第4話・・・『聖』の活動内容_新しいコードネーム_コスモス・・・
『陽天十二神座・第二席』・独立策動部隊『聖』。
主な仕事内容は裏組織の撃滅。
独自の情報網と、圧倒的戦力で『士協会』に属する数多ある全組織の中でトップの撃滅数、検挙率を誇る。
『士協会』の席次は功績で決まる。その功績には様々な形がある。金銭を稼いで共同資産へ投入すること、メディアで活躍して大衆の支持を得ること、気と機械を合わせた文化の発展研究、そして士の印象を悪くし大規模自然災害と同等かそれ以上の混乱を世に招く裏組織の撃滅などなど。
その中で、裏組織の撃滅はそれほど功績に反映されにくい。
というのも、そもそも裏組織は簡単には潰せない。裏組織VS正規組織では、後者が不利なのだ。
世間の評判・評価に縛られ、正規組織の重役でありながら裏の人間に似た思考を持つ者の所為で足を引っ張り合い、裏組織のスパイを容易く送り込まれやすいポジションにいる。一つの組織で撃滅できたとしても小さい裏組織だけ。巨大裏組織を相手にする時は複数の組織が手を組むのが普通だ。
これでは手柄は小さかったり、分割されてしまったりして功績としては弱い。
しかし、『聖』は違う。
他組織と関わり合うことなく、名だたる裏組織を次々と撃滅させた。
その功績は凄まじく、『士協会』二番目の椅子に座することを認めさせた。
また、「裏」に染まっていれば正規組織の人間であろうと引っ張り上げるため、ありがたくも厄介な存在だと認識されている。
その『聖』の現総隊長の名は西園寺瑠璃。『聖』内で生まれたとされているので戸籍はない。
彼女は前総隊長が退くのと同時に赤い仮面を外し、総隊長に就任した元第一策動隊隊長だ。元のコードネームは「ローズ」。
第一策動隊の主な任務は総隊長と本部の守護。
『聖』の総隊長は外に出ることもままある。その時、決まって第一策動隊隊長と他何名かの隊員は付き添う。なので、ローズのことは知られていた。協会内だけでなく、世間に対しても公表はされている。
ローズが仮面を外し、総隊長に就任した時は、協会内からも世間からも多くの反響があった。
ローズとして何度か見せた戦闘力に加え、今まで隠されていた美しい素顔が明らかになったこともあり、人気だけで言えば歴代総隊長の中でもトップクラスだ。
もちろん総隊長としての手腕も見事。
前総隊長に負けない才覚で『聖』の地位を盤石のものとしている。
そんな総隊長、西園寺瑠璃が、目の前にいる。
微笑み、深恋に挨拶した。
「初めまして、淡里深恋さん」
◆ ◆ ◆
流麗な青みのある黒髪ロング。肌は20代後半並みに艶やかで、魅惑的な質感を想像させる。肢体も衰えを感じさせないほど豊満で、写真や映像では何度か見たことあるが、実物はそれ以上に妖艶に輝いて見える。
「初めまして、淡里深恋さん。『聖』の総隊長を務める西園寺瑠璃と言います。…こちらが第一策動隊隊長のスカーレット、そしてこちらが『聖』の総隊長補佐のチェリー。よろしくね」
瑠璃が微笑み、深恋は様々な衝撃を受けていた。
深恋は総隊長室にいる。
金属壁で硬質ながら気品や優雅さのある部屋には、5人の男女がいた。
まず深恋と湊。プロテアとスイートピーは案内が役目だと部屋の前で別れた。意外とスイートピーも潔く湊から離れ、「部屋の前で待ってるから」と言っていた。
そして目の前のテーブルと両脇に女性が計三人。
《あの人が西園寺瑠璃…想像以上の覇気って感じ…。それに…え、スカーレッドってコードネームは知ってたけど…双子? ていうか総隊長補佐? 聞いたことない……》
「そろそろ整理ついた?」
隣に立つ湊に声を掛けられ、深恋が苦笑する。
混乱していたが冷静さを失っていたわけではない。
なんだかんだと精神力のある深恋は『聖』の空気に順応しつつあった。
「では、淡里深恋さん」
仕切り直しという感じの声に、深恋が姿勢を正し「はい」と答える。
瑠璃は満足そうに口で笑みを浮かべながら。
「私はクロッカスを全面的に信頼しているので、彼が大丈夫と言うのであれば、貴方が『聖』へ入ることに異論はありません。耳に入れていると思いますが、現在獅童学園へ潜入中の隊員、カキツバタが見破られ、帰ってきます。これより貴方には、生徒という立場は弱いですが、獅童学園にいる間はクロッカスのパートナーとして頑張ってもらうことになります」
「はい。承知しています」
「また、明日の深夜、『憐山』のジストの基地を撃滅すべくクロッカス直属小隊が動員されることになり、クロッカスの要望で貴方にも出動してもらうことになります」
「…はいっ」
深恋の返事には緊張と力強さがあった。
基地内の内情を少しは知っている深恋がいる方が有利にことを運びやすい、そう前以て言われ、既に覚悟しているのだ。
瑠璃が微笑む。
「良い返事ね。………ところで、貴方のコードネームだけど、」
深恋が敏感に反応する。
『聖』はコードネームに花を用いている。
深恋も何度か耳にしたことがあるが、まさか自分がもらう日が来るとは、と不思議な感覚だ。
「ラベンダー、それが貴方のコードネームよ」
「ラベンダー……」
感慨深く反芻する深恋に、湊が言う。
「ただのコードネームだけど、『聖』ではそれで呼び合ってるから、大切にしてね」
「…あの、『聖』の人に名前って…」
「一応あるよ」
深恋の疑問に、湊が答える。
違和感はあまりなかったが、赤の他人が集まる裏組織はともかく、家族のような絆を持つ『聖』内でコードネームで呼び合うのは、やはりおかしい。
湊が軽く苦笑して、
「色々と理由はあるんだけどね…『聖』には戸籍がある人もいれば、『聖』内で生まれて名前を付けられたり…………でも一番の理由は、自分の本当の名前が嫌な人が多いことかな」
深恋の心に衝撃が奔る。
「元裏組織の人は少数側だけど、昔から『聖』は仲間想いだからね、『聖』内で付けられたコードネームを呼び合う内にそれが定着した…らしいよ。本当に昔のことだから知らないけどね」
思い出す。『聖』には元裏組織の人間がいるということを。コードネームしか与えられなかった者もいれば、一応名をもらった者もいるだろう。
そんな名前に対してどのような感情を持つか、それは深恋にもある程度想像はできた。
「ところで、ラベンダー」
「は、はい」
唐突に今与えられたコードネームで呼ばれ、深恋が集中力を上げる。
「ラベンダーは、どんなお菓子が好き?」
「……はい?」
首を傾げると、先程までの優雅な雰囲気が一変、まるで少女のように顔を輝かせて、
「お菓子よ!お菓子! 私は断然ケーキ! 特に真和堂のイチゴとチョコとオレンジと桃を合わせたフォーミックスバターケーキが大好物なのよねぇ。わざわざ『聖』内でも作れるようにしたんだけどやっぱりお店行って買うのが通って思うのよねっ。…でもスカーちゃんに何度頼んでも却下され……」
「瑠璃様!」
スカーレッドが大声を張り上げ、瑠璃の暴走を諫める。
「……いい歳したおばさんがみっともない姿を見せないで下さい」
「スカーちゃん酷い! それはさすがに酷い! 私まだ38よ!」
「立派なアラフォーです」
突然始まった総隊長と第一策動隊隊長の口喧嘩。その横では総隊長補佐が面白可笑しそうに口を押えている。
ぱちぱち、と深恋は瞬きしてから、湊へ視線を向けた。
「ふわぁ~」
湊は欠伸をしていた。
深恋の悟りを開いたような視線に湊が気付き、ふふっと笑う。
「ね? 緩いでしょ?」
「こういう緩さなのっ?」
「はははっ」
「はははじゃなくて…」
ふう、と瑠璃が声に出して軽快に息を吐く。
深恋の視線が瑠璃に戻り、彼女の笑顔と目が合う。
「何はともあれ、『聖』は貴方を大歓迎します。……これからは私達と一緒に進みましょう?」
「………はい!」
◆ ◆ ◆
湊ことクロッカスと、深恋ことラベンダーは、廊下を歩ていた。ちなみに湊の背中にはスイートピーが張り付いている。
一行が今度向かっているのはクロッカス直属小隊が待つ会議室だ。最終確認と、深恋の顔見せも兼ねている。
「へー! コードネーム、ラベンダーになったんだー!」
スイートピーが湊の肩に顔を乗せ、コアラのような状態で深恋に言う。
「うん…」
やっと頭が落ち着いてきたところで、湊とスイートピーを見比べた深恋にそもそもの疑問がまた浮き出る。
そんな深恋の思いを読んだ湊が笑い掛ける。
「言っておくけど、スーと俺に血の繋がりはないよ」
「…そう、なんだ……」
踏み込んで聞いていいことなのか悩む深恋に、湊がまた微笑む。
「その話はまた今度ね。…取り敢えず今は俺の直属小隊のところへ 」
湊が話を進めている、その時だった。
深恋はほんの少しだけ、自分へ向かう脅威を感じ取る。殺意も敵意も何も感じないが、命の危険が迫っていることに気付く。
次の瞬間、深恋は縮地法で、その脅威から遠ざかるように、前へ退避した。
「……ふーん、それが貴方自慢の縮地法? 中々のものじゃない」
いつの間にか、そこには、赤い髪を首のところで二つに結び、肩の前へ下ろした尖った雰囲気の少女がいた。少女は短刀を振り切った状態で佇んでおり、その刃が通過した位置は、深恋の頭があった位置だ。
突然命を狙われたことよりも、深恋は別のことが気になった。
(いくら話していたとはいえ…この距離まで接近されて私が気付けなかった……!?)
「でも…」
深恋の驚きをよそに、その少女は続けて言葉を放った。
「私が本気だったら死んでたけどね、貴方」
「……っ」
深恋は未だ少女の実力を推し量れない。
士と士が対峙すれば、多少は相手の実力を推察できる。プロテアも多少気は抑えているが、深恋には分かった。
例外と言えば湊だ。屋上で向かい合った時でさえ、気配は完璧に消されていて気を抜けば存在すら忘れそうな程だった。
……この目の前の少女もまた、湊と同等かそれ以上に存在感を全く感じない。
湊の鎮静とも違うベクトル。
そこまで考えて、深恋の脳内に一つの司力が浮かび上がる。
(これって…)
目を見開いた深恋に、その少女、コスモスが冷静に告げる。
「そう。私の司力は『戦型忍者・灰塵劇』。…『無遁法』を極めし、忍」
(……無遁法、今までに戦ったことはあるけど……この人のレベルはそんな大人達より段違い……!)
無遁法。
これを習得した者のみが忍者として免許皆伝となる。
陰陽師の念心法と同じく、過酷な精神修行の果てに手に入れることができる法技だ。
その精神修行の内容は「無」。
何が起きても微動だにしない「無」の心を己の気へと反映することで、鎮静以上に隠密に特化した武器へと変貌する。
どれだけ気を垂れ流しても相手は全く気付かない。
隠密機動を主とする忍者の必須法技だ。
「今のを躱せたんだもの。同行は許して上げるわ」
冷ややかなコスモスの言葉に、深恋は自分が攻撃された事実を思い出し、『聖』に来る前まで考えていた心配事が再起する。
……嫌われているのではないか、と。
「こらっ」
そんな不安を打ち消すような明快な声が響き、コスモスの頭に手刀が落ちる。
「いつまでもそんな怖い目するなって」
「そうだよ! コスモス! ラベンダーはその辺凄く気にしてるんだから!」
ぴょん、とスイートピーが湊の背中から降り、深恋に駆け寄る。
短いポニーテールを跳ねさせながらやってきたスイートピーが、小さい手と手を合わせた。
「ごめんね!? コスモスも悪気があってやったことじゃないの! ただ実力を試したかっただけなの! 許して上げて!」
「いや…そういうことなら全然いいけど…」
パァとスイートピーが満面の笑みを浮かべる。
「ほんと!? 良かった~! ……ほら! コスモス! ちゃんと謝って!」
スイートピーがビシッと指を差してコスモスに言い放つ。
しかしコスモスはそっぽを向き、
「間違ったことをしたとは思ってないから」
「コスモスーーーッ!」
スイートピーが縮地法で一気に距離を縮めてコスモスに飛び掛かる。しかしコスモスは容易に躱す。
それが何度も繰り返され、呆然とする深恋に湊が声を掛ける。
「本当にごめんね。あれ、一応あいつなりの歓迎の挨拶なんだ」
深恋が首を振る。心の底から気にしてない。
「…ううん。本当に構わないんだけど……彼女も、直属小隊の一員なの?」
窺うように訊くと、湊が首肯した。
「うん。コードネーム「コスモス」、あいつの無遁法は精度高過ぎて凄い便利だからね。…気配を消すことに関してだけなら、俺より上だよ」
湊が自分より上だと認めたことに関して、深恋の視線がスイートピーの相手をするコスモスに動く。
(……とんでもない組織…。プロテアさんはA級下位から中位って感じだけど、多分私と同じように法技などの一芸をS級にまで極めている可能性が高い…。…でもコスモスさんは…既にS級の土台に乗ってる…。しかも彼女の…どことなく闇を感じる雰囲気って……)
「気付いた?」
深恋の推測を裏付けるような、湊の言葉が届く。
「そうだよ。…コスモスも元裏組織『骸』の人間だ」
『骸』、1章第6話の、湊が思考している時にちらっと出てきました…。




