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鎮静のクロッカス  作者: 三角四角
第4章 激闘クロッカス直属小隊編

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第8話・・・アスターVSキンリ_駆け引きと回避_歪んだ精神・・・

 深恋ラベンダーはコスモスと共にアジト内を駆けまわっていた。

 二人の現在の役割はアジト内の構造把握。深恋が知らず、湊でも予想できなかった部分を無遁法アンノー・アーツで身を隠しながら高速で駆け、構造を頭に入れている。それが湊の糧となるからだ。

 ほぼ一瞬で駆けるため、深恋にはあまり記憶できていないが、コスモスは余裕らしい。深恋は改めてコスモスのスペックの高さに驚いていた。

 アジト内に入ってかなり走ったが、時間はそれほど経っていない。そんな時に湊から通信が入った。

 結界内で常に通信機をオンにすると敵に探知されるため、定期報告時の10~14分経った時に湊が通信機をオンにする手筈だったはず。それなのにこの短時間で連絡が入ったということは、湊がアジトに入り、逸早く異変に気付いたのだろう。

『クロッカス、オープン』

『スターチス、オン』

『ヒヤシンス、エンター』

『コスモス、イン』

『ラベンダー、テイク』

『ブローディア、カム』

 二人で廊下の隅に移動し、慌てず点呼に応じた。全員と通信が繋がってるかどうか仮面の内側にあるパネルでも分かるが、こうして声認証と一人一人違う応答で本人であると確認する。

 しかし深恋が「ん?」と疑問を思うのと同時に、湊から悔し気な声が響く。

『…アスターはいないか』

『隊長? 何が?』

 コスモスが手短に聞く。

『このアジト内にレイゴがいることが判明した』

 深恋は喉が詰まるかと思った。隣のコスモスも決して内心穏やかではないだろう。

『アスターとはそもそも士器アイテムが繋がらない。戦闘中の可能性大だ。相手は…おそらく、キンリだな。キンリは大人しそうに見えて傍観者気質の安全主義者、しかも賢い。…レイゴから何かを察知し、自分の転移法ワープ・アーツが外界と繋がらないことを知り、厄介な結界を張る相手を始末しに行ったんだろう』

 深恋はまた驚く。レイゴの側近、キンリについては聞いたことがある。

 ジストが強者の情報を深恋に教えた時、ただ力が強いだけでは強者とはいえない、そんな例としてキンリを上げていた。表ではあまり周知されていないが、キンリは相当強い。

 白兵戦ではなく敵組織の一人とするなら危険度はレイゴをも上回る、と。

『目の前に現れたキンリをアスターが逃避させないよう『密室結界クローズド・サークル』で閉じ込めたんだろう。キンリの性格上、最初は逃げないだろうが、劣勢となればすぐ逃げ出すからな』

『どうするんだ? 二人の実力は五分五分ぐらいだろ?』

『しかもアスターは体力の消耗の激しい『憑英格化』状態で『密室結界クローズド・サークル』を二つ張り、おそらく『改字人形』も何体も作っていますよね? キツイんじゃないですか?』

『助けに行くべき?』

 ヒヤシンスとブローディア、コスモスが意見を述べる。

『いや、ここはアスターに任せる。条件が悪いのはキンリも同じだ。逃げることもできず、限られた空間内だとキンリの司力フォースじゃ戦い辛い。それよりも問題はレイゴだ。俺とスターチスで探す。ブローディアは2分ごとに俺達へ連絡。他は変わらず構造把握を』

『『『『『了解』』』』』

 湊の決定に異論なく同意する。

 深恋も本心から同意しているが、アスターがどうなるか心配は拭えなかった。



 ◆ ◆ ◆



 キンリは眼下の敵を見下ろす。

 憑英格化した『聖』の精鋭、アスター。

(この若さで霊魂晶グローリー・ジェルを実戦段階まで操ることができてる。けど完璧とは言えないはず。時間制限はあると思うけど、まだかなり余裕はあるな、これは。手っ取り早く片付けたいけど、時間掛かるかな、これは)

 あくまでキンリは自分の勝利を疑わない。

 自分はどんな状況でもうまく立ち回ってきた。今回のように強敵と戦うこともある。表の記録には残っていないが、あのレイゴと一緒にいるのだ。何度も巻き込まれた。

 しかしキンリの才能が生み出した奇抜な戦法と優秀な頭脳で多対一でも若干上と敵でも殺してきた。今回も同じだ。

 憑英格化だろうと関係ない。


「『文創ぶんそう・改字人形「怪人二十面相」』」


 アスターが万年筆を本に奔らせ、そのページを取ると、その紙片からエナジーが膨れ上がり、人型を形成する。

 黒マスクにタキシード、マントと、怪人二十面相を連想させる。

 それを見てキンリが首を傾げた。

「あれ? 確か怪人二十面相の姿が黒マスクやタキシードっていう描写は二次的に作られた映画や小説からできたイメージで、本編ではなかったはずだよね? 江戸川乱歩の魂を使ってるとはいえ、そこらへんは君が調整できるみたいだね」

 キンリがなんてことないように言う。

 アスターの表情に変化はない。その裏ではどんな顔をしてるのか、キンリは勝手に想像して楽しむ。

(それに一体だけ、か。俺のことはしっかり分析されてるのかな)

 思っていると、早速怪人二十面相が正面から襲って来た。

 怪人二十面相から感じるエナジーはB級上位。ただの土塊人形ゴーレム分身法フロック・アーツと同じとは思えない。推測すると、元の人物・設定に由来した司力フォースを持っていると考えられる。

 とすると、考えられるのは二十面相の代名詞、変装。アスターの元々の系統であろう具象系とも相性が良い。

 一瞬この二十面相はアスターで、入れ替わった可能性も考えたが、この距離で煙や光などで障害を作った瞬間もないので違う。

(一体変装如きで何を…)

 キンリが注意深く観察していると、


 二十面相が土煙を放った。


「!?」

「二十面相は変装、ていう価値観に囚われ過ぎたね」

 うっすらを笑うアスターが土煙の向こうに消えた。


 ◇


(確かにその二十面相は変装が主体の司力フォースだけど、それだけじゃない。…『憑英格化』は歴史に名を遺した偉人がエナジーを持った存在であるように、僕の『改字人形』も有名キャラクターがエナジーを持った存在。…そして怪人二十面相は変装より着目すべき才能がある。それは駆け引きの腕。怪盗として警察や探偵明智小五郎と駆け引きを繰り広げたその頭脳は超一級品。例えフィクションの存在だろうと、その二十面相を生み出した江戸川乱歩の魂を持つ僕なら、完璧に具象化できる)

 アスターが目の前の土煙を見詰める。

『改字人形』の状況は細かくではないが、ある程度把握できる。

(キンリ相手に多数攻めは逆効果だ。並外れた精度の転移法ワープ・アーツで攻撃を別方向へ飛ばす。一対一でもそういった攻撃は可能だが、二十面相を相手にしたらそう簡単には片付けられない)

 アスターはキンリという人物について、『聖』が分析した人物像、司力フォースを満遍なく把握している。

 相対的なスペックの高い天才肌。だが人格は最悪なサディスト。才能に頼り切った人生を歩み、他人を見下している。自分が最強などとは考えず、自分より強い相手となれば潔く逃げることがまた性質たちが悪い。

 アスターはそんなキンリという存在を侮蔑している。まるでこの世界は自分の遊び場とでも考えてるような真似が鼻に付く。

(その歪んだ性根、踏み倒してから殺してやる)

 その時、土煙からリングが二つ、回転して飛び出した。

(二十面相をスルーして僕を狙う気?)

「『土の壁(アース・ウォール)』」

 動じず広々とした土の壁を展開してリングと自分の間を隔てる。


「どっち見てるの?」


「ッ!?」

 真後ろにキンリがいた。

 リングに気を取られたのだ。キンリの転移法ワープ・アーツはリングが無くても超一級。分かっていたが、リングという士器アイテムがあればそのレベルは更に跳ね上がるので、対処せざるを得ない。

 キンリにその思考の隙を狙われた。

「『転移風腕ワープ・カット・アーム』」

 キンリが風を纏った腕を振るい、アスターの首に触れる。そのまま、何の障害もないように腕が薙がれ、アスターの頭が飛んだ。

 しかし、キンリの表情は驚愕に染まっていた。

「これ…分身法フロック・アーツ……っ」


「ご明察」


「ッ!」

 今度は逆にアスターがキンリの真後ろを取っていた。例えジェネリックが隠密向きではなくても、第四策動隊の隊員の気配消しはそこらの鎮静系を越える。

 二十面相が土煙を放った瞬間に既に囮を立てていた。

 アスターが万年筆に土を纏って鋭利な石と化してキンリの首を付け狙う。

 もらった……そう思ったが、

「ッ」

 直前になって、その攻撃を力任せに中断させ、距離を取った。アスターは後ろに大きく跳びながら、それほどバカではないか、と笑うキンリの表情を見た。


 土煙も土の壁も解け、間にキンリを挟む形でアスターと二十面相が佇む。

「よく見破ったよ。そう、今攻撃してれば死んだのは二十面相だ」

 キンリが薄く小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、アスターを視界に捕らえる。

 アスターはキンリを纏うエナジーに違和感を覚え、これが転移法ワープ・アーツで二十面相と繋がってると予測し、攻撃をやめにしたのだ。

「俺の司力フォース、かなり分析されてるみたいだね。『聖』は凄いなぁ」

 キンリが軽い声で喋り、こてん、と不気味に首を傾げた。

「これじゃあ出し惜しみも無駄か。……『乱景領域シェイク・ビュー・テリトリー』」

 瞬間、アスターに見えてる光景が目まぐるしく変化した。

 アスターの目の前には、キンリと二十面相、それから山や森、夜空などが見えていた。見えているものは変わっていない。ただ、その景色がビリビリに破いて適当に貼り付けたように上下左右と形も滅茶苦茶になったのだ。しかも、その破り方全てがテレビ画面のように、見えているものが連続的に変化する。森の木が右上に見えていたと思ったら左横へ、キンリが左腕が真上にあったと思ったら右下に、と。

 キンリはこの技を知っている。

乱景領域シェイク・ビュー・テリトリー』。

 広めた風に転移法ワープ・アーツを施し、まばらに別の映像を置換する技だ。ついでに『陽炎空ミラージュ』も使っている。

 初耳で初見なら間違いなく理解が間に合わずに大打撃をくらう可能性はアスターでも大きい。

 その時、アスターの目が細められる。

(ッ…二十面相がやられたか…)

 二十面相が消滅するのが伝わってくる。

 しかしそれでもアスターは慌てず動じず対処する。

「『文創・現推理げんすいり』」

 自身に霊魂晶グローリー・ジェルエナジーによる負荷を掛け、一時的に現状の推理・理解力が爆発的に上がる技。超過演算デモンズ・サイトほどではないが、分析、予測の精度は非常に高い。

 一瞬で推理したアスターは、その場から跳躍し、


 乱れる景色の中に隠れていたキンリの脇腹を、容赦なく蹴り付けた。



 ◇


「僕にそんな半端な迷宮が通じるとでも?」

 脇腹を蹴られながら、キンリの耳に冷めた声が届く。キンリはアスターの蹴りが振り抜かれ、全てのインパクトが乗る寸前、とある技を発動する。

(『体分離の輪アイソレーション・リング』)

 キンリの胴体が真っ二つに分離した。

 これもまたキンリが逃げの専門家とされる理由の一つ。

 服の裏、体のあちこちにリングを二つ重ねて取り付け、強攻撃の際には体を二つに分離する。転移法ワープ・アーツで繋がっているのでダメージはない。そうすることで躱すなり威力を殺すなりする技だ。

 キンリの首にも巻かれており、例え首を刎ねようとしても、触れた瞬間に脊髄反射で二分割するよう鍛えているので効果が薄い。

 キンリが体を二つに分けたままアスターから大きく距離を取る。

 アスターの表情は鋭く油断がないが、その裏では舌打ちしてることだろう、とキンリは予想する。

 キンリは薄く笑い、

「にしてもこの戦い、長引きそうだよな」

 アスターの表情には変化はないが、同じ気持ちだと手に取るように分かる。

「俺の司力フォースはどちらかと言えばカウンタータイプだし、アスターくんもこういった正面衝突は苦手なタイプでしょ? 『憑英格化』状態での攻撃手段はさっきの人形くらい。君自身は、万年筆を尖った石を纏って攻撃したり、今みたいに蹴ったり、随分としょぼいものばかりだからな」

 今の不意打ちでの脇腹蹴りはアスターも大打撃を狙った一撃だったはず。ブラフの可能性は低い。

「でもさ、」

 キンリがサディストらしい捻くれた笑みを浮かべる。

「長引いて困るのはそっちだよな? この結界とあの人形をアジトを潰す間常設するつもりだったなら持久力はあるんだろうけど、俺と戦いながら、ってなると厳しいんじゃない? 俺がカウンタータイプって言っても、アタックが苦手なわけじゃないよ?」

「はっ」

 アスターが鼻で笑った。

 意気揚々としてたキンリが腰を折られたように不機嫌になる。

「ぺちゃくちゃうるさい。………黙れ」

「…へー、余裕じゃ」

 ん、と続く間もなく、アスターが動き出す。


土塊人形ゴーレム』。それを五十以上生成し、多方向からキンリへ襲い掛かってくる。

霊魂晶グローリー・ジェルの力を使わない。温存か》 

 キンリは全収納器ハンディ・ホルダーから更にフラフープサイズのリングを多数取り出し、周囲に展開した。

《数が多過ぎて同士討ちしようにも、溢れるな》

 土塊人形ゴーレムの壁の向こうでまたアスターが分身法フロック・アーツと入れ替わってないかしっかり感知しつつ、リングの中へ入る。

 土塊人形ゴーレムがリングだけになったの空間に集結し、ぐしゃりと先頭の数体が当たって潰れる。しかしすぐに再生する。

 キンリはその光景を見るまでもなく予想した。そしてキンリが上空のリングから姿を現した直後、岩の塊が飛来してきていた。

 江戸川乱歩の推理力《『現推理』》で予測されたのだろう。

 岩の塊は大きく、リングに通してアスターに返すこともできない。しっかり徹底されてる。

「『風の壁(ウィンド・ウォール)』!」

 防ぐと、真横に接近していた人物に今気付いた。

 アスターだ。

 分身法フロック・アーツではない。

 アスターがエナジーを込めた足で踵落とし繰り出す。

 キンリは咄嗟にリングを眼前に持ってきて、その中から土塊人形ゴーレムを雪崩のように流す。

 キンリ自身の風で勢いや威力を調整したそれは、アスターを一瞬の内に呑み込んだ。

 土塊人形ゴーレムが解除されたが、アスターの傷は大きい。しかしアスターは気丈に鋭い視線を飛ばし、加速法アクセル・アーツで姿を消……す直前、初速の遅い段階でキンリは転移法ワープ・アーツでアスターの眼前に現れ、『転移風腕ワープ・カット・アーム』で首を横薙いだ。

(これは…ッ、しまった!)

 それはアスターではなかった。分身法フロック・アーツを警戒して、別の可能性を疑っていなかった。

 二十面相。変装の達人が化けていた。

 直後、キンリは体の至るところに嵌めた『体分離の輪アイソレーション・リング』により、体を二十以上に分離する。

 その直後、アスターの石となった万年筆による心臓突きが、真後ろから迫る。

 キンリは、まるで子供のおもちゃのブロックでできた人型の人形がばらばらと砕けるように崩れ、アスターの攻撃を無力化する。

 キンリはそのまま接するリングの中へ吸い込まれるように消える。リングは少し伸縮するので、多少リングより体が大きくても問題なく入る。


 離れたところのリングの中から現れる。その姿は『陽炎空ミラージュ』周囲の景色に溶け込んでおり、見えていない。

(やっぱりお互いに決め手に欠ける)

 キンリは無理に突っ込まず、堅実な策を考える。

(一先ず、このまま長引かせる。一応俺だって隠密性は高い。転移法ワープ・アーツや『陽炎空ミラージュ』を駆使して逃げ隠れしつつ奇襲して、アスターくんに攻撃させてその隙も突く)

 慌てる必要はない。

 こういった状況は今までにも何度もあった。

 利益にも興味ない、仲間意識もない、自分の命にもあまり頓着のないキンリは、全くリスクを背負うことなく相手を追い詰めて来た。

 それがまた楽しい。

『憑英格化』?

霊魂晶グローリー・ジェル』?

 そんなの関係ない。今急がなければいけないのはアスターで、キンリはゆっくりできる。

 こんな時だからこそ思う。

 人生勝ち組になるのなんて簡単。必要なものを身に付けて枷になるものを棄て、その先に楽しいものを見付ければいい。ただそれだけなのに、どいつもこいつもくだらない信念や邪魔な自信を第一に置いてる。

 本当に理解できない。



(逃げ場を作るだけのつもりだったけど、遊び甲斐のある相手じゃん。……レイゴのバカの大暴れも見飽きてたところだし、今回はコイツでじっくり楽しもうか)


 狂い歪んだ心で、その心を躍らせることだけを考えていた。


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