首を掴む左手に、気を集中した。
そして。
ゴキリッ! と骨が折れる音が響いた。
「うッッ、がッッッ!」
イーバは激痛に顔を歪ませた。
防硬法で防御力を上げていたにも関わらず、呆気なくイーバの手首は折れてしまった。
「すまんのう? じゃがお主の〝手〟は少々危険じゃからな。我慢してくれ」
スターチスが老獪で容赦ない部分を垣間見せる。
しかし、イーバは。
「舐めんなよッッッ!! ジジイ!!!」
イーバは右手首に気を集中させ、放電を発生させた。
バチバチバチバチッッと雷鳴が鳴り響く。
「おっと」
スターチスが手を放し、その隙にレイゴの横へ加速法で高速移動した。
(………?)
だがコスモスだけは違和感を覚えた。
(スターチスがあの程度で手を放すはずがない……。つまり、今わざとイーバを解放した…? なぜ…?)
なぜかはわからない。
しかし、一つだけ断言できることがあった。
(……湊、なーにを企んでるの?)
◆ ◆ ◆
「イーバ! あんた何しに来たのよ!? 瞬殺されて自慢の右手も折られて!? カッコ悪!」
「黙れアルガ…ジストの裏切りにも気付けなかった奴がほざくな…ッ」
アルガとイーバが口悪く言い合う。
「イーバ、お前はジストの裏切りに気付ていたのか?」
レイゴに聞かれ、イーバは溜息を吐いた。
「……ええ。まあその話はおいおい。……今はこの絶望的な状況をなんとかしなくちゃいけません」
イーバの含みのある言い方にレイゴが左眼を細める。
「何か策でもあるのか?」
「これを」
イーバは何も言わず、七個ほどの薬のようなカプセルを投げ渡した。
「私の司力で作った特製カプセルです。……これで、レイゴさん、貴方の気を復活させます」
◆ ◆ ◆
『クロッカス、オープン。……ラベンダー、ブローディア、聞こえてる?』
『は、はい!』
『聞こえてますよ』
『ブローディア、調子はどう?』
『水薬のおかげでもう動けます』
『オッケー。じゃあもう数秒もしない内に〝掃討〟を終えたヒヤシンスがそっち行くから………ラベンダー』
『はい!』
『コスモス追って』
『え?』
『頼んだよー』
『あ…っ』
通信が切れた。
「…………」
深恋は思わずブローディアに仮面越しだが視線を送る。
「なーんか企んでるねー、クロー」
楽し気な声を上げるブローディアに、頬を膨らませつつ、拒否権があるはずもないラベンダーはコスモスの元へ駆けていった。
いかがだったでしょうか?
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