第15話・・・吐血_深い_喪失・・・
数分前のこと。
「ところでジストさん見なかった?」
クネリと合流したアルガが彼女に尋ねるが、クネリは首を横に振った。
「知らなーい。何かあったの?」
「んー、気のせいかもしれないんだけど、さっきまで感じ取れてたレイゴさんの気の気配が消えたのよね。これって結界に入ったってことじゃないのかなー、なんて思って」
「レイゴさんも部下と楽しんでるのかな?」
先程まで部下を殺して楽しんでいたクネリがレイゴも同じことをしているのではと想像する。
「だったらいいんだけどね。……ほら、ここ最近のジストさん様子おかしかったじゃない? 私達側近を任務に出さずにアジトで待機させといて、ほぼずっと自室に引きこもってばかりで。……何か起きるって予期してたのかなって思うのよね」
アルガが意見を述べると、クネリも「あ~」と共感を示す。
「それ私も少し思ったかも。まあジストさんいつもちゃんと考えてくれてるし、気にしなくてもいいんじゃない?」
「だといいんだけどねぇ」
クネリは楽観的に考えているが、アルガは不安が拭いきれなかった。
地下都市『白空』で殺人娼婦として、大人の醜く恐ろしい〝欲〟を見てきたアルガとしては、どうしても危機に敏感になってしまう。
(そもそもレイゴさんも何か感じ取ってたみたいだし、結構可能性高い気がするのよね…。やっぱりジストさん探す前にモニター室覗いた方がよかったかしら?)
その時、アルガがとある人物の気配を感じ取り、廊下の奥へ目を向けた。
「……ジストさん、だよね?」
アルガが声をかけるが、返事はない。
しかしすぐに廊下の影から、左眼に眼帯を巻いたアルガやクネリのリーダー、ジストが現れた。
(……? なんか、様子がおかしい…?)
「あ、ジストさん」
アルガの疑念をよそに、クネリがジストを見て気軽に近付いていく。
クネリはジストによく懐いていた。
いや、懐いていたというより舐めていたと言うべきか。
クネリに取ってジストは〝やりやすい上司〟という表現がぴったりなのだ。
「なんか怖い顔してません? どうし 」
それ以上、クネリの言葉は続かなかった。
クネリの首から上が、なくなったからだ。
「……………………………え」
クネリの首が血をまき散らしながら宙を舞うのを目の当たりにしながらアルガは呟いた。
「………これでも悪いとは思っている」
ジストが、刀を横薙いだ姿でようやく言葉を発した。
「……だが、決めたことだ。……………お前達には、死んでもらう」
「ッッッッッッッッッッッッッ!!」
状況を正しく理解したアルガは瞬時に動いた……………………つもりだったが。
ジストの方が当たり前のように速く、刀を振った。
(死……)
落命を覚悟したアルガだった………が。
「グハッ…ッ」
ジストが刀を振り抜く直前、吐血した。
口から吐かれる鮮血を刀を持たない左手で瞬時に抑えるが、苦しいのかバランスを崩している。
アルガは目を見開いた。
(血!? 私は何もやってない…というより、これは………病!? 確かに最近ジストさんが直接任務に出る機会は減っていたけど……これが原因!?)
とにかくアルガはこの隙を逃さず、技を放った。
(『霧煙幕』ッッ!!)
アルガが瞬時に霧を発生させ、ジストの視界を塞ぐ。
(『音無しの逃走脚』ッッ!!)
当然霧如きでジストの探知法を掻い潜れるとは思っていない。
アルガの質は鎮静系水属性。
殺人娼婦として生き抜く為にアルガが重宝していた司力がこの『音無しの逃走脚』だ。
これは四つの法技を組み合わせた技で、残像法で残像を作りつつ、残像そのものの気配を静動法で消し、加速法と跳弾法で速さとバネを活用し、超速離脱する高等技だ。
「ッッ」
しかし動揺のあまり気の加減に失敗してしまい、足がもつれて転びそうになる。
足がもつれて頭ががくっと下がった、刹那、アルガの首があった位置を分厚い風の刃が通過した。
「ぅえッッッッ!!?」
思わず変な声が出てしまうアルガ。
(これは十元屍葬流『絶断鎌鼬』ッッ!?)
ジストは刀を一本しか持っていないのでただの鎌鼬だが、S級のそれは凄まじい威力を秘める。
真一文字に放たれた鎌鼬によって両壁が深く抉れてしまっている。
(足がもつれてなかったら……死んでた……ッッ!)
病魔に侵されていてもアルガを容易く葬る力は持っている。
アルガは戦慄的事実を目の当たりにしつつ、運良く外してくれた隙を逃さず、気の大半を使って曲がり角に逃げ込んだ。
アルガはその後、通りすがった隊員を身代わりにして何回も九死に一生を得て逃げ延び、レイゴを発見した。
◆ ◆ ◆
『憐山』幹部・ジスト。
今でこそ『十刀流のジスト』という異名が広まっているが、それ以前は『惨殺サイボーグ』と呼ばれていた。
己の心を殺し、命じられるまま機械のように淡々と人を殺す殺人マシーン。
物心つく頃にはスラム街で極貧生活を強いられ、母親も父親も知らない。本当の名も知らない。
愛情を知らず、一日一日を必死に生きていたジストはいつの間にか裏組織の奴隷にされており、その後裏組織の下っ端を転々としながら、その全ての組織で幼いながらに最前線で戦わされ、士としての力を付けてきた。
12歳になる頃にはジストは自分が天才だという自覚が湧いた。おそらくだが、親は相当腕の立つ剣士だったのだろう。堕ちた元天才剣士が自棄になって適当な娼婦に産ませた子、それが自分なのだと、勝手にそう思った。
休むことなく戦い続けたジストは『憐山』で才能を開花させた。特にジストが独学で編み出した十刀流は異才を放ち、瞬く間に幹部へと上り詰めた。
十刀流の剣術に技名はなかったが、『憐山』のボスから名前を付けた方がイメージしやすく技も繰り出しやすいとアドバイスを受け、ボスに命名された『十元屍葬流』という司力をさらに極めた。
やがて月日が経ち、ジストが25歳になる頃、『憐山』の下っ端の女構成員がジストを誘惑してきた。
彼女は元々表社会の人間だったが、仲間に裏切られ、行き場を無くして『憐山』に落ちた女だった。
自分を裏切った連中を見返すため、裏社会で躍進してみせる、そんな歪んだ野望が人の感情に疎いジストでも容易に見て取れた。
普段なら相手にしないジストだが、周囲の幹部が自分の子を産んで士として育ててるという話を聞き、ボスからお前も子を産んだらどうだ?とも言われていたので、その女の誘惑に乗った。
……やがて、子が生まれた。女の子だった。
ジストは生まれた赤ん坊を見たが、書物で時々読む感動は全くなかった。
自分の手札が増えた、という打算的な考えしか浮かばなかった。
………それから少しして、ある日突然、その女が子供を連れてアジトを抜け出した。
やられた、ジストはその時全てを直感した。
その女はどこかの組織のスパイだったのだ。わざわざ子供を産んだということは、ジストの遺伝子を欲した裏世界の科学者の誰か。
ジストとしては自分の遺伝子に大した価値を感じていないのでくれてやっても良かったが、この件が上にバレると厄介なことになる。
ジストは部下達に声をかけ、捜索を始めた。
ジストはその女を探し…………あっさり見付けた。
既に元の組織に保護されているものだと思っていたが、違った。
………………見付けたその女は、森の中でひもじい思いをしながら、赤ん坊と一緒に野宿していた。
……すっかりみすぼらしい見た目になった女は、ジストが来て、号泣しながら懇願した。
お願いします。見逃して下さい。この子と一緒に静かに暮したいだけです。この子のために生きていくと決めたのです。
………その女はスパイでもなんでもなかった。
……仲間に裏切られ、闇に堕ち、好きでもない男の子供を産んででも裏社会で出世しようとして、……その子供を愛おしく思ってしまった、母親だった。
ずっと自分の気持ちに嘘をついたのだろう。
己の〝善〟を堰き止め、〝悪〟を演じ続けた心が、赤ん坊の存在一つで決壊してしまったのだ。
目の前で赤ん坊を抱えながら土下座し、滝のような涙を流しながら、命乞いをする女。
ジストの知るその女は常に堂々としていて、非常にプライドが高い性格だった。ジストを誘惑する時も、媚びるようでいて、瞳の奥が計算高く煌めいていた。
……そんな女が、子供の為に矜持も尊厳もかなぐり捨てて、額を汚い地面に擦り付けている。
それでも、ジストは当初の予定通り殺すつもりだった。
その女の必死の懇願を受けても、心は微動だにしなかった。
刀を振り下ろし、その女の命を絶つ。無論、厄介な子供もこのまま殺してしまおう。
そう思っていた。
『…………………………………勝手にしろ』
しかし、気付けば、………ジストの口からは思いもよらぬ言葉が飛び出していた。
女が目をぱちくりさせながら『それは見逃してくれる……と?』と聞く。
自分の言葉に驚いていたジストは反射的に『勝手にしろ、そう言ったはずだ』と再度述べる。
その女は涙を流し、嗚咽を漏らしながら、ありがとうございます、ありがとうございます、ありがとうございます、と何度も感謝を述べた。
……ジストは変なことを口走ってしまい、面倒だから殺そう、と言葉とは裏腹にそんなことを考えていたが、その女の感謝を聞き、殺す気が失せてしまった。……元から殺す気があったかどうか、ジストは考えないようにした。
その女が赤ん坊を連れて去る直前、ジストは最後に聞いた。
『………その子供に名前は付けたのか?』
なぜ聞いたのか、これもジストはこれといった理由はなかった。ただ少し気になっただけ、そうとしか言えない。
その女は慈しむような笑みで、答えた。
『はい。深い恋で、深恋。……そう名付けました』
深恋。
ジストは心の中で反芻しながら、ふと思ったことを告げた。
『恋、なのか?』
『? どういうことですか?』
『いや、書物で読んだ限りだと、親が子に向ける感情としては〝恋〟より〝愛〟という単語の方が適切な感じがしてな。深い愛で深愛……そっちでも別に構わないような気が………いや、なんでもない。忘れてくれ』
おかしなことをまた口走ってしまった。
そう自覚したジストが言葉を引っ込める。
本当にどうしてしまったんだ、そう自問するジストに、その女はクスリと笑いながら告げた。
『深愛は、私の本名なんです』
『……………え』
ジストは自分が声を発していたことに気付かなかった。
『今貴方が言った同じ理由で、私は親からこの名前を授かりました。だからもう私で〝愛〟って言葉使っちゃってるんで、〝恋〟で代用したんです』
苦笑しながら言うその女・深愛、続けてこう言った。
『………ふふっ、ジストさんって、そういう顔もできたんですね』
『…え』
ジストは自分の顔に手を当てるが、よくわからなかった。
深愛に言われて表情を引き締めてしまったからだ。
どんな顔だったのか、とても気になるが、なんとなく聞くのが憚れた。……恥ずかしかったのだ。
『……もういい。先程教えた道を辿れば、他の部下に見付からず森を抜け出せるだろう。……早く行け』
『はい。保護してもらっても、ジストさんのことは言いません。………本当に、ありがとうございます』
最後に深愛は深々と頭を下げて、ジストの前を去った。
ジストは走らずにはいられなかった。
心がモヤモヤする。まるで体の中に入り込んだ不純物によって自分が一から作り直されるような、自分の中で何かが組み立て直されているような感覚。
それを拒絶したいのか受け入れたいのか、全くわからない。
自分が何に迷っているのか、全くわからない。
『…………なんなんだ……ッッ』
かき混ぜられる感情に、ジストは振り回されてしまう。だから、走らずにはいられなかった。
『…………見逃してやったんだから、精々生きろよ』
ジストは小さく、そう呟いた。
………………………………その直後。
ボオォォンッッッ!!
爆発音が聞こえた。
ジストは振り返り……、
『あの方角…………ッッッッッッッ!?』
ジストは全力疾走で、その爆発音の元まで走った。
………その方角は、ジストが深愛に教えた、……逃走ルートだった。
そこに辿り着いたジストが、最初に見たものは…………………首から上が無い、死体。
………そして、おぎゃあああああと泣く赤ん坊の頭を掴んで、吊るし上げる『憐山』の構成員だった。
その構成員が陽気に挨拶してきた。
『あ、どうも~。新人のクネリで~す。見て下さいよ! 適当にぶらぶら歩いてたら見付けたんです! なんか命乞いしてきそうな面白い顔してたんで、すぐ頭吹っ飛ばしてやりましたよ! ………今からこの赤ちゃんもママと同じ目に遭わせるところですっっ。いや~、赤ちゃんの頭吹っ飛ばすのは初めてだな~、どんな感覚なん……』
『待てッッッッッッッッッッ!!!!!』
ジストは過去最も大音量の声で、止めた。
クネリが『えっ?』と瞬きする。
ジストは荒れ狂う心を強靭的な自制心で押し留め、冷静に告げた。
『……その赤ん坊はまだ利用価値があるかもしれん。なんせ俺の子だからな。………だから、殺すな』
なるほど~、とクネリは大人しく納得し、その赤ん坊はジストが引き受けた。
ジストはクネリが何か言う前に『この死体も俺が処理するから、お前はこのことを報告してこい』と言って、クネリをこの場から遠ざけた。
おぎゃああ、おぎゃああ、と泣く子供を抱えながら、ジストは首から上のない死体……深愛を、見下ろした。最期まで子を放さなかったのか、腕が抱える状態のままだ。
…………『ふふっ、ジストさんって、そういう顔もできたんですね』。
……あの時の深愛の笑顔が、脳裏にこびりついて離れない。
ジストは自分の腕の中で泣く子・深恋に目を向けた。
おぎゃああ、おぎゃああ、泣き止む様子がない深恋に、ジストはそっと指を近付けた。
しかし深恋はその自分の指を蛇を見るように泣いて反応し、ぱしっと小さな手でジストの指を弾いた。
深恋は更に暴れ、ジストは暴れる赤ん坊を強く締め付けることもできず、そのまま深恋がジストの腕を抜け出しそうになる。
ジストはせめて落とさないように屈み、深恋に衝撃を与えないように地面に放った。
深恋は泣きながら四つん這いで進み、……首がなくなった深愛の、抱えられる状態のままの腕の中に入り込んでいった。
母親の温もりを感じたのか、深恋は泣き止み、そのまま眠ってしまった。
……………ジストはその光景を目の当たりにして、形容し難い喪失感に呆然と佇んだ。
◆ ◆ ◆
湊が『憐山』アジトの一室で、通信を開く。
『クロッカス、オープン』
『ヒヤシンス、エンター』
『スターチス、オン』
『アスター、コール』
『〝掃討〟の準備が完了した。取り敢えず、『憐山』の下っ端を九割方殺す。残る一割はひっ捕らえる。……ヒヤシンス、働いてもらうよ』
『了解』
『スターチスは手筈通り』
『了解』
『アスターはどう?『密室結界《クローズド・サークル』の維持は?』
『キンリが水薬を僅かですが持っていたので当初の予定通り維持できそうです』
『OK。『改字人形』は使えそうか?』
『はい』
『OK。どうやらレイゴが一瞬で結界を破る異常な結界破りをこの土壇場で編み出したみたいでね。アスターの『密室結界』ならそう簡単に破られないだろうし、結界まで辿り着かせるつもりもないが、万一の時はアスターに少し足止め役をお願いするかもしれない。……そこだけ肝に銘じといて』
『了解』
『……じゃあ、流れがこっちに傾いたところで、一気に片すよ』
いかがだったでしょうか?
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