第3話・・・『聖』の本部へ_2タイプの隊員_『憐山』でのいざこざ・・・
翌日。試験が終わってから二日目。源得との話し合いから一日経った。
その日はこれと言った変化はなかった。強いて言えば、自室で勇士と腹を割ってもう一度話合った。表面上は何事もなかった。
ここで話術を使って勇士の過去を無理矢理探ろうとしては、後々愛衣に気付かれるのでやめておいた。
そして夜中。
湊は『身代わり人形』で自分のベッドに身代わりを置き、勇士に全く気付かれることなく窓から部屋を出た。
誰にも、何にも、察知されることなく、湊はとある部屋の窓の傍の空中に立ち、その中にいる特定の人物にだけ、風に乗せて音を流す。
すぐにその人物は出て来た。
淡里深恋。
『聖』に新しく加わったメンバーだ。湊の前では心を閉ざしておらず、緊張がよく見える。
鎮静の気で包んである深恋に、湊がふっと笑い掛ける。
「行くよ」
「うん…」
◆ ◆ ◆
周りに笑顔の子供達がいる。子供達と同じ、自分も笑顔だ。
一緒に遊び、自分の前へ元気よく走り、無防備な背中を見せたところで、指の先から気の塊を出す。
それだけで、子供は呆気なく死んだ。
自分の表情が笑顔がスイッチをオフにしたように消える。
そして他の人にこの惨状を気付かれる前に、燃やして、灰にして、消し去る。
自分も姿を晦ます。
遥か上空へと逃げ去り、脳裏からはあの子供達の笑顔がこびりついて消えない。……消えて、くれない。
「ッっ!?」
バサッと勢いよくベッドから起き上がった。
五畳とあまり広くない部屋。人もあまり呼ばず寝て起きてテレビやPCに興じるには十分な部屋。そのいつもの部屋を確認して、夢だったとすぐに思い至らせる。
ハァ、ハァ、と呼吸が荒かったが、一度深呼吸をつき、すぐに整える。
掛け布団を払いのけ、汗で少し張り付いた長い赤い髪をかき上げ、ベッドに置いてある目覚まし時計を確認する。
その時ちょうどジリジリジリと音を鳴らした。
どこか呆れたように目を細め、時計を止める。
すると、コンコンとドアをノックされた。
「コスモス、クロッカスと淡里深恋さん着いたよ」
「…ええ。ありがとう、クローバー。すぐ行くわ」
分かった、というクローバーの返事を聞きながら、コスモスはすぐに身支度を始めた。
(最悪な夢見たわ……、クロッカスに文句言わなきゃね)
ふっとコスモスは微笑を浮かべた。
◆ ◆ ◆
『聖』本部にある部屋の一つ。
部屋の中心には円状の凄く小さなステージのような台があり、それを囲むように大掛かりな機械が密集している。
その更に周りには忙しなく手足を動かす白衣を着た研究員が数名と、『聖』では私服にも戦闘の訓練服にも使われる服装をした十代中頃の少年が一人、今か今かと目を輝かせて待ちわびている短く可愛いポニーテールをした少女が一人。また、二人の横に並んで立つ白衣の男が一人いる。
男にしては少し髪を伸ばし、明るい表情をした親しみやすい雰囲気がある。そんな三十代前半の男性『聖』第六策動隊所属・コードネーム「ノースポール」がふと、隣の真面目少年、プロテアに改めて訊く。
「お出迎えはプロテア、一人ですか?」
「ええ。クロッカスや淡里深恋さんと同世代ということで、俺が」
「まあ何人もいてもプレッシャーになりますし、プロテアのようなしっかり者を印象付けしたいとのもあるでしょうね」
「まだかなまだかなっっ! お兄ちゃんまだかなーーーー!」
ノースポールの褒め言葉に苦笑するプロテアのもう一方の隣で、少女が目を輝かせながら、ある人物の登場を心待ちにしている。先程から何度も落ち着けと注意しているのだが、熱は冷めるどころか燃え上がっているご様子だ。
そんな少女を見て、プロテアとノースポールが目を合わせて苦笑する。
「…スイートピーはクロー隊長のことになると本当に底なしの元気を発揮しますね」
「11なんだからもう少し成長してもいいと思うんですけどね…」
「そう言えばコスモスはいないんですか?」
プロテアの表情が複雑に曇る。
「…ここには現れませんが、ちゃんと来ますよ」
それだけで諸々の事情を察したノースポールが、薄く苦笑した。
「……青春、ですね」
「……ノースポールさん…格好つけてます?」
「うっ、いや、そんなつもりは…」
ノースポールが少し赤面した時、目の前の機械、転移装置が光と音を立てて作動した。
瞬時に研究員達の声が響く。
「システム作動開始」「転移完了予測時間、10秒」「気、消費速度、異常無し」「法技システム、グリーン」「転移対象人物以外の異物無し」「残り5秒、4秒…」「メインシステム、サブシステム、共にグリーン維持」「法技システム、稼働」「対象、現れます」
部屋の中心で濃密な気が集中し、やがて消える。
そこに、二人の人物が現れた。
夜色の髪が似合う女のような容姿の少年と、少し緊張した面持ちの少女だ。
その内の一方の人物は、最初に目が合ったプロテアに手を上げ、
「お兄ちゃーーーーーーーーーーーーーーん!!」
「プぐふぉっ」
一瞬で距離を縮めたスイートピーが、その顔にしがみ付いた。
「お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃんッッ!!! お兄ちゃんの頭お兄ちゃんの髪お兄ちゃんの顔お兄ちゃんの首お兄ちゃんの体お兄ちゃんの肩お兄ちゃんの匂いお兄ちゃん息やっとお兄ちゃん成分ほきゅーできたーーーー!」
窒息されるほど抱き着かれ、苦しそうな湊だが、それ以上にスイートピーの背中をぽんぽん撫でたりして楽しそうだ。そこにいる研究員達は揃ってそんなことを思った。
しかし隣の深恋は軽く目を瞠っていた。
(速い…! B級…下手したらA級!? こんな子供が…!?)
「淡里深恋さん」
深恋の思考を止めるように、第三者が声を掛けた。
声の主へ深恋が目を向ける。
「『聖』第一策動隊所属のプロテアと申します。よろしくお願いします」
プロテアがその真面目な印象に恥じぬ姿勢作法で手を差し出す。
その手を握ってよろしくお願いします、そう返すべきだと思うが、隣では「お兄ちゃん元気だった!?」「ふぇんひふぇんひ」と和ましく騒いでいて、呑気に挨拶していていいのか、という状況だ。
そんな深恋の戸惑いを察し、プロテアが苦笑する。
「それは放っておいていいよ。いつものことだ」
真面目な顔に浮かんだ笑みと、砕けた口調が、深恋の疑問や緊張を解し、控えめだが自然と笑みが浮かぶ。手を握って、「よろしく」と返した。
「私は第六策動隊のノースポールと言います。『聖』の研究室部長という役職についてます」
続いてノースポールが手を差し出す。
そんなノースポールに、内心少し驚いたが、それを表情に出さず、手を握り返して「よろしくお願いします」と告げる。
「驚きました?」
しかし、またそんな深恋の心境を容易に察しられ、苦笑を浮かべる。
「はい…『聖』は全員精鋭というのが特徴の一つでしたので…」
「私のような士でもない一般人がいるとは思いませんでした?」
そう。ノースポールどころか、この室内にいる白衣を着た研究員は深恋が見た限り、一人を除いてほぼ全員がただの一般人だ。そのただ一人の士も歳は結構行ってるがD級かC級レベルだ。
「変な勘繰りはしないで下さいね。決して無下に扱われてるなんてことはありませんから」
深恋が「あ、はい…」と頷く。
勘繰ったわけではないが、一瞬過ぎってしまったのは事実だった。
「『聖』には大きく分けて2タイプの隊員がいます。クロッカスやプロテアのような、士として任務を熟す者と、私のように『本部』でシステム管理や任務中の仲間を裏からバックアップする者の2タイプ。士の隊員が命の掛かる危険な任務を遂行するのに対して、私達のような力を持たない隊員が外に出ることはなく安全が確保されているので、理不尽を感じることなんて何一つありませんよ。それでももしもの時の為にコードネームはもらいますけどね」
士が一般人を下に見るというのはよく聞く話だ。その結果『妖具』の件の神宮寺功のように、歪んだ思想を持ってしまう。
深恋が一番信頼を置くクロッカスの人柄や、今スイートピーとのじゃれ合いを温かく見守る研究員の姿を見れば、『聖』に関してそのようなことがないことはよく理解できた。
「それに、『聖』は全員が精鋭、というのも間違いではない」
プロテアの力強い発言に、深恋が首を傾げ、説明を受ける。
「『聖』では士であっても一般人であっても地獄のような教育を施される。…もちろん、訓練効率を考えられ、体調管理やメンタルケア、娯楽設備も充実してるからストレスも溜まらないし不満はない。…が、まあそれでも士であれば俺の歳でA級と同等レベルの力を身に付けるぐらいの訓練はさせられる。
士でない者も同じだ。『聖』のシステム管理や設備発展のための研究は主に彼らが主導で行う。その為の専門知識を若い間に叩きこまれるからな。そこいらの著名な研究家を軽く凌駕する知能を『聖』の一般研究員は持っている」
プロテアの今の言葉は、単なる説明というよりも、一般人だからといって力がないわけではない、侮ってほしくない、という仲間を想う気持ちを感じられた。
本当に良い組織なんだな、と深恋は思った。
「…そろそろ行こうか。総隊長が待ってる。……クロッカス、置いてくぞ」
「ひょっほあっへ…」
子供に抱き着かれながら、プロテアに素っ気ない態度を取られる湊は、隊長としての威厳はゼロだった。
それでも、親しい間柄だということは強く伝わった。
◆ ◆ ◆
『憐山』。ジスト率いる軍勢が居座る秘密基地は、少々慌ただしくしていた。
「何事だ!」
鋭い眼光は他者を威圧する冷酷無比な殺気を放つ、筋骨隆々とした四十前後の男、『十刀流のジスト』が重みのある声量で叫び、力のある足取りで歩き進む。
その先には、とある部屋の前でおろおろとしている部下達の姿がある。殺人組織の構成員だ。どいつもこいつも狂気の沙汰の持ち主だ。そんな連中が情けない表情を浮かべている。
部下達は強引に払い除けるまでもなく、道を開いていく。
目的の部屋に入ると、まず目に入ったのは部下の一人、イーバだ。
整った姿勢、仕草は裏組織の人間とは思えないような実直さを感じる二十代中頃の男性で、幹部であるジストの秘書的役割を担っている。
イーバの隣にはもう一人、クネリという女性の部下がいた。
感情の見えないぱっちりした目が印象的で、「あはは」と軽く笑って人を殺す一種のサイコパスな女性だ。
眉間に皺を寄せるイーバの横で、クネリは「わー」とインパクトに欠ける驚愕を現わしている。
そんな二人の態度にも、部屋を入ってすぐにそれに気付き、理解はできた。
「よう、邪魔してるぜ」
そこにはサングラスを掛けたヤクザのような柄の悪い男と、つまらなそうで面倒そうな表情で溜息をつく男がいた。
ヤクザのようなサングラス男が椅子に座って足をテーブルの上に乗せたまま、ジストに軽薄な声を掛けた。
「……レイゴ……ッ!」
ヤクザのようなサングラス男、レイゴに鋭い視線を送ってから、ちらっともう一人の面倒そうにしている男を一瞥する。
(…キンリ……こいつの司力か…)
視線をレイゴに戻し、凍てつくような威圧を込めて見据える。
「…何しに来た? レイゴ?」
しかしそんな視線にもレイゴは動じない。
「いやいやいや、なーんか武者小路源得殺し、失敗したらしいじゃん? そんな使えないお前の為に救援に来てやったんだよ。ありがたく思え」
「そうか。だったらキンリだけ置いて帰ってくれ。…わざわざ幹部の貴様が出張ることもない。いますぐ上に掛け合ってキンリとそこにいるクネリのトレードを伝えよう」
イーバ、そう呼びながら振り返ると同時にジストは瞬時に取り出した刀を背後に構える。
ガキイィンッッ!!と音が鳴った。部屋はそこそこ広いのだが、うるさいほど響く。
レイゴが刀を振り下ろしたのだ。
「…連れねぇなぁ。そんなに頭の固い人生、つまらなくねえか?」
「そっちこそ、そんなにバカ丸出しで生きて、恥ずかしくないのか?」
「………ハッハッハッ!」
レイゴが刀をひょいと引き、テーブルに座る。
「別に今お前とことを荒立てる気はない。…しばらくでいい。ここにいさせろ。そうだなぁ。五日もすれば帰るよ」
「今すぐ帰れ」
「嫌だね」
火花散る視線のぶつけ合い。
「…何が目的だ?」
「そうだなぁ、なんつーか、目的はない」
「ッ、どういうことだ?」
「俺の直感が叫ぶんだよ。…お前と一緒にいれば楽しいことが起きるって」
「………はっ、腐った紅蓮奏華の血がなんだというのだ?」
レイゴが舐め切った視線を向ける。
「実際様子おかしいじゃねえか。イーバ、クネリ、ルーラン、アルガ、こいつら全員ここに閉じ込めてんだろ?」
「くだらない。殺人組織だからと言って、バカみたいにただ殺すだけの貴様らと一緒にするな。上からの頼まれごとだ。貴様と違って、別方面でも頼られているんだよ、俺は」
ハハッ、とレイゴが高く笑う。
「ぶっちゃけ、そんなのどうでもいい。……仲良くやろうぜ? ここにいる間、お前の言うことは大体聞いてやる。…キンリはどれだけこき使ってくれても構わない。……取り敢えず、ここに置け。俺を」
「………ちっ、三日以内に帰れ。それならいい」
「…まあ、いいぜ。俺の直感がそれなら大丈夫って叫んでる」
「………」
軽薄に笑うレイゴを、今にも殺しそうな冷めきった視線でジストは見詰めた。




