第1話・・・「やっほー」_話合い_カキツバタの溜息・・・
「やっほー、湊。急に呼び出してどうしたの?」
「分かってるよね?」
「愛の告白?」
「だったらどうする?」
「んー、まず1回デートしてみたいな。多分最高のデートだと思うから、その後YESって返事する!」
「はあ、それはまた今度ね。…取り敢えず今は、この後のことについて、考えまとめておこうよ」
「あー、この後の嬉しくない呼び出し?」
「そう。面倒事に巻き込まれる100パーセントじゃん。だからどうするかの打ち合わせ」
「私と意見は統一したいってこと?」
「できればね」
「んふふー、いいよー。…でも少しは湊の話、聞かせてほしいなぁ」
「俺の話って?」
「ちょっとした昔話よ。私も話すから。ね?」
「…言えない部分もあるけど、それでいいなら」
「決まり!」
◆ ◆ ◆
試験が終わり、獅童学園は一週間の休暇に入った。
試験で頑張った生徒達の療養期間であり、敷地内で戦ったためにあらゆる施設・設備の破損が著しく、その修復期間でもある。
休暇一日目。
学園長室。
早速、漣湊と速水愛衣はお呼び出しを受けていた。湊は試験中はあまり付けていなかったヘッドホンを首に巻いている。
湊と愛衣が柔らかいソファーに隣り合って座る、その向かいには学園長武者小路源得と、もう一人、紅井勇士。その後ろに立って控えているのが猪本圭介だ。
「ささ、まずは紅茶でも飲んでくれたまえ」
源得が笑みを浮かべて紅茶を勧めてくる。
湊と愛衣は一瞥して視線を合わせたあと、ゆっくりとコップに口を付けた。
「わー、美味しい」
愛衣が笑顔を浮かべ、湊も頷く。
「高級なものって逆に不味い印象あるけど、やっぱ美味しいものだね」
「ねー」
湊と愛衣が紅茶を飲みながら談笑する。源得も、勇士も、猪本も、美男美女が和気藹々と流れるように喋る二人の会話に入っていけず、二人の声だけが響く時間が過ぎていく。
そうこうしている内に紅茶を飲み終わり、
「さて、十分楽しんだし、そろそろ帰るか」
「うんっ。帰ろうっ」
「ちょっと待てや!」
勝手極まる二人に溜まらず猪本が叫び声を上げた。
わざたらしく湊と愛衣がビクリとする。
「猪本先生こわーい」
「私達に倒されたことまだ根に持ってるのかな?」
「だろうなー」
「はああああぁぁぁぁ~~~っっ」
猪本が大きく溜め息をつく。
勇士も眉を顰めて。
「…お前ら、学園長の前なんだから自重しろよ…」
しかし湊と愛衣は首を曲げ、脱力感を露わにする。
「だってこれから変なことに巻き込まれるんでしょ?」
「これぐらいのおふざけは許してもらいたいわね」
勇士が尚も言葉を放とうとして、それを源得が腕を前に出して抑止する。
「よい。これから行うのは交渉。交渉の場に権力はあっても敬意はない」
まだ何か言おうとする勇士から視線を外し、湊と愛衣を真正面から見据える。
「二人のことだ。今、この学園内だけでも不穏なことが起きてるのは知ってるだろう?」
「「さあ、なんのことでしょう?」」
首を傾げて知らんぷりする二人に、源得は嫌な顔せず続ける。
「では簡潔に試験の裏で起きていたことを説明しよう」
源得は説明した。
自分の子が『終色』に殺され、『紅蓮奏華家』の者ではないかと疑っていた勇士の正体を確かめる為に仕掛けた。湊や愛衣に先生たちを倒されたことが結果的に良い方へ働き、『紅蓮奏華家』の協力を仰げたこと。勇士は隣でじっと座っていた。
しかし更にその裏で、猪本、風宮琉花、来木田岳徒らが何者かによる襲撃を受けたこと。
「以上だ。…何か質問があれば答えるが?」
「逆に学園長の方がどうしても早く聞きたいことがあるんじゃないですか?」
湊が言葉を返すと、源得が目を見開き、鬼気迫る表情で頷いた。
「…本来であれば君達にしっかり好条件を呈示して納得してもらった上で聞くべきだと思っていたが…」
愛衣が苦笑する。
「学園長、私達もそこまで意地悪するつもりはないですって」
「……では、お主らが『超過演算』の片鱗を持つ者であることを見込んで頼むっ。教えてくれっ…。……猪本達を斬った犯人は誰だッ?『士協会』から派遣で来た者か?それとも……この学園の…」
湊と愛衣は口を揃えて。
「「非常勤教師の尾茂山先生です」」
「なに!?」「は!?」
源得と猪本が大声を上げる。
尾茂山和利。
非常勤の教師。あまり目立たないが真面目で任せられた仕事はきっちり熟す非常に好感の持てる教師だ。士としても優秀で、いずれ正式採用すつ予定だった人だ。
「あの真面目な尾茂山先生が、俺を一瞬で斬ったってことか?」
崖っぷちに追い込まれた獣のような鋭い視線で猪本が聞いてくる。
「いや、実行犯は別ですよ」
また源得達の目が見開かれる。
愛衣がなんてことないように説明を受け継いだ。
「尾茂山先生はあくまで連絡役って感じですね。…私達も今日呼ばれる前に探してみたんですけど、それらしい人物はいませんでした」
こくこくと湊が頷く。
二人の言葉を受けて源得は考え、推理を述べた。
「『完偽生動』という技術を知っているか?」
その場に首を傾げる者はいなかった。
「『超過演算』は人間のあらゆる機微を見逃さず、その者の本質を暴く。しかし『完偽生動』は自らの一挙手一投足に至るまで仮面を貼り付け、『超過演算』を欺く。『陽天十二神座・第七席』の特殊諜報機関『白影』が代表的な例じゃな。
…猪本をも瞬殺するような輩だ。レベルは相当高い。『完偽生動』を身に付けていても不思議ではないし、まだ『超過演算』に至っていない二人が気付けなくても無理はない」
そうですか、と湊と愛衣は緊張感もなく頷く。湊は視界に愛衣を捉え、湊と似たような表情の裏はどうなっているのか、少し気になった。
「……湊、速水」
そんな二人へ勇士が張り詰めた感じで声を掛ける。
「お前ら、実はどこかの組織のメンバーなんじゃないのか?」
湊と速水は一瞬目を丸くしたが、言いたいことは理解できるので、すぐにふっと笑みを浮かべる。源得と猪本は静観するつもりらしい。
勇士は慎重に言葉を選ぶように、述べる。
「だって普通じゃないだろ…。才能にしたって限度がある。何か特別な訓練でも受けてたんじゃないのか……?」
勇士の発言を軽く受け取った様子の二人は、源得に視線を向けた。
湊が小首を傾げて。
「学園長ならある程度の事情を掴んでるはずですが、勇士には言ってないんですか?」
湊や愛衣が『保密子供』だということは知っているはずだ。
勇士の首をがぐるっと隣の源得へ向く。
源得は強い視線を無視して。
「…個人情報を喋り散らす趣味はない。君達は友人だ。話すなら友達同士で話し合うべきだと思った」
源得の意見も最もだ。
湊と愛衣が顔を見合わせ、肩を落として再度勇士に向き直る。
「勇士、以前に俺には両親がいなくて田舎の孤児院で育ったって話はしたよね?」
勇士が「う、うん…」と歯切れ悪く頷く。忘れていたわけではないだろうが、自分が踏み込んだことを聞いてしまったことは悟ったようだ。
その時のことはよく覚えている。なんせクロッカスに大敗したそのすぐ後のことだからだ。勇士の母が亡くなったことを打ち明け、湊は家族を大切にしろよ、と軽く言って後悔した。
血は繋がっていなくても孤児院のみんなが俺の家族、と少し照れながら言っていた。
「その孤児院が襲われて、俺以外殺されちゃったんだよね」
「ッッ!?」
覚悟していても、あっさり述べられたその事実に驚愕を隠しきれない。
源得と猪本に動揺はない。むしろ納得しいてる様子だ。
(…正確には、俺と一人を除いて、だけど)
湊は眉をハの字にして微笑した。
「詳細は言えないけど、俺は『禁架』に保護され、めっちゃ勉強頑張った。そんな感じかな」
「あ、私もそんな感じってことでよろしく」
いつも通りでなんとも軽い二人の言葉。
湊と愛衣の表情にマイナス感情はなく、勇士は暗い自分の顔を向けるのが申し訳なく思い、顔を伏せる。
そんな勇士に、源得が心に重く乗る言葉を掛けた。
「紅井くん。儂はな、才能があれば『超過演算』には自然と至れるものだと思っている。彼らは脳の構造から遺伝子レベルで違う。誰にも教わらずとも、生活し、成長するだけで、『超過演算』は身に付くのだ」
勇士は伏せたまま首を動かして源得を見上げる。その目は奇異に染まっていた。
「そんなことが…?」
「紅井くんが剣を誰かから教えてもらった時と同じに考えてはいけない。
『超過演算』に至れる者は、成長するに連れて、自分の才能に気付き、どうすればこの才能が開花するのか、自分に足りないものは何か、果ては自分の脳が最も効率よく成長する為にはどのような食事を摂り、何時間何分何秒睡眠を取ればいいのか、など、そういった情報を自分で演算して割り出せてしまうのだ。その精度は成長と共に恐ろしいスピードで伸びる。…漣くんと同じ部屋に住んでいるなら、思い至る場面はなかったか?」
ハッと勇士が湊に一瞬目を向け、目を逸らす。
(わざわざ見せた甲斐あったな)
それに、と源得が続けて。
「『禁架』の長、『AM』は『超過演算』を有している。二人の才能に気付かないはずがないから、保護されている間、他とは違った教育を受けていただろう」
「……」
勇士が意気消沈と俯く。
また、ある単語を耳にして湊の意気も少し下がっていた。
(…『AM』……か)
その時勇士がバッと顔を上げた。
「二人とも踏み込んだこと聞いてごめんッッッ!! 本当にごめんッッ!!」
また顔を下げて謝る勇士からは、これ以上ない程の謝意は伝わってくるが、許す許さない以前に至近距離で大声を出されて、耳にキーンと響く。
「大丈夫、大丈夫だから、ね?」
湊は言いながら隣で「そうそう気にしなくていいから」と呑気に言う愛衣を意識する。
(この流れで勇士にお母さんのことを聞くこともできるだろうけど、さすがに愛衣には怪しまれるか)
猪本がパン、パン、と手を打つ。
思いの外その音は大きく響き、場が一瞬でシンと静まりかえった。
「そろそろ、本題に入りましょうよ。学園長」
猪本の冷静な意見に学園長が頷く。
「そうだな」
学園長が背筋を正し、つられて他の三人も正した。
ここからが本題。ここからが面倒。
◆ ◆ ◆
蔵坂鳩菜は、風を感じながら敷地内を闊歩していた。
獅童学園は正式採用となっている教師には生徒と同じように寮で住むことになっている。もちろん、正当な理由があれば通いにすることもできるが、寮に住んだ方が金払いもよくなるため、独身教師はほぼ全員そうしている。
だから外に用がなければ暇潰しに敷地内を歩く教師は珍しくない。
鳩菜は先程教員用の寮で数人の教師から向けられた視線を思い出す。懐疑に満ちた目。
(結構広まってるのね。…証拠のない生徒一人の言葉とはいえ、紅蓮奏華の直感は無視できない信憑性があるってことね)
そんなことを考えていると、
「あ、魔性の女先生だ」
真横からそんな不本意なあだ名で声を掛けられた。
ベンチに座って本を読んでいた女子生徒がこちらを見ている。
「……久浪さん」
湊とはまたベクトルの違う紺色の髪を腰まで伸ばし、脱力した姿勢、雰囲気が妙に艶めかしい美少女。
久浪夢亜。
昨日の試験で、来木田を倒した後の猪本に追い詰められ、自分で『生命測輪』を壊してリタイアした生徒だ。
「その名前で呼ぶのはやめなさいと言ったでしょう?」
鳩菜が頬を膨らませて怒ると、夢亜が淡々とした口調で。
「ほっぺ膨らましてるー。似合うけど先生なんさーい?」
鳩菜がはぁ、と息を吐く。
「取り敢えずさっきの呼び方やめてちょうだい」
「魔性の女先生?」
「そうよ。それよ」
「どうして?」
夢亜がきょとんと不思議そうな顔をする。ふざけてるとは思うが、二割ぐらいの確率で心の底からそう思っているのではないか、と逆に夢亜の神経の心配をしてしまう。
そんな心配を知ってか知らずか、夢亜が続ける。
「だって先生ところ構わず色気振り撒いてガキだろうと大人だろうと篭絡してんじゃん。今月だけで何人に告白された? その内の何人がガキだった?」
鳩菜が気まずそうに目を逸らし、揚げ足とも言えない足を取る。
「ガキって、貴方も同い年でしょ?」
「そんなことどうでもいいし」
冷めた声で遮断され、けろっと夢亜が。
「私的には猪本先生が御執心って感じなんですけど、そこはどうですか?」
「どうですかって…。そんなの分からないわよ」
「絶対好きですよー。確証ありませんけど」
「憶測だけで大人の色恋をぺらぺら喋るのは感心しないわよ?」
「ごめんなさいごめんなさい」
平坦な口調で夢亜が言う。全く心が籠ってないことに、鳩菜が小さく息を吐く。
夢亜がゆったりと立ち上がり、じゃあねという感じに腕を上げた。
「それじゃ、私もう行きますね。先生との会話、楽しかったです」
「…からかう相手は選びなさいね」
仕方ないな、と肩を落として、鳩菜なりのアドバイスを送る。
「はーい」
了解したか否か分からない言葉を残し、夢亜は歩き去って行った。
(猪本先生…ねぇ)
鳩菜は少し前に交わした会話を思い出していた。
『カキツ、猪本先生の気持ちには気付いてるよな?』
『私、鈍感ではないので』
『どうするつもり?』
『告白されたら振ります』
『嫌いなの?』
『人としては好きですよ。ただ全くタイプではないので』
『言葉は選べよー』
『分かってます』
(……はあ、この部分に関してはどうなるんだろ)
深い溜息を、鳩菜は呑み込んだ。
……自分への視線を感じながら。
久浪夢亜、忘れている方は3章9話と、3章18話の一番最後の方を見るといいかもしれません。




